「新八ぃ」
「どうしたの神楽ちゃん?」
金時が不在の時。
ソファーに座っている新八と向い合って座っている神楽が彼に話しかけきた。
「何か最近、金ちゃん怪しくないカ?」
「怪しい?何処が?」
神楽の言葉に新八は首を傾げる。
「よく此処を留守にするネ」
「そりゃあ仕事だからね。銀さんが居ない分、頑張ってもらわなきゃ」
「違うアル」
「え?何が違うって言うのさ」
未だ自分の言葉に理解を示さない新八に神楽は呆れながら
「やっぱりダメガネはダメガネアルな」と言い放つ。
「おい。何だよその言い草」
「言ったまんまネ。乙女の言葉も理解しないんじゃ、ダメガネのまんまネ」
「神楽ちゃん・・・さすがの僕もそろそろ怒るよ?」
新八は笑顔で握りこぶしを作り神楽を見る。
そんな彼の態度に神楽はため息を零し、膝を抱えた。
「神楽ちゃん?」
「何か金ちゃん・・・最近、よくこうやって家を留守にするアル」
「さっきも言っただろ、仕事だっ」
「仕事じゃないアル!金ちゃんが出て行くのは仕事じゃないネ!!」
「え?・・・や、だって・・・今さっき」
ふと、新八の脳裏に先ほどの金時とのやりとりが回想される。
『さて、そろそろ出かけるか』
『仕事ですか?なら、一緒に行きますよ金さん』
『あー・・・いや俺1人で行ってくるわ。依頼人に俺だけで来てくれって言われてさ』
『そうなんですね。じゃあ気をつけて』
『ああ、留守を頼むぜ2人とも』
爽やか過ぎる笑顔で、金時は万事屋を後にした。
新八は「仕事に出かけた」と思っていたが、目の前の神楽は「仕事じゃない」と言い張る。
「神楽ちゃん・・・根拠はあるの?金さんが仕事じゃない、別の用で
僕や神楽ちゃんには言えない事って」
「最近・・・金ちゃんの着物から、匂いがするネ」
「匂い?・・・何の?」
新八の問いに神楽は目を鋭くさせ――――――。
「の、匂いアル」
「!?」
神楽の発言で新八は驚きを隠せない。
「ちょっ、ちょっと待ってよ神楽ちゃん!だって、僕・・・金さんに言ったはずだ。
さんにだけは近づいちゃだめだって・・・何があっても、自分の所に取り込んじゃ駄目だって。
いくら神楽ちゃんの鼻が良くったって・・・そんな、金さんが・・・っ」
「私・・・定春と散歩してる時、見ちゃったネ」
「え?・・・ま、まさか・・・嘘、だろ?」
新八の心臓が酷いまでに鼓動する。
考えたくなかった。
今まで、何もかも順調に行っていたと思っていた。
しかし、それはあくまで「新八本人」が思っていたことで
現実は奇しくもそうではなかった。
「金ちゃんの横に居たネ。普通なら、・・・金ちゃんの事知らないはずネ。
それなのに何か・・・金ちゃんの隣に居た・・・可笑しいくらい楽しそうで・・・気持ち悪かったヨ」
「じゃあ、金さん・・・僕らに、嘘をついてるって事?」
「多分、そうだと思うヨ。さっきも出て行ったのは、に会いに行くためネ・・・きっと」
上手くいっているとばかり、新八は思っていた。
そして、心底・・・自分達が作り上げた完璧な存在に信頼を寄せていた。
だから裏切るはずないと思っていた。
銀時以外の他の誰も穢してはならない存在−−に手を向けることもないと、思っていた。
あの人だけは守ろう。
本当の主−坂田銀時−が戻ってくるまで。
白銀の主が愛してやまない、健気な華を。
「いつから、なんだろう・・・金さんがさんに近づいたのって」
「分からないネ。でも、もうの心は金ちゃんに奪われたヨ。心も、何もかも・・・全部」
「い、行ってみなきゃ分からないだろ。さんに直接聞いてみよう!」
「で、でも・・・っ」
全てこれが「悪夢」だと・・・そして「嘘」だと新八は信じたい。
もしかしたら依頼か何かで金時がに出逢ったのかもしれない。
出来る事ならそうだと彼は思いたいのだ。
2人が街で肩を並べて歩いていたのも、きっと偶然にすぎない。
そう「偶然であってほしい」と新八は願っている。
「僕らが直接さんに聞かなきゃ・・・っ。それにさんが浮気なんかしてたら
戻ってきた銀さんがいい歳こいて、やけ酒ならぬやけいちごミルクして、また血糖値があがるかもしれないんだから」
「新八ぃ」
「行こう神楽ちゃん。確かめに行くんだ、さんの所に」
「うん!」
そう言って2人はの居る家へと足を急がせたのだった。
「さん!」
「あ、新八に神楽。どうしたのそんな慌てた顔して」
新八と神楽は息を切らせながら、の家にとやって来た。
は珍しく小袖を身に纏い2人を出迎える。
「あの、聞いてもいいですか?」
「何?」
「坂田金時っていう人、知りませんよね?」
新八は焦る鼓動を抑えながら、に問いかけた。
神楽も同じくしての答えを待っていた。
「さぁ・・・誰なの?」
の口から出てきた言葉に、新八と神楽は安堵した。
「よ・・・よかったぁ」
「何だヨ〜早とちりかヨ〜」
「どういう理由か知らないけど、慌てて来たみたいねアンタ達。冷たいお茶でも飲む?」
「あ、すいませんさん」
「ついでに茶菓子も頼むネ」
「ちょっと、神楽ちゃん!?」
「ハイハイ。昨日、松平のおじ様に美味しい水ようかん貰ったから一緒に持ってくるね」
慌ててやって来た2人を見て笑う。
以前と変わらぬ人の姿に、新八も神楽も一安心していた。
やはり早とちりだったか・・・と、思い新八はを見て、ふと思う。
「さん」
「何?」
「首のソレ・・・どうしたんですか?」
「え?」
の首に貼られた大きな絆創膏。
新八の声に先程まで柔和だったの表情が少し強張った。
彼の声には一瞬間を置き、首の絆創膏に手を添える。
「コレ?ちょっとね」
「斬られたんですか?」
「こんな所斬られたら私死んでるわよ。ていうか、そんなヘマしないって」
「じゃあ何ですか?寝違えたのなら湿布だろうし、切り傷とかじゃなきゃそんな大きな絆創膏貼りませんよ」
「違うネ新八。きっと大きな蚊に噛まれたネ!そうでしょ?」
「え?・・・まぁ、そんなトコかな?」
神楽の言葉には苦笑を浮かべる。
しかし、新八の中で嫌な予感が過った。
そう・・・最悪的な予感が。
「見せて下さいその跡!」
「え?・・・だ、ダメよ。腫れてるんだから」
「いいから見せて下さい!!」
「駄目って言ってるでしょ!!」
新八の声に拒む。
「神楽ちゃん、のさんの手を押さえて!」
「え?」
「いいから!」
「ちょっ、ちょっと何すんのアンタ達!?マジでやめないと斬り殺すわよ!!」
新八に言われた通り神楽はの手を押さえる。
しかし今のの言葉を聞いて止める2人ではない。
そして新八は手をの首に貼られた絆創膏へと伸ばし――――――。
「!?」
「う・・・嘘ネ、」
剥いだ所から見えたのは・・・人の噛み跡。
紛れもなくそれは「誰か」がの首元に噛み付いた証拠だった。
「銀ちゃんは、に・・・こんな事しないネ。噛み付くとか、しないヨ・・・だって」
「銀さんは、自分の素行は悪いし、万年金欠病だし、ドSだけど・・・僕は、僕らは知ってる。
誰よりも銀さんは、さんに優しいって・・・絶対噛み付くとか、肌を傷つけるようなこと・・・しないって」
「銀ちゃんじゃなきゃ・・・もう、決まりヨ新八」
「僕の忠告をガン無視なんて、ホント・・・最悪だよ」
そしてその噛み跡を付けた人物が新八と神楽、2人の中で浮かび上がってきた。
神楽は力を抜き、を起き上がらせる。
「さん・・・金さん、いや坂田金時と逢ってますね?」
「・・・・・・」
新八の問いかけには彼から視線を逸らし黙りこむ。
「・・・酷いヨ。・・・銀ちゃんの事、大好きだったはずネ。何で、何で」
「銀さんは必ず帰ってきます。今、貴女が出会っている男はただの偽物、銀さんじゃないんですよ?
どうして身を委ねたりしたんですか?貴女には、坂田銀時っていう大切な人が居るじゃな」
「さっきから・・・銀さん、銀さんって・・・アンタ達、誰のこと言ってるの?」
『え?』
の口から出てきた言葉に、新八と神楽は目を見開かせ驚いていた。
思いがけない言葉がの口から出てきて
新八と神楽は驚きを隠せない。
「、さ・・・何言って」
「坂田銀時って誰よ?私が好きなのは、私が愛してるのは坂田金時よ。金さんなの!
私を幼い頃助けてくれたのはあの人なんだから!!坂田銀時なんて人、私は知らないんだから!!」
「違う!貴女を助けたのは銀さん、坂田銀時ですよ!!何世迷言言ってるんですか!!」
「!目を覚ますネ!!がそんなんだったら銀ちゃん、帰ってきたとき悲しむヨ!みっともない男泣きするヨ!」
「いい加減にして!!」
そう言うとは2人の言葉を振り払って、立ち上がり
自分の部屋から刀を持ち、それを抜く。
そして、2人にその刀の刃を向ける。
「出て行きなさい・・・新八、神楽。これ以上、知らない男の名前で私を困惑させないで」
「さん・・・違います、僕らは」
「出て行かないというのなら・・・アンタ達を・・・・・・斬る」
刃を返す音がして、が本気で自分達を斬ろうとしている事が
新八と神楽は殺気で感じとった。
女といえど、曲がりなりにも一介の剣士。
ましてや真選組一番隊隊長、沖田総悟の右腕。
自分たちの力で敵うかどうか、2人には分かっていた。
『敵わない』
そして。
『傷つけたくない』
あの銀時が、花のように慈しみ、愛している女性。
誰よりも彼女を愛している銀時のことを考えたら、刃や力を交えるどころか
新八と神楽にはそれすら出来ないのだ。
傷つけてしまえば、壊してしまえば、自分達が最も信頼し大切にしている人が悲しんでしまうから。
「・・・行こう、神楽ちゃん」
「し、新八・・・でもっ」
「ダメだよ。僕達が此処で違えたら、銀さんが悲しむ。銀さんは、そんな事望んでない」
新八の言葉に神楽は一旦は抵抗するも
彼の言葉に神楽は大人しくなった。
「すいません、さん。突然お邪魔して・・・失礼します」
新八は一礼をし、その場を神楽と共に去った。
一方のはため息を零し、抜いていた刀を収め・・・その場にへたり込んだ。
「もう、何なのよ」
「よぉ・・・どーした?」
「き、金さん!!」
すると、其処に金時が飄々とした表情で現れた。
ふと彼は彼女の手に握られた物を見る。
「何、刀なんか握ってんだ?」
「え?あー・・・家に私一人だから、刀を持っておかないと」
「不用心だな。バァさんはどうした?」
「ばぁやは買い物と、気晴らしの散歩です。よかった、金さんが来てくれて・・・安心しま」
言葉を続けようとした瞬間、は金時に抱きしめられた。
あまりに突然のことでの心臓が酷く鼓動し始める。
「き、金さん・・・?」
「何があったとか聞かねぇよ。怖かったな、ゴメンな。でも、金さんが来たからにはもう大丈夫だぜ、安心しな」
「金、金さ・・・っ」
は刀を手から落とし、金時に縋りついた。
そんな彼女を金時は背中を優しく撫で、声をかけながら宥める。
だが、それは「だけに見せている顔」であり、見えていない所で
金色の夜叉は紫色の瞳を鋭く光らせていた。
『火遊びがバレたからには・・・・もう、全てをねじ曲げて隠すしかなさそうだな』
―――さぁ、始めようか。「破壊」の時は来た。
バレたのなら隠してしまえば問題はない
(そうやって、偽りの日常を作ればいい)