――――ザー・・・。
「ハァ・・・ハァ・・・」
私は、カタギリさんに話し終わった後すぐに
彼と一緒に住んでいるマンションへと戻ってきた。
しかし帰ってきた途端、吐き気に襲われトイレに駆けこみ嘔吐。
数分して、私はトイレから出た。
今でも口の中には、なんとも言い表せない感触が残っている。
「・・・コーヒーでもダメなんだ」
ボソッと呟きながら、私はフラフラとキッチンに行き
コップに水を注ぎ飲み干し
そっと、お腹に手を添え、瞳を閉じた。
「(いつかは・・・話さなきゃ、いけないのかな)」
正直、彼から血の匂いが
強くなり始めた頃から、吐き気が酷くなった。
最初の頃はなんら大丈夫だったのに、今ではあの強烈な血液独特の匂いに
耐え切れず、グラハムが見ていない隙を見てトイレに駆け込む。
それを繰り返す毎日。
いつかは絶対に彼に話さなきゃいけない日が来るとなると
何だか不安でたまらなかった。
今の状態・・・ただの、吐き気では、ないからだ。
それは、1ヶ月前に遡る。
その日突然の吐き気を催し、嘔吐した事が全ての始まりだった。
――――ザー・・・・・・。
「・・・気持ち悪い」
昼食を摂ろうとして、準備をしている最中
私は食事の良い香りに突然、吐き気を催してトイレに駆け込んだ。
トイレから出ても、部屋中を香る食事の匂いに耐え切れず私はトイレに篭っていた。
「・・・・昨日は、何ともなかったのに・・・おかしいな・・・」
トイレの扉に寄り掛かり、天井を見上げた。
昨日まではなんともなかった、体調の突然の変化に私はまさかと思った。
「そういえば・・・生理・・・来てない」
生理の来ない日が此処数ヶ月続いていた。
そして、食事の匂いで吐き気を催す。
思い当たる節に顔が真っ青になる。
「ま、まさか・・・嘘、でしょ・・・?」
思わず冷や汗が出て背筋が凍った。
でも考えたら・・・ただの生理不順かもしれない、前もそんな事があったし
吐き気だって、今日だけかもしれない・・・明日には治ってるかもしれない。
そんなはず、そんなはずはない・・・首を横に振って、そんな不安な気持ちを一蹴させた。
だが、私の気持ちとは裏腹に、吐き気は次の日までも続いた。
「・・・」
「え?・・・な、何?」
すると、吐き気が始まった2日後・・・グラハムが家を出る前、私の顔を見てきた。
「どうした、最近顔色が良くないぞ」
「そ、そう?・・・全然平気だよ」
グラハムは心配そうな顔をして私の頬に触れた。
仮面越しの顔でも、瞳には心配の色が伺われた。
「体調が悪かったら、すぐに電話するんだぞ・・・飛んで帰ってくるから」
「貴方の仕事に迷惑かけないわ。私は大丈夫だから行ってらっしゃい、グラハム」
「・・・あぁ、行って来る」
そう言って、彼を送り出したが
私の体調は悪化する・・・いや、吐き気が酷くなる一方。
特に、彼の体から匂ってくる・・・ワケの分からない血の匂いでさえも私の体にはダメらしい。
もう、コレは・・・病院に行くしかない。
次の日、私は意を決し病院に行くことにした。
『もしもし?』
「もしもし・・・アンナ」
『あぁ、!・・・どうした?』
病院に一人で行くのは不安なので
アンナに付いて来てもらうために、彼女の携帯に電話を入れる。
「あ、あのね・・・病院、行きたいんだけど・・・」
『は?アンタ、それは一人で行きなさいよ』
「ひ、一人じゃ・・・行けないから、アンナに言ってるんだけど」
『・・・・・・』
すると、しばらく電話元のアンナは黙り込み――――。
『分かった・・・私の友達のお姉さんがいる病院行こう。連絡入れとくから、今からそっちに行く』
「ぅ・・・ぅん・・・ありがとう」
どうやら、私の気持ちが理解できたのか
アンナは急ぐような声で、私に答えてくれた。
「・・・おめでとう、3ヶ月よ」
「ぇ」
「さ・・・3ヶ月?・・・!!おめでとう!!」
アンナの知り合いのお姉さんの居る病院にやってきた。
数分の検査の結果、私の中に、新しい命が生まれていた。
付いて来てくれたアンナは喜ぶも
私は、予感的中にただ、ただ・・・喜びもせず、言葉が出なかった。
帰り道、アンナは嬉しそうに話し始める。
「3ヶ月かぁ〜・・・、ママが聞いたらきっと喜ぶわよ」
「・・・ぅ、ぅん・・・」
「どうしたの?何かさっきから嬉しそうじゃないけど・・・?」
「う、嬉しいけど」
私はそっと、お腹を優しく押さえた。
「グラハムに・・・話せるかどうか・・・不安で・・・」
「何で?エーカーさんだったらすっごい喜んでくれるって!」
「で、でも・・・グラハム、私に何か・・・隠してる・・・」
「え?」
彼が仕事に復帰して、数ヶ月、行動に何か不信感を抱いた。
抱いた結果、あの、ワケの分からない血の匂いがし始めた。
微量だったのが、最近では酷く匂う。
「何?浮気でもしてるとか?」
「違う。・・・何ていうか、あんまり仕事上のことで私首は突っ込まないようにしてるんだけど」
「え?仕事上で、エーカーさん、に隠し事してるの?」
「別に深く仕事内容とかさ、聞かないようにしてたんだけど・・・何だか、最近様子がおかしいって言うか」
「うん」
「わ、笑わないで聞いてね・・・グラハムから、最近血の匂いがするの」
「え?」
そして、私はアンナに、血の匂いの事を話すのだった。
「そういうわけか。・・・それで、エーカーさんに話すかどうか迷ってるのね」
「別に私の関係ないことだし、家では仕事の話はしないでって言ってるけど
最近のグラハムが何だかおかしくて・・・」
おかしいというよりも、何かを隠している。
そして、彼の背後に見える・・・何か底知れない、黒い何か。
彼の体から香ってくる、血の匂い。
確実に、彼は、私に話してはいけない”何か“を胸に潜めている。
「そんな状態で、この事・・・グラハムには話せないよ」
「」
「話したら、きっとグラハムは喜んでくれるかもしれない。でも、それだけじゃ・・・きっと何も解決しない。
あの人からは、血の匂いは消えたりしないと思うの」
「・・・じゃあ、どうするの?」
「もう少し、このままで・・・私が話す時が来たら話す。その代わり、彼にも話してもらう。
隠し事もしないで欲しいの。私の前ではありのままの彼で居て欲しいから」
私の前では、死んでしまった”グラハム・エーカー“と
新しい”グラハム・エーカー“の両方で居て欲しいから。
もし、それでも話せないのなら・・・この命と共に、私は彼の前から・・・去ればいい。
きっと、それが、最後の手段だから。
「・・・いけない・・・寝ちゃってた・・・」
私はいつの間にか、リビングのソファーでうたた寝をしてしまっていたらしい。
目をこすりながら気だるい体を起こし、暗くなった部屋の電気を点けに行く。
お腹を押さえれば、ドクンドクンと、命が鼓動を立てる音がする。
まだ、3ヶ月・・・形が現れているというわけではない、だけど、私には感じれる。
この子は今・・・懸命に、この世に生きてこようという意思が伝わってくる。
「・・・っ・・・ぅ・・・ぅう・・・」
瞳から涙が零れそうになった。
壁に手を置き、顔を伏せて、涙を堪えた。
泣いちゃダメ・・・泣いたら、この子が悲しんじゃう・・・。
---------ガチャン!
すると、玄関から鍵の開く音がした。
私はグラハムだと思い、瞳に溜まった涙を腕で拭い
彼を出迎えるために、玄関へと向かう。
「ただいま」
「おかえ」
-------ドクッ!!
「・・・っ!?」
「?」
グラハムをいつものように出迎えた瞬間
彼の体から放たれる、あの匂いに・・・嗅覚が反応して、体へと伝える。
瞬間、一気に吐き気が襲ってきた。
ダメ・・・吐く・・・。
「!?」
私は彼の声も振り切って、そのままトイレへと
駆け込み鍵をかけ嘔吐したのだった。
生命の灯火が消えないように
(真実を打ち明けてくれるまで、この灯火が消えないように)