勢いというものは、非常に怖いものだった。
「グラハムどうしたの?何か落ち込んでるみたいだけど?」
「カタギリ」
昼食もままならず、私はそのままカタギリの研究室に戻ってきた。
彼はコーヒーとドーナツを手に持ち
自分のデスクに向い、椅子に腰掛けて
ソファーで落ち込んでいる私を見ていた。
「いや、さっき・・・彼女に、会って」
「彼女?ああ・・・君が通いつめてる花屋の娘さんだね。彼女がどうかしたの?」
「他の部署の男達に声を掛けられている所を助けたんだ」
「おお!男らしいね、グラハム。心をつかむポイントとしては高いよ。
そんな良いことがあったのに、どうしてそんなに落ち込んでるの?」
確かに。
世間一般的には、声を掛けられている所を助けたとなると
好印象を与えれることができる。
だが、しかし・・・私が落ち込んでいるのはそうではなかった。
「早まった」
「何が?」
「私としては、もう少し距離を縮めてから段階を踏みたくてな。
いや、個人的にこういうのも悪く無いとは思っている。だけど、何事も順序っていうものがあるじゃないか。
別にケンカ・・・というか、ケンカをしているつもりはないのだけれども・・・いや、避けられていたのは
何よりもショックだったけどな。だからって、別にこういう状況をうまく利用したつもりもないし
でも、今更やめようだなんて思っても居ないし」
「グラハムいいから落ち着いて。何が遭ったの?」
カタギリの声に私は自分が突っ走っている事に気づいた。
彼にすまない、と言葉を掛けて
一旦深呼吸をして、口を開く。
「彼女を」
「うん」
「デートに、誘ったんだ」
言った。
そう。私は、さんをデートに誘った。
遠回しに「2人で出かけよう」って言ったけれど
考え方を変えれば「デートに誘った」ということになる。
「グラハム、それで落ち込んでたの?」
「別に落ち込んでいたわけではないんだが・・・何だか、早まったようなことをして」
「そうなの?」
「助けた勢いだ。それに今日まで避けられてたし。でも・・・彼女は優しくて。
お詫びという言葉に託(かこつ)けて、デートに誘うなんて・・・私も酷い男だ」
勢いとは本当に怖かった。
あの後、自分が何をしたのか部屋に戻って我に返り落ち込んでいる。
仲直りをするはずが・・・まさか、あの勢いでデートに誘うなんて。
「誘っただけで自分を酷い男だと思うなら
デートに行かないほうがもっと酷い男になるよ」
「え?」
「君ならどっちになりたい?僕だったら、勢いで誘った酷い男の方がいいな。
誘ったくせに行かないってなると、印象は最悪的になるしね」
「カタギリ」
「まぁ決めるのは君だし、僕がとやかく言う筋合いはないけどね〜」
そう言ってカタギリはドーナツを咥えながら
パソコンと向きあい始めるのだった。
自分から誘った。しかも勢いでだ。
それでも彼女は、私の書いた日時の紙を受け取ってくれた。
戸惑いながらでも承諾してくれた。
一緒に出掛けることを。
私の隣を歩いてくれることを。
彼女は応えてくれた。
だったら、私も応えるべきだろう。
「狭い部屋から、良い服を選ばなきゃな。デートなんだし」
「良いデートになることを祈ってるよ」
「ああ。忘れられない日にしてみせるさ・・・きっと」
落ち込んでいた気持ちが晴れたようになり
前向きに、でも慎重に彼女に喜んで貰う方法を考えるのだった。
そして、3日が経った。
待ち合わせ場所に指定していた公園に
時間の30分前に私はやってきた。
しかし、その前にさんが待ち合わせ場所に立っていた。
だけど、彼女を目の前にした瞬間
心臓が止まるくらいどうしていいのか、私自身戸惑ってしまった。
あまりにも綺麗過ぎるその姿に、惹かれてしまって言葉が出ない。
普段は長く、後ろで結ばれた髪は、真ん中から
毛先にかけて小さくカールされて、長い睫毛は空へと伸び
唇はピンクのグロスで熟れた果実のように、みずみずしく。
服装に至っては、チェックのワンピース、上には黒のカーディガン。
本当に可愛らしい格好で
私を待っている姿は・・・本当に愛しくて・・・思わず今日一日
彼女が私のモノだと思っただけで心の中で舞い上がってしまった。
隣を歩く、さんの姿を見るだけで心臓が酷く鳴り響く。
だから、今日だけ・・・自惚れていいだろうか?
「!?・・・エ、エーカー・・・さっ」
私は持て余していた彼女の右手を自分の左手でそっと握った。
突然の私の行動で、さんは驚きを隠せなかった。
「ぁっ・・・あのっ」
「今日は休日ですし、人も多い。こうした方がはぐれにくいですから」
「・・・え?」
「貴女には離れて欲しくないんですよ、私の側から」
今だけでいい。
これが夢でもいい。
でも、この手を離して欲しくない。
今日だけは、ずっとこのままで居させて欲しい。
私のワガママかもしれないけれど。
「嫌・・・ですか?」
「ぃ、いいえ・・・そんなこと、ないです。こうして頂けると、安心します」
「それは良かった」
すると、さんは柔らかく微笑んだ。
その笑顔に何度、私は助けられたのだろう。
もう数え切れないほど、貴女の笑顔で私は助けられている。
いつか、きっと
私の本当の気持ちが、貴女に伝えられる時が来たら伝えます。
あ り が と う ・・・ そ し て ・・・――――――。
私 は 貴 女 が 好 き で す 。
Hear-貴女に伝えたい言葉-
(いつか、伝える日が来たら私の本当の気持を聞いて欲しい)