「引き取るとは、言ったものの・・・さて、どうしようか」





部屋の掃除をしながら、私はそんな事を呟いた。



数日前、私はさんに
一緒に住んでくれ・・・という、告白をしてきた。


彼女はそんな私の言葉に、戸惑いながらも「はい」と答えてくれ
同時に心を、キモチを通わせることが出来た。





3ヶ月の献身的な愛が実った証拠。




そんな愛が通じたのは非常に嬉しいことなのだが
今現在私は困っていた。自分の部屋を眺めながら。










「流石に、2人で住むには・・・狭すぎるな」







今までこの場所は帰って寝るだけの部屋だった。


つまり、一人用サイズ。


しかし、此処に彼女を招き入れるとなると・・・色んな家具などを置いてしまえば
人が住めるかどうか分からない。


なんとか要らないものや、古くなったものを捨てたりして
部屋を綺麗にしたけれども、それでもまだ此処のスペースでは狭く感じる。



何かいい方法はないだろうか・・・?と考え、部屋の中をウロウロと動きまわっていた。






ふと、思い出した。








「そうだ。確か、まだ一番上の部屋が残ってたはず」









今更住む場所を変えるのは、色々と手間と時間がかかる。



だったら、変えるのは住む場所・・・ではなく、住む部屋を変えればいい。



私は部屋を出て、一番階下に居る管理人室へと向かった。








「管理人さん」



「おや、エーカーさん。どうかしましたか?」






管理人室に向かうと、少し年老いた管理人は私を優しい笑顔で迎えてくれた。








「最上階の部屋、まだ空室ですか?」


「最上階の?・・・・ああ、彼処は日当たりがいいし、バルコニー付きで
メゾネットタイプのお部屋だから。住みやすい条件的には最高なんだけど、下の階と比べたら
お家賃は少し高いからねぇ。なかなか住み手が見つからないんだよ」


「実は部屋を、其処に移したいんですけど」


「おや?またどうして?」





私の言葉に管理人は驚いていた。







「エーカーさんはお一人でしょ?最上階のお部屋は、1人では広すぎますよ」


「いえ、実は・・・その恋人と・・・住もうと、思っているんです。
でも、今いる部屋では2人で住むには狭くて。不便では無いんですが、大人2人ではちょっと。
もし・・・移していただけるのなら、お家賃は最上階の元値の倍払います。だから移すことは、できませんか?」








移してもらえるなら、家賃は倍額の値段で払ってもいいくらいだ。


さんとの生活が出来るというのなら
私は惜しみなく、何でも捧げよう・・・お金も、心も、愛でさえも。






「まぁ、特に買い手や住み手がいらっしゃいませんからね。予約の電話とかもありませんし。
部屋の移動の手続きは私の方からしておきます」



「いいんですか!」



「構いませんよ。退室されるよりも、お部屋を変えていただいたほうがいいですし
住み手が居ないんじゃ最上階のお部屋もかわいそうなんで」



「ありがとうございます」







部屋を今いる所から、最上階の部屋へと変えてもらうことに成功した。



これで彼女が荷物を持ってきた時にも大丈夫。

家具や家電を置けるスペースは十分にあるし、住まうにもバッチリだ。



上に住むとなれば、私が今持っている家具も廃棄して新調しなくては・・・と、頭の中で
既にアレやコレやと考えていると・・・。







「エーカーさん、お家賃の方ですが」



「あ、そうでしたね。倍額でも私は構いません。移していただけるんですし」







管理人が家賃のことに対して言葉を放った。

私としては本当に倍額を払うつもりだ。移して貰ったのだから尚の事。
いっそ管理人の言い値でも厭わない。






「お家賃は・・・今あるお値段のままで構いません」



「え?・・・あ、あの、しかしそれでは・・・っ」







管理人の言葉に驚きが隠せなかった。

そんなことを言ってしまえば、住人にとっては嬉しいことだが
管理している人間からすれば不利になることは目に見えている。



しかも、最上階の部屋は他の部屋と違って
条件も良ければ、値段も高い。



それだというのに、私が住んでいる部屋と同じ価値まで下げてしまえば利益はほぼ無いのと同じだ。






「いいんですよ。元々値段を落として、業者には広告を載せてもらうおうと考えていたところなんです。
ですが、エーカーさんが移り住むというのでそういった手間もなくなりましたし、貴方には此処に長く住んでいただいてますから。
あとは・・・私からの、お引越し祝いとだけ受け取ってください」



「すいません・・・ありがとうございます」



「これからもお国のためと、新たに迎え入れる子のために頑張ってください」



「えぇ」






管理人の計らいで、私はすぐさま最上階の部屋へと移り住むことが決まった。


手続きは全部管理人がしてくれて
私は、自分の部屋に置いていた必要な家具だけを移す作業と
さんと住まうための、家具を揃えたりしていた。






そして、数日後。

引越し業者のトラックが、マンションへとやってきた。

トラックのすぐ後ろからタクシーがやってきて止まり、其処から出てきたのは――――。










「エーカーさん」



さん」







さんだった。


恥ずかしそうに私の顔を見て、目も少し泳いでいる。

そんな彼女の表情に私は笑みを浮かべた。







「ようこそ」


「あ、い、いえ。あの、荷物は何処の階に?」


「ああ。部屋は最上階に。鍵も開けてありますから、運んでください」






私がそう言うと業者の人達は「分かりました」と言いながらトラックを開け
彼女の荷物を運び始める。

私はさんに近付き、彼女の肩を抱く。






「行きましょう。私たちの部屋に」



「あ・・・はぃ」







さんの肩を抱いて、エントランスを抜ける。

部屋に行こうとした最中、管理人室から管理人が出てきて挨拶をしてきた。
私はすぐさまさんを紹介すると、彼は優しい微笑みを浮かべながら
「良い子ですね、エーカーさん」とだけ答えた。

そう言われて何だか恥ずかしくなり、私は頭を掻いた。
横目でさんを見ると彼女もそう言われて何だか恥ずかしそうにしていた。



エレベーターに乗り、最上階の部屋へと足を運ぶ。




扉を開けて、彼女をエスコートする。






「此処が今日から私達が一緒に住む部屋です」


「此処が・・・。広い、ですね」


「外はバルコニーが付いてて、メゾネットタイプです。階段を上がれば上にも部屋があります」






私が説明をするとさんは珍しいものでも
見るかのように辺りを見回していた。



一応、彼女が来る前に部屋を全部チェックはした。



階段を上がった部屋を寝室にして、ベッドもダブルサイズを注文し
既に鎮座している。

彼女のためにクローゼットも一つ空けておいた。







「もし不便があるようでしたら言ってください。手は尽くします」


「そ、そんな!こんな広いお部屋で不便だなんて、とんでもないですよ!
むしろ、2人でこれは・・・広すぎるくらいです」


「広すぎてもいいじゃないですか。まだ家具は少ししかないんですし、色々と買い揃えていきましょう。2人で」


「エーカーさん・・・・・・はい」







私の言葉に、さんは眩しいくらいの笑顔で答えてくれた。


2人で話していると業者の人が荷物を何処に置けばいい?と尋ねてきたから
彼女に好きな所にいいですよ、と促すとさんは業者の人に指示するために私の側を離れていった。



2人で過ごす準備は出来た。


後、足りないことといえば・・・。










「呼び方、だよな」








せっかく結ばれた関係になったんだ。
いい加減「さん付けに敬語」はやめよう、と何度も自分の心に訴えた。
だけど、彼女を前にするとどうしても・・・思わずさんと呼んで、敬語口調になってしまう。


いきなり呼び捨てすると、何だか気分を悪くさせてしまいそうで怖い。







「此処はやはり、一つ聞いてからの方が」



「あの・・・エーカーさん」



「あ・・・は、はい。何でしょうか?」







1人で考え込んでいると、背後からさんの声がして私は振り返る。


振り返った時に見た彼女の表情は何か私に言いたそうな顔をしていた。









「どうかしましたか?」




「あ、あの・・・っ」




「?」




「あの・・・グラハムさんって、呼んでもいいですか!?」




「え?」








彼女の口から出てきた言葉に、驚きが隠せなかった。










「その、あの・・・・・突然、呼び方変えたりしたらおかしいだろうし。
むしろ、その、私のほうが年下なのに、急に名前で呼んだりしたらきっと気分悪くさせちゃうと思って。
でも・・・やっぱり、あの・・・・」










頬を真っ赤にして、顔を伏せて――――。













「私も、貴方のこと・・・名前で、呼びたくて・・・ご、ごめんなさい」










彼女の言葉に、私は笑みを浮かべ
真っ赤に染まった頬を手で包み込み、そのまま顔を上げさせた。


少し泣きそうな目をして、私を見ている。






君がそう、望んでいるのなら・・・私も応えよう。







「謝る必要なんて、何処にもない。むしろ、そう呼ばれて私も嬉しいから」




「あの、じゃあ・・・いいんですか?」




「構わないよ。の好きなように、私の事呼んでいいから」




「あ、あの・・・今、私の事、呼び捨てで・・・それに、言葉遣いも」







私の変化にはすぐさま気付いた。







「うん。だって、私達はもう”お友達“じゃない”恋人“なんだ。コレが普通だろ?
でも、もし・・・君が嫌だというのなら、言葉遣いも呼び方も以前のようにするから」







すると、は首を横に振ってすぐさま私を見上げた。







「嫌じゃないです。とっても、とっても嬉しいです・・・グラハムさん」



「良かった。そう言ってくれて嬉しいよ









新たな生活。


此処から、この場所から始めよう。


私と君の、新しい生活を。








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