非番の日、私は縁側で体を寝転ばせ空を見ていた。
せっかくの休みだというのに、頭の中は、今の局内についてのことを考えていた。
最近、屯所内が異様に騒がしかった。
理由は分かっている。
鴨さんが戻ってきたからだ。おかげで、真選組内では派閥争いが勃発。
伊東派と土方派で局内が2分化されてしまった。
「さんは、やはり伊東先生の味方ですよね!」
「違ぇよ!さんはもちろん副長の味方だってーの!ねぇ、さん」
2分化された局内で、2人と交流のある私のポジションは微妙なものだ。
伊東派や土方派の奴等と会うたびに同じことの繰り返し。
正直、耳にタコ。
ていうか、どっちにも属そうとも思わない私はぶっちゃけた話、放っといてくれ。
しかし、こんな事を言う私だが気がかりな事がある。
土方さんのことだ。
あの、鬼の副長と呼ばれ恐れられている土方十四郎が
鴨さんが帰ってきたくらいから、何やら不謹慎極まりない行動が耐えない。
いや、正直それは全部考えられない事だと思う。
大事な会議を、あの男が放り出すわけないのに。
近藤さんや総悟ほどではないが、私が入隊当初から良く面倒も
見てもらったし・・・あの人からは色んな事を教わった。
「謹慎とか・・・土方さん、どうしたんだろう」
此処数日の不審行動に近藤さんはついに土方さんに謹慎処分を下した。
誰よりも土方さんを信頼している近藤さんが・・・―――――。
『近藤さん、待ってください!土方さんを謹慎って・・・っ』
『か。こうでもしねぇと他の奴等に示しがつかねぇよ。今はこうするしかねぇんだ』
『でも、近藤さん!』
『局中法度を作った本人が破るようなんざ・・・もう、トシは・・・』
『近藤さん』
『おめぇももう1人で大丈夫だ。トシが居なくても平気じゃねぇか』
私の頭に触れた時の近藤さんの手・・・震えてた。
私を安心させようとした近藤さんの声・・・・震えてた。
「あんな態度されたら・・・・誰だって不安になるわよ」
別に土方さんを心配してるわけじゃない。
ただ・・・何があったのか知りたい。
今、何が起こっているのか・・・知りたい。
胸騒ぎがする。
中を襲う、得体の知れない・・・この、不安。
「お嬢様、こんな所で寝転ばれたらお掃除が出来ませぬ!」
「あ、ごめん」
私は縁側に転ばせた体を起こした。
非番で煩わしい局内から少しは解放されたというのに
家に居てまで何を考えているんだろうか・・・私。
考えていたら、日が暮れていた。
頭の中がまだごちゃごちゃしている。どうもスッキリしない。
「・・・屯所の道場行って、稽古してサッパリしてくるか」
頭がスッキリしないのなら、方法を手探りだがやればいい。
私は立ち上がり、屯所に行く準備をしに自分の部屋に向かう。
バチンッ!
「えっ?」
何か、切れる音がした。
そう例えば―――髪ゴムのような。
私は床に目線を落とした。其処にあったのは・・・髪を結んでいた髪ゴム。
それは・・・・・・鴨さんがくれた、髪ゴム。
「鴨・・・さん」
胸がざわつき始めた。
突然切れた髪ゴム・・・切れることのない髪ゴム。
鴨さんが・・・切れたりしないって、言ってたのに・・・それが、切れた。
「鴨さん・・・っ」
「お嬢様、どちらへ!?・・・お嬢様!?」
私は床に落ちた切れた髪ゴムを拾い上げ、急いで家を飛び出し屯所へと走った。
嫌な予感がする。
どうして、こんなに胸のざわつきが治まらないの?
何に対しての、ざわつきとか・・・分からない。だけど、今はこの不安・・・確かめないかぎり治まりようがない。
きっと屯所に行けば、近藤さんや総悟がいる。
きっと・・・きっと・・・・・・――――――。
「鴨さん・・・っ」
虫の報せってよく言う。
髪ゴムが切れたのはそう告げたように思えた。
それが、近藤さんか総悟か、土方さんか・・・誰か分からないけど。
なんだか・・・それが鴨さんかもしれないとか、思ってしまった。
鴨さん・・・無事でいてください。
私は貴方から教わらなきゃいけない事が、まだたくさんあるんですから。
どうか・・・どうか。
「あっ」
瞬間、躓いてこけた。
何とか受身は取れたし、体は服で守られたから痛くはない。
私は起き上がり、また走ろうとした。
だが、左足に激痛が走る。私は左足を見た。
「こんなときに・・・最悪」
左足から血が流れている。
体は受身を取れたのに、足を思いっきり負傷・・・しかも、結構血が出てる。
こんな足じゃ・・・走れない。でも止まってる暇なんてない。
「おい、大丈夫か?」
「足、スゴイ怪我じゃないか!」
道行く人に心配される。でも・・・弱音なんか吐いてられない。
「だ、大丈夫です。これくらい・・・平気です」
片腹に刀、刺されるよりか・・・全然平気だ、こんなもん。
私は心の中でそう言いながら、ゆっくりと立ち上がる。
痛みで思うように走れないし・・・歩くのもやっとだ。
「おい、でも血が・・・」
「籠を呼ぼう。おい、誰か籠を・・・っ」
「大丈夫です!いや、ホント・・・大丈夫ですから」
籠を呼ばれそうになったけど、私は笑顔で大丈夫と答えそれを断った。
籠で行くなんて見っとも無い。
「(土方さんが居たら、絶対怒られそう)」
足を怪我して、籠で屯所に行ったら・・・土方さんに怒られそう。
謹慎で居ないって分かっているのに・・・あの人の怒鳴り声が聞こえてくる。
まぁ、土方さん居なくても総悟の奴に冷やかされるし・・・籠乗り却下。
「本当に大丈夫かい?」
「すいません、ご迷惑おかけして・・・ありがとうございます」
道行く人にお礼や謝罪をし、左足を引きずりながら屯所へと向かう。
こんな調子だと・・・辿り着くの夜じゃない。
「ぼやぼや言ってるヒマあったら・・・体動かせっての」
私は苦笑を浮かべながら、屯所へと向かうのだった。
でも、負傷した足を引きずりながら屯所に向かうとか
かなり無謀だった。
着いたのはもう日が暮れて・・・真っ暗闇。
足を引きずりながら私は、屯所の中に入っていく・・・・・しかし、人気がない。
様子がおかしい。
状況がまったく掴めないまま、とりあえず人気が一番多い食堂へと向かった。
「・・・何で、誰も居ないの?」
驚いた事に、食事を作っているおばちゃん達以外・・・誰一人として其処には居なかった。
いつもなら・・・むさくるしい男どもで・・・賑わって、うるさいはずなのに。
「あら、ちゃん」
「ちょっとちゃん!?足怪我してるじゃない!・・・救急箱、救急箱」
私の状況を見て、おばちゃんの一人が救急箱を取りに行った。
呆然としながらも私は辺りを見渡す。
「あの・・・皆は?」
「皆さんなら、急に無線が入って・・・血相を変えて出て行ったのよ」
「無線?」
「そう。近藤の乗った列車を追え、じゃないと大将の首が取られるぞって」
その言葉に背筋が凍った。
近藤の首って・・・・・近藤さんが、近藤さんが殺される。
そういえば、今日は確か列車のセレモニーで・・・近藤さんが呼ばれてる。
まさかその乗ってる列車で?
私は思わず踵を返した。
「・・・痛っ!」
「ちゃん、そんな足で何処行くって言うの」
そうだった。・・・私、左足を怪我していたんだった。
足を動かした事によって痛みが酷いし・・・気にしないフリしてたけど足袋にかなり血が滲んでいた。
「先に応急処置を」
「大丈夫、です。それよりも・・・行かなきゃ」
「行かなきゃって・・・ちゃん、そんな足で何処に!?」
おばちゃんに尋ねられ、私は痛みを堪えながら答えた。
「何処って・・・近藤さんの所。皆が向かって・・・私が行かないとか・・・絶対に嫌」
「で、でも・・・・皆さん車出して・・・ちゃん、どうやって行くって言うのさ?」
確かに。
車を運転できない私がどうやって近藤さんの所に
行く事ができるだろうか?私は左足を引きずりながら外に出ると、屯所の門前に1頭の馬。
「車がなくても・・・」
そう呟きながら、馬のほうめがけ痛む足で走り、右足で思いっきり飛び上がり――――。
「車の代わりになるものは、いくらだってあるわ」
馬に跨り、手綱を持った。
「お、おいアンタ!?何すんだ、うちの馬に!!」
「ごめんなさい、おじさん。どうしても、急ぎの用があるからこの馬貸してね」
馬主らしき人に私は謝り、すぐさま馬を走らせた。
車よりか遅いかもしれないけど・・・傷を負った足で向かうよりずっと早い。
「近藤さん、皆・・・・・・無事で居て」
馬を走らせながらそう呟いた。
でも、屯所に総悟の姿がなかったから多分、アイツの事だ。
近藤さんを守っているに違いない。土方さんがどうか分からないけど。
一番気がかりなのは―――――。
「鴨さん・・・鴨さん、どうか・・・生きててください」
髪ゴムが突然切れたのが怖かった。
しかもそれは鴨さんが私にくれたものだし・・・もしかしたら、鴨さんに何かあったのかもしれない。
本当に、それだけが・・・怖い。
あのセレモニーには、鴨さんも同行するとか近藤さんが嬉しそうに言ってた。
近藤さんだけが危険とは限らない、参謀である鴨さんだって・・・・・・危険なのかもしれない。
「早く・・・早く行かなきゃ・・・っ」
私の焦る気持ちが分かるのか、馬の足が自然と速くなりスピードが上がっていく。
すると、真新しい線路が見えた。
私は線路の上に馬で乗りあがり、手綱で動きを止めた。
「どっちに列車が・・・」
こんな所で迷ってるヒマはないのだが、間違えてしまえば元も子もない。
何か、いい方法はないのかと頭を回転させていると――――山の向こうから、轟音が響いている。
こんな夜に、ドンパチやらかしているのは・・・多分、真選組(ウチ)だけ。
「山の向こう・・・・あっちよ、走って!」
痛む足で馬の腹を蹴り、山の向こうへと急がせたのだった。
でも、あの場所に着いた頃には・・・もう、大切な人の姿はなかった。
うたかた花火
(虫の報せは、あまりにも突然で)