「・・・・新八って、女装すると普通に可愛いよね」
「さん、いきなり何言いだすんですか」
銀さんが散歩という名のパチンコに行っている間。
見回りをしていたさんが万事屋にやってきた。
生憎と銀さんが留守をしていることを告げると「じゃあしばらく新八の相手しとく」と
言って僕の真向かいに座り会話を始める。
しかし会話の始まりが何で女装・・・?
「いや、だって・・・新八、普通になんか可愛いよね」
「や、やめてくださいよさん。あの僕男ですよ?それに、男に可愛いとか変ですって」
「そうなの?女の私からしたら、新八は可愛くて、銀さんは美人だから羨ましいなぁ〜って思ってるんだけど」
銀さんが美人??!?!
てか、美人なのかあの人が!?!?!?
あんな死んだ魚のような目をした、万年金欠病を患ってるあの銀さんが美人!?
「さん、一度眼科に行かれたほうがいいと思いますが」
「こらこら。私はこれでも目は良い方よ。眼科に行く必要はないわ、事実を述べたまでのことなんだから」
「僕に対して可愛いっていう表現がありえないですし、ましてや銀さんを美人とか」
「私がそう思ってるからいいの。でも、新八はホント可愛いなぁ・・・ねぇ、メガネ外したらどんなの?」
そう言ってさんは笑いながら、僕の隣に座る。
嫌な予感しかしない。
「新八、メガネ外していい?」
「だ、駄目ですよ。メガネ外したら見えませんから」
「いいじゃない、ちょっとくらい。ほ〜ら」
「あーちょっと!?」
嫌な予感的中。
案の定、さんは僕のメガネを外した。
視界がぼやけて見えないけれど多分さんは自分の後ろに僕のメガネを隠した。
「さん、返してください。これじゃあ僕何も見えないです!」
「すぐ返すから。・・・・・・どれどれ?」
すると、さんの顔が僕の顔に近づいてきた。
顔が近づいてきた瞬間、心臓が高鳴った。
近い距離だったら、全部見えてしまう。
さんの顔が・・・こんなに、近くにある。
「新八・・・アンタまつ毛長いね。目も綺麗」
「さん・・・あの、銀さん帰ってきたら誤解されますよ。離れたほうがいいですって」
「パチンコ行った天パなんぞ知らん。・・・・新八は、可愛いし美人でもあるね。羨ましい」
「だから、男にその言葉は似合いませんからっ」
頼む、離れてくれ。
心臓が今にもはち切れそうで痛い。
さんは僕のことを「可愛い」だの「美人」だのと言っているけれど
今この近い距離で初めて見るさんの顔のほうが、よっぽど「可愛い」し、それに「美人」だ。
いつも銀さんの隣に立って笑っているこの人しか見たことがなかったけど
今なら・・・はっきり見える。
空にと伸びた長いまつ毛。
見つめてくる黒い瞳。
薄く開かれた薄桃の唇。
今、僕の目の前には「1人の女性」がいた。
真選組隊士さん・・・ではなく、1人の女性さんが
僕 を 見 つ め て い る。
「頬とかも白いよね」
「っ!?」
ふと、女性独特のスラリとした指が、手が僕の頬に触れた。
その瞬間、心臓が痛くなるほど跳ね上がり、顔が赤くなる。
女性に触れられて・・・こんなに、ドキドキしたことは・・・今までにあっただろうか?
「うわっ・・・すべすべ。・・・・・・新八、どうした?顔赤いよ?」
「え!?・・・あ、あぁ・・・い、いえ・・・なんでもっ・・・」
顔が赤くなっていることが分かり、さんが僕の顔をさらに覗き込む。
いつも遠目から見ていた人の顔が、今はこんなに近くで・・・正直どんな対応をすればいいのか分からない。
「熱でもある?」
「いえ、あのそんなんじゃ・・・っ」
「どれどれ、お姉さんが計ってあげようか」
「え?・・・ちょっ!?」
さんは僕の前髪を手で掻きあげ、僕のおでこに自分のおでこをつけた。
うわぁぁぁああ!!!!顔、かお、顔が近いぃいぃい!!
「熱はないわ。おかしいわね・・・顔赤いのに、熱ないとか」
おでこをつけながらさんは言う。
あの、すいません!おでこを付けながら言うの、やめてください!!
こんなところ、銀さんに目撃されたら――――。
「な〜にやってんのかな、チャン、新八クン」
「「あ」」
銀さん帰ってきちゃったーー!!!!
銀さんの声にさんは振り返りかの人を見る。
僕はというと、銀さんの突然の帰宅に完全硬直。もう石になるしかない。
「美人が帰ってきた」
「あ?んだよそれ?」
「万事屋の男性陣は美人な主(あるじ)様と可愛い助手がいるからいいなぁ〜って話です」
「おめぇ、またその話か。いい加減そのネタ引っ込めねぇと今度から本気で怒るぞ」
「じゃあ本気で怒られる前に見回りに戻ります。はい、新八メガネ返すね」
そう言ってさんは僕にメガネを返し、玄関先に向かう。
そんなさんを見送りに行くのか銀さんも踵を返し、玄関へ。
僕は呆然としていたけど、玄関先から会話が聞こえてきた。
『何ですか?』
『夜・・・来るのか?』
『いいえ。今日はやることあるんで、来ないです』
『そうか』
『寂しいんですか、銀さん?』
『バッ、バカ!違ぇよ!別に、そんなんじゃ・・・ねぇし』
『銀さん、可愛いですね』
『いい加減、それやめろ。じゃねぇと』
『怒るんですか?』
『いや・・・・・・うるせぇ口を塞ぐまでだ』
見ないほうがいいと思って、メガネはかけなかったけど
多分・・・銀さん、さんにキスをしたに違いない。
それから玄関の扉の開け閉めの音がして・・・銀さんが居間に戻ってくる。
僕は手に持ったメガネを掛け、視界を綺麗にした。
ふと、目線をあげると銀さんが僕を見ていた。
「何ですか銀さん?」
「と、何してたんだ新八」
やっぱり問い詰めてきたかこのおっさん。
「さんがメガネとって僕の顔をジロジロ見てただけです。可愛いから顔をじっくり見せろだのっていって」
「それだけか?」
「それだけですよ。他に何があるって言うんですか」
「・・・ならいい」
そうして銀さんは自分の部屋に戻って行った。
気づいているか、そうでないか、銀さんの行動は読めない。
今でもドキドキ、さっきの余韻がまだ残っている。
遠くからでしか見つめることができなかった憧れのあの人が
あんなに近くで見られ、見つめられてたなんて。
「(マジで恋する何秒前とか、洒落にならないよなぁ〜・・・コレ)」
でも、多分恋をするに何秒前とか関係ないよね。
きっと、今の僕もそうだが・・・銀さんも
一瞬であの人に視線が釘付けになってしまったんだろう。
その瞬間から、「恋」が始まっていた。
恋は一瞬で落ちるものなんです。
(秒数よりも、早く、瞬間的に恋というものは訪れる)