銀さんと花火を見て、私は泣き疲れて眠った。

ふと、ぼんやり・・・鴨さんと出会った時の情景が浮かんだ。





あの頃は、鬼の目醒めに怯えていたけれど
周囲の叱咤激励もあってか、自我を保つことだけに集中していた。


自分自身もっと強くなろう、と励み
木刀を振る毎日を送っていた・・・そんな時だった。










「ああ・・・君かい?近藤さんの言っていた、優秀な女隊士君というのは?」








道場に現れた、1人の男の人。


あまり見ない顔だったから、眉をひそめていたら
向こうは何だかこちらの警戒心を解くような笑みを浮かべていた。






「警戒しなくてもいいよ。僕も真選組の1人だ」


「あ、そうでしたか。すいません、変に警戒して」


「いやいいんだ。しかし、近藤さんから話は聞いたよ。
どうやら厄介な人材を抱え込んだそうじゃないか・・・人材、というか、化け物だな」






眼鏡の奥底の瞳がこちらを睨みつけた。


化け物・・・つまり、私の心に巣食っている「鬼」の事だろう。




自我を失い暴走する、そして誰かれ構わず殺してしまう私の心の中の「鬼」。

何を言われても私は反論が出来ない。


私は・・・その「鬼」に負けているのだから。






「化け物、と言われて反論はしないのかな?」


「しようにも言われて当然なのでしません。アレは私でもありますから」


「そうか。それで・・・毎日道場でソレ(木刀)を?」


「振って強くなるかどうかなんて分かりませんけど、強くなれたら・・・いいなって」








自分自身が強くなれば、きっと「鬼」は目醒めたりしない。

アイツは私の一瞬の隙をついて・・・心を体を蝕む。
そうされない為にも、自分がもっと強くなればそれでいい。


誰も傷つけないくらい、強くなりたかった。









「ならば、僕が相手をしようか」



「え?」







すると、かの人は木刀を握り構える。

いきなり初対面の人間にそう言われて私は戸惑う。







「君が強くなったかどうか、僕が見定めてやろうじゃないか」



「で、ですが・・・っ」



「僕も真選組の隊士。剣の腕は・・・まぁ土方君と同じかもしれないな。
女だろうが君も隊士なら手加減はしない。それでどうだろうか?」







問いかけられた言葉に私は木刀を握りしめ、構えた。








「最近誰も相手にしてもらえなかったから、怪我しても知りませんよ?」



「ほほぉ。それは気をつけなければな」







そう言って、踏み込んで振り下ろしたけれど私は―――――あの人に勝てなかった。



気付いたら道場の床に大の字になって私は倒れていた。

別にボロボロにやられたワケじゃない。
上手い事身を躱(かわ)され、私はただ木刀を振り回していたに過ぎなかった。

要するに、私はスタミナ切れでの敗北・・・ということになる。







「太刀筋はなかなか、といった所か。確かに沖田君の右腕と言われてもおかしくはないな」



「そ、そりゃ・・・ど、どうも」



「人は誰しも、心の中に何かしらの思いを抱え込んでしまう。君の場合はそれが強すぎて
自我を失い暴走を起こす『鬼』という存在になってしまったのだろう。
だが、君は十分に強い・・・僕もうかうかしていられないな」






かの人は眼鏡を上げて、苦笑を浮かべていた。





「あの、もし私が鬼を制御できて、私自身の力で勝てたらの話なんですけど」



「何かね?」



「最近、此処らへんにオイシイ甘味処が出来て・・・其処のあんみつクリームスペシャルっていう
甘味があるらしいんで・・・それ奢って下さい」






昔もそうやって、松平のオジサマに稽古をつけてもらった時
自分で餌を垂らして、その餌目掛けて走り続けていたのを思い出した。


私の出した条件に、その人は目を驚かせ――――大きな声で笑った。






「君は、面白いことを言うなぁ」


「昔もそうやってある人に稽古つけてもらってたんで」


「成る程。いいだろう。君が1人前に、心の鬼とやらを制御できたら君の言う甘味を奢ってやろうじゃないか」


「約束ですよ」


「ああ、約束しよう」






差し出された手を掴み、私は立ち上がる。







「紹介が遅れたな、伊東鴨太郎だ」



「一番隊隊士です」



。良い響きの名だね。僕はあんまり人を名前で呼ぶことはないんだが
君の名前は良い響きだから呼ばせてもらってもいいだろうか?」


「構いませんが、私も苗字呼びとかじゃなくて、鴨さんって呼んでもいいですか?」


「鴨さん・・・か。本当に君は面白い子だな」








それが、私と鴨さんが初めて出会った時だった。



兄のように鴨さんを慕い、憧れた。

剣の腕も強く、頭も良い鴨さんに何でも教えを請おうとした。



だけど、剣の腕も勉学も・・・私はあの人に一度たりとも勝てなかった。









勝てずに、約束を果たされずにあの人は――――――――逝ってしまった。















「・・・鴨、さん」








目を開けると、涙が横に流れ落ち布団にと染み込んでいた。


体を起こし涙を拭う。

側に居るはずの銀さんは何処に?と辺りを見渡すと
障子の外から聞き慣れたイビキが聞こえてきた。


いつもは、隣に居るはずなのに・・・と心の中で呟きながら
もう一度布団に戻ろうとする。


ふと、枕元に置かれていたモノに気付き、手に取る。



宛て名には私の名前。

後ろに返すと「伊東鴨太郎」という達筆な筆跡。



私は急いで、それを開ける。


中に入っていたのは手紙。
綺麗に折りたたまれた紙を開いて、それに目を配る。







『拝啓 様。
この手紙を君が読む頃は、きっと僕はこの世には居ないと思うだろう。
あの日の約束や、この前の約束を守ってやれずすまない。
君をこの内乱に巻き込みたくなくて、僕は内乱の起こる日に君が非番になるよう細工をした』








タイミングが良すぎると思った。

どうして、あの日に私だけが非番になったのか。
土方さんの戻らないあの状態で、どうして休みなんか貰えようかと思った。

だが今思い起こせば、鴨さん側に付いていた隊士達からも後押しされ
結局休まざる得ない空気になっていた。


それもこれも、全部・・・・鴨さんが仕組んだこと。



私をあの内乱に巻き込まないとするための、工作。







『君は僕にとって、唯一心が安らげる存在だった。あの緊迫した場所で、君は輝いていた。
初めて出会った時僕は君の輝きが眩しくて、羨ましかった。そして大切にしたかった』






「・・・鴨、さんっ」






君。本当に君は良い響きの名前をしているね。呼ぶたびに僕の心は安らいだ。
君が真選組に居てくれて、僕は本当に良かった・・・一時ではあるが、君と同じ場所に居れて良かったと思う。
心から感謝の言葉を贈ろう・・・ありがとう』







感謝の言葉を贈りたいのは、私の方なのに。

声を出して「ありがとうございます」と言いたいのは、私の方なのに。



だけど、もう、貴方はこの世には居ない。









『僕の最初で最後の願いで、約束にして欲しい事がある。
風に吹かれ折れてしまわないように、誰かの手で手折られてしまわないように、強く生き輝き続けて欲しい。
君は一輪の花、輝きを失ってはいけない存在だ。だから、どうかその輝きを失わないで欲しい。
何度約束したか、そして何度僕は君との約束を破っただろうか。だけど、もう二度と約束は違えない』






約束。



もう、何度と交わし破られ続けたことだろうか。



だけど、コレが最初で最後の願いで・・・あの人との約束。







『約束の印として、君に贈ろう。輝きを失わないと約束する結束の輪を』




「結束の、輪?」







意味深な言葉に、私はもしやと思い封筒をひっくり返し何度か振る。
すると、布団の上にポトリと落ちてきた―――――髪ゴム。


手で持ち上げると、それは鴨さんと再会したときに貰った髪ゴムだった。


あまりに突然で私は慌てて手紙を読む。







『この前あげた髪ゴムがもしかしたら切れてるだろうと思い、新しいのを約束の誓いとして
君に贈ることにした。それで髪を結い続けてほしい。これからも真選組の1人として
そして1人の女性として輝き続けるという意味で君に僕から贈ります。
君。僕にほんの少しの輝きを与えてくれてありがとう。君と出会えて本当に良かった。 伊東鴨太郎』






私は髪ゴムを握りしめ、嗚咽混じりに泣いた。





自分がほんの少し、あの人の「何か」になれていたのがたまらなく嬉しくて。


果たされなかった約束が歯がゆくて。



嬉しいのと、悲しいのとが入り混じり・・・涙を零した。





手に握られた髪ゴムを改めて見る。

あの日と同じようにキラキラと輝いている。

きっと鴨さんの目には、あの人が私に見ていた輝きと似ていたのかもしれない。









「今度こそ・・・約束は守って下さい。私も、守ります」







『・・・ありがとう、君・・・』








ふと、鴨さんの声が聞こえてきた。
辺りを見渡しても誰もいない。

だけど、穏やかな声が私の耳に入り、ようやく頭の中が
スッキリとした風が流れ始めた。



障子の方に目を移すと、段々と陽が昇り始め朝日が顔を出してきた。



私は布団から出て
数日ぶりに隊服に袖を通す。

シワを伸ばしながらきっちりと着こなし、あの髪ゴムで髪を一つに結った。


鏡で見た時、髪ゴムがキラキラと輝いていた。




私はゆっくり障子を開けると、縁側に寝ていた銀さんが背伸びをしていた。








「こんな所で寝てたら、風邪引いちゃうのに」




「言っただろ。おめぇの側に居るって」








声を出すと、銀さんはほんの少しやる気ない声で答えてくれた。

私は笑みを浮かべ未だ私に背を向けている銀さんを見る。








「側に居る意味がいつもと違いますけど、どういう風の吹き回しですかね?」



「流石に泣いてる女の横に寝たら、俺だって何するか分かんねぇーよ。
最近シリアス空気ばっかりだから意外に飢えてんだぜ。ハッチャケてイチャイチャしてぇんだよコノヤロー」



「アハハハ・・・じゃあ、そろそろそういう空気、終わりにしましょうか」






相変わらずの銀さんの言葉に私が笑いながら答えると
ようやく背を向けていた銀さんが私の方に振り返った。


銀さんの目は相変わらず死んだ魚のような目だけれども
何処かその眼差しは安堵したようにも見えた。







「すいません銀さん」


「いいよ。仕事、行くのか?」


「ええ。これ以上近藤さんに迷惑かけっぱなしにはいかないんで。けじめもつけてこなきゃいけないし」


「そぉかい。なら俺はお家に帰るとするわ」







私の言葉に銀さんは立ち上がり、大きな背伸びをする。






「銀さん」



「んー?」



「花火、また一緒に見てくれますか?」










背伸びをしていた銀さんに私は言葉を投げかけた。


果たされなかった約束を、この人は鴨さんの代わりに果たしに来てくれた。
代わり、だなんてどうか分からないけれど・・・それでも昨日、此処に来てくれたことが嬉しかった。


約束なんて、簡単にするもんじゃない。


今回、それを身を持って知ったのに私は目の前の大好きな人までも
それで困らせようとしているのかもしれないと思った。



すると、私の言葉に銀さんは頭を掻きながら
自分の小指を私の前に出してきた。









「え?」


「ほら、よくやるだろ?小指」






突然のことで一瞬、自分の思考回路が止まったが
すぐさまそれが何なのか思い出し、思わず小さく笑ってしまい
自分の小指を銀さんのと絡めた。









『 指切り、げんまん、嘘ついたら、針千本のぉーます・・・指切った! 』








小さいころ、よくやった誓いの動作。


声を揃えて、手を動かし、小唄を終えると絡めていた指を離した。








「これで約束破れねぇだろ。また花火、一緒に見ようぜ



「・・・はい、銀さん」








その言葉に私は満面の笑みで答えた。

ようやく晴れた空に、雲ひとつ無い太陽が昇り輝き始めたのだった。


そして、太陽の光に反射して
私の髪に結われた誓いの髪ゴムはキラキラと光っていた。





うたかた花火
(その日、ようやく私は約束と共に笑顔を取り戻した) inserted by FC2 system

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