宝瓶宮から、の姿が消えた。
自分から彼女を遠ざけたはずなのに
それだというのに・・・心がこんなにも痛くて、開いた穴が塞がらないのは何故だろうか。
「デジェル」
「!!・・・カルディアか・・・驚かすな」
カルディアに声を掛けられ、我に返る。
此処数日、が宝瓶宮に戻ってこない。
いや、私自身好きにしろとアイツに言い放ったから、多分その言葉どおりにしているのだろう。
今頃、マニゴルドのいる巨蟹宮にでも身を寄せているのだろう。
「お前がボーっとしてるから、声かけてやったんだろ」
「別にそんなことしていない。何しに来た?」
物思いに耽っていたことを無理矢理もみ消して
宝瓶宮の私の書斎にやってきたカルディアに尋ねた。
まぁコイツの事だ・・・多分、暇を持て余してきたんだろう。
丁度良い話し相手にはなる。
いや、気を紛らわす相手・・・か。
「別に用があって来たわけじゃねぇけどさ」
「そうか。なら大した用もないなら帰れ」
「おいおい。恋人が居なくなった友人のお前の話し相手になってやろうっていうのに
そういう追い払い方はねぇだろう?」
カルディアの言葉に肩が微妙に動いた。
そうだ。
今の今まで・・・こんな時でもが此処にいて、私に話しかけてきてくれた。
その話に軽くだが言葉を返したり、相槌したり・・・時には真剣に聞いていたり・・・・・。
側で愛の言葉を囁いていたり・・・・・・していた。
でも、今の宝瓶宮の書斎には・・・が、居ない。
居ないから余計・・・・・・裏切られたから余計・・・・・・・。
「話し相手になれと頼んだ覚えは無い」
苛立ちを隠しきれず、カルディアにキツい口調で返した。
「何怒ってんだよお前」
「怒ってなどいない。いいから帰れ」
「お前に頼まれた覚えが無いと言われても、俺は帰るわけにはいかねぇの」
「なら無理矢理外に放り出して、そのまま天蠍宮に落としてやろうか?」
「ったく。・・・・俺はに頼まれてお前の話し相手になれって言われてんだよ!
誰が好き好んでお前の話し相手しなきゃいけねぇんだってーの!」
「え?」
カルディアの言葉に驚きが隠せなかった。
に・・・・頼まれてって・・・。
「どういうことだカルディア!?に頼まれたって・・・・っ」
「あ?・・・アイツ、俺に言ったんだよ」
『はぁ?デジェルの話し相手になれぇ?』
『そう。デジェル、よく書斎に篭って本読んでるんだけどね。
そこで私がお喋りするの。その話に、デジェルは軽く返したり、ちゃんと聞いてくれたり。
時々ねアドバイスだってしてくれるの。私・・・しばらく帰らないからさ・・・カルディア、デジェルの話し相手になってあげて?』
『しばらく帰らないって・・・お前』
『じゃあ、お願いねカルディア!デジェルをよろしく!』
「理由も言わねぇまま、はどっか行くし・・・探しても見つかんねぇし。
だから渋々俺が来たってわけ・・・分かったか、この頭でっかち」
カルディアの言葉で、開いていた穴が少し塞がった気がした。
だが、穴の中からは黒い煙が立ち上がり・・・私の胸を苦しくさせる。
「だが、アイツには・・・マニゴルドが居る。私の心配なんてする必要も無いだろ。何で今更」
「それは俺にも分かんねぇよ。でも、他の男のところに行っても・・・お前の心配するってことは
まだ、はお前が好きだってことじゃねぇの?」
「分からない」
「あー!!もう、お前さぁ・・・なんでを放ったらかしにしたんだよ!」
「そうするしかなかったんだ!私の知らない顔で、がマニゴルドと一緒に何処かへ行くのを見て
こんなの裏切りとしか思わないだろ!!」
「だからって放ったらかしにすることねぇだろ!お前がそんなんだから、がどっかに行っちまうんだろうが!!」
カルディアの言葉に、反論が出来なかった。
自分で諦めて、彼女を遠ざけた。
違う。
裏切られたから遠ざけたんだ・・・私の愛が重すぎたばかりに。
でも、好きだったんだ・・・愛していたんだ。
振り回されても、何をされても・・・だからこそ、全てを許して委ねていた。
アイツも私に・・・身を、心を委ねていた、そう思っていたんだ。
だけど、それが違うと分かったときの絶望感に
私は諦めた、手放した、放り出した・・・・・・に対して何もかも。
居なくなってしまったときの虚無感も分からぬまま。
「悪ぃ・・・言い過ぎた」
「いや、いい。お前の言ったことは、正論だ」
カルディアは頭を掻きながら私に謝罪の言葉を投げかけた。
そんな彼に私は「正論だ」と言葉を肯定付ける。
私はため息を零し本を閉じた。
「が、この宝瓶宮から居なくなって・・・私の心に大きな穴が開いた。
本を読んで埋めようか、仕事に没頭して埋めようか・・・でも、全部こなしても私の心の穴は埋まらなかった」
「デジェル」
「”手放して、分かることがある“と・・・何かの本で読んだことがあってな。
迷信かと思っていたが、実感した。自分で経験して、気がついた私は・・・大バカだな」
私はバカだったのだ。
あの時、少しでも後ろを振り返っての姿を見ておけば
今のような状態にもならなかっただろう。
きっと、あの時のは去り行く私を見ながら―――――――泣いていたのかもしれない。
裏切られた重さよりも、を失った重さのほうが・・・何故だろうか、ものすごく痛く感じた。
それから数日経った。
の言葉を守っているのかカルディアはちょくちょく
宝瓶宮の私の書斎に足を運んでは、くだらない話ばかりをしていく。
本当にくだらない話ばかりだから
「もう少しマシな話は無いのか?」と尋ねたら
彼はむすっとしたような顔になり「みたいに面白い話してなくて悪かったな!」と言い放たれた。
その言葉に、私は黙り込むもきっとカルディアなりに
「早くを探して連れ戻してこいよ」という言葉なのだろう。
しかし、探して連れ戻す・・・と言っても、何処を探せばいいのか。
だが、いつまでも心の穴が埋まらないままでは・・・私の世界から彩りが無くなりそうだ。
「もう頼れるのは・・・」と私は意を決して・・・ある場所へと向かうのだった。
「・・・・・・来てしまった」
私が来たのは、そう・・・巨蟹宮。
しかし中に入ることはせず、門前で立ち尽くしていた。
マニゴルドならの事を何か知っているかもしれない。
だが・・・が私に逢いたくないというのではないかと思うと・・・それもそれで引き戻しづらい。
「此処まで来たが・・・どうしたものか・・・」
「いや、どうしたものかはこっちのセリフだっつーのデジェル」
「うわぁ!?マ、マニゴルド!?」
すると、私の背後にマニゴルドが立っていた。
あまりに突然の事で思わず後退してしまう。
「い、居たなら声くらい掛けてくれ!」
「悪ぃ、悪ぃ。お前があんまり門前で悩んでるから珍しいなぁって思ってさ。
で、何か用か?」
「あ・・・あぁ・・・その、実はだな」
気さくに尋ねてくるマニゴルド。
しかし、が唯一私の知らない表情をした相手。
そう考えたら嫉妬の凍気がふつふつと体中から立ち上がっていくが
黄金聖闘士同士でやりあえば・・・どちらかが消滅するか、もしくは千日戦争になりかねない。
だが・・・・何だか許しがたいというか・・・何というか・・・・。
「お、おいデジェル。何で怒ってるとか知らねぇけど・・・凍気、凍気を消せ!」
「あ・・・す、すまない」
マニゴルドに言われて私は、己の内からこみ上げていた嫉妬の凍気を消した。
まだ、二人が好き合っている同士だと分かったわけではないのに
憶測で彼に凍気を向けるのはダメだ。
私は冷静になり、深呼吸をし・・・彼を見据える。
「マニゴルド!」
「お、おう。んだよ、改まって」
「、を知らないか?!その、此処数日、宝瓶宮に戻っていないんだ。
行方がよく分からなくて・・・それで・・・あの・・・・っ」
私や、カルディア以外にも・・・心を開いている相手。
そして、が私の知らない表情をした唯一の相手。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、次の言葉を探すもなかなか見つからない。
「はぁ?アイツ宝瓶宮に帰ってねぇのかよ!?おいおい、俺1日だけアイツを泊めたけど
それ以降は知らねぇぞ」
「知らないって・・・どういうことか説明しろ!」
マニゴルドは知らないといい始めた。
「お前は、私の知らないの表情を知っている!
嘘をつくのはやめろ!!が巨蟹宮に居ることくらい分かっているんだ!」
「お、おいデジェル?!何言ってるのかよく分かんねぇけど・・・は巨蟹宮には居ねぇよ!」
「シラをきるつもりか・・・。なら、強行手段に出るまで」
私は手に凍気を込めて、マニゴルドに放とうと拳を作る。
『ダイヤモンドダスト』ぐらい・・・簡単に溶けれるが、今の私は怒りに満ちているから
そう簡単には放たれた氷は溶けはしない。
「おまっ・・・千日戦争始めるつもりかよ!?」
「の行方を吐かないと言うのなら・・・私はそのつもりだ」
「ったく。・・・・わーった、わーったよ!の場所教えてやるから、その手を下ろせ」
そう言われ、私は作った拳を下ろした。
マニゴルドは至極めんどくさそうな顔をして、頭を掻いていた。
「教えてやるから。夜、星が出てきたくらいに此処に来い」
「今じゃダメなのか?」
「俺も居場所しらねぇって言っただろ。夜だったら分かる・・・だから、夜、星が出たくらいにまた此処に来い。
来なかったら、マジ教えてやんねぇからな」
そしてマニゴルドはマントを翻し、巨蟹宮の中へと入って行った。
夜・・・星が出た頃に、また此処に?
来れば逢わせてくれるのか?来たら何があるというのか?
そうすれば、・・・私はお前に逢えるのか?
ワケが分からないけれど・・・とりあえず、夜・・・星が出た頃にまた巨蟹宮に来よう。
何が起こるか分からないけれど。
「・・・・・・」
星が瞬く夜・・・一体、何があるというのだろう?
そこでお前は見つかるのか?
とにかく待つしかないと思い、私はの居ない宝瓶宮へと戻るのだった。
空白を埋めてくれた君は何処?
(自分から離したのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう)