それは数日前の話になる。
「え?・・・一日限りの復活って」
『そう。ねぇシェーン、覚えてるでしょ?』
「あ、はい。アニエスさんの同僚で、アポロンの広告宣伝の偉い人ですよね」
アニエスさんの電話はいつもの事だったんだが
その内容があまりにも突然すぎて、若干脳内が混乱していた。
しかもアニエスさんの口から出てきた名前がかの人の同僚である人であり
私も一度お世話になった人でもあった。
『実はね。どうしてもじゃなきゃダメだっていう仕事があるらしくて』
「は、はぁ・・・」
以前、バニーの誕生日プレゼントの資金集めのために
モデルの仕事をやった事があるのだ。
しかしあまりの評判の良さに
広告宣伝部のシェーンさんやアニエスさんに「あのモデルは何処に居る?」等という
質問が殺到したらしい。
だが、私はその仕事を引き受ける訳にはいかない。
「で、ですけど・・・アレは一度限りって自分の中で決めてて。それに、バニーが」
『チッ。あの兎、もう防衛線張ってたのね』
モデルの仕事を引き受けたのは
バニーの誕生日プレゼントの資金のためだけであって
そのまま続けるつもりは私にはなかった。
それに付け加えて。
バニーが私がモデルの仕事をした、という事実を知り、そして理解した後。
「二度とやらないでくださいね」と笑顔で念押しをされたのだ。
あの笑顔での念押しが凄く怖くて
私はただ頷くだけしかなかったのだ。
「ですから、お仕事を引き受ける事は出来ません」
『だけの言葉なら何とか説得しようと思ったんだけど
バーナビーまで口を挟んできたんなら仕方ないわね。バレたら面倒なことになりそうだし』
「すいません。お役に立ちたかったんですけど」
『いいのよ。じゃあシェーンには』
『アニエス〜!お願い!!何としてでも彼女を、さんを起用したいの!!』
『もうシェーン。本人が出来ないって言ってるんだから、他の子を探しなさいよ』
『あーもう!アンタじゃ埒があかないわ!私に代わって』
『ちょ、ちょっとシェーン!?』
アニエスさんの電話元からシェーンさんの声が聞こえてきた。
その声からするに、本当に私の「一日限りの復活」を願っているらしい。
しかし、私が「NO」という返答をアニエスさんが伝えるも
シェーンさんは諦めきれないのか、アニエスさんから電話を奪い始める。
『もしもし!もしもしさん、私、シェーンだけど覚えてる?!』
「お、覚えてますよ。お久しぶりです」
「うん、久しぶり」と言葉を返すも、シェーンさんは舌をまくし立てながら話を始める。
『ねぇお願い。今回だけ!!いや、もうお願いなんて言わない、コレ一回きりにします!!
だから引き受けてもらいたいの!!』
「で、ですけど・・・自分でもあの時一回きりにしてるし、それに彼が」
『彼氏くんがダメって言ってるの?そういう事なら、私が彼氏くん土下座してでも説得に行くから』
「え?あ・・・いや、それはちょっと」
流石にその「彼氏」がバーナビー・ブルックスJrだと知れたら
彼の大スキャンダルは免れないだろう。
どっちにしろ、私は私自身との誓いとバニーとの約束を破るわけにはいかないから
悪いと思いながらも頑なに断りの言葉を放つしか無い。
「あの、とにかく・・・私はお引き受けできませんので、他の方を探されてください」
『ホントに無理?』
「すいません」
『う〜・・・さんがそういうなら、他の子を探してみるわ。ごめんなさいね、無理言って』
「いいえ」
その会話を終え、軽くアニエスさんに代わって
私は通話を切断した。
通話を終えて、盛大なため息が零れたのは言うまでもない。
「誰と話してたんです?」
「あ、バニー。帰ってたの?」
すると、バニーの声が聞こえ
彼が帰ってきていたことを知り、彼が今まで私が
通話していた相手について訊ねてきたので、正直にそれに答えた。
「うん。ちょっとアニエスさんとね」
「アニエスさん?もしや、またアニエスさんから雑務を頼み込まれてたんですか?
ダメですよ、あまり引き受けては。彼女の雑務は雑務レベルの領域を遥かに超えているんですから」
「だ、大丈夫だよ。今回はお断りしたから」
彼はまるで説教をするかのように、アニエスさんの依頼を断るよう言ってきた。
しかしそれを断った事を言うと彼は安堵したのか
私の体を抱きしめた。
「別に彼女の手伝いをするなとは言いません。君はアニエスさんを母親のように慕っているワケですし。
ですけど施設に行って子供達の世話もして、アニエスさんの雑務も手伝うとかしてたら
の体が心配になります」
「バニー。心配してくれてありがとう」
バニーの心遣いに嬉しくなり、彼の体に自分の体を更に密着させた。
しばらく抱き合い彼の体が私から離れる。
「アニエスさんのお手伝いもいいですけど、程々にしてくださいね」
「うん。でも、今回はお断りしたから大丈夫だよ」
「君にしては珍しいですね。一体何の仕事を頼まれたんですか?」
「え?・・・う、うん、なんかよく分からない感じだったから」
言えるわけがない。
もう一度モデルをしてくれ、とアニエスさんはおろか彼女の同僚にまで
頼み込まれていたというのは口が裂けても言えないし
言ってしまえば、確実に彼の怒りに触れてしまう羽目になる。
此処は何も言わず、言葉を濁した方が無難だろう。
「よく分からないなら断って正解ですね。あの人の提案って時々危なっかしいですから」
「そ、そうだね」
「は僕の大事な人なんですから傷を負わせられたり、見世物にされたりは真っ平ゴメンです。
アニエスさんはそういう所の配慮が全くありませんから、今回の君の判断は最良とも言えるべきものですね」
相変わらず居ない所でバニーはアニエスさんに対しての
文句は容赦無い。しかし、それはアニエスさんも同じだから、二人共大して変わらない。
しかし「見世物」という単語を聞いた瞬間
心臓が動いたけれど、多分感付かれていないから大丈夫だと思いたい。
とにかく、この件は断ったことで
アニエスさんも迂闊に言葉にしないだろうから安心してもいいし
話題に出さなければ問題はないと思っていた。
Let sleeping doe lie.
(”触らぬ神に祟りなし“その数日後、私はコレを思い出し動き出す)