--------------------ザーーーーー。











「うわっ、酷い雨になってきた」






お店の仕事をしていると、降っていた雨足が
激しくなる音がお店の屋根を叩いていた。






「晋助さん、濡れてないかな?」





ふと、頭をよぎった晋助さんの姿。


いつも晴れた夜にあの人は屋形船を取るのだが
今日はあいにくの雨模様。

こんな雨の日だから来るわけないと思いながら、少し寂しいと
思いながらも仕事に走る。




そんな私が慌しくお店の廊下を走っていると。










「お、ちょうど良いところにいた」



「はい、何でございましょうか?旦那様」









目の前から、私を探していたように旦那様が
こちらに足早にやってくる。

私は慌しい足を止め、旦那様の下にゆっくり行く。








「屋形船が1台入った。今からそっちの配膳に向かってくれないか?」



「かしこまりました。では今すぐ準備していきます」







どうやら旦那様は私に屋形船の配膳に向かうよう指示するために
探していたに違いないと思い、私は旦那様に会釈をして
すぐさま準備に走る。









「あぁ、それから



「は、はいっ」







配膳に向かおうとすると、旦那様が何か思い出しように
私を呼ぶ。私は慌てながらも、足を止め振り返る。








「拭き物も一緒に持っていきなさい」



「はい。分かっております」



「だろうな。それにお前を贔屓にしているいつものお客さんだからね。風邪を引いてしまったら大変だ」



「え?」








私を贔屓にしているお客さん。



それって、もしかして――――――。







「わ、私すぐ行きます!」


「急いで転ぶんじゃないよ」


「は、はい!」






旦那様の言葉に私は廊下を慌しく走る。



拭き物を持って、傘を差して、言われた屋形船に乗り込んだ。

私が乗り込むのがわかると船頭さんも笑いながら
「いつもの旦那がお待ちかねだよ」と言い、船をゆっくり動かし始めた。


私は急いできたから、息が切れ切れ。
それをある程度整えてから襖を開けると―――――。



















「よォ・・・・早かったじゃねぇか、





「晋助さん」








少し雨に濡れた晋助さんが立っていた。

私は晋助さんを見た瞬間嬉しさがこみ上げてきたが
すぐさま我に返る。





「あ、雨っ、酷かったですよね!こ、これ拭き物です!」


「あんまり濡れちゃいねぇし、大丈夫だ」


「で、でもっ、拭かないと風邪引いちゃいますっ!拭いてください、晋助さん」





私が拭き物を晋助さんの前に差し出すと
晋助さんは、少し驚きながらもクスッと笑みを浮かべながら
拭き物に手を伸ばす。






「ったく・・・おめぇもお節介だな」


「濡れて風邪を引くのは晋助さんです。お節介といわれようが構いません」


「そぉかい。まぁありがたく借りとくぜ」


「どうぞ」





そう言いながら晋助さんは濡れた髪や着物を拭く。
私はそんなあの人に見惚れていた。






かすかに髪から滴る雨雫。


首から鎖骨に伝う汗に混ざった雨粒。


艶やかな梅紫(うめむらさき)色した蝶柄の着物が
濡れて葡萄(えびぞめ)色に色を変えていた。





男の人で、こんなに綺麗な人もいると思うと
胸を締め付けられるほど、ドキドキ、心臓が動いてしまう。









「どうした?」



「え?!・・・あっ、い、いえっ」









ふと、晋助さんと目が合い
見惚れていたことを悟られたくない私はかの人の視線から
自分の目線を逸らし、配膳の準備に向かう。


見惚れてた、とか知られたらそれこそ笑われて恥ずかしい。


というか、思い出しただけで私が恥ずかしい。
きっと今の自分の顔は真っ赤に違いない。
「熱よ下がれ、赤いの治まれ」と心の中で念じながら手を動かす。












「きゃっ!?」









配膳の準備をしていると、後ろから急に晋助さんに抱きしめられた。
耳元に吐息交じりで声が聞こえ、上昇した熱を治めるどころか
逆効果なことになってきた。








「さっき、俺の体・・・ジロジロ見てただろ?」



「ち、違います」



「違ぇなら・・・なんで目ぇ逸らしたんだよ」



「そ、それは・・・っ」









晋助さんの低い囁きに鼓膜が熱くなり
今すぐにでも破けそう。


心臓がすごい速さで鼓動し、腰が砕けそう。








「おめぇ・・・耳真っ赤」


「し、晋助さん!か、からかわないでくださいっ!」


「へぇへぇ。・・・・・・・・向こうで待ってりゃいいんだろ」





そう言いながら、晋助さんは私の頭をポンッと叩いて
ちょっとつまらなさそうに部屋に戻っていった。


部屋に戻ったあの人は、三味線を弾き始める。
ポロン、ポロン、と弦を弾く音が聞こえてきた。



私はその場で、膝を床につけた。



腰が抜けたのだ。それに今でも心臓が煩く響いている。







「(し、晋助さん・・・意地悪っ)」







心の中でそう言いながら・・・ため息を零した。




あれが”大人の男の人“なんだ。と思い知らされた瞬間。
でも他の人にはない”魅力“が晋助さんにはある。




色気とか、仕草とか、雰囲気とか・・・言葉ではきっと言い表せないくらいの魅力。





それが、”高杉晋助という男の人“なのだ。








ー・・・酒、早く持って来い」



「あっ・・・は、はいっ、只今!」






そうこう、あれこれ考えているうちにどうやら
晋助さんが待ちくたびれて私を呼ぶ。

私は抜けた腰が何とか戻り、立ち上がり準備をするのだった。





















-----------------ザーーーーー。







「大分降ってますね」


「そぉだな」




ようやく落ち着いたと思ったら
今度は外を降っている雨が酷い降り方をしていた。

窓を開けることはできないが、屋根に当たる雨音に
私が声を上げると、晋助さんも猪口に入ったお酒を煽りながら答える。








「もう本格的に梅雨ですね」



「まったくだ」



「お洗濯物乾かないので困りますね」



「あぁ」





無言。



久々に会話が続かない。
いつもなら他愛無く話すのだが、やっぱりさっきのがあったせいか
どう会話を続けて良いのか迷ってしまう。

思わずそれでため息をつき、晋助さんを見る。


ふと、晋助さんとまたもや目が合う。


私は思わず逸らした。







「何で目を逸らす?」


「え?」






晋助さんの言葉に、私は彼の顔を見る。
すると晋助さんは持っていた猪口を膳に置いて立ち上がり
私のところにやってきて、ドカッと音を立て座った。








「何で逸らした?」



「なっ、何でって・・・」







さっきのこと思い出して・・・なんて言ったら恥ずかしすぎて、死んでしまう。







「そんなに、さっき俺のしたことが嫌だったか?」


「え?」







ふと、晋助さんの手が私の頬に触れた。


冷たい手なのに、触れられた瞬間あたたかった。







「おめぇを見てるとつい、からかいたくなるし・・・」



























「振り向かせたくて仕方ねぇんだよ」




「・・・っ」





放たれた言葉に、顔が赤くなっていくのが分かる。






「し、晋助さん・・・よ、酔ってます?」


「あんだけの酒で酔う俺じゃねぇことくれぇ、おめぇが一番知ってるだろうが」






確かに・・・まだ熱燗1杯くらいしか飲んでいない。
それで酔うような人じゃない。


つまり、いたって・・・平常。







「さっきのこと気にしてるようなら謝る・・・・・・悪かったな」



「い、いえ・・・あの、気にしてませんから。というか」



「何だ?」



「わ、私が・・・その、どうすれば、いいのか・・・分からなくて」



「は?」






返ってきた私の言葉に、晋助さんが声を出す。
私は目を泳がせながら
処理速度が遅い脳内で言葉を選びながら口から零す。








「わ、分からないというか・・・あぁいうとき、どうすればいいのか・・・。別に晋助さんを
嫌いになったとか・・・そういうのじゃ、ないんですけど・・・私、あの・・・・・ごめんなさい」







言葉が事足りず、もう自分から謝るしかないと思い
謝罪の一文を出してしまった。


本当に学習能力が乏しい自分が情けなく感じてしまう。
もう少しちゃんと勉強はすべき、と考えてしまった。








「おめぇが謝ることじゃねぇよ」


「で、でもっ・・・」


「言っただろ」

























「お前を振り向かせたくて仕方がねぇって。だからからかいたくなる、いじめたくなる。
繰り返したら余計逢いたくなんだよ。じゃなきゃ・・・・・・こんな雨の日まで此処に来やしねェよ」




「晋助さん」







そう言いながら、晋助さんがそっと私を抱きしめた。

雨で滲んでしみこんだ着物がちょっぴり冷たかった。







・・・寒ィ」



「え?・・・あ、熱燗おかわりですか?」



「違ェよアホ」



「じゃあ・・・何ですか?」







私が問いかけると、晋助さんは体を離し私の手を握り
自分の胸元へと私の手を触れさせた。







「触れろ、俺に」




「え?」




「あたためろ、俺を」




「晋助、さん」







手に伝わってくる、晋助さんの体温と胸の鼓動。

それを通して・・・私の頬が染まる。









「おめぇは遊女じゃねぇし、俺が客だからって言うことを聞かなくてもいい。選択肢はおめぇにやる」



「あの・・・ゎ、私・・・っ」























「貴方に・・・・・・触れたい」








「上等だぜ、













触れて、感じたい、貴方の体温。


きっと、今日の雨はその合図(サイン)だったのかもしれない。






屋根を打ち付け、激しく降り続ける雨は

冷たいはずなのに、どこかあの人に見えて

それがどこか愛しくて、全てを受け止めたくなった。




それぞれの雨−Side.S−
(雨に濡れた貴方に本当は触れたかった)
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