「!?・・・・ビックリした。・・・・しかし、遅くなってしまった」
雷の落ちる音に驚きながらも私は雨降るダウンタウンを駆けて
さんの居る花屋へと向かって行った。
どうにかこうにか、会議を切り上げたものの
いつもとは少し遅い時間になってしまい
しかも天候は最悪的なことに、雨まで降る始末。
「全くダラダラと喋って。演説じゃあるまいし、話は簡潔にまとめろと何度言ったら分かるんだろうか」
部下の長い報告に、私は頭を悩ませ
本来なら残して、叱るつもりだったが今のところそんな余裕は全くない。
一日一回、さんの顔を見なくてはいけない。
おかしな義務みたいなのが私の体に染み付いてしまい、彼女逢いたさに足を急がせていた。
しかし雨は降っているし、外は雨雲に空を覆われて時間も夕方過ぎで暗い。
この調子だと、彼女の店が閉店していてもおかしくはない事が
此処しばらく訪れて分かっている。
分かっているけれど、逢わずにはいられない。
いられないから、毎日・・・何が何でも時間を見つけて足を運ぶ。
それは、私がさんを「好き」だと意識しているから。
自分が彼女に恋心を抱いてることに気づいたのは、ほんの数日前。
だが彼女に別に告白するつもりもなく、ただ側で見守るだけの生活を送っていた。
そう、ただの「客」として。
自分でもこのポジションは甘んじてるほうだ。
どうすれば、彼女の近くに、彼女の側に居れるだろうか?
考えれば考えるほど、分からなくなってきて
どうしても、一歩が踏み出せない自分が少し情けない。
その一歩が踏み出せないから、常連の客として甘んじている。
「でもまぁ・・・今はこのままで、いいのかもしれない」
そう呟いて、店近くの角を曲がって・・・・店を見つけた。
外に置いてある花の入ったバケツは置いてなかったものの
雨除け用の屋根は張られているし、灯りも点いている。
まだ開いている、と確信して私は駆け込むように店の中へと入った。
「こんにちは」
声をかけるも、返事がない。
まさか閉まってる?と、思ったが店が開きっぱなし状態だし
それに何故か、かすかに人の気配が感じれる。
私は、一歩・・・また一歩と店の奥へと足を進めて行く。
「ヒック・・・・ぅ・・・・ぅう・・・・」
すると、店の奥手前・・・・レジカウンターの隅からすすり泣く音が聞こえてきた。
私はゆっくり其処に近寄ると・・・・―――――。
「・・・・、さん?」
蹲って、泣いているさんを見つけた。
私の声を聞くなり彼女は顔を上げて私を見る。
瞳には涙をため、塞き止めることが出来ず頬から雫が零れ落ちていた。
「・・・っ・・・・エーカー・・・さっ」
すぐさま、さんは私に抱きついてきた。
あまりのことで、私も困惑する。
「さ・・・・あ、あのっ・・・・大丈夫ですよ、大丈夫」
「うっ・・・・ヒック、うぅ・・・・」
今までずっと1人だったのか?
もしかして、雷が落ちて一時的に店が停電になったとか?
一瞬の暗闇は、人それぞれだが恐怖を与えてもおかしくはない。
そうだとしたら女の子1人でのその状況下は怯えて当然。
「怖かったんですね。すみません、来るのが遅くなって」
私は優しく彼女を抱きしめ、頭を撫でた。
「安心してください、私が側に居ますから。さぁ、泣き止んで」
「・・・・ぅ・・・・エーカー・・・・さん」
「怖かったでしょう・・・・良く頑張りましたね」
さんに優しく声をかけると、彼女はようやく泣き止んだ。
しばらくこの空間に沈黙が流れる。
泣き止んだ彼女の様子を伺うように顔を覗き込む。
「さん?」
「・・・・ぁ・・・・わ、私・・・・一体」
「落ち着きましたか?」
「え?!・・・・あ、あぁああ!!ご、ごめんなさい!!!エーカーさん!!
あ、ずぶ濡れじゃないですか!!タオル、タオル持ってきますね!!」
「え?・・・・あぁ、あまり慌てるとコケますよ」
さんは慌てながら、店の奥へと入って行った。
私はそんな彼女の姿に笑みを浮かべながら、店の奥へと歩いていくのだった。
「そうですか、皆さん・・・・日本に」
さんはお店を閉め、私は店の奥である自宅に
あげてもらいコーヒーをご馳走になっていた。
外は、相変わらず雨が降っていた。
「えぇ。明日には帰ってくるんです。それに、ごめんなさい・・・さっきは」
「あぁ。いいんですよ、気にしないで下さい」
表面上いいですよ、とイイ人面をするのだが
心の中、私にとっては万々歳なこと。
あんなタイミングで、しかも好きな相手に抱きつかれたとなると喜ばずにはいられない。
むしろ、喜んでいいのだろうな・・・・オモテに出さないよう。
「しかし、もう夜ですよ・・・・大丈夫ですか?」
「あ、あの・・・・正直、みんなの前では見栄張って大丈夫!って言ってみたものの
いざ1人になると・・・・寂しいですね、やっぱり」
彼女は軽く苦笑を浮かべながら頬を指でかいていた。
でも、泣いていたのは落雷による停電じゃないと部屋の中に入って気付いた。
部屋の電気は簡単に点いた。
しかも、停電になった形跡すらないし
考えたら落雷が起こった所はこの地域より少し離れた場所。
他の店は私が走ってきた時に灯りは点いていた。
そう推測すると、彼女が怯え泣いていたのには別の理由がある。
きっと彼女は昔の記憶か何かしらを思い出して泣いていたに違いない。
今さんを1人にしてしまえばきっとまた怯えて泣いてしまう。
周囲の拒絶を味わった、幼い日の事を。
「分かりました。今日一晩私も泊まっていきます」
「え!?・・・・そ、そんな、いいですよ!!」
「貴女のあんな泣いた場面に遭遇しておいて、此処で帰ったら男が廃ります」
「でも、エーカーさん、明日もお仕事じゃ・・・・っ」
「別に大丈夫ですよ。女の子を家に1人にさせる私じゃないです。ですので貴女が何と言うおうと泊まります」
私が自分の意見を頑なに譲らないことが分かったのか
さんは「分かりました」とだけ答えた。
「あ、あの・・・・エーカーさん」
「はい?」
「失礼だと分かってはいるんですが・・・お願い、聞いてくれますか?」
「何でしょうか?」
そう言われ、彼女のお願いとは何だろうと思った。
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい・・・図々しくて」
「いいえ、いいんですよ」
さんのお願い。それは・・・・――――。
『え?・・・・一緒に寝て欲しい』
『はぃ。久々に一人が怖くて・・・・1人で寝るのが、どうも・・・・できなくて。
いつもだったらアンナが、一緒に寝てくれるんですけど・・・・ダメ、ですよね?』
彼女の「お願い」に私は目を点にした。
ダメも何も、彼女は私が男だと分かってのことで言ったものか?
いやいや、信頼してるからこそ私にしか言えない事もある。
しかし、私は「男」で彼女は「女」・・・性別からして違うわけだ。
でも、だからと言って彼女を1人で寝せるわけには。
しばらく、自分と葛藤をした結果。
『ダメ、ですよね・・・・やっぱり』
『構いませんよ、私は』
『え?・・・・ホントに?』
『え・・・・えぇ』
『良かった。・・・ありがとうございます、エーカーさん』
私が答えると、彼女は満面の笑みを浮かべ見せた。
この笑顔に私が弱いことを知ってか知らずか、惚れた弱みだ。
そして、結局私とさんは同じベッドの中に居た。
「狭く、ないですか?」
「ダブルなんで、丁度いいでしょう。狭くないですよ」
「よかった、です」
多分此処の主である、夫妻のベッドなのだろう。
シングルじゃさすがに狭すぎる、というので2人でこの部屋に移った。
もちろんさんは私に背を向け、私も反対側を向いて寝る体勢になっていた。
「エーカーさん、起きてますか?」
「えぇ」
すると、彼女が私に声をかけてきた。
私はすぐさま彼女に返事をする。
「よかったです。エーカーさんが居てくれて」
「え?」
私は思わず体を半分起こしてさんを見た。
彼女はこちらを見ず、ただ私に背を向けているだけだった。
「私、きっと1人だったら泣いて眠れなかった。エーカーさんが居て、くれて・・・・よ、か・・・・っ」
「・・・・、さん?」
すると、安心したのかさんは
規則正しい寝息を立て、眠ってしまった。
私はそんな彼女の姿を見て、頭を掻き、ベッドの中に入る。
私が側に居なければ、きっと彼女はまた泣いていたに違いない。
昔のことを思い出して。
親族誰一人からも、引き取られようとしなかった。
泣いても誰も手を差し伸べてくれなかった。
そんな彼女を一人にできるわけないだろ。
「・・・・パパ・・・・ママ・・・・」
すると、寝言なのかさんは両親のことを口にする。
私は再び体を起こして、彼女の顔を見ると涙が一筋流れていた。
寂しいだろう、辛いだろう、誰も居ないこの世界。
たった一人で、涙を隠して生きてきて。
「今夜だけ許してくださいね、さん」
私は寝ている彼女のほうへ向き、後ろから抱きしめた。
しっかりと、絶対に離れないように。
「大丈夫、私が付いてる。だから泣かないで・・・・ゆっくり、お休み」
さんの髪から香ってくる優しいシャンプーの匂い。
抱きしめた体はとても小さくて
私の腕の中じゃ余るほど・・・・華奢な体。
「お休みなさい、さん・・・・いい夢を」
そう呟いて、彼女を抱きしめたまま眠ったのだった。
いつか、こんな風に彼女を抱きしめられる日が来るように。
そして、幸せな日々を送れるように。
最善を尽くそう、今の私ならそうすることが出来るはずだ。
彼女の悲しみも全部受け止められることだって。
だから、いつでも私を頼って欲しい。
貴女を一番に知っている、私を。
Sleep-腕の中で-
(今は私に身を預けてゆっくりおやすみ)