周りが・・・血生臭い。
床に転がっているのは・・・天人(あまんと)と呼ばれる生き物。
私の眼に映っているのは、父上が持っている・・・・・赤い血の滴る日本刀。
父上の息が上がっている。
「此処は・・・もうダメだ」
「アナタ」
「旦那様」
「を連れてお前らだけ逃げなさい」
「ですが、アナタ!」
「死ね地球人がっ!!」
突然、暗闇の中から出てきた得体の知れない天人が斬りかかり
目の前が・・・・・・血に染まった。
私の瞳孔が・・・・・開く。
床に・・・・・・・・・母上の、体・・・・流れる、赤い・・・鮮血。
「は・・・・・・母上っ!!」
「いけませんお嬢様」
母上に駆け寄ろうとしたら
使用人をしているトネさんが私の体を抱きしめ、側に行くのを阻んだ。
母上を斬った天人は、すぐさま父上が斬った。
「母上・・・っ、母上!!目を開けてくださいっ、母上!母上っ!!」
「お嬢様おやめください!奥様は、奥様はもう・・・っ」
体を動かしても、小さな私の体では大人の力には勝てない。
どうして、母上が死ななければいけないの?
母上が・・・・・・何をしたというんですか?
どうして・・・・・・戦争なんか・・・・・・。
「殿っ!!」
「おぉ!桂か」
すると、暗闇の中から今度は父上の味方と思われる人達が現れた。
しかも・・・男の人4人だ。
この人達・・・・・・4人でこんな所まで乗り込んできたの?
「遅くなってすまない。大分てこづってしまった」
「ヅラ・・・早くしろ、追っ手がくる」
「ヅラじゃない、桂だ高杉。他の者は?」
「すまない、大分やられた。家内も」
「そうか」
やりとりが聞こえるけど、私の耳には届いてこない。
私はジッと・・・冷たい床に倒れている、母上の死体を見つめていた。
こんな事に・・・こんな、戦争なんか起こらなければ・・・母上は・・・・・・・。
すると、突然頭を大きな手が触れた。
見上げると・・・・・・父上。
「すまないが・・・・・・この子だけでも、頼む」
「殿・・・・しかし、この状況で子供は」
「分かった」
突如、暗闇の中では異様に目立つ白い羽織、そして白銀の頭髪をした
男の人が父上の前に立つ。
「おい、何を考えている!?この状況を考えろバカ」
「すまない、白夜叉。娘を頼む」
「あいよ。ヅラ、危なくねぇ所まで連れて行くだけだ、心配すんじゃねぇよ」
「ヅラじゃない、桂だと言っているだろ!大体貴様は・・・っ」
すると、長い黒髪の人が白い人の意見にかなり怒っている。
ふと父上を見上げる・・・・目が合った。
目が合うと父上は・・・・・・・笑って、しゃがみ私と目線を合わせた。
「・・・・・・生きろ。お前は何が何でも、生きるんだ」
「父上」
「いいな?お前は・・・・・・強く、生きなさい」
「父上、父上!何故、何故そのような事を・・・!」
私が問いかけると、父上は何も言わず私を抱きかかえ―――――。
「行け!白夜叉っ!!」
「父上っ!!」
あの白い人に私を預けた。
白い人は私を父上から受け取ると、そのまま走る。
父上の大声と共に、何処からともなく天人の声が聞こえてくる。
逃げている前からも、父上の居る後ろからも。
「父上!父上、いけません!!父上ぇええぇぇえ!!!」
私が叫んだ途端、肉の裂ける音がした。
聞き覚えのある音・・・・・・さっき、そういえば母上も同じような音がした。
死んだ。
父上は、死んだ。
脳内が真っ白になった。
担がれた肩に、顔を埋めた・・・・・・涙が、止まらない。
「金時〜この老女も、の親父殿の連れかのぉ〜?」
「名前間違えんじゃねぇーよ!とっつぁんトコの使用人かなんかだろ?つか連れてきたのか辰馬」
「おん!女子(おなご)はみな助けないかんぜよ!それに・・・その子一人じゃ、可哀想じゃきに」
「そうだな」
何か話してる・・・・・・でも、耳に入ってこない。
「貴様等!その二人、どうするつもりだ!!」
「そんなの抱えてたら足手まといになるだけだぜ?」
「わぁってるよ。辰馬ぁ!そのババァ死なせんじゃねーぞ!!」
「そん言葉、そっくりそのまま返しちゃるわい!そん、女子ば死なせんじゃなかよ〜。
将来えぇ女になるかもしれんからのぅ」
「ヅラ!高杉!俺ら戻るまで、時間稼いどけよ!!死んだら現世から祟ってやっかんな!!」
「ほざけ天パ!」
「戻ってきたらその頭、更に天パにしてやるよ!」
「うっせぇバーカ!天パ言うな!!」
そう言って、4人居た人たちが・・・散り散りになる。
私はもちろん・・・あの白い人に抱えられて・・・天人の中を進んでいく。
血の匂いが・・・・・・ますます、近くで嗅覚を刺激していく。
少しずつ戦場から遠ざかっていく。
でも、多分この先にもまだ・・・天人たちはたくさんいる、たくさんまた・・・血が流れる。
「嫌だったら顔伏せとけ」
「え?」
私の心が読まれたのか、それとも空気で感じ取ったのか
その人は私にそう言った。
「この先、多分天人の奴等は居る。見たくねぇもん見るかもしれねぇ。だったら、顔伏せとけ。
その方がまだ大分マシだろ」
「・・・・・・」
「その代わり、俺にしがみついてる手は離すな。もし、俺がやられたら迷わず走れ。俺に構うんじゃねぇぞ」
「でも・・・お兄さんっ」
「大丈夫だ・・・心配すんな。俺はやられたりしねぇよ・・・だがな」
「生きろ。ゼッテェ死ぬんじゃねぇぞ。いや・・・・・・死なせやしねぇ」
その言葉で・・・・・私は救われた。
怖いから、言われたとおり顔を伏せた。
そしたら自然と・・・怖くなくなった。
この人の肩から感じるぬくもりと・・・くすぐったい柔らかな、白銀の髪。
『すまない、白夜叉。娘を頼む』
「(白・・・夜叉)」
この人が白夜叉。
この人が私を助けてくれた・・・人。
だから、覚えているのは・・・・・・白夜叉、貴方だけだった。
もうあの頃の記憶は、何も覚えていない。
覚えているのは白夜叉・・・・・・ただ一人だった。
-数年後-
「江戸も変わったね」
「そうでございますね」
アレから何年経ったとか聞かないでね?
マジ説明すんの面倒だから。
天人襲来から約20年余り。
その襲来の間に起こった攘夷戦争も終わって
私はあの戦火の中を、生き延び江戸へとやって来た。
侍の国なんて呼ばれていたのは、すっごい昔の話になる。
今では近代文明盛んな日本の中心地江戸。
天人媚び諂(へつら)う、私達地球人。
誇り高い国が・・・聞いて呆れる。
「お嬢様、こちらのお宅でございます!」
「へぇ〜広いね〜」
まぁ別に不便もしないから、いいんだけど。
便利な世の中になってるし。
ウチで長く使用人をしているトネさんが江戸に知り合いが居ると言って
家屋も道具も全てその人に揃えてもらったらしい。
「昔は旧家の方が住んでいらっしゃったらしく、攘夷戦争の折、一過共々別の地へと行かれて」
「うん、何か聞いてる限り完全に一家惨殺にあったと思うよその言い回し方」
「それでお祓いを行って、この地に眠る家族の霊を沈めたので。私に譲ってくださると」
「てめぇそれ完全に騙されてるよな!!完全に此処で旧家の方々一家惨殺に遭ったんだろ!!
幽霊出る家明け渡すとかマジ人間としてどうよそれ!?」
「大丈夫ですよお嬢様、ちゃんとお祓いは済ませたとおっしゃっておられましたから」
これでマジで幽霊でたら、訴えおこしてやる。
と、私は心の中で思いながら家の窓を開けているトネさんを見る。
「てか、ばぁやの知り合いって・・・・・・あの松平片栗虎様なんでしょ?よく、知り合えたねそんな人と」
そう、トネさんの言う知り合いとは・・・日本警察のトップ、あの松平片栗虎。
そんな人物と一体、いつ会う機会があったと言うのだろうか?
「こう見えてもばぁやは昔、それはもう人気の遊女でしたから」
「え?ゴメン嘘だと言って」
「嘘ではございませんよ、まことでございます!」
「人気遊女が何でウチで使用人やってんだよ!!!完全に作り話だろクソババァ!!」
「クソババァじゃねぇよクソガキ!誰もが振り向く絶世の美女だったんじゃいボケェ!!」
「今の自分の姿、鏡見て言ってみろあぁ?しわくちゃだらけのババァのクセに!」
「ケツの青いガキがアホ抜かせ!何だったら胸くらい大きくしてみろ貧乳の小娘が」
「皺だらけのタレ乳のクセに何言ってんだ!貧乳でも好きな奴は好きなんだよ!!」
互いに息を切らしながらの、貶しあい。
ひとしきり貶しあって・・・・・・笑うのが日常。
あの冷たく、暗い戦争の中で少しでも取り戻そうと努力した結果がコレ。
トネさんとこうやって、主人と使用人という壁をなくして言い合う。
そうする事で笑う事を少しずつ思い出した。
あの頃の、攘夷戦争の頃の事を・・・・・・忘れたかったから。
「失礼いたしました、お嬢様」
「いや、いつものことだし。んで、まぁ松平のオジサマが知り合いってことよね」
「はい。お嬢様、いかがなさいましたか?」
私の言葉に、トネさんが不審がる。
「あのさ、私――――――」
「真選組に入ろうと思ってるの」
「?!お、お嬢様っ!?!?」
私の発言に、トネさんは驚いた。
まぁ誰しも驚くよね・・・せっかく助かった命で。
こんな職に就くわけだし。
「い、いけませんお嬢様それだけはっ!」
「だって、刀は一般人は持ち歩けないんだよ?だったら真選組に入ったほうがいいじゃん。
真選組に入れば排刀令とか気にせずに済むし」
「しかし、せっかく助けていただいた命を・・・っ」
「ばぁや・・・私、この日のために・・・・剣の腕を磨いた」
あの日、助けてもらった命。
普通に暮らしてもいいくらい・・・でも、それじゃあ私の気が済まない。
この日のために・・・この時のために、己の剣の腕を上げて・・・磨いた。
鉄から叩いて、何度も何度も研(と)がれて。
ようやく刃になった。いや―――――。
「真選組に入ってこそ、私の刀は・・・・・・生きたものになるの。攘夷浪士を斬る為の、刀になるの」
「お嬢様」
母上を殺した天人が憎い。
だが、もっと憎いのは・・・・・・攘夷浪士だった、父上。
あの時、刀を捨ててさえいれば・・・母上も死なずにすんだ。
だが父上は刀を捨てようとしなかった・・・・・・侍だったから。
あの時からだ・・・・父上が憎いと思い、攘夷浪士が憎いと思った。
「私はこの刀で、攘夷浪士を全て斬る。もうこれ以上、大切な人を失わせたくない」
刀を持てないのなら、持てる職に就けばいい。
悪を斬れないというのなら、悪を裁く職に就けばいい。
例え衰えた御上の「幕府の狗」と言われ、罵られようとも。
大切な人たちの笑顔を、守る為なら。
「だから、ばぁや安心して。ばぁやは私が絶対守ってあげるからね」
「、お嬢様」
「それに、お金がないと生きていけないでしょ?ばぁやに今更遊女やれなんて言わないし。
てか、こんな老いぼれ誰も買わないだろうけど」
「一言多いんじゃクソガキぃい!!」
笑って、過ごせる・・・平和な毎日に、したいから。
ただ、一つだけ・・・・心の中で決めていることがある。
白夜叉・・・貴方だけは、斬れない。
あの日私を助けてくれた貴方だけは・・・斬りたくない。
たとえ何処かで生きていようとも、私は貴方の前では刃を収める。
貴方だけは斬りたくない。
あの頃に、覚えているのは・・・・・・白夜叉、貴方だけなのだから。
「(何か初恋の文章みたいで気持ち悪いなぁ〜。こんなんだから昔の事は思い出したくないのよねまったく)」
ケツの青いガキの頃なんて、皆恥ずかしくて思い出したくもねぇよ!
(思い出すたびに、自分がまだガキだと思うから腹立たしい)