少し、戸惑っている自分が情けなく思えた。
「ただいま」
と一緒に暮らし始めて、半年が過ぎた。
呼び方も、喋り方も、仕草も、互いの体を知り始めた。
だが、私には一抹の不安があった。
「・・・」
私は、リビングに向かう扉を開けると
食事をする机で、すやすやと眠る彼女の姿を見つけた。
そして、眠っているの目の前には
保温保存された・・・私の食事。
ずっと、待っていたのか?
私が、帰ってくるのを。
「・・・・・・」
私はそっと彼女の肩を優しく叩いた。
するとそれに気付いたのか、眠っていた目が徐々に開く。
「んぅ・・・ぁ・・・グラ・・・ハム」
「こんなところで寝てたら風邪引くだろ?さぁ、寝室に行こう」
「・・・今、帰って・・来たの?」
「あぁ、すまない。食事は明日食べるよ」
「・・・ぅん」
「私はシャワーを浴びるから・・・先に行って、寝てなさい。私もすぐ隣に行く」
「ぅん、分かった。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そう言って、私はを寝室へと上げた。
私はソファーに軍服の上着を置き、其処に立ち尽くした。
最近、あの・・・体を初めて重ねた日から私はを避けている。
別に嫌いとかそうじゃない。
ましてや嫌いになるなんてありえない。
ただ、不安なだけだ。
優しくて、光のような彼女。
いつも笑顔を絶やさずに、私を呼ぶ声は――――。
『 グ ラ ハ ム 』
耳に残って離れない。
だからこそ、不安だった。
いつ、彼女が私の側から離れていくのかと。
それだけが不安だった。
幼い頃、親に捨てられた孤独に
私は苛まれて、今でもそれが時々襲ってきて怖くなる。
「・・・・・・ゴメン・・・」
愛しい人がやっとできたというのに
何故私は、怯えているんだ。
何故、上手く彼女を受け止めて上げれないんだ。
約束・・・したのに・・・。
「おや、グラハム・・・まだ残ってたのかい?」
「あぁ、カタギリか」
アレから数日、やっぱりどうしてもとは距離を置く感じだった。
彼女から一方的に話しかけられても
「仕事があるから」と言って、書斎に逃げ込む。
酷いときは、もう退勤していい頃なのに
遅くまで軍に残って、彼女が眠るのを待って帰るという。
「帰らなくていいの?今日別に残業することないじゃない」
「ちょっと・・・な」
「何?花少女と上手くいってないの?」
「そうじゃない」
「じゃあ、何?」
今から帰ろうとするカタギリに
私は渋々話し始めた。
「その・・・不安、なんだ」
「不安?」
「あぁ。・・・確かに彼女を引き取って一緒に暮らし始めて・・・愛し合ってきてる。
だけど、何だか不安なんだ・・・怖くて、震えが止まらない」
「グラハム」
「怖いんだよ・・・カタギリ。いつか・・・彼女も私の側から離れていくんじゃないかと思って」
幼い頃に自ら受けた孤独と同じように
だから、誰も好きになろうとしなかった・・・空に執着した。
だけど、あまりにも空に魅入られすぎて・・・一人でいいと思っていた。
プレッシャーに押されて、決して償いきれない罪を背負い
押し潰されてしまいそうになったときに・・・―――――。
『こんなところに居たら、風邪引いちゃいますよ』
が私に手を差し伸べてくれた。
この世で遂に一人になった、孤独になったと、また幼いあの日と同じように
心も、体も、冷たく・・・冷え切ってしまうと思っていたところに
優しい天使の微笑みをした・・・が居た。
「彼女は・・・私に愛する喜びを教えてくれた。今までたった一人だった・・・私に、彼女は手を
差し伸べてくれた、優しくしてくれた・・・だからこそ」
「失うのが、怖い」
「きっとあの子を失ってしまったら私は一体何に頼って生きていけばいい?
空は全てを受け止めてくれる・・・地上が嫌いだった・・・でも、彼女が居れば全てが華やいだ」
「グラハム」
「怖いんだ・・・これ以上、一人にはなりたくない。私は」
を何よりも失いたくない。
---------ガチャッ!
「ただいま」
夜も更けた。
私は家に帰り着き、いつものようにリビングに向かう。
広い部屋で、決して返って来るはずもない。
「おかえり」
「ぇ?・・・」
すると、其処にはが立っていた。
しかも、真剣な面持ちで私を見ている。
私は思わず彼女から目を逸らした。
「まだ、起きてたのか・・・早く寝ないか」
「ねぇ・・・何で目を逸らすの?」
「・・・・・・」
突如、が私の言葉を切り捨てるように
自らの言葉で私に言ってきた。
「すまない・・・少し疲れてるみたいだ・・・私はもう寝るよ」
「待って・・・私の話、聞いて」
「私は明日早いんだ・・・先に寝る」
「待ってグラハム!」
は私の動きを止めるように、手を握った。
あまりに突然のこと・・・私は思わずその手を振り払った。
気付いた頃には、はとても悲しそうな顔をしていた。
私はその表情すら見れず、顔を背けた。
「グラハム・・・何で?・・・ねぇ、何で目を逸らしたりするの?」
「・・・・・・」
「最近おかしいよ、グラハム。何か私避けてるみたいで・・・私のこと、嫌いになった?」
「違う!を、嫌いになるはずないだろ」
「じゃあなんで?!・・・何で避けたりするの?何で、ワザと遅く帰ってきたりするの?何で、何で・・・」
「 私 の 話 聞 い て く れ な い の ?」
「」
私の目の前に居るは目から涙が零れ落ち
頬を優しく伝っていた。
「話したいこといっぱい、いっぱいあるのに・・・グラハム、何で・・・避けたりするの?」
「」
「私のこと、嫌いになった?私、貴方にとって必要のない子?・・・私の何か嫌になった?」
「・・・、違うんだ」
「お願い・・・嫌いにならないで・・・。グラハムが嫌だと思うなら、直すから・・・直すから・・・」
「 一 人 に し な い で 」
顔を手で覆い隠して、は泣いた。
あぁ、そうか・・・私だけじゃ無いんだ。
も、怖かったんだ。
孤独を知っている彼女だからこそ・・・怖かったんだ。
私だけじゃ・・・なかったんだ。
「・・・ゴメンよ」
「ぇ?」
そう言って、私は優しく彼女の体を抱きしめた。
華奢な体は、すぐ腕の中に収まり・・・力を出してしまえば折れそうなくらい可愛くて、愛しい。
「不安、だったんだ」
「え?」
「怖かったんだ。君を、を失うことが」
「わ、たし?」
「そう。今まで一人だと感じていた世界に君が居てくれて、華やいで・・・体を重ねて・・・。
だからこそ、不安だった・・・その分、失ってしまった時の恐怖を考えたら」
「大丈夫だよ・・・私、グラハムの側に、ずっと居るよ」
「ゴメンよ、・・・君をこんなに怯えさせてしまって」
君を失うことが何よりも怖くて
君を失ってしまえば、きっと私はまた一人になる。
それを考えただけで、怖くて、避けていた。
「逃げていたんだ・・・私は、君から。・・・君を、愛することから」
「グラハム」
「だけど、私はもう恐れたりしない。・・・君が此処に居てくれる限り・・・私は大丈夫だ」
「私、ちゃんと此処で待ってるよ・・・グラハムが帰ってくるの」
帰ってくるのを待ってくれてる人が居る。
もう、一人じゃない・・・愛する人がいる。
「あのね、グラハム」
「何だ?」
「一つだけ、約束して」
するとが何か切り出した。
「帰り、ちゃんと待ってるから・・・・・早く帰って・・・きてほしい」
頬を赤く染めて、恥じらいを含んだ声で精一杯の愛情表現。
「分かった・・・明日からは早く帰ってくる。のために」
「わ、私のため?!」
「当たり前だろ?君は私の天使だから」
「へ?!な、恥ずかしいこと言わないでよ!!」
不安なのはお互いで、きっとその不安は、幸せすぎたからだと思う。
「おや、グラハム・・・今日は早く帰るの?」
「あぁ、待ってる人が居るからな・・・お疲れ!」
「おやおや、昨日とは大違いだね」
早く帰ってあげて、幸せいっぱいの顔が見たい。
もう一人じゃない・・・私の部屋にはもう温かい明かりが灯っている。
真っ暗な暗闇も、もう大丈夫。
--------ガチャッ・・・バタン!!
「ただいま・・・!」
君が、私の側に居てくれる限り
君が私にたくさんの愛を教えてくれたように。
もう、怯えたり、迷ったり、しない。
「あ、おかえり・・・グラハム」
愛する君が待っている、温かい部屋に私はちゃんと戻ってくるよ。
I'm Here-君待つ部屋に-
(此処に居るよ。だから、もう寂しいなんて言わないで)