『また、血の匂いが致します』


『え?あぁ、返り血浴びたからね・・・仕方ないよばぁや』


『分かっております・・・ですが』


























『やはり、好ましくありません・・・お嬢様から血の匂いがするというのが』

















まっすぐ帰るはずだったけど、それができなかった。

いきなり攘夷浪士たちが襲い掛かってきたが
あんな雑魚なんて赤子の手をひねるほど容易い。

雨がひどく降りしきる中。
あっという間に全員斬り捨て、私の周りに沢山の死体が転がっている。
刀から雨水と一緒に血が滴り落ち、体中に返り血が付着していた。







「辻斬りと間違えられそうだから連絡入れとくか」





まぁ別にこんな奴ら辻斬りされても騒ぐやつらなんて居やしないが
さすがにこのまま放っておくと奉行所のお偉いさんたちが
小姑のようにうるさいから、私は近くを歩いていた人を捕まえ
真選組の屯所に向かい、仲間を呼んでくるよう伝えた。


しかし、さすがに此処で私が帰ったりしたら
通行人の人に迷惑をかけてしまうから、仲間が到着するまで雨に打たれることにした。

刀から血と一緒に落ちる雨水を私は見つめ・・・苦笑い。








「またばぁやに、何か言われちゃう」






そう言いながら、刀を払い鞘の中へと収めた。






数分後、屯所から仲間達が駆けつけて死体を処理しはじめる。







さん、大丈夫ですか?」


「平気。死体の処理よろしく・・・私帰るから」


「傘貸しますよ!」


「いらなーい。雨に打たれたい気分だからいいよありがと〜」






私はそう言いながら歩いて家に帰ることにした。


傘なんて借りたら、血の匂いが残ってしまう。
なるべく血の匂いを残さずに帰ろう・・・その方がばぁやが嫌がったりしない。








『トネは嫌でございます・・・お嬢様から、血の匂いがするというのが』


『ばぁや。仕方ないでしょ・・・真選組はそういう仕事してるんだから』


『ですが・・・・・・やはり、嫌でございます』


『・・・・・・・・・』






「あんな顔されたらなぁ・・・斬り捨てるの躊躇うじゃない」






ばぁやが言ったあのときの言葉と一緒に
私の目に飛び込んできた、苦しそうな表情。



父が守ってくれた命、母が産んでくれた体。
その全てを私は血で汚している。


ばぁやはそれが苦しくて、嫌だという。



そんな表情を見る私だって・・・・・・―――――苦しいし、辛い。








「雨・・・匂いまで落としてくれるかな」





刀についた血の跡なんて誰も気にとめない。
だけど、家に帰ったら・・ばぁやが嫌な顔をする・・・体に浴びた
浪士たちの血の匂いで・・・また、苦しい表情をする。


それだけはどうしても、避けたい。






「・・・痛っ」



ふと、左腕に痛みが走った。
手を見ると・・・赤い線が指先まで滴り、地面に落ちていた。
服を見ると・・・かすかに服が刀で切られた後を見つけた。

油断して切られたか・・・と私は思い
私は右手で傷口を塞いだ。

あぁ、余計血の匂いがする。
こんなんじゃますますばぁやが嫌な顔をする。






「何コレ無限ループじゃない」





ふと、そう呟いてしまった。

こうなりゃ屯所に戻るしかあるまい・・・とため息を零し
私は踵を返した。















「おい、か?」


「え?・・・あ、銀さん」






踵を返し、屯所へと歩みを進めようとすると
後ろから声をかけられる。

振り返るとそこには、傘を差した銀さんが居た。







「何やってんだおめぇは」


「いや、あのこっちのセリフです。またパチンコで負けたんですか」


「違ぇよ。仕事の帰りで、帰ろうとしたら雨降ってきたんで借りたんだよ。そういうおめぇは何でずぶ濡れなんだ?」


「これは・・・まぁいろいろと事情がありまして」






私は左腕を塞いでいた右手を離し、頭を掻く。

むしろ、攘夷浪士と斬り合いになって怪我したとか言ってしまえば
銀さんが怒ることは間違いない。

此処はなんとしてでもスルーしていかなければ。






「傘、貸してやっから差して帰れ」



「い、いえ!いいですよ!!銀さんがずぶ濡れになっちゃいます!!」



「風邪引くだろ、ほら」






そう言いながら銀さんが自分の差していた借り物の傘を私に差し出した。
私に傘を差し出すから、銀さんまで雨に濡れている。

しかし、私にはどうしても傘を借りれない理由がある。
借りるわけには、いかない。






「いえ、大丈夫ですって!ホント、走って帰りますから!」



「走って帰るっつっても、おめぇんちこっから遠いだろ。傘、貸してやっから使えって・・・俺も借りもんだけど」



「大丈夫です」



「遠慮すんなって」



「いえ、あの本当に」



「だー!もう、男の俺にみっともねぇ格好させんな」






そう言いながら銀さんは私に無理やり傘を渡すつもりで私の手を握った。








『嫌でございます。お嬢様から、血の匂いがするなんて』














「いいって言ってるでしょ!」











私は握られた手を振り払った。
それと同時に傘も宙を舞い、地面へと落ちた。

ふと、我に返る。

銀さんの手を、振り払った自分が嫌になり・・・銀さんの顔が見れず
私は顔を下に伏せた。










「ごめんなさい。あの・・・別に、銀さんが嫌いとかそうじゃなくて・・・」


「何があった?」


「大丈夫です。あの、今日は・・・歩いて、帰りますから」






冷たいはずなのに、頬を温かいものが伝う。

大丈夫。銀さんには分かりはしない。
雨が、雨が全部流してくれてるんだから。










「んな震える声で、泣くの堪えながら言われたらほっとけるわけねぇだろアホ」







瞬間、銀さんが私の体を抱きしめた。


銀さんの体・・・冷たいのに、抱きしめられるとあたたかい。





「何があった?」




「血の匂いが・・・」




「ん?」





あたたかい腕に抱きしめられ、私は素直に話す。





「服に・・・・・体に、血の匂いが、して・・・ばぁやが・・・苦しそうな顔を、して・・・」







「仕事、だから・・・仕方ないって・・・分かってるけど・・・・・・それでも、私・・・っ」


























「体がどんどん、血で汚れていって・・・皆・・・離れていっちゃうって思ったら・・・怖くて・・・」










何が怖かったのか。

ばぁやが離れていくのが怖かった。


父を亡くし、母を亡くし、家族はもう私にはばぁやだけ。
ケンカしながらも、今まで、ここまでばぁやは幼かった私を育ててくれた。

でも、そんな私の体が血で汚れ・・・血の匂いが纏わりつくようになり
ばぁやが苦しい表情をする。



あの顔を見るたびに、いつかは耐え切れず離れていってしまうのかと思うと――――。












「怖くて・・・怖くて・・・もう・・・これ以上・・・ばぁやの辛い顔、見たくなくて・・・」


「そういうことか。それで傘を拒んだのか?」


「ごめんなさい・・・銀さんっ」


「謝る必要ねぇだろ。おらぁ怒っちゃいねぇーよ」





胸に埋めていた顔をゆっくり上げると、銀さんは優しく微笑んでいた。
私の頬を拭い、雨で濡れた髪をそっと手櫛で端に梳かした。


そして、銀さんのおでこが私のおでこと合わさる。





「おめぇから血の匂いがするわけねぇーだろ」


「で、でもばぁやが・・・っ」


「んなばばぁの言うこといちいち信じるなって。それでおめぇが雨に濡れて帰る必要もねぇ」


「だけど、銀さん・・・私、このまま帰ったら」



「だったら――――」






















「ウチ来て風呂入れ。むしろ、俺がおめぇのその血の匂いってやつ・・・取ってやるよ」




「え?・・・あっ、ちょっ!?」








途端、いきなり銀さんに私は抱き上げられた。
俗に言うあの・・・お姫様抱っこだ。


私を抱きあげると、銀さんは借り物の傘も差さずツカツカと歩き出した。

むしろ傘放置(借り物なのにいいのかしら)。






「ぎ、銀さんっ!?あの、お、降ろしてください!」


「手ぇ繋いで走るよりか早ぇだろ。ウチ帰ったら風呂入るぞ風呂」


「いや、あの、ですから・・・っ」


「大丈夫だよ」






抵抗しようとしたが、銀さんの言葉に遮られた。






「おめぇからは血の匂いなんかしねぇ、それは俺が一番分かってんだ。おめぇはあの頃からずっと・・・優しい匂いしてる」



「銀さん」



「まぁ、ばばぁにはちと悪ぃが・・・」



「?」






















「吐き気するくらい甘い匂いでおめぇを返す羽目になりそうだがな」




「え?・・・あ、あのぉ・・・も、もしかして・・・」






銀さんの顔を見ると、笑みが・・・怖い。
血の気が引いた。








「さて、チャン・・・お家戻ったら、銀さんがキレイキレイにしてあげまちゅからね〜」


「(やっぱりか!!!)」







雨の中、私は銀さんに抱きかかえながら万事屋へと向かう。


雨が流してくれるはずだった血の匂いは
愛しい人が差し出してくれた傘で
それは止められた。




変わりに、私に降り注いだのは

鮮血で汚れた生々しい雨ではなく

とろけるような甘くて優しい雨だった。




それぞれの雨−Side.G−
(血塗られた雨から甘やかな雨に変わる)

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