「グラハム!僕の一生の頼みを、聞いてくれないかな?」
「急にどうしたんだ、カタギリ」
とある日。
研究室で、書類整理をしている最中
カタギリが手を合わせて、私に頼みごとを聞いてくれと
願ってきた。
「大げさだな、一生の頼みなんて。・・・君らしくないぞ」
「分かってるんだけど・・・君じゃないと頼む相手いなくて」
「分かったから。それで?君の頼みと言うのは何かな?」
滅多に・・・いや、カタギリが私に頼みごとをすること自体珍しい。
しかも本人、相当思いつめているようだ。
此処で私が断ってしまえば、彼は更に思いつめるだろう。
「実は・・・僕と一緒に、日本に来て欲しいんだ」
「日本に?何故?」
彼の口から出ていたのは、アメリカから
数千kmと離れた、経済特区・日本のこと。
ユニオンの傘下に入っている島国。
しかし、なぜ今頃日本に?
「叔父さんが、ちょっと戻って来いってうるさくて」
「カタギリ司令が?」
彼の叔父、ホーマ・カタギリ司令は
我がユニオン軍の高官で、カタギリの性格とは対照的に
とても厳格な性格をしている。
怒らせたらアレは、相当怖いだろう。
「『研究もひと段落したんだろ?ならちょっと戻って来い』って、もう数週間前からうるさくて。
自宅の留守電や、挙句携帯の留守電にまで入れる始末だし」
「・・・そ、それはお気の毒に」
「あの人が親族って言うのが僕はイヤだよ。昔から何かと僕、苦手ていうか嫌いだし」
「(鬼の居ぬ間にとはこの事だな)」
「あーだ、こーだとネチネチ文句はつけてくるし・・・正直、殴ってやりたいって思ったことは何度もある」
「そ、そうか」
「1人で行きたくないんだよ。あの叔父さんに会いに。・・・そこでグラハム、君が必要なんだ!」
果たして、そこで私がついていけば
何がどうして、カタギリにプラスになるのか・・・未だに理解出来ない。
「僕一人で行けば、あの人に本気で殴りかかりそうで怖いんだよ」
「そ、それは・・・流石にな。キャリアに傷がつくぞ」
「でしょ?まぁ別に叔父の力で軍に入ったわけじゃないんだけど・・・親族戦争だけは避けたいんだよ、僕としても」
「だから、何で私が付いて行かなければならないんだ?」
「うん。叔父が君の事を気に入ってるからね。君さえ連れて行けば多分、殴り合いだけは避けられると思うんだ」
そうか。
私は要するに、機嫌取りの材料というわけか・・・いや、生け贄か?
「なんだったら、さんも連れて行っても良いよ!」
「は?まで?」
すると、突然私の恋人である・の名前を
カタギリは浮上させた。
「うん!・・・ホラ、君が此処から離れるんだったらさん1人になるでしょ?
さんはご実家に帰れば良いけど、グラハムがあんまりさんを1人にしたがらないじゃない」
「ま、まぁ・・・そうだがっ」
「じゃあ、いっそのこと2人一緒で付いてくればいいよ。僕はグラハムもさんも・・・・・・いや
とにかく日本に付いて来てくれさえすればそれで良いから!!」
「カ、カタギリ」
「お願いだよー・・・グラハムーッ」
多分、今のカタギリは藁にも縋る思いだろう。
正直、私も司令は・・・苦手か?と聞かれれば・・・まぁ苦手だ。
あそこまで厳格な人間が一体どうすれば出来るのだろう?と
若い頃の私はよくそんなことを考えた。
「わ、分かった」
「え?」
「にも話してみる。それでいいか?」
「ホントに!?・・・さんには僕から話すよ!」
「私が話すからいい」
「ダメだよ!僕が行かなきゃ!!よし、そうと決まれば善は急げだよ!!」
「おい、仕事は?」
「さんの説得が先!・・・ホラ、行くよグラハム!!」
態度が急変しているぞ。
罠に嵌った、というわけではないのだが・・・本当に
カタギリは1人で日本に行く事がイヤだったらしい事が伺える。
とにかく、私はため息を零しながら
駐車場に止めている車へと向かい、が居る私のマンションへと車を飛ばした。
「はぁ、日本にですか?」
「そうなんですよ」
マンションに帰るや否や、カタギリは早速話を始めた。
しかも、此処に来る途中が甘いものが好きだというので
カタギリはケーキをたくさんと買い込んだ。
多分、ケーキでを釣ろうとしているのだろう。
ホント、数年カタギリと友人をしているが
彼がこんな必死な姿を見たことは無い・・・むしろ研究でその姿を見ていて
私生活ではこんな姿、稀に見る光景じゃない。・・・ていうか、貴重だな。
「グラハム1人連れて行ったら多分、さん寂しがると思って」
「え?!・・・いや、寂しいとか・・・その・・・っ」
「あー、大丈夫だよ!そのためにさんにも日本に付いて来てもらおうと思ってるから」
「カタギリさん。何かえらく今回必死ですね」
「うん。この歳になって1人で叔父に会いたくないっていう理由だけで、君たちを巻き込んでるからね。
本当に悪いと思ってるよ・・・そのお詫びでケーキを買ってきたんだ」
そう言って、カタギリはケーキの入った箱をテーブルに出す。
すると、はニコニコと笑みを浮かべながら、箱を受け取り・・・・・・。
「こんな事しなくても。カタギリさんにはたくさんお世話になってますし、私は全然付いて行きますから」
「!?」
「ホントに!?・・・いやぁ〜さんは寛大だ!良かったね、グラハム!!」
「おい。どういう意味の”良かった“だ、それは」
「一緒に行けて良かったねと、良い子に出会えて良かったねの2つ」
「・・・・・・・・」
反論できん。
カタギリは嬉しそうに、私にそう言い放った。
そりゃ、一緒に行けるのは嬉しいが・・・最後のは余計だ。
日本に行く前、私がコイツを1発殴ってやろうか。と思ってしまった。
「休暇の手配は僕がするから、心配しないで!」
「それは助かるよ。君がしてくれないと私は何の理由で休暇願いを出せば良いのか分からないからな」
「うん。あ、じゃあ僕は早速叔父さんに電話だね。その後に僕とグラハムの休暇願いを出すから!
出発の日時とか決まったらまた連絡するよ」
「そうしてくれ」
「うん!・・・じゃあ、さん・・・今度は空港で」
「え、えぇ」
話が終ると、カタギリは笑顔を振りまいて
私の部屋を出て行った。
私はため息を零し、ソファーに身を深く沈め
一方のは、立ち上がりケーキの箱を冷蔵庫へと収めに行く。
「イヤなら、断っても良かったんだぞ・・・」
「ん?・・・別にイヤじゃないよ。むしろ日本っていう所に行ってみたかったんだ」
「だが、行くのはカタギリの・・・その、私たちの上司の家だぞ?」
「いいじゃない。私も会ってみたい、カタギリさんの叔父さんに。カタギリさんと同じで
きっと良い人なんだろうなぁ〜」
は浮かれながらそう答えたが
あの、ホーマ・カタギリ司令官に会ったら絶対に君は泣くだろうなぁ〜と
私は心の中で思った。・・・と、同時に話さなかった。
なぜなら怯えて、私に泣きついてくるのを所望しているから。
うん、そういう楽しみも悪くない。
「でも、久々だね」
「何がだ?」
すると、はケーキとティーセットが乗った
トレーをテーブルまで持ってきた。
「何って・・・お休み」
「え?」
「最近、グラハム忙しくて休暇も取って無いし」
「あ」
「良い機会だから、たくさん楽しもうね」
はニッコリと微笑み、私にそう言った。
そういえば、最近まとまった休みを取っていなかった。
と、何処かに出かけるということも・・・していなかった。
私はの頭を撫で・・・・・・。
「あぁ、そうだな」
そう、答えるのだった。
だが、これが・・・甘い薔薇色の日々の始まりだとは
このときのはおろか、私すら予想しなかった。
理性が狂い始める・・・・・・そう、まだ此処は、入り口にしか過ぎない。
いざ行かん!異国の地へと
(だが、これが甘い旅行の始まりに過ぎなかった)