「で、単刀直入に聞くけどモデルの経験ある?
まぁ聞かなくても此処じゃない他の所でヒーローやってたくらいだし
メディアに出たり、何だりしてたんだろうから、聞かなくてもいいか。そこら辺問題はないわね?」
「自己完結し過ぎだよ、アンタ」
嬢ちゃんをあの女プロデューサーのところまで
連れてきたのは良かったが、どうやら俺は変なことに巻き込まれたようだった。
いきなり女プロデューサーの同期らしき女に別室に連れ込まれて
質問されたかと思いきや、相手はどうやら自己完結をした模様。俺の答える隙なんか微塵もなかった。
「つーか、俺何すんの?いきなり連れだされて、マジ意味わかんねぇんだけど」
突然のことで俺は未だに「何をさせられる」のかが理解できていない状況だった。
俺の目の前に座る女は自分の持っていたバックから
何冊か本やチラシを取り出し、机に広げる。
俺は其処から一枚のチラシを取り、見た。
「んだよ、コレ?」
「アラ?見て分からない?化粧品メーカーのチラシ。それでコレが見本の冊子ね」
「ふぅーん」
チラシを置き、今度は冊子の方に手を伸ばしペラペラとページを捲る。
白服の女と、黒服の女が交互にページに現れ
純真無垢な笑顔と、妖艶美麗な笑顔を振りまいている。
ふと、気づく。
「なぁ、この黒服の嬢ちゃん、あの女ヒーローか?」
「へぇ〜ブルーローズは分かるんだ。じゃあ白服の子、誰だか分かる?」
「見たことねぇし、こっちのモデル事情なんて知らねぇよ」
黒服を来た女が、一時期共に仕事をしていた
ブルーローズとかいう女ヒーローだと言うのは一目見て分かった。
しかし、もう片割れの方の事を問われても
俺はこの街に腰を置いていた期間が然程長くもなく、街の事情のことはよく分からない。
だから「誰でしょう?」なんて問いかけられても「誰だよ」ってしか俺は答えられないレベルだ。
「あら、分からないの?さっきまで一緒に居たじゃない」
「もしかして、あの女プロデューサー?いや、年ごまかしすぎだろいくらなんでも」
「んなワケないでしょ。貴方を、いや、正確には貴方が連れてきた子って言ったほうがいいわよね」
「は?・・・え?・・・・・・コレ、まさか嬢ちゃんかよ!?」
「せいか〜い。やっぱり誰が見てもさんだって分からないか。我ながらいいヘアメイクさん起用したわね、うんうん」
言われて気づく。
白服を着ている子が嬢ちゃんだという事に。
普通にしてても、あの子は可愛い。
しかし、それが変貌を遂げると誰が見ても彼女だなんて気づきはしない。
いや気づく相手なら一人いる。
「(ジュニア君なら多分何してても分かりそうだよな)」
あの子を溺愛という領域まで惚れ込んでいるジュニア君なら分からないことはなかっただろう。
そう考えたらこんな見世物の仕事をした嬢ちゃんを
怒ったに違いないだろうし、ましてや二度とするなという釘すら刺したに違いない。
何となくだがそれくらいの予想はついた。
むしろあながち間違いではないだろう。
「しかし、変われば変わるもんだな。マジでビビった」
「でしょ?でね、ゴールデンライアン。本題に入るけど、さんの相手役仰せつかってくれない?」
「は?俺が、嬢ちゃんの相手役やれってか?」
「そうなの。もちろん、追々お宅のスポンサーに連絡は入れるつもりよ、報酬も払わせていただきます。
彼女の限定復活の為に一肌脱いでくれないかしら?」
「限定復活って、何だそれ?継続してやってるもんじゃねぇのかよ?」
俺がそう問いかけると、目の前の女は此処までの経緯を話し始める。
それで俺は「限定復活」という言葉を理解した。
そしてどうして彼女じゃなきゃダメなのか、という理由も俺は聞かされた。
「メーカーからのたっての希望で、嬢ちゃんを起用してほしいと」
「他のモデルじゃダメ。さんの、ていうか彼女のモデル姿のためだけに作ったモノだからって言ってね。
それでアニエスを通じて数日前に頼み込んでたってわけ」
「成る程な」
「最初は相手役も前回と同じブルーローズ、って考えてたら男と絡ませたのが見たいとか変なこという始末だし。
其処まで言われたらって思ったらこっちも躍起になっててさ。
だったらプロのモデル頼むよりか、自社のヒーロー使ってやってやろうかなぁって思ってたんだけどね」
「断られたのか?」
「日取りも決まってないし、それじゃあ時間の都合が合わないって一刀両断された。
もー・・・バーナビーに断られちゃこっちもこっちで途方に暮れるしかなかったのよ」
ジュニア君に断られた矢先の、俺。
飛んで火にいるなんとやら、という状態だろう。
向こうにしろ俺にしろ、多分その意味は変わらないはず。
「ねぇ、引き受けてもらえないかしら?」
「何日くらいで終わる?」
「こっちの締め切りが近いから、なるべく早くに終わらせる。
あ、そうよね、貴方が此処に居るって事は休暇か何かで来てるようなもんか。だったら倍の早さで全部進めるわ。
でも、それは貴方がこの仕事を引き受けてくれるかっていう話になるけどね」
どうする?という問いに、俺は口端を上げた。
答えなんてひとつしか無い。
「いいぜ、引き受けてやる」
「交渉成立ね。あ、じゃあコレにスポンサーの名前と連絡先を書いて。あとで仕事の連絡を入れるから。
報酬の相談とかもしたいからね。なるべく値は弾むようにするわ」
「へぇへぇ」
そう言って差し出された紙切れに俺は連絡先などを書き出す。
それを数秒で書き終え、席を立つ。
ふと、目に止まるあの冊子。
冊子に向けられた視線に気づいたのか、女は俺を見た。
「欲しいの?」
「あ?」
「いるならあげるけど?それサンプルだけど、私は原本は持ってるから。
まぁ参考までに持っててもいいけど?何せ、モデルのさんの隣に立つ初めての男なんだから」
「じゃあ、参考までにもらっといてやるよ」
そう言って冊子を取り、部屋を出た。
部屋を出て歩きながら思う。
『初めての男』
その響きが悪くないほど、心地よく聞こえた。
自分が優位に立てるはずもなく、ましてや隣に立つなんてなかった。
彼女の隣には既に申し分のない男−バーナビー・ブルックスJr−が立っていたのだから。
だから俺にはどうしても出来なかった。
関係を壊してやろうか、と自分に言ったりもしていた。
だけどそれが出来なかったのは彼女が悲しむと思ってしまったからだ。
柄にもないが、そんな事を考えてしまった自分に失笑すら浮かべた。
だけど、さっきの話を聞いて
俺は一度だけ、誰にも邪魔されずあの子の隣に立てる。
姿を変えた、彼女の隣に。
しかも初めての事らしいから、余計気持ちが舞い上がりそうになる。
「ホント、天使サマサマだな」
天使−エンジェル−という名を変えた彼女のページを開いたまま
俺は一人、喜びの笑みを浮かべたのだった。
其処に写った微笑みがその日だけ、俺の隣で咲き誇っているのを夢見ながら。
Pull chest nuts out of the fire.
(”火中の栗を拾う“ジュニア君には悪いが、お先に失礼)