「37.8か。まったく、どうして我慢なんかしてたんだ」
「ご、ごめんなさいグラハムさん」
を引き取って、3ヶ月が経ったある日のことだった。
突然体調を崩したを無理矢理寝かしつけたら、案の定彼女は風邪を引いていた。
体温計で体温を測らせたら一目瞭然の数値が其処に表示されていたのだ。
「こんな高熱放っておいたら、ダメじゃないか」
「す、すみません」
あまり病人を怒るのも、やはり気が引けてしまう。
私はため息を零しベッドから
体を半分と起こしているを見た。
「今日は、安静にしておくんだぞ。風邪薬は生憎ウチには置いていないから、買ってくるとしよう。
じゃあ行ってくる、大人しくしておくんだぞ」
「はい。行って、らっしゃい」
そう言っては仕事に出る私を見送った。
彼女、を花屋から引き取って、3ヶ月が経った。
呼び方も、だいぶ慣れた感じになったが、まだ何処となくぎくしゃくしている。
家のことをしてくれるのは、とても嬉しいのだが
やはり、私としては恋人らしいことをしたいじゃないか。
私はあの子よりも年上だ、甘えてくれたっていいに決まっている。
それだというのに・・・あの子は―――――。
「グラ・・・ハム・・・・グラ、ハム・・・・・・・・・グラハム!」
「!?・・・あ、あぁ・・・・・・カタギリ」
カタギリに声をかけられ、私は我に返る。
「いつまで、ボーっとしてるんだい?会議終わったよ」
「そうか。・・・・・・研究室に戻ろう」
私は席を立ち、カタギリと共に会議室を出て研究室に戻る。
すると、廊下を歩きながらカタギリが私に問いかけてきた。
「で、何を考え込んでいたんだい?」
「え?」
「君が会議を聞かず、ずっと物思いに耽るなんて滅多にないことだよ。何かあったのかなぁ〜と思って」
「カタギリ、君は風邪の時はどうしている?」
「風邪って・・・君、今元気じゃないか。あ、もしかして・・・花少女が風邪を引いたとか?」
鋭く意表を突かれ、私は黙り込んだ。
するとカタギリはニコニコと笑っていた。
「そっか。それだったらまず安静だね。それから、栄養のあるもの。
でも、あっさりして食べやすいものがいいね。後は、風邪薬を飲ませることかな?」
「薬は何が効くと思う?」
「僕に聞くより、お医者さんに聞いたほうがいいんじゃない?」
すると、カタギリは人差し指を立て、何か思いついたような顔をした。
「風邪に効くお薬ですか?症状にもよりますけど」
私とカタギリは、軍医であるジャン・ノイマンの元を訪ね医務室に居た。
彼は以前州では名のある名医であったという話を思い出し、訪ねたのだった。
私は今朝のの症状を全て彼に告げる。
彼はそれをパソコンのカルテに打ち込みながら、ディスプレイに表示された薬を棚から取り出す。
「しかし、珍しいですね。エーカー中尉がそのような真剣に聞いてくるなんて、どうなさったんです?」
「ウチで預っている知り合いの子が風邪で倒れてな。私自身あまり風邪など引かないから
どうすればいいのか分からなくて」
「そうですか。軍人たる者、健康でなければいけませんからね」
ノイマンは、笑いながら棚から薬を取り出していた。
多分、私の嘘も気づいているのだろう。
彼は薬を袋の中に入れ私に渡した。
「錠剤と散剤・1日3回、必ず食後に服用させてください。
それから、熱が酷い時は解熱剤も入れておきましたから、もしもの時は飲ませてください」
「すまない助かった、ありがとう」
そう言って、私とカタギリは医務室を後にする。
「よし、コレで大丈夫だな」
「フフフ」
「何だ、カタギリ。笑ったりして」
すると、私の横でカタギリが笑みを浮かべていた。
「いや、君がこんなに献身的に誰かを看病するなんて」
「何が言いたい」
「余程、彼女に惚れこんでる事が伺えるよ」
「惚れ込むというか、私は彼女に溺れているんだ」
引き取る以前から、毎日のようにが居る花屋に足を運んだ。
彼女に出逢ったおかげで、自分の生き方を変えてみようとまで思ったくらい
それくらい・・・・・・私は彼女を愛してしまった。
例え自分が、何時死んでもおかしくはない立場の人間だとしても。
「じゃあ、早く帰ってあげるべきかな?」
「どういう意味だ?」
すると、カタギリが私に助言する。
「彼女、家に1人なんだろ?安静にしろと言われて、大人しく寝ている人間は、この世に何人居るだろうね?」
カタギリの言葉を聴いた途端
のことが心配になり自然と足が早くなる。
「帰ってもいいよ。皆にはグラハムは具合が悪くなり帰宅したって言っておくし」
「しかしまだ、仕事が。報告書だって半分も終わっていない・・・それなのに・・・っ」
「気になるなら帰ったほうがいいって。そんな焦った気持ちで仕事をすると
返ってミスして、仕事を増やす原因になるよ。僕だけじゃない、他の部下達にだって迷惑がかかる」
「カタギリ」
カタギリにそう言われ、私は立ち止まった。
「後を、頼むがいいか?」
「どうぞ」
「ありがとう、すまないっ!」
彼に礼を言うと、私は踵を返しすぐに駆け出し
マンションに帰るのだった。
「ただいま」
あれから、私は急いで家に戻り
リビングに足を進め、荷物を置いた途端・・・部屋の違和感に気づく。
「・・・まさかっ」
私は、朝家を出る際に机の上に置いていった体温計を持ち
が寝ている寝室に行く。
そして扉の前に立ち、扉をノックする。
「。私だ、グラハムだ。入るぞ」
『グラハムさん?・・・はぃ』
の返事を聞いて、中に入り
寝ている彼女の隣に座り体温計を差し出す。
「ぁ、あのぅ」
「熱を計るんだ」
「ぇ・・・あ・・・で、でもっ」
「・・・計らないと、私もどうしていいのか分からないだろう。それとも、計れない理由でもあるのか?」
「!?・・・ご、ごめんなさい」
すると、は素直に謝ってきた。
私はため息を一つ零した。
「安静にしてろと、私は言って出て行ったはずだ。なぜ、動いたりなんかしたんだ?」
「すみません」
此処からはあくまで私の推測だが
私が出て行った後、は洗濯をしたり、部屋を片付けたりなどをしていたに違いない。
帰って来て、部屋が異様に片付いているのを見て私はそれに気づいた。
でも私がこの子の側に居なかったのも1つの原因ではある。
彼女ばかりを責める訳にはいかない。
「とにかく、熱は計るんだ。何か食べやすい物を作ってくる」
「はぃ」
そう、に熱を計るよう促し、私は寝室を後にしてキッチンでに
何か食べさせるものを作りに行った。
数分後。私は作った食事を持って再び寝室に戻った。
「・・・熱は?」
「計りました」
大人しく熱を計ったに体温計を渡され、見る。
「38.5。ホラ、見ろ・・・上がってる。無理して体を動かすからだ」
「ごめんなさい、グラハムさん」
申し訳なさそうには布団で顔を隠した。
彼女に悪い印象を与えているようで、私は咳払いをしてそっとの頭を撫でる。
「別に、怒っているわけじゃない。君を1人にさせた私にも否がある」
「グラハムさん」
すると、は隠していた顔を見せた。
私はそんな彼女の熱を持ったおでこに触れる。
「さぁ、起きて。食事を作ってきたから、食べるんだ」
「はい」
優しい微笑を浮かべ、彼女は布団からゆっくり起き上がる。
私はトレーに乗せた食事を彼女の目の前に出す
「あのコレは?」
「同僚から聞いたんだがオカユという、日本料理らしい。
まぁ、リゾットに近いものだな。塩味であっさりして食べやすいらしい」
「はぁ・・・」
カタギリから途中、電話があり、
『「オカユ」っていう料理が日本料理にあって、風邪のときに病人に食べさせるものなんだって。塩味でおいしいみたい』
という助言を貰ったので、作ってみた。例えて言えば、本当にリゾットに近い食べ物だ。
はその珍しい食べ物を呆然と見つめていた。
「食べないのか?」
「えっ?あ、ぃえ・・・そういうわけじゃ」
は、オカユに手もつけようとしない。
「食欲がないなんて、言わせないぞ。薬の服用は空腹時は避けるのが基本だろ」
「で、でも」
「なら、私が食べさせてやる」
「えっ!?」
私はスプーンで、オカユをかき混ぜ
少し空気に触れさせ冷まし、少量スプーンで掬い上げの前に出す。
「さぁ、口を開けて」
「で、でも・・・っ」
「、ほら」
少々子供じみたやり方か?と自分で思ったが
はようやく口を開けてそれを食べてくれた。
「どうだ?」
「美味しい、です」
は照れながらそう言うと、私は思わず嬉しくなった。
「そうか、よかった」
「ぁ、あの・・・もう1人で食べれますから」
「熱を出している人間に、無理な動きはさせたくないからな。出来るならさせてくれ、でなきゃ私が虚しいだろ?」
「じゃ、じゃあお言葉に、甘えて」
彼女は恥ずかしそうにそう言った。
それから、私は数十分間に付っきりで食べさせていた。
やはり朝から何も食べていなかったのか、彼女はそれをすぐに食べ終えた。
「ごちそうさま、でした」
「よし、食べたな。薬を持ってきたから飲むんだぞ」
私は、ノイマンから貰った袋から錠剤と散剤を1つずつ取り出し
コップに注いだ水と一緒にに渡した。
「解熱剤も貰ってきたから、安心していい。さぁ、今度こそ安静にすることだ」
「あっ、あのぅ」
「ん?」
すると、が何か言いたそうにしている。
私は彼女が大体何を言いたいのかすぐに分かった。
「心配しなくていい、私も此処に居る。何か欲しいものがあったらいつでも言ってくれ」
「はい」
私は椅子を持ってきて、寝ている彼女の隣に置いて腰掛け本を開いた。
すると、はそんな私を見て安心したのか、すぐに眠った。
「おやすみ、」
そう呟き、私は本に目を移した。
時間がゆっくりと流れ、あまりの心地良さに私はいつしか眠っていた。
「・・・んっ」
目を覚ますと、辺りが暗くなっていた。
近くに置いていた携帯で時間を確かめると夜の10時を表示していた。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「?」
すると、隣で眠っているが急に荒々しい呼吸を繰り返していた。
のおでこに触れると、酷い位の熱を感じた。
汗も、昼間とは大違いなほどかいていた。
「!?・・・熱が上がったか」
私は椅子から立ち上がり、急いでキッチンでタオルを濡らして戻り
汗をかいた彼女を抱きかかえ、体の汗を優しく拭く。
だが、それだけでの熱が下がるわけがない。
「そうだ、解熱剤」
風邪薬と一緒に貰った解熱剤を袋から取り出す。
だけど、今無理にを起こして薬を飲ませたりなんかしたら返って酷くなるに違いない。
「これだけは、したくなかったんだが仕方ないな」
私は解熱剤を口に含み、続いて水を含む。
そして彼女の唇へと徐々に近付く。
病人にこんなことをする自体、おかしい。
本当はちゃんとの意識が
はっきりしているときにしたかったのだが、そうも言ってられない。
「(まぁいいか)」
そう、自分の中で肯定付け、と唇を重ねた。
「んっ・・・ンぅ・・・んん」
徐々に私の口の中から薬を含んだ水がへと流れ込んでいく。
ようやく全てを飲み干し、私は名残惜しむように唇を離した。
荒々しい呼吸も、段々と戻りつつあるが・・・少しの体が震えていた。
「もしかして、汗で湿って寒いのか?」
私はの衣服を掴むと、少し冷たい。
「まったく・・・君ときたら」
小さな笑みを浮かべ、の着ていたパジャマを脱がせ
自分の着ていたシャツを代わりに着せ、私はそのまま彼女を抱きしめベッドに入った。
腕の中にいるはとても小さくて可愛い。
まだ、震える彼女の体を私はしっかりと抱きしめ・・・・・・。
「大丈夫だ、私が側に居る」
そして、そのまま深い眠りに就いた。
「・・・・・・んっ」
カーテンから日差しが零れ、目に当たる。
その光が眩しすぎて私は目を覚ました。
「朝か。・・・そうだ、」
今が朝だと分かり、私は抱きしめ眠っていたを見る。
まだ彼女は夢の中、目を覚ます気配が見られない。
私はそっと彼女のおでこに手を当て、熱を確かめる。
「下がったか。解熱剤が効いたみたいだな」
人肌並の体温に戻り一安心。
やはり医者が処方した薬は効くもんだな、などと心の中で呟いた。
「・・・・んっ」
すると、くぐもった声が聞こえ
の目がゆっくりと開かれる。
「グラハム、さん?」
「おはよう。もう大丈夫だぞ、熱は下がったから」
「あ・・・は・・・・・・・・・・・・」
彼女は返事をしようとしたら、言葉が途切れ
体が硬直して動かなくなっていた。
そして、顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「?どうした?顔が赤いぞ・・・熱が上がったのか?」
「あ・・・あの・・・っ・・・グ、グラハムさん」
「何だ?何か持ってきてほしいものがあれば言っていいんだぞ」
「その・・・・上、何か着てください」
「え?・・・・・・・あっ、す・・・すまない!!」
私はすぐさま彼女から離れ、ベッドを出て
手近に置いていたスーツのブラウスを羽織った。
が顔を真っ赤にする理由がよく分かった。
私の洋服は彼女に着せていて、私はある意味上半身は何も着ていない。
性的、というか肉体的に関係を持っていないから
彼女が顔を赤らめて当然の反応だ。
こういったことに全くといっていい程、は免疫がないのだから。
私は彼女に背を向け、話しかける。
「す、すまない」
「い・・・いえ、大丈夫です」
「君の服が汗で湿っていたから、その・・・私の服を着せたんだ。
別に疚しいことは一切していない。其処は・・・履き違えないで欲しい」
疚しいことは一切していない・・・なんて、私も嘘が上手いもんだ。
熱で半分意識がない彼女にキスをしたのに、疚しいことは一切していないなんて。
ホント、いっその事私は地獄に落ちたほうがいいんだろうな。
「熱は、下がってる。でも、今日まで安静にしておくんだぞ」
「グラハムさん」
「私は仕事に行く。でも、なるべく早く帰ってくるから、だから」
「・・・あの」
言葉を放とうとしたら、が声を遮った。
しかも、彼女の口から出てきた言葉は「こっちを向いて」という言葉で
声色からもそう伺えた。
私はゆっくりと、彼女の方へ振り返る。
「ありがとう、ございました」
「」
「一晩中、側に居てくれて・・・本当にありがとうございます」
は私に優しく微笑みかけてくれた。
私は彼女の元へと近付き、頬に触れる。
「今日まで安静・・・約束できるか?」
「はい」
「良い子だ。さぁベッドの中に入っておやすみ」
「はい。グラハムさんも行ってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」
そう言って彼女を寝かし、私は寝室を出た。
ドアに寄り掛かり、その場に座り込む。
「私も・・・重症だな」
初々しいまでの反応に、数年ぶりの恥じらいを味わった。
今までこんな事なかった。
そう、と暮らし始めるまでは。
気にするのは「彼女に嫌われたくない」から。
気になるのは「彼女の事が好き」だから。
私の生活全部が、を中心に回り始め、そして狂い始める。
心も、体も・・・彼女無しでは生きていけない状態にまで陥る。
「恐ろしいな、本当に」
酷いまでに心地よい病(やまい)に私はどうやら侵されてしまったようだ。
Sick-君という病-
(私は治らない病に侵された。そう、君というビョーキに)