「月が綺麗だな」
「え?」
窓から外、そして空を眺めながら高杉は
片付けているに言葉を投げかけた。
「月が綺麗だな、って言ってんだよ」
「え?・・・・・・あ、そ、そうですね」
高杉が月を見ている目線を、に向ける。
はその視線と合うと、頬を赤らめる。
高杉は、そんな顔をみて満足そうな表情を浮かべ
再び空に浮かぶ月を見る。
「じゃあ、明日は晴れですね」
「!?」
しかし、次に放たれたの言葉に高杉はすぐさま彼女を見た。
あからさまに「お前今なんて言った!?」と言わんばかりの表情だった。
「今日、お月様が出ているなら明日はきっと晴れですよね。お洗濯物もきっと乾くお天気になる証拠ですよね」
とても嬉しそうな表情を浮かべているに
高杉は唖然としつつも・・・・・・・・・。
「そ、そうだな」
苦笑いを浮かべ、言葉を返した。
「はい。此処しばらく雨ばかりでお洗濯物が乾きにくかったんです。でもよかったです。
お月様が出てくれて。明日は晴れますよ晋助さん」
「そ、そう・・・だな」
「じゃあ私お膳と食器片付けてきますね」
「あ・・・あぁ」
そう言っては部屋から嬉しそうに出ていき
一方の高杉は肩を落としたのだった。
後日。
「気づくと思った俺がバカだった」
「本当にバカでござるな晋助」
高杉は後日、またもや万斉に先日の事を話した。
相変わらずバカにされていた。
「普通気づくだろ、あのフレーズくれぇは」
「フレーズも、分からなければ意味がないでござる」
「・・・・・・」
万斉は新聞を読みながらそんなことを言う。
「というか、珍しいでござるな」
「あぁ?」
「”月が綺麗ですね“というフレーズを知らぬ者が居たということでござるよ」
「本くらい読めよあのアホ」
先日、高杉がに放った「月が綺麗ですね」という言葉。
あれは有名な文豪の作品のフレーズであり
「月が綺麗ですね」・・・つまり、「愛している」という意味をあらわしていた。
知らないヤツは居ないと思っていたのか
高杉は自信満々気にそれをに言い放ったが――――――。
「まさか普通の言葉で返されるとは」
「計算ではござらんのか?」
「計算でんな事言うやつぁいねぇよ。お洗濯物どーとか」
「まぁ、それもそうでござるな」
完全にモノを知らないだからこそ、高杉はものの見事に打ち負かされた。
「ストレートに言ってみたらどうでござるか?」
「”おめぇをぶっ壊したい“ってか?」
「ストレートすぎるでござるよ晋助。女子(おなご)はデリケートに扱ってやらぬと、いかんでござる」
「意味分かんねぇし」
万斉はため息を零し、新聞を閉じた。
「お主にも出来ぬ事があると思ったら、やはり滑稽でござる」
「ケンカ売ってんのかおめぇは?」
「そういう事ではござらんよ。まぁ、その女子は早熟すぎるという意味でござる」
「・・・・・・・」
「他の女子でも探すでござるよ晋助。欲を晴らす女子なら何万といるんでござるからな」
そう言いながら万斉は新聞を持ち、その場を去っていった。
1人其処に残された高杉は、キセルを吹かし―――――。
「アイツは、そんなんじゃねぇーよ」
その日の夜。
相変わらず高杉は屋形船を取り、「いつもの女を」と店に言うと
店の人間も高杉がの事を気に入っているが分かるのか
笑顔で「すぐお付に向かわせます」とだけ答えた。
密会も何もないのに、高杉はただに逢いたいがため頻繁に屋形船を取り
との時間を過ごしていた。
しかし、お付でやってきたの様子がなにやらおかしい。
何処か慌てているというか、やたら挙動不審であった事に高杉は不信感を抱いていた。
「おい」
「は、はい!?」
高杉の声に思わずは驚きの声を上げる。
「何キョドってんだよ」
「そ・・・そんなこと、な、ないです」
高杉に背を向けて答える。
「声が震えてるっつーの」と高杉は心の中でそう呟いた。
何かしたか?と高杉は考えるも、昨日の今日で思い当たる節は見当たらない。
「あ・・・あの、晋助さん・・・」
「んだよ?」
すると、が震える声で高杉を呼ぶ。
「き、昨日・・・おっしゃっていた・・・その、あの・・・お月様の、お話・・・」
「あ?・・・・・・あぁ、あれか」
昨日の話を掘り返されて、高杉は傷に塩を塗られた感じで
凄まじい痛みを出していた。
正直なところ「何で掘り返すんだよおめぇはよぉ」と思っていた。
「その・・・あの・・・・・・わ、私・・・い、意味・・・よ、よく・・・知らなくて・・・っ」
「は?」
「知り合いの方に・・・う、伺ったら・・・そ・・・その・・・・・・あのぅ・・・・・」
背を向けるの耳が赤くなっていた高杉に彼は気づいた。
お猪口を膳の上に置いて、すぐさま立ち上がり、の背後に近づき――――。
「やっと気づいたかアホが」
後ろから抱きしめた。
「ご、ごめんなさい!・・・あの、その・・・私・・・そういうの・・・わ、分からなくて・・・っ」
「ちったぁ本を読め。学習不足なんだよおめぇは」
「す、すいません」
「まぁそこも、俺が好きなおめぇの可愛さってやつだろうな」
「!!」
の耳元で低く囁く高杉。
その声には更に耳を赤くさせる。
「こっち向けよ・・・。顔見せろ」
「ダ、ダメです・・・あの、その・・・・・・顔が真っ赤です」
「いいから見せろ」
高杉の言葉に逆らえないのか、はゆっくりと高杉の方を向く。
しかし顔を俯かせたまま。
高杉は彼女の頬を包み込み、顔を上げさせた。
「フッ・・・マジでお前の顔、タコみてぇ」
「は、恥ずかしいですから、や、やめてください晋助さんっ」
「やめろと言われて、やめるわけねぇだろ。なぁ、・・・言えよ、俺もう言っただろ?」
閉じている瞼に口付けをして、高杉はを見る。
『欲を晴らす女子なら何万といるんでござるから』
ふと、万斉の言葉を思い出した高杉。
「(コイツだけは違ぇんだよ、アホグラサン)」
しかし目の前に居る彼女だけは違うと思っている。
無欲で、無垢で、媚びもしない。
ただ、ただ真っ白で汚される事を知らない少女。
だからこそ惹かれた。
だからこそ惚れた。
だからこそ―――――――。
高杉の言葉には頬を赤く染め、目を潤ませながら見る。
「ゎ・・・私も・・・あ・・・・・・愛してます」
だからこそ―――――――愛したいと、望んだ。
「上出来だ」
そして、高杉は噛み付くような熱い口付けをにするのだった。
それは、とても月が綺麗な日の事だった。
月が見えたら、綺麗だねと囁いて
(それは、紛れもない愛の言葉に変わるから)