「悪いねぇ、手伝ってもらって」
「いいえ。大丈夫ですよ」
タイガーさんとバニーのマネージャーである
ロイズさんがパソコンを打つ近くで、私は応接用のテーブルで書類整理をしていた。
アニエスさんが私の願いを聞き入れてくれて
すぐさま次の日から私はアルバイト。
最初のうちは本当に雑用。
アニエスさんがアポロンメディアへの各部署への書類配送。
これぶっちゃけ大変だった。
何せその書類の中には・・・ヒーロー事業部、つまりバニーの居る部署にまで持っていくという
凄く勇気のいることにまで及んでいた。
しかしその日は、2人とも取材で不在。
経理のおば様に「これ頼まれていた書類です」と渡すと凄いジロジロ見られた。
そりゃ見たいことない顔だろうね、と思いながら去ろうとしたら――――。
「アンタ・・・バーナビーの携帯の待ち受けの子だね?」
「え?」
「バーナビーがよく携帯を眺めてるときにチラっと見えるのよ。
アンタじゃないの?」
「ま、まさか・・・人違いですよ!それでは、失礼します!!」
私はそそくさとその場を退散。
バニー・・・私の写真、携帯に入れてるって言ってたけど
待ち受けにしてるなんて聞いてないですから!!!
その日、マンションに帰ってバニーに「待ち受けに私の写真はやめて」と言いたかったが
さすがに其処は勘の鋭い兎だから「何でそれ知ってるんですか?」って聞き返して
墓穴を掘りそうだから、やめた。
今日は学校が休みだというので朝からアルバイト。
アニエスさんに「今日はどこですか?」と問いかけたら
ロイズさんの居る部屋に連れてこられたのだ。
「人が足りなくてね・・・僕も歳だから」
「お1人で2人分スケジュール管理は大変ですしいいんですよ」
今日の私の仕事はロイズさんのお手伝い。
ロイズさんはスケジュールの調整、私がしているのは
イベントや番組出演、それから取材といった申出書の書類整理。
後でロイズさんが押印をするというので、どの分野のものなのかというのを私が振り分けている。
「それにしても、バーナビーにこんな彼女が居たとはねぇ」
「え?」
するとロイズさんが頬杖を付きながら私を見ていた。
「いやね、ワイルドくんからは聞かされてたことだけど・・・嘘だと思ってて」
「まぁ、そう思われても熱狂的なファン避けにはなりますから」
「でも実際居るとは知らなかったよ。君、いくつなのかな?」
「18です」
私が年齢を応えると、ロイズさんは持っていたペンを落とした。
しかも目が点になってる。
それはなるでしょうよ・・・私未成年ですから。相手成人ですから。
歳の差6つですから。
正直に言えば・・・・・・犯罪に近いです。しかも私に手を出してますからあの兎。
「え?・・・じゅう、はち?」
「はい18です」
「・・・・聞かなかったことにするよ」
「そうしていただけると助かります」
ロイズさんが何を口にしたかったのか、大体の予想は付くが
まぁそこは聞かなかったことにしていただきたい。
バニーをさすがに未成年に手を出してるヒーローとかイメージ悪すぎだし。
彼を推している会社側やロイズさん側からしてみれば、口を噤(つぐ)んだ方がいいだろう。
「書類、こんな感じでよろしいですか?」
「どれどれ?」
書類整理が終わり、私がロイズさんに尋ねる。
ロイズさんは椅子から立ち上がり、テーブルのほうにやってくる。
机に並べられた各分野の書類を見ながら、笑みを浮かべる。
「君、物分りが良いんだね」
「こういう作業嫌いじゃないんで」
「若いのに感心するよ」
ロイズさんに私は頭を撫でられた。
こういうところ子ども扱いされているが、自分としては頭を撫でられても嫌な気分はしない。
むしろ、褒められた気分で嬉しい。
ロイズさんは書類を持ち上げ、一枚一枚確認していく。
「しかし、またなんでこんなアルバイトを?」
「え?」
「アニエスからは人手不足なんだろ?としか言われてないけど。
何か理由があって、雑務を引き受けているんじゃないかな?」
それを言われて、私は整理した書類の一枚を取り上げた。
「もうすぐ、バニーの誕生日なんです」
「そういえば、もうそんな時期か」
「彼に渡したい誕生日プレゼントがあって。でもそれが
凄く高いから・・・アルバイトしてでも買ってあげたいんです。バニーには私凄くお世話になってるし」
彼のいる生活で、たまに寂しいと思うときもあるけれど
1人の時よりも寂しくはなくなった。
むしろ、幸せな時間が多い。
街中を歩く恋人同士みたいなことできないけど
それでも、お家で2人で居る時間ほど幸せなものはない。
その時間を少しでも大切にしたいし、彼の側に居てあげたい。
私を大切にして、愛してくれているバニーに何かしてあげたい。
「彼のくれるものは計り知れないもので。私が誕生日プレゼントで返す分は
本当に小さなものだけれど・・・してあげたいんです。バニーの笑顔が見たいから」
「・・・何だか、彼が君を想う気持ちが分かるような気がするよ」
「ぁ、す、すいません」
調子に乗ったことを言って、私自身恥ずかしかったが
それでもロイズさんは呆れることもせず、ただ笑ってくれた。
それは呆れたような笑いではなく、優しい笑顔だった。
---------コンコン!
「はい?どなたかな?」
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
その音にロイズさんは部屋から声を上げる。
『バーナビーです』
『ワイルドタイガーです』
「っ!?」
部屋の外から聞こえてきた声は、紛れもなく・・・バニーとタイガーさん。
私は焦った表情でロイズさんを見る。
「ロ、ロイズさ・・・っ」
「ぼ、僕の机の下に隠れなさい。二人が部屋を去るまで出てきてはダメだよ」
「は、はいっ」
そう言われ、私は慌ててロイズさんの机の下に隠れる。
大人1人隠れれるだけのスペースはある。女の子なら少しくらいは余る程度だ。
私が姿を隠したと分かると、「入りたまえ」というロイズさんの声が響き
部屋の扉が開く。
私は息を潜め、2人が部屋を去るのを待つ。
『失礼します』
『おぉ。今日はどういう用件かな?』
『時間があったので取材のことで聞きたいことがあって、立ち寄らせていただきました』
『そ、そうか。なら聞こう』
バニーとロイズさんが喋っている。
多分タイガーさんは話半分な感じで会話に参加するだろう。
私は息を潜めながらそう耳を傾けた。
話の内容からするに、確かに取材の内容の話だ。
私には分からない世界だから説明できないけれど、とりあえず取材の話をしてる。
『聞きたいことは以上かな?』
『つか、ロイズさん珍しいっすね』
『何だね君は急に?』
すると、今まで黙っていたタイガーさんが喋りだした。
相変わらず始まり方が突拍子もない。
『いや、書類整理とか。俺らが来てる時こういうのしてないでしょ?』
----------ガタッ!
「(いったぁ〜・・・・・じゃない!!)」
しまった!!
思わず私はドキッとしたことを言われ、頭を机にぶつけたが
正直な話、痛いとかそういうことを言っている場合じゃない。
凄い音をさせてしまったから・・・―――――。
『何か居るんですか?』
『あ・・・あぁ、う、ウチで飼ってる猫がだね。ちょっと私から離れてくれないんだよ。
だ、だから・・・連れて来たんだ』
『ロイズさん、猫お好きなんですね』
『意外っすねぇ。どんな猫か見ていいですか?』
『え!?』
勘弁してください!!!!
ていうか、私猫じゃないです、人間です!!
私はおろかロイズさんまでも驚いた反応をする。
『や、やめてくれ。引っかかれるぞ』
『だ〜いじょうぶっすよ。ウチの実家の近所にも猫いたんで』
『虎徹さんところの猫は野良でしょ?ロイズさんの猫はきっとデリケートなんですから。
そんな野良と一緒にしないであげてください、ロイズさんが迷惑ですよ。ねぇロイズさん』
『あ・・・あぁ、そう、そうだな』
ど、何処をツッコメばいいのよバニー。
ロイズさん困惑してるわよ。
そうこう考えていると、足音が近づいてくる。
え?え?!・・・タ、タイガーさん!?こっちに来てる!?
『おーい、猫ちゃん?出ておいで〜』
出てきません。だって猫じゃないもん、人間だもん。
って、今は自分にツッコミいれてる場合じゃない!!
タイガーさんの足音が段々と近づいてくる・・・ダメだ、私がここでアルバイトしてるって
バレたら・・・バレたら、バニーの誕生日プレゼントが・・・っ!!
----------ビーッ、ビーッ、ビーッ!!
突然、嫌に耳に響く機会音。
そう・・・カリーナとかバニーとかタイガーさんが手首につけているPDAの音がした。
つ、つまり出動の?
『虎徹さん行きますよ』
『わーってるよ!』
『じゃあロイズさん、失礼しました』
『失礼しました』
音と共に2人は慌てて部屋を後にした。
ロイズさんと私は一斉にため息を零す。
「君は」
「す、すいません」
するとロイズさんがこちらにやってきて、私を呆れた表情で見ていた。
私は申し訳なさそうに謝る。
「念のために家に帰ったほうがいいだろう」
「でも、まだ仕事が」
ロイズさんがため息を零しながら私に家に戻るよう促してきた。
「また彼らが戻ってきたりしたら、私の身が持たないよ」
「あ・・・で、ですよね」
「ひとまず帰りなさい。アニエスには私から言っておくから」
「は、はい」
バニーとタイガーさんがまた戻ってくることを踏んでの
ロイズさんの言葉に、私は家に戻ることにした。
アポロンメディアのエントランスを通ると、モニターにバニーとタイガーさんの姿が
映っていた。
相変わらず、会社の看板背負って頑張ってる。
もちろんスポンサーも。
「私も、頑張らなきゃ」
彼が色んなもの背負って頑張っているんだから
私だって頑張って、誕生日プレゼントをあげなきゃと思い
ひとまずアポロンメディアを後にして、マンションへと戻った。
「つ・・・疲れたぁ」
私はマンションに帰ってくると、もう疲れたのかリビングの床に倒れた。
柔らかなカーペットの床が私の体を受け止めた。
ふと、睡魔が急に襲ってくる。まぁ無理もないかもしれない。
此処最近、学校の放課後を使っての雑務のアルバイトだから
疲れるのも仕方がない。
今日も今日で机に頭ぶつけるし、思わずバレるかもしれないで
ホント・・・疲れた。
「とりあえず、一眠りしたら・・・・夕飯作らなきゃ」
そう呟いて私は目を閉じ、眠った。
「・・・・・・んっ」
何時間寝てたとか分からないが、私は目を覚ました。
少し目を開くと―――――。
「・・・バニィ?」
「お目覚めのようですね、」
薄っすらと開けた目に映ったのは椅子に座ったバニーの姿だった。
私は体を起こすと、肩から何かズレ落ちた。
まだ眠い目でそれを見ると、バニーのジャケット。
「こんな所で寝てたら風邪を引きますよ」
「ジャケット・・・掛けてくれたの?」
「風邪を引いたら大変ですから。まぁ僕は君を付きっ切りで看病してもいいくらいなんですけどね」
そう言いながら彼は椅子から立ち上がり、私のところに来て
ジャケットを取り上げ、袖を通した。
ふと、彼のジャケットから香ってきた匂いが鼻を掠めていった。
いつも彼がつけているオーシャンの香水ではない・・・何ていうか、自然な香り。
「ねぇ、バニー」
「はい?」
「ジャケットからなんか、良い匂いがするんだけど」
「え?・・・あぁ、この匂いですか?花の香りですよ」
「花の?」
彼は思い出したかのように私に言ってきた。
「出動の後、取材に向かう途中・・・歩いていたら道を子猫が歩いていて
車に轢かれそうになったのを助けたんですが・・・能力で助走付けすぎて、木に突っ込んだんです恥ずかしい話」
「それで花の香り?」
「えぇ。虎徹さんは”キンモクセイの香りだな“って言ってましたね。秋頃に咲く花とかで」
「へぇ〜そうなんだぁ」
そう言いながらバニーはジャケットのチャックを上げて、皺を直す。
「まぁこれがお香になればいいんですけどね」
「え?」
「こういう落ち着いた匂い、好きなんですよ」
バニーは優しい笑顔でそう答えた。
「じゃあちょっと会社に戻ります」と言った彼を私は「うん」とだけ答えて見送った。
部屋にはもちろん私1人が残った。
部屋に残った香りを鼻に掠めながら呆然と立ち尽くし考える。
落ち着いた匂い、キンモクセイの香り。
バニーの好きそうな、匂いか。
「お香、か・・・アロマオイル、作れないかな?」
そんなことを思いながら、私はもう1つの誕生日プレゼントを考えていた。
A little bait catches a large fish.
(“えびで鯛を釣る”小さなことからきっと大きな喜びが生まれることを信じて)