「こんにちは、さん」
「あ、昨日の方・・・・いらっしゃいませ」
居ても経ってもいられなくなり
私は次の日彼女に逢いに店に行った。
さんは私の顔を覚えていてくれたのか笑顔で迎えてくれた。
「私はグラハム・エーカーと言います」
「エーカーさんですね、覚えておきます」
「・・・・あの、私の事、ご存知ありませんか?」
「え?・・・・昨日来て下さったんですよね?覚えてますよ」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
まさか、この子世論とかそういうのに疎いのか?
「私が何の仕事をしてると思いますか?」
「・・・・外交官か、ドコかのお役所勤めですか?」
「プッ、アハハハハ・・・・やっぱり貴女は面白い女性(ひと)だ」
「え、えぇえ?!ちょっ、エーカーさん!?」
外交官はハズレとしても、公務員は当たらずとも遠からずだ。
軍人も公務員だな、ただし其処は「国家」公務員にはなる。
先日の話だけで、其処まで推測できて大抵の人が軍人だと気づくところを
思いがけない返答に笑いが止まりそうにない。
「クククク・・・・あー、ダメだ・・・・お腹痛い」
「も、もう笑いすぎです!」
「だって貴女があまりにも、突拍子でもないことを言うから・・・つい」
「失礼です。女性に対してそういう態度は」
「すみませんでした。ではお詫びにお花買って帰りますね」
「そうですね、大量に買っていってください」
「これはこれは、何ともまぁ手厳しい人だ」
さんの、表情一つ一つが輝いていて
心が癒されていく。
彼女と話すだけで、今までの自分が嘘で造られていたように思えて
逆に彼女の前に居る自分が本当の自分であるようでとても気が楽になる。
さんは丁寧に、私への花束をまとめていく。
「ほぉ・・・綺麗に包むんですね」
「当たり前ですよ。お客さんですからエーカーさんは」
「そう、ですよね」
でも、彼女の中ではたかが客1人。
この店に訪れる人の中のたった1人だ。
彼女が自分だけと話す時間なんて・・・・ものの数秒から数分。
「さん」
「何ですか?」
「・・・・好きな人とか、居るんですか?」
「いえ、いませんよ。どうしてそんなことを?」
「すみません、何となくです」
「エーカーさんっておかしな人ですね・・・・フフフ」
その小さな微笑でさえも、今は自分だけに向けられているもの。
ああ、もう少しこのまま見ていたい。
ああ、もう少しこのまま側に居たい。
ふと、そんな考えを過ぎらせていた私は我に返る。
何を考えてるんだ、恋人でもないのに。
恋・・・・人・・・・?
「エーカーさん、お待たせしました。・・・・エーカーさん?」
すると目の前に大きな花束が差し出され
私はハッと気が付き、彼女から花を受けとった。
「ぁ、すいません。コレはお代です」
「はい確かに。ありがとうございました、またどうぞ」
店先まで見送ってくれる彼女。
店が見えなくなるまで、彼女に手を振る私。
彼女もそんな私に手を振ってくれる。
何故此処までするんだろうか、と自分に問いかけた。
まるで永遠の別れのようで、私は彼女が名残惜しいのか?
まだずっとさんと喋っていたいのか?
どうしてだ・・・・?
その気持ちがまだ私には分からず
花束を持ったまま軍の施設へと戻るのだった。
「こんにちは」
「いらっしゃいま・・・・あ、来た」
「え?」
次の日の昼過ぎ。
昼食を済ませた後、私はさんに逢いにまた花屋を訪れる。
するとカウンターに居たのはさん、ではなくもう1人の女の子が其処には居た。
私は首を左右に動かし、店中を彼女の姿を捜す。
「あの、さんは・・・・?」
「なら、配達ですよ・・・・ユニオン軍のエリート軍人さん」
「貴女は気づいてましたか」
「えぇ」
もう1人の女の子はやはり私のことを知っていた。
「が貴方を連れてきた時から、何となく気付いてはいましたけどね。
実際調べてみたらなかなかのエリートだそうで」
「エリート、とは私には無縁な言葉ですよ。今の地位は全て実力で勝ち取ったものですから」
「自分の地位を鼻にかけるエリートとは違うみたいで安心しました。
まぁ、安心してください、本人貴方が軍人だって全然気づいてませんから」
「ですよね。・・・・昨日の彼女の反応ですぐ分かりました」
私は軽く笑って見せた。
大抵の人は、新聞や何かで私の顔を知っているはず。
特に去年はユニオン軍の次期戦闘機が一番の話題になっていたから
何かしらの方法で私を知ることは一般市民でも出来得る。
だが、さんの場合社会に疎いというか何と言うか。
「でも、それが彼女の、さんの魅力なんでしょうね」
「かもしれません。無自覚があの子のウリですから。私、此処の娘のアンナです」
彼女、アンナさんは私に手を差し出し握手を求めてきた。
私は一応礼儀としてその握手を握り返した。
「此処の娘さんということは・・・・さんのお姉さんですか?」
「いえ、違いますけど」
「妹さん、っていう歳じゃないでしょう?」
「私、とは同い年です」
「双子ですか?」
「私とは、血の繋がりはまったくないですよ」
「え?」
血の繋がりはない?
じゃあ義理の姉妹?
それとも腹違い?
あれやこれやと脳内で考えていると・・・・――――。
「は、ウチで預かってる子供、というか養子です」
「養子、ですって?」
「ええ、そうですよ。私と、よく姉妹って間違えられるんですけど
はウチと養子縁組を組んでいるだけです。あの子のファミリーネームがウチのじゃないのは
ウチの母、つまりからしたら養母になるんですが・・・母が、残してあげようというので
のファミリーネームはあの子の本当の両親のモノのままなんです」
さんが養子だなんて、初耳だ。
今までてっきりこの家の娘とばかり思っていた事が
まさかの事実に私は内心驚きを隠せない。
「じゃあ、あの・・・・さんの、ご両親は今どちらに?」
「あの子の両親は、亡くなりました・・・・もう大分前に」
「え?」
亡くなった・・・・?
じゃあ、どうしてあの子はあんなに笑っていられるんだ?
いつもキラキラ輝いて、泣いてる顔なんて1つも見せたりしない。
暗い影すら、あの子の背後には全く見えていなかった。
「それに・・・あの子のトラウマですから・・・・ご両親の死は」
「え?それって、どういう?」
「私も母から聞いた話で詳しくは知りませんけど・・・・あの子の両親は、医者だったみたいで
何でも昔は軍医をしてたとか・・・。多分”“って調べれば何か分かるんじゃないんですか?」
「わ、分かりました・・・ありがとうございます」
アンナさんにそう言われ、私はさんに逢いもせず軍に戻った。
信じたくなかった。
まさか、あの子に何かしらの悲しみがあったなんて。
いや違う。あったじゃない。
今でもそれはさんの中で生き続けている。
拭い去れない・・・過去。
あの笑顔の裏に隠された・・・真実。
「貴女は、一体何に・・・・何の悲しみに縛られているんですか、さん」
私は彼女に届くはずのない声で、呟いた。
Sorrow-過去の呪縛-
(笑顔の裏に隠された本当の君は何処?過去に囚われた少女)