帰って来た途端、がすごい勢いで
トイレへと駆け込んでいった。
先ほど、カタギリが言っていた私の体に付いた血の匂いに
体があたってしまい、吐き気を催してしまったのだろう。
だけど、いつもと様子が何だか違う。
「・・・どうした?・・・気分でも悪いのか?」
『大丈夫。いつもの、ことだから気に、しないですぐ、治まるから』
嘔吐で引き起こされ、一気に体の力が抜けた
の声に覇気がない。
いつも、彼女は・・・嘔吐を繰り返しているのか?
「いつもって・・・体調が悪いなら、何故私に言ってくれなかったんだ?・・・電話しろと言っただろ?」
『貴方に、迷惑・・・かけたくないから』
ドアの向こうで、力なく彼女がそう答える。
「前も・・・前も、君はそう言って・・・無理をしていたじゃないか」
『大丈夫よ。・・・私に、構わないで』
「バカな事を言うな!愛する君を放っておけるわけないだろ・・・さぁ、此処を開けて、私と一緒に病院へ行こう」
『行かない。大丈夫よ、すぐに治まるから』
トイレの中に居る、は必死の言葉で抵抗をする。
そんな力ない声で言われても、まだ更に心配するだけだろう。
「・・・我がままを言うんじゃない。さぁ、此処を開けるんだ」
『イヤよ』
「、開けなさい」
『イヤ』
「!」
『イヤって言ってるでしょ!構わないでよ!!・・・うっ・・・』
「!?」
くぐもった声が聞こえ、再びは嘔吐した。
扉を叩くも、鍵の開く音はしない。ただ、無常に水の流れる音だけが響く。
私は、力なく、扉に縋りながら・・・床に座り込む。
「・・・どうして、何故・・・っ」
私が君に隠していることがあるばかりに、君が苦しんでいるなんて。
扉一枚で阻まれたその境界が・・・今は憎くて、ならない。
『此処から、出れば』
「え?」
すると、突然、小さな声でが喋りだした。
『私、きっと・・・グラハムに近づけなくなっちゃう』
「どうして・・・何で、そんな事を言うんだ。・・・私が何かしたか?何か原因があるなら言ってくれ」
『貴方・・・私に、何か隠してるでしょ?』
「・・・・・・」
の言葉に、私は言葉が出なかった。
アロウズに所属していることも、今何をしているのかも、私はすべてには話さずにいた。
『分からないとでも思ってた?分かってるんだよ、グラハムのこと、全部。・・・ずっと一緒に居るもん、分かるよ』
「君は・・・知らなくていいんだ。君が知っていいことじゃない」
『知らなきゃ、いけないの・・・うぅん、知りたいの・・・そうじゃなきゃ、私・・・グラハムから離れなきゃいけない』
「・・・どうして、どうして、私から離れなきゃいけないんだ」
理由が分からない。
確かに、私はに黙っていることが数多くある。
だけど、それだけだからと言って・・・がどうして私から離れていかなきゃいけないのか分からなかった。
こんなにも、愛し合ってきたのに。
いくつもの困難を乗り越えてきたのに。
ずっと、分かり合っていけると思っていたのに。
何故?
『貴方から・・・血の匂いが・・・するの』
すると、がそんな事を話し始めた。
私は一言一句、逃さないように耳の中へと入れていく
『最初はね・・・何かの間違えかと思ったんだけど・・・最近じゃ、それが強烈的に匂ってきて』
「人から、血の匂いがするわけないだろう?・・・私が重症を負っていると言うのか?』
『はぐらかさないで、グラハム。何を隠しているの?・・・そんなに、私に知れちゃいけないこと?』
話をどうにかして逸らそうとするも、の真剣な声に、負けてしまう。
「君は、知らなくていいことなんだ。そうだろ?」
『私には隠し事するなって言いながら・・・自分はしていいの?』
「・・・それは・・・」
図星を射抜かれ、私は内心焦った。
『お願い、グラハム・・・話して。・・・じゃなきゃ、私・・・本当に貴方から離れなきゃいけなくなっちゃう』
トイレの中で、は泣いている。
今は扉一枚ですら憎くて、君を抱きしめてあげることすら出来ない。
私が近づいてしまえば、きっと、または吐き気を催してしまう。
何がいけないというんだ?
全てを隠しているのが、こんなに辛くて・・・愛しい人ですら、悲しませてしまうなんて。
『グラハム・・・お願い・・・じゃなきゃ』
『・・・赤ちゃんが・・・死んじゃうよ・・・』
「え?」
突如、の口から零れた言葉に、私は驚きの声を上げた。
「赤ちゃんが、死ぬって・・・・まさか、」
『お腹の中に・・・赤ちゃん・・・居るの』
「私と、君の・・・子供が」
初めて聞かされた事実に、私は、驚きを隠せないと同時に
酷く後悔をした。
彼女のお腹の中には・・・私と彼女の愛し合った結晶が・・・育っていると言う事実に。
そして、今まで、それにすら気付いてあげれなかった私自身にも。
『酷いストレスとか感じたら、赤ちゃん・・・死んじゃう。・・・イヤよ、イヤだよ・・・赤ちゃんを、殺さないで』
「」
『お願い、グラハム!・・・私はどうなってもいい、でも・・・この子だけは、殺さないで・・・お願い、グラ・・・っう!?』
「!?」
つわりが酷いせいか、は再び嘔吐した。
辛そうに咳き込む声に、私はただ、力なく扉を叩く。
「・・・頼む、開けてくれ・・・このままじゃ、君が死んでしまう!!」
『私は、どうなってもいい・・・』
「君が死んでしまえば、元も子もないだろ!・・・その子だって、君だって・・・私にとってはかけがえのない存在だ」
『この子と一緒に死ねるなら、それでもいい。・・・悲しまずに、貴方をずっと見守っていれるから』
「バカなこと言わないでくれ!君を、子供を・・・失いたくない」
新しく生まれた命も、そして、それを産んでくれたでさえも
私にとってはかけがえのない存在で
失ってはならない・・・存在。
君や子供が同時に居なくなってしまえば、私はどう生きていけばいいんだ。
私の守るべきものは・・・・・・。
「君や、子供なんだ。頼む、死ぬなんて・・・言うんじゃない」
守るべきものは、そうだ・・・愛すべき人だ。
そして、愛すべき人が産んでくれた・・・その子供。
私と君の、大切な・・・子供。
「・・・出てきてくれ・・・もう、苦しまないでくれ」
『グラ・・・ハム』
「話すから・・・私から離れていかないで。頼むから」
子供も、も、両方大事だ。
失ってはいけない存在だ。・・・なら、いっそ真実を話してから、考えてくれ。
側に居ることも、私から離れていくことも。
-----------ガチャッ!
すると、トイレの閉まっていた鍵が開き、扉がゆっくりと開いていく。
「・・・・・・」
其処に立っていたのは、・・・そして、荒い呼吸を繰り返しながら・・・微笑んで・・・。
「・・・よかった・・・やっと・・・話して、くれるんだ・・・」
「!!」
すると、彼女はまるで何かに背後を叩かれたように
倒れようとした。
私はそんな倒れこんでくる彼女の体をすぐさま抱きしめた。
「・・・・・・すまない、こんな・・・つらい思いさせて・・・」
「うぅん・・・平気、だ・・・よ」
「もう、ツライ思いさせたりしないよ・・・もちろん、この子にもだ」
私は、お腹に添えられたの手の上に自分の手を重ねた。
伝わってくる、新たな命の息吹・・・この子が、私と、彼女の・・・子供。
「・・・よ、かった・・・」
「え?」
すると、突然、がにっこりと微笑み
私の胸に顔をつけてきた。
「いつもの・・・グラハムの・・・優しい、匂いだ」
「」
最愛の、天使の微笑みは
私に勇気と希望を与えてくれる。
君がずっと側に居てくれたら、私は何も恐れたりしない。
たとえ、どんなに険しいことになったとしても
君や、そして、産まれてくる子供が居てくれる限り。
それは、私にとって、何よりも変えがたい存在なのだと。
光差す楽園へ
(大丈夫、何も恐れたりしない・・・君が、新しく生まれ来る命が此処にある限り)