煙管(キセル)から紫煙を外に吐き出した。


窓を開けるとまだ雨が降り続いて、畳を見ると・・・が眠っている。



少し無理をさせすぎたか・・・と心の中で呟くも
どうしてもコイツを目の前にすると抑えることのできない衝動に駆られてしまう自分が居る。



コイツよりもずっと年くってるのによぉ。







「晋助・・・終わったでござるか?」


「万斉」






すると、外からジャケットを少し濡らした万斉がやってきた。






「悪ぃな、手間かけさせて」


「構わんでござるよ。それにしても、殿がくたくたになるまでしなくてもいいでござろうに」


「うっせぇよ」






そう言いながら万斉は畳に転がった空の徳利を持ち上げ
置かれていた膳に戻す。





「船頭はどうだ?」


「まだ夢の中。もうしばらくは起きないでござるよ」


「そうか」





そう言って俺は煙を吸い上げ、それを再び外に吐き出した。





「しかし、此処までせぬとお主と殿が情事に持ち込めんとは・・・おかしな話でござる」





万斉はクツクツと笑いながら俺を見ていた。

その笑い方に少々腹立たしいものを感じたが
こいつの言うことは間違いではない。


俺がと情事するには少しばかり手間がかかる。




まずは、二人っきりの空間を作る。
これは毎回していることだから、二人っきりになることは容易い。

次に、船を動かしている船頭。
声が漏れてしまえば、確実にの信頼が店側にばれてしまいコイツは辞めざる得ない状況になる。
だから毎回万斉に頼んで、船頭の飲んでいるものに
睡眠薬を入れ、しばらく夢の世界に入ってもらうようにしている。





そして、最後は
あのを如何にして、俺のペースに持ち込むか。
正直これが一番の難関だと俺は思っている。


全てにおいて疎いを、どうやって俺のペースに持ち込んで
なし崩し、自分のモノにするかが重要だ。
俺の言う言葉、全部アイツは”素“の状態で返すことが大半。
だから大抵俺が負けてしまう。・・・・この高杉晋助が、たった一人の女に。




今回は、雨が手助けしてくれたようなもんだ。
この条件が全て揃い、あのを丸め込むことに成功した。







「滑稽でござるよ晋助」


「あぁ?ケンカ売ってのかおめぇは」






万斉の言葉に俺はイラっとした。






「お主が女子(おなご)1人、まともに丸め込むことができぬとは」


「そろそろそのお喋りなその口黙らせねぇと、たたっ斬るぞ」


「事実でござろう。このように回りくどい仕方しかできないからで、それがいつものお主に似合わぬから滑稽なのでござるよ」


「万斉、てんめぇ」







完全に万斉に俺は今、バカにされている。

いや、事実を全部見通されて腹立たしいんだ。


白昼堂々と俺はと会うことはできねぇ。
ましてや、普通の男女の関係ではない。



俺は攘夷浪士。


は一般人。



その差は見えている、壁がある・・・俺たちには。




その差、壁が埋まるのは・・・夜しかない。

コイツの側に居てやれるのは・・・夜しかできない。

コイツを肌で感じれるのは・・・空が黒く染まる、この時間しかない。







「・・・んっ」




すると、畳で眠っているからくぐもった声がする。
やべぇ、起きる。





「万斉、消えろ」


「はいはい。では、ごゆっくり」





万斉に此処から消えろと言うと、ヤツはため息を零し部屋を去って行った。
俺はというと、煙管から灰を落とし窓を閉め、の隣に座る。

あたかも、ずっと隣に居たかのように。





「んっ・・・晋助、さん?」


「起きたか?」


「は・・・はぃ」





の目が薄っすらと開き、俺を見る。
俺はそんなの頭を撫でた。





「悪ぃな、無理させたろ」


「いえ・・・大丈夫です」







は俺に笑って見せた。


無理させたのは見えみえだ。何回コイツを喘がせたのか覚えてない。


ただ欲していた・・・を。


コイツを求めないと・・・たまにおかしくなる。
求めれば、求めた分だけ・・・・・またおかしくなる。


俺の中ではそんなものだ。




求めようとすると、逃げられて。


求められると、自制が利かなくなりおかしくなりはてる。
獣のように、だけを求める・・・ただの男に。





「晋助さん?」


「悪い」


「どうして謝るんですか?」


「分かんねぇ」





何で謝ったのか分かんねぇ。

に無理をさせたとか、多分それもあるだろう。
だけど、何で謝ったんだ俺?









「謝らないでください、晋助さん」


「え?」








すると、が俺の手にそっと触れる。






「今、一緒に居られる時間が・・・私はとても幸せです」







「一緒に居られない時間は、寂しいです。でも、そんな寂しさも貴方が来て、私の近くにいてくれるだけで幸せです」



「おめぇは」







ぐしゃぐしゃになった俺の頭の中を
は、少ない言葉を俺に投げてくれるだけで、すっきりとする。



だから壊したい、だから欲しい、だから求めることをやめたくない。



に対して、貪欲な気持ちが増していく。



コイツが俺をぶっ壊していくから。
万斉の言うとおり・・・俺は確かに他からしたら滑稽なのかもしれない。





俺はを抱きかかえ、自分の膝の腕に置いた。







「晋助さん?」



「何もしねぇよ。大人しくしてろ」



「・・・・・・はい」







そう言うと、は嬉しそうな返事をして俺の体に密着してきた。

無自覚でコイツは・・・俺を煽っていく。

だから―――溺れていってるんだ・・・この俺が。









「なぁ」



「はい?」



「お前はいつになったら俺に溺れるんだよ」



「え?」



「そこだけが無性に腹立たしいぜ・・・



「晋助さん?」








溺れるなら、溺れたい。


壊されるなら、壊れたい。


求めるなら、求められたい。









「雨が止むまで・・・その肌で俺を感じろ」



「晋助さん」



「嫌だなんて・・・言わせねぇからな」



「・・・・・・はぃ」






そして、また、俺はを求めた。



外の雨の音が聞こえなくなるまで。・・・ずっと、ずっと。

今は雨だけが、俺たちを一つに繋げてくれる唯一の存在だ。





生憎の空模様でも、きっと何かが起こりそうな予感。

雨はそれぞれの場所で降り、それぞれの物語を生み出し・・・紡いでいく。



それぞれの雨−Side.S−
(雨は時として、離れた二人を一つにしてくれる)

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