「さん、お疲れ様っした!」
「おつかれー」
早めに仕事が切りあがった。
むしろ、総悟の机の上に始末書やらなんやらの書類を
ほぼ押し付けてきたようなもんだが。
たまには仕事らしい仕事しろ、という私のささやかなる・・・嫌がらせだ。
他の隊の隊士たちから「お疲れ様でした!」と挨拶をされ
私は適当に返事をして、屯所の門をくぐり道に出る。
「今日はあったかいお風呂入って、ゆっくり寝たいわ〜」
背伸びをして、家路に向かう道を歩く。
久々に早く帰れるんだから、ゆっくりしたい。
むしろやりたいことが次から次へと思いついてしまい、帰ったらまず
何をしようかと私は考えていた。
------------プップッ!
考えているところ、後ろから軽くクラクションを鳴らされた。
人がせっかく考えている所に・・・と
むしろ、殴って黙らせてやろうと思っていながら
私は後ろを振り返る。
「よっ」
「銀さん」
殴ろうと思ったが、やめた。
なぜならクラクションを鳴らしたのは、原付に乗った銀さんだった。
私はすぐさま銀さんの元に駆け寄る。
「どうしたんですか?滅多にこんな所通らないでしょ」
「まぁ・・・あれだ」
「?」
滅多に銀さんが屯所近くを原付で走らせることはない。
むしろ土方さんが銀さんを目の敵にしているし
銀さん本人も土方さんのことは目の敵にしている・・・色んな意味で。
そんな銀さんが、どうしてこんな場所に?と思いながら
問いかけると、銀さんはヘルメットに手をあて―――――。
「傷心なう。だよ」
「は?」
「パチンコに負けた」
「銀さん」
何かと思ったら、どうやらパチンコで負けた心を癒すために
この人はバイクで走っていたみたいだ。
「それよりおめぇ仕事は?」
「今日は総悟に仕事押し付けて、早く退勤してきたんです」
銀さんに問いかけられ、私は答える。すると、銀さんは考え込み――――――。
「、ちょっと付き合え」
「え?わっ!?」
ヘルメットをもう1個私に投げてきた。
私はそれを落とすことなくキャッチできたが、いきなりのことで少し驚く。
「つ、付き合えって・・・銀さん」
「いいからそれ頭被って、後ろ乗れ。どーせヒマなんだろ」
「夕暮れ時にヒマはないと思いますが」
「だー!いいからメット被って乗れってーの」
子供のわがままのように、銀さんが私に言う。
私は小さく笑いながら「はいはい」と答えながら、渡されたヘルメットを被り
銀さんの後ろに乗り、腰に掴まる。
「ー・・・乗ったか?」
「はい」
「よし。じゃあ行くぞ」
そう言って、銀さんはハンドルを捻り原付発進。
初めての原付、しかも銀さんの後ろに乗るって・・・さらに初めてで、ちょっとドキドキしている。
いつもは歩いて見慣れている風景も
少しスピードが上がった風景に変わって、すぐさま通り過ぎていく。
体に感じる、風でさえも・・・何だかいつもと違う。
「銀さん・・・何処に行くんですか?」
「いいから掴まってろ」
何処に向かうのかと、私は銀さんに尋ねる。
しかし銀さんはただ「掴まってろ」とだけ、それ以上のことは言わなかった。
せめて何処に連れて行くのかくらい教えて欲しいのだが。
なんて私が駄々こねたところでこの人が教えてくれるはずない。
掴まってろ、と言われたし素直に従おうと思い
私は大人しくすることにした。
私と銀さんは互いに何も喋らず、原付はただ走り続けていた。
ふと、私は銀さんの顔を見る。
ヘルメットから見えている、ふわふわの前髪。
その前髪が原付の速さで起こる風で優しく揺れて
やる気のない表情をしながら、一点を見つめハンドルを握り
原付を走らせる銀さん。
そんな顔を見つめている・・・・・・と。
「なーに俺の顔見てんですかーちゃん」
「えっ!?あ・・・い、いえっ、何でもないです」
銀さんと目が合ってしまった。
私は思わず顔を伏せ、銀さんから目をそらした。
い、言えるはずない・・・見惚れてた、なんて。
「あ、もしかして・・・ちゃん、見惚れてた?
原付運転するカッコイイ銀さんに見惚れてたのか。そうかそうか、いや〜・・・モテる男はつらいねぇ」
「・・・・・・っ」
言い返せない。
私は銀さんの背中に顔を付けた。
あたたかい。
流れる風が少し寒かった。
でも、銀さんの背中にくっついたら・・・あたたかいぬくもりを感じた。
白い着流しに染み付いた、お日様の匂い。
大きくて、それでいて、優しい・・・小さな、宇宙みたいで
今にも吸い込まれてしまいそうなほど、心地いいものだった。
思い出してしまう、あの日の事。
------------キィッ!
すると、原付の動きが止まった。
私は背中から顔を離し、銀さんを見る。
「うし、着いたぞー。降りろー」
「あ、は、はい」
どうやら目的の場所に着いたのか、銀さんに降りろと言われた。
私は銀さんの腰から手を離し、ヘルメットを外し
原付の後ろから体を降ろした。
降りた場所・・・其処は――――――。
「海、だ」
海だった。
潮が優しくさざ波を立て、満ち引きを繰り返す。
青々と晴れていた空を、オレンジ色のベールが包んでいく。
水平線の向こう、太陽が海に溶けていっていた。
「まぁ・・・アレだ」
「銀さん」
すると、銀さんが頭を掻きながら私の隣に立つ。
「プチデートってやつだよ」
「え?」
プチ、デート?
「最近おめぇが仕事ばっかりで、デートすらしてくんねぇーじゃん」
「アハハハ・・・す、すいません」
「むしろ、エッチもさせてくんねーし」
「ム、ムード考えてください銀さん。最初の言葉が台無しです」
まだ日がある時間帯なんだから、言葉は選んで欲しい。
むしろ、こういう場所でのそういった発言は非常に私としては恥ずかしかったりする。
「だからよぉ」
「あっ」
銀さんの左手が、私の右手を握った。
「たまには恋人らしい事させろってんだコノヤロー」
「銀さん」
握られた手を、私は握り返した。
私は一旦目を閉じ、薄く開く。
「さっき・・・思い出してたんです」
「あ?」
「昔の事ですよ。銀さんに抱っこされたときの事です」
幼いあの日。
私を抱きかかえ、助けてくれた・・・白銀の優しい、夜叉。
流れる血の海から、救い出してくれた・・・優しい、小さな宇宙。
「あん時はおめぇちっせぇガキだったからな。何だ?んな事思い出してたのかよ?」
「えぇ、まぁ」
笑みを浮かべると、隣に居る銀さんは頭を掻く。
「あんま笑うな」
「恥ずかしいですか?」
「ったりめぇだっつーの」
「いいじゃないですか銀さん」
「よくねぇし。つか、あんま笑うとこうすっぞ」
「え?」
瞬間、唇が触れてきた。
軽く・・・それでも、どこか甘く。
私の唇に、銀さんの唇が触れてきた。
「銀、さっ」
「しょっぺぇ。こんなのキスじゃねぇーし」
「え?・・・きゃっ!?」
握られた手を引っ張られ、私の体は銀さんの腕の中に。
少し離れていた距離が、よりいっそう近づいた。
「チッ。海になんか連れてくるんじゃなかったわ」
「ぎ、銀さん?」
「ちゃんとのキスがしょっぱくなるから、次回から海には来ません。つーわけで――――」
「ちゃんとキスさせろ。おめぇとのしょっぱいキスとかお断りだ」
「銀、さん」
「・・・・・・好きだ」
唇に指が触れ、吐息が混じりあい、重なり合う。
潮風に触れた唇が、大好きなあの人の唇と重なり合った事で
甘く、あまく、なっていって。
あの人の持つ、優しい小さな宇宙に飲み込まれて
私の心は、段々と、アナタの中に、溶けていった。
それは、今も昔も・・・変わらぬままで。
宇宙のような、アナタという存在
(その魅力に、私はずっと吸い込まれ続けている)