「久々だから緊張してる?」
「え?・・・あ、まぁ、はい」
限定復活の撮影の日。
ライアンさんとスタジオの中に入ったけれど
私だけはすぐさま別の部屋に通されて、鏡の前に座り
メイクをしている時だった。
そんな中、アニエスさんがやって来て
鏡越しで私に話しかけてきた。
久々、どころか2回目だから緊張していないわけない。
「大丈夫よ。それに相手はライアンなんだし」
「其処だけが唯一の救いです。バニーだったら私絶対逃げてました」
相手がバニーではなく、ライアンさんというのが唯一の救いだった。
前回はカリーナ(というかブルーローズ)だったから
何とか乗り越えられたけれど、今回は男性と一緒と聞いていたが
その相手がライアンさんと分かり、ホッとしていた。
もし、バニーだったら私は最初から撮影を投げ出し逃げていただろう。
何せ彼には私がどんな姿になろうと分かってしまっているし
彼からは「二度とやるな」と笑顔で釘を刺されているのだから。
本当にバレた時はどうなることやら。
あまり考えたくないが、子供達のためにと思って黙っておくしか無い。
「おーい、準備出来たぁ?」
「シェーンさん」
アニエスさんと他愛もない話をしていると
扉を開けて、こちらの様子を伺うように見てきた。
私とアニエスさんは鏡越しでかの人の姿を目に入れる。
「お!さん、徐々に戻ってきたね。どう?久々のそのお姿は?」
「アニエスさんにも同じこと言われましたよ」
私が苦笑を浮かべると「やっぱり緊張してるんだね」と笑ってくれた。
スタイリストさんが手を止めて
シェーンさんを見て「終わりました」と声をかけ、メイク道具をケースに戻し始める。
そして、女性二人が私を見る。
私も、鏡に写る「もう一人の私」の私を捉えた。
「おお、天使様降臨」
「いいんじゃない。可愛いわよ」
「ホント、何度見ても自分じゃないみたいです」
自分だけど、自分じゃないように見える。
しかし、バニーだけは別だった。
「これだけ厳重に姿変えても、アイツには分かるってのがホント恐ろしいわ」
「今でも前のポスターをどっかに厳重保管して、時々それを出して眺めてるらしいです」
「うわっ、怖っ。何処のアイドルの追っかけよ!?」
「あ、もしかして今さんの彼氏の話してる?イケメン彼氏なんでしょ?写真とかないの?」
「え?!あ・・・えーっと」
シェーンさんに言われ私は焦る。
貴女がアポを取ろうとしてたバーナビーこそが私の彼氏です、なんて口が裂けても言えない。
多分私が写真なんて見せなくても、会社内で何度か出くわしているだろう。
なんて、言えるわけがない。
「ねぇ、彼氏くんの写真とか持ってないのさん?」
「え、えーっと・・・」
「チーフ。スタジオの準備出来ましたよ」
「はいはーい」
タイミング良くスタッフの人が声をかけに来た。
その声で私は「助かった!」と心の中で安堵した。
スタッフの人が扉を閉めて、シェーンさんが私を見て
手を差し出してきた。
「じゃあ、行きましょうか・・・エンジェルさん」
「はい」
差し出された手を握り、緊張の心を持ったまま
復活の舞台にと手を引かれ向かうのだった。
撮影現場に私が現れると
準備をしていたスタッフの人達が口々に
驚きの声をあげていた。
無理もないだろう。
エンジェルというモデルは幻とされているのだから。
誰が目にしても、人々が口にするのは驚きと歓喜に似た声だけなのだから。
しかし、不慣れな私からすれば
その声だけではなく、視線だけでも緊張してしまい
アニエスさんの後ろに隠れてしまう程だった。
「コ、コラ!隠れない」
「だっ、だって・・・こういうの慣れてないんですから、無理言わないでください・・・ッ」
「へぇ〜・・・やっぱ、人間変わるもんだねぇ」
「あ・・・ライアンさん」
聞き慣れた声にアニエスさんの背後から顔を出すと
其処に立っていたのはライアンさんだった。
しかも、いつもとは少し違う服装で。
いつもはフランクな感じの服を着こなしているが
目の前に居るその人は全身を黒で統一されたゴシック系の服を着ていた。
ちなみに私の着ている服は前回同様、真っ白である。
「頭金髪だから、その黒目立つわね」
「うっせぇな。にしても嬢ちゃん、イイじゃん。まさに天使って感じ」
「や、やめてくださいよ〜・・・その、は、恥ずかしいです」
「お!恥じらう顔もいいねぇ〜」
「ライアン」
「あ、悪ぃ。すいません、もう見ません」
アニエスさんの声に何やらライアンさんは恐れをなしたのか
私をからかう?のをやめた。
すると、スタッフの一人がライアンさんに声をかけて
かの人は「へぇへぇ」といつもの声で返事をし、私を見る。
「どうやら、俺がお先のようだ。嬢ちゃん、しっかり準備しとけよ―?」
そう言ってライアンさんは手を振りながら、カメラの前にと立った。
何度もシャッターを切る音と
カメラマンの要望の声が聞こえてくる。
時々ライアンさんのダルそうな声が聞こえてくるも、しっかり言葉通りのポーズをしていた。
「、大丈夫?」
「え?」
ふと、アニエスさんに声をかけられ我に返り、口から言葉を零す。
「正直、投げ出したい気分です。引き受けたはいいけど、慣れないことをしてるから
今すぐにでも逃げ出したくなります」
私の口から出てきた言葉は、不安だった。
でも、それ−モデル−を続けないと決めたのは自分で
バニーの帰ってくる場所にいると決めたのも自分だった。
「もし、私がこの仕事をあの時から続けていたらそうじゃなかったのかもしれないけれど
多分続けたらバニーとの距離は、今よりずっと離れていたのかもしれません」
「」
「そう考えたら、あの時も今も、そこでやめておいていいんだって思いました」
もしもの話。
最初の時から私がモデルという華やかな仕事を続けていたら
多分彼との距離は今より更に広まっていたのかもしれない。
今でも十分にバニーと会う時間は普通の恋人より多いとは言えない。むしろ、少なすぎるくらいだろうと声が上がるほど。
二人っきりの時間なんて、限られている。
だからこそ、あの時一回きりでやめた。
多分今も同じ選択をしていいのだろう。
それに今は―――――――。
「少しだけ、前よりバニーと居る時間が増えたからいいです」
「施設への慈善活動か」
バニーと一緒に行っている施設への慈善活動は、前より彼との時間が増えたようにも思えた。
そう考えたら、一緒にいる時間なんて何とか見つけていけばいい、となってきたのだ。
「だったらしっかり頑張りなさい。子供達のお願いも叶えてあげなくちゃ。
貴女だって、バーナビーが驚いて喜んでる顔、見たいんでしょ?」
「・・・はい!」
アニエスさんとの話を終えたら、スタッフの人が私に声をかけ
ライアンさんの隣に行くよう促した。
私はその声に返事をして、ゆっくりと大きな体の人の隣に立つ。
向かい合い、視線を合わせる。
「ライアンさんにもご迷惑おかけしてますね、私」
「いいって。それにこういうのも面白そうだし、嬢ちゃんの為なら別に構わねぇよ」
「すいません。こういうワガママこれっきりにしますね」
「じゃあ、俺のワガママもこれっきりにするからよぉ―――」
「――え?」
突然腕を引っ張られ、その場に居た誰もが驚きの声が上がったのだった。
「おっつかれさまでしたぁあ!!エンジェル様にゴールデンライアン!ご協力感謝します!!」
「すっげぇ疲れた」
「私、今寝ていいよって言われたら5秒で寝れます」
「嬢ちゃん、俺3秒で寝れるわ」
撮影もちょっとしたアクシデントを含みながらだが
何とか無事に終えることが出来た。
シェーンさんは思い通りの絵が撮れたのか嬉々としていたが
私とライアンさんはハードすぎる撮影に、疲れきっていた。
本当に今寝ていいと言われたらそれくらいの早さで寝れてしまう程、お互い疲れきっていた。
「もういい絵が撮れたから大満足だわ!メーカーもエンジェルを起用できて大満足してたし
今から会社に戻って即効で色々と済ませるわ!」
「お役に立てたなら何よりですシェーンさん」
「もうこういうお願いはこれっきりにするね!ホントこれっきりにする!!
という意味も込めて、謝礼です」
用意周到と言うべきか、シェーンさんは茶封筒を私に手渡してきた。
それを受け取ると前よりも更に何だか重みを感じる。
失礼と分かっていながらも中を開ける。
その脇からアニエスさんとライアンさんも中を覗きこんできた。
「!!」
「ちょっとシェーン?!」
「い、入れすぎだろ、いくらなんでも!?」
私は中身の金額に固まって動けず、逆に両脇に居た2人がシェーンさんに言い寄る。
「え?だって、限定復活だし、奮発したって良いじゃない。それに、彼女お金必要だったんでしょ?
謝礼としてはこれくらい受け取っていいもんよ?」
「だからって、入れすぎよアレは!!どっから出したのよ!!」
「必要経費、と・・・あとは、私のポケットマネー?むしろ、私のポケットマネーの割合が其処は多いけどね。
ああ、ゴールデンライアンのは報酬っていう働きだから我が社からきっちりお金は出させてもらいますから心配ご無用!」
「いや、そうじゃなくてだな」
「さん」
「シェーンさん・・・あ、あの」
固まって動けない私にシェーンさんは話しかけてきた。
私は困惑のあまり表情が既に泣きそうである。しかし、目の前の人は至極優しい表情をしていた。
「受け取って」
「で、ですけど・・・こ、こんなにいっぱい」
「貴女はそれなりの働きをしたんだから、受け取る義務があるわ。
メーカーもだけど私も、ワガママで素人の貴女を此処まで無理矢理に動かしたんだし
それにちゃんと応えてくれた貴女にはたくさんお礼をする必要があるのよ。会社としても、私個人としてもね」
「シェーンさん」
「だから受け取って。もう一人の貴女も頑張ってまたカメラの前に立ってくれたんだから」
そう言ってシェーンさんは私の肩を優しく叩いた。
「ありがとうございます!」
「うん、どういたしまして。それとゴールデンライアン、いい絵撮らせてくれてありがとう。早速起用させて貰うからね」
「変な方に使うんじゃねぇぞ?嬢ちゃんが思い出して恥ずかしがるからな」
「ラ、ライアンさん!!あ、アレはビックリしただけです!」
「わーってるって」
撮影中何があったのかというと、正直言うのが恥ずかしくて
本当に私からでは言えないことだ。
だが、どうやらそれはシェーンさんの言う「いい絵」というモノになったらしく
早速何かに起用されるらしい。
大事に、主にバニーの目に映らない事を願いたいところだが
それを考えると微妙なところではある。
「さて、嬢ちゃん。また俺ら忙しくなりそうだぜ」
「あ、そうですね。でも、コレで皆のお買い物出来ます」
「俺も足りねぇ分は出してやっから心配すんな」
「はい、ありがとうございます」
「え?なになに?なんか2人でするの?何か計画中?それで仕事引き受けてくれた感じなの?
むしろさんのお金の使い道って何なの?」
私とライアンさんが話している中、シェーンさんが話の内容が気になったのか
話の中に割り込んできた。
私は封筒に入ったお金を見て、すぐさま顔を上げ目の前の人に微笑む。
「コレは、大事な人を祝うための準備金です」
彼−バニー−の驚く顔見たさに、天使が再び私に力を与えてくれた。
He sets the wolf to guard the sheep.
(”羊の番に狼“数日後思わぬ状況が起こるとはこの時誰も知る由もなかった)