私はすぐさま軍に戻って、パソコンで調べ始めた。
「どうしたのグラハム。血相変えて」
「何でもない、気にするな」
血相を変えて戻ってきた私にカタギリは
不思議そうな声で問いかけたけれど、私は何でもないと
声をかけてパソコンで調べ物を始める。
「(12年前に軍医をしていたとなると、きっと履歴書か何か残っているはず)」
食らいつくように
私はパソコンでさんの両親のことを調べていた。
軍医というのなら、此処に入るための履歴書か情報かは残っているはず。
「!!・・・・あった、トーマス・・・・・これだ!」
「ビックリした。・・・どうしたの、いきなり」
「あ、いや・・・何でもない。気にしないでくれ」
いきなり大声を上げた私にカタギリは
驚いたような声で話しかけてきた。
しかし、私は気にしないでくれと言葉を濁し
パソコンに目を向けた。
「(トーマス・。妻はマリエ。軍に入る前は開業医をしてたのか。
妻のマリエが18年前にAEUの田舎町で娘を出生。成る程・・・これがさん、という事か。
アメリカに来たのは、その2年後・・・というわけか)」
私はパソコンに記された記憶を頼りに、彼女の生い立ちを辿る。
18年前AEUで生まれ、2歳でアメリカに親子で亡命。
しかし次の文面で驚くべき事実を目の当たりにすることになった。
「(6歳で両親が死亡してるじゃないか。
軍医として赴いた戦地にて、2人は部隊と共にゲリラ攻撃に遭いそのまま、というわけか。
それから、あの花屋に引き取られたんだな。しかし何故だ?何故、血縁者が引き取ろうとしなかったんだ?)」
家を辿れば、血縁者は居るはず。
もちろん母親の方だって同じだろう。
だが、誰一人としてさんを引き取ろうとしなかった。
有り得る理由は唯一つ。
両親の駆け落ち同然の結婚。
そういう結論にたどり着いた。
トーマスとマリエ、2人は周囲が認めていない婚姻関係だったのなら
2人の子供であるさんを引き取ろうとしなかったに違いない。
それを考えたら双方の血縁者が
誰一人としてさんを引き取ろうとしない理由が明白になる。
だから彼女の父親はそれを分かった上で
敢えて自分たちの知り合いであるあの花屋の夫婦に
何か遭った時のためにさんと養子縁組を組むようにしてほしいと願ったのだろう。
幼い時に両親を同時に亡くして・・・・しかも、親族は彼女を引き取ることを拒んだ。
当時のさんは6歳。
そんな時期に彼女は精神的に大きなショックを与えられたんだ。
突然すぎる両親の死。
あまりにも酷すぎた周囲の拒絶。
トラウマにもなるだろう、こんな事を経験してしまえば―――――。
『こんにちは、エーカーさん』
彼女は悲しみをオモテに出さないようにして
笑顔で悲しみを隠している。
誰にも迷惑をかけまいと、笑顔で――――。
気丈に振舞っている。
だけど心の中ではいつも孤独で寂しくて・・・泣いているんだ。
あの、眩しいほどの笑顔の裏には
こんなにも悲しくて、辛い過去を持っているさんが居た。
私の目に映っていた彼女は
いつも、明るくて笑顔で、誰にでも優しい女の子。
でも、暗い影が彼女の心を蝕んで・・・恐怖を与えていた。
「私は何か・・・・できないのだろうか?」
彼女のために、何か出来ないか?
ふと、そんな言葉が頭を過る。
彼女が私に手を差し伸べてくれたおかげで。
彼女が私に微笑みかけてくれたおかげで。
彼女が私に生きろと投げかけてくれたおかげで。
今は本当の自分で居られる。
さんと出逢う前はどうしても、嘘で塗り固められた自分が居て
人に左右されながら、生きていた。他人の目だけを見て、生きていた。
全てが全て、私自身嘘で塗り固めていた。
でも、彼女に、さんに逢った途端それが「本当の自分」じゃないと
気づかされ今ならまだ変われると思い、この人が近くに居るのなら大丈夫だと分かり
プレッシャーなんて払いのけれると知り、人に左右され事なく自分の意志で進める・・・そんな自信がついた。
私が変われても、彼女自身が心に深い傷を負って
何も変わること無く生きている。
それを考えただけでも・・・・胸が締め付けられて、何かせずあげられずには居られない。
「・・・・私は・・・・」
ふと、机に置いた先日さんの店で
買って花瓶に生けた花を見る。
さんの、楽しそうで優しい微笑みが蘇ってくる。
『もう、笑いすぎです!』
貴女が愛しい。
『そうですね、大量に買っていってください』
貴女が恋しい。
『エーカーさんっておかしな人ですね・・・・フフフ』
私は・・・さん、貴女が好きだ。
そう心の中で呟いた瞬間、ふと我に返った。
今、何て言葉を?
こんなにもさんのことが忘れられなくて。
こんなにもさんのことだけを考えて。
こんなにも、こんなにも・・・・・・―――――。
1 人 の 女 性 を 心 か ら 想 っ て い た な ん て 。
「フッ・・・ハハハハハハ」
「え?ちょっと、グラハム・・・ホント、今日どうしちゃったの?」
「いや・・・本当に、すまない。フフフ・・・何でもないんだ」
カタギリにそう促し、椅子に深くもたれ掛かった。
初めてだ。
初めてこの気持ちに気づいた時、心がくすぐったかった。
「そうか、これが」
恋なんだな。
誰かを想ったことなんて、一度もない。
想われていても、固執しなかった・・・・煩わしかったからだ。
でも、人を初めて好きになって・・・・それが恋だと理解し
世界で唯一、さんだけが愛しいと感じれた。
思い返せばきっと私は
あの日から、あの雨の日から・・・・ずっと、ずっと彼女に惹かれていたんだ。
冷たい雨に打たれている私に、優しさ傘をさしてくれたさん。
ああ・・・神がもし居るのなら、感謝しよう。
あの日の出逢いと・・・この初めての恋心を。
調べ終わって、私は再びダウンタウンの・・・・彼女の、さんのいる花屋に戻った。
店先から中を覗くと、先ほどまで居なかった・・・・さんが居た。
花の整理をしている。
『12年前に、両親を紛争で亡くした。血縁者からは、引き取られるのを拒まれた』
愛を一心に受けれず、でもこの家で幸せに過ごしている。
でも、それがもし偽りの幸せ、つまり・・・・彼女にとって重荷なのだとしたら?
「あ、エーカーさん・・・・いらっしゃいませ」
少しでもそれを軽くしてあげたい。
私に一体何が出来るか分からないけれど。
「こんにちは、さん。今日も良い天気ですね」
貴女との恋が本物の恋であってほしい。
この、恋を叶える為、貴女の幸せの為、その為なら
私は惜しみなく貴女に全てを捧げるつもりです。
Wish-恋の芽生え-
(この恋を叶える為、君を幸せにする為、私はどうすればいい?)