「まんまと騙された」
宝瓶宮へと戻る階段。
私は落胆交じりの言葉を呟いた。
人馬宮に居た双子座のデフテロスの言葉を真に受け
すぐ下の天蠍宮に降り、蠍座のカルディアにの事を問い詰めたが
「知らねぇよ!」の一点張り。
無理矢理にでも口を割らせようとしたところ、蟹座のマニゴルドが通りかかり
が宝瓶宮に戻っていることを告げた。
彼女が宝瓶宮に戻ったということは、確実に磨羯宮か人馬宮に居たことになる。
磨羯宮の主である山羊座のエルシドは任務のため不在。つまり人馬宮に居たと考えたら
私自身、デフテロスの言葉に騙されたということだ。
宝瓶宮に戻り、私はすぐさまを探す。
「・・・、何処だ?」
マニゴルドが嘘を言った可能性も考えたが
もし、天蠍宮を通り過ぎていったとしたら
カルディアが何かしらを庇うに違いない。
マニゴルド本人が嘘を言うこともないからだ。
それに宝瓶宮に戻ってきたら、すぐに分かった。
彼女の小宇宙を感じる。・・・清らかで、とても心地の良い小宇宙。
まぁ感じるものと違って、当の本人は非常に性格が厄介なものであるがな。
宝瓶宮の部屋をくまなく探し、残るは共に寝る場所だけ。
扉を開けたらベッドに横たわり、窓から零れる温かな陽射しを受け眠っているを見つけた。
そういえば、眠いとか言っていたこと思い出す。
「はぁ・・・やっと戻ったか」
私はため息を零し、後ろ手で扉をゆっくり閉め
ベッドで眠っているの隣に腰掛ける。
規則正しい寝息を立てる姿を目にし、私はそっと頬に触れ髪を撫でた。
「お前はどうして私をこうも振り回すんだ。心配する私の身にもなってみろ」
気が気じゃないんだ。
夜ふらりと出て行ったかと思ったら
帰ってくるのは夜明け前か、ほぼ朝。
間隔をあけてそれを繰り返すなら私も簡単な注意で済ませていくつもりだった。
しかしそれが毎日繰り返されているとなると・・・簡単な注意で済むレベルじゃない。
本格的に怒るレベルだ。
それだというのに、・・・お前は。
「私の困った顔や怒った顔が見たいのか?お前は何も考えていないかもしれないが
毎晩私の側を離れていく寂しさをいい加減分かってくれ」
困らせたいのか、怒らせたいのか。
から振り回されるのはもう慣れたくらいだ。
いや、正直彼女を好きになった時点でそんなこと分かりきっていたこと。
それでも・・・それでも、いつも居ない寂しさを感じたときの虚しさは・・・計りしれん。
本を読んで気を紛らわそうにも
内容がまったく入ってこない。・・・が、近くに、側に居てくれないから。
「本当は閉じ込めたいくらいなんだぞ」
何処に行って何をしているんだ?
どうして毎日出て行く必要があるんだ・・・しかも決まりきって日が暮れ、暗闇が支配する夜という世界に。
そんな世界・・・暗くて、の姿が見えないじゃないか。
「どうせお前は、何も話してくれないんだよな」
苦し紛れに眠っているに問いかけた。
だが熟睡しているのか返事が返ってくることもない。
せめて、今・・・私の目に映る時間だけ側に居てくれ。
出来ることなら・・・ずっと側に居て欲しいくらいだ。
そう心の中で呟きながら、私はの手を握り同じベッドで眠りに就いた。
「んっ・・・」
頭に温かい感触を感じ、私は薄っすらと目を開ける。
「起きた?」
「・・・寝ていたのか、私は」
「そうみたいね」
の声で脳内が徐々に覚醒を始める。
しかし視界がなぜか寝始めた時の視界とは違っていた。
確か、と向かい合わせになって逃げないように手を握り締めて寝ていたはずなのに。
彼女の声が真上から響いてくる。
真上?
頭に感じる温かく柔らかな感触?
そして、額に触れてくるの手。
「?!」
「何驚いてんのよ」
「膝枕・・・してるのか?」
「そうだけど、だから何?」
驚かずにはいられない。
から膝枕をしてもらうなんて思ってもみなかったからだ。
あまりのことで私の心臓が凄まじい速さで鼓動している。
自分の耳にまで聞こえてくるくらいの心拍数だ。
「嫌なら退いて」
「誰も嫌なんて言ってない。このままで居てくれ」
「デジェルのワガママ」
「ワガママなのはどっちだ」
いつも通りの会話を繰り返しているうちに
正常な脈打ちを始めていた。
大分膝枕に慣れてきたという意味だろうな。
の手が私の髪に触れて優しく撫でていく。
その感触でまた眠ってしまいそうだが
私は開けていた目を閉じ、口を開け言葉を放つ。
「宝瓶宮に戻ってきたのなら、今日という今日は出さないからな」
「いいよ。今日は出るつもりないから」
の言葉に閉じていた目を見開かせた。
昨日まであんなに私に対して牙をむき出しにし威嚇していたというのに
今日に限ってどういう風の吹き回しだ?と思うくらいの言葉だった。
一瞬、此処は喜んでいいところなのだろうと思ったが
いやの性格を考えたら、喜んだ後で待っているのは落胆だ。
ようするにぬか喜びになる。
「ならいい」
嬉しい表情を見せたら最後、待っているのは酷いまでの落胆。
だったら此処はクールに徹して
嬉しさを出さずに、敢えて「此処に居て当たり前だ」という感情を出せばいい。
「喜ばないのデジェル?私、今日此処を出ないんだよ?」
「居て当然だからな。喜んだところで何になるんだ?」
少し冷たく言い過ぎたか、と自分の中で後悔はしているものの
いや此処まで言わないと聞かないのがだ。
私も少し心を鬼にしなくては。
「じゃあ・・・今日、一緒にお風呂入る?」
「なっ!?」
心を鬼にしたのも束の間。
がいきなり私の耳元でおかしなことを囁いてきたから
驚いてしまい顔が赤く染まり思わず膝の上に乗せていた頭をあげ、座っているを見る。
「いきなり何を言うんだお前は!?」
「だって、デジェルが拗ねるから」
「拗ねてなどいない!何でそうなるんだ!?」
「デジェル・・・私とお風呂入るの嫌?」
「っ・・・それと、これとは・・・っ」
は首を傾げ上目遣いで私を見てきた。
相変わらず甘え上手というか、芝居上手というか、ご機嫌取り上手というか。
私と、別に清い恋人関係というわけではない。
私は男で、彼女は女。
当然好き同士、同じ部屋、共に過ごすということは
清い関係だけとは限らない。
互いの体と心を求め合うこともまた、恋人関係。
だからと言って・・・・――――。
「一緒に風呂に入るような真似はしない」
「ようするに恥ずかしいの?自分の裸見られるの、それとも私の裸見るの」
「お前は・・・っ」
まるで小悪魔のように笑みを浮かべる。
恥ずかしい?あぁ当たり前だ。
特に自分の体を見られるのが嫌なんじゃない、の体を見るのが無理なんだ。
お互い年頃だ。
好きな女性の体つきや、お湯で火照った体を見て欲情しない男は居ない。
いくら自分が戦士といえど残念ながら一人の男だ。
「と、とにかく入らないからな・・・っ」
「あっそ」
「だが、その代わり」
私は離れていくを引き寄せ、腕の中に収める。
風呂に一緒に入ることはしない。
でも、今日は宝瓶宮から出ないということならば―――――。
「私の側に、いてくれるんだろうな?」
「え?・・・う、うんそうだけど」
「じゃあ大人しく待っていろ。言っておくが、今晩はお前を寝かせてやれそうにないからな」
「っ・・・デ、デジェルッ!」
言葉の意味が分かったのか、は顔を真っ赤に染め上げた。
今まで空白の時間が多すぎてるんだ。
空いた時間は埋めてあげんとな。
顔を赤くしたの額に唇を触れさせた。
まるで約束事をしたかのような、誓いの口付け。
「大人しく、此処で待っているんだぞ・・・いいな?」
「う、うるさい!!早く行きなさいよ!!」
の頭を笑顔で優しく叩き、ベッドから離れ部屋を出た。
扉を閉めるまで笑みを浮かべていた私だが
部屋にを残し、外に出た途端の私の表情は笑みを消した。
「”今日は居る“か。なら明日から、またお前は黙って出て行って朝帰ってくるのか」
言葉に不思議と違和感を感じた。
今日は宝瓶宮に居る・・・と。今日は居る、けれど
明日からはまた・・・夜出ていって、朝帰ってくるのだろう?と思った。
今日だけじゃ、意味がないというのに。
しかも突然すぎる。
今日はどうして宝瓶宮にいることになったんだ?今まで抵抗ばかりして
居ることすら拒んでいたくせに。
私の注意も聞かずに、挙句昨日の朝は互いにケンカするまで発展したというのに。
振り返り閉まっている扉を見て、触れた。
「。・・・・・・本当に、お前は一体何をしているんだ」
そう呟いて、私は宝瓶宮を後にした。
何をしているのか、教えてくれてもいいはずなのに。
どうして教えてくれないのかが分からない。
なぁ、誰でもいい。
彼女の隠している”何か“を私に教えてくれ。
こんなの、不安でたまらないんだ。
不安の日々
(安堵する日が見えない)