『顔も見たくない』
その一言で僕はとの距離を作った。
裏切られた僕にとって、今彼女と同じ空間にいる事自体無理な事だった。
彼女も僕の言葉を受け入れたのか
顔を合わせるどころか、マンションからも気配を消していた。
つまり、今現在あの部屋はただの「箱」になってしまった。
「箱」になったからといって、僕の帰る場所は其処しかない。
と会う前の、1人の生活に戻ったと思えば特に問題はなかった。
だけど―――――空虚に思えた。
「ただいま」と声をあげても、「おかえり」なんて言葉は返ってこず。
点いていた灯りは、消えていて暗闇が広がって。
リビングにいる姿も、今は何処にもない。
彼女の裏切りに絶望して、拒絶したというのに
胸の中では底知れない違和感を感じていた。
しかし、今更そんな違和感をどう拭い去ればいいのかなんて
僕には動き出す力もなければ、理由もない。
「(やめよう。虚しくなるだけだ)」
心の中でそんな事を呟いて
走らせていた車を止め、僕は外に出る。
外に出て、施設の門をくぐる。
首を左右に動かし、の姿がないかを探す。
探して―――――首の動きを止め、足を止めた。
「何をやってるんだ、僕は」
無意識というものは怖い。
いつも此処に来るとの姿を探していた。
それは「早く逢いたい」という気持ちが僕にそうさせていたのだ。
だけど、今は「逢いたい」ではなく「逢いたくない」という気持ちだけ。
それだというのに、体は無意識に彼女を探していた。
自分から拒絶したはずなのに、どうしてを求めようとするのか。
「体と心は別モノ、ってヤツなのかな」
「あら、バーナビーさん。いらっしゃってたんですね」
「あ・・・ど、どうも」
瞬間、シスターに声を掛けられた。
ボソッと呟いた言葉を聞かれていないか心配したが
どうやら聞こえていなかったのか、何事もなかったかのように僕はシスターに挨拶をした。
「今日はお時間が?」
「はい。出来たので遊びに来ました」
「そうでしたか。バーナビーさんがいらっしゃったって知ったら皆大喜びしますね」
そう言ってシスターと一緒に中へと入る。
そんな彼女の後ろを歩く僕。
「あの」
「はい?」
「は?」
「え?」
「あっ、す、すいません。何でもありません」
僕は思いがけないことを口から零してしまった。
本当に癖が付いてしまうと怖い。
姿が見えないのなら、言葉にして行方を探す。
僕の言葉にシスターは驚いた表情で僕を見た。
そんな表情を見た僕は何とか誤魔化す言葉を探すも、それすら上手く行かず
「何でもない」という簡単すぎる言葉で濁した。
シスターは振り返り苦笑を浮かべながら、僕を見る。
「さんなら、子供達の夕食の食材を買いに出かけてますから」
「あ・・・は、はい」
僕は重いため息を零した。
「ここしばらく」
すると、シスターが何やら話を始めた。
「さんは此処に泊まったり、女性の方が迎えにいらしたりしてます。
以前はバーナビーさんとよく帰られていたのに」
「そう、ですか」
姿が見えないと思ったら
此処に泊まったりしていたのだろうと予想はしていた。
もちろん、女性の方の迎えという辺り。
アニエスさんしか居ないだろう。
「何かあったんですか?」
「い、いえ、あの・・・っ」
問いかけられ、返答に困っていたら―――――。
「ほら皆、ちゃんとバーナビーさんに話しなさい」
「あら?どうしたの?」
すると其処に別のシスターが子供達数人を連れてやってきた。
「助かった」と思い、僕は子供達の方を見る。
どうやら僕に話すことがあるらしい。
しかし、一向に子供達は僕の姿を見ても口を開かない。
僕は膝を曲げ、子供達と目線を合わせる。
「僕に話したいことがあるんですか?」
「お姉ちゃんは悪くないんだよ」
「何でバーナビー、お姉ちゃんの事怒ったの?」
「・・・・・・」
子供達の言葉に僕はどんな言葉で返せば迷っていた。
を擁護したい気持ちは分かるけれど
僕にとっては裏切りに等しい行為をされたのだ。許すことも出来なければ、怒りしかなかった。
だが、それを目の前の子供達になんと説明すれば分かってもらえるだろうかと悩んでいた。
「バーナビーのせいで、お姉ちゃんが泣いてるんだ!」
すると、数m先から大きな声が聞こえてきた。
誰もがそちらに目を向けると、こちらを睨む1人の子供。
「イライジャ君」
とある事件をきっかけに
施設にも僕やにも馴染めるようになったイライジャ君だった。
「バーナビーが怒ったから、お姉ちゃんは泣いてるんだ!」
「僕は、ただ」
裏切られただけ。
なんて、子供達には言えず口が閉じる。
「あんな事言わなきゃ・・・お姉ちゃんはバーナビーに怒られることも」
「”あんな事“?イライジャ君、あんな事とは一体」
気になる言葉に僕は曲げていた膝を伸ばして、足を二、三歩動かし
話を聞こうと、近付こうとしていたらいきなり水鉄砲をこちらにと向けてきた。
それを向けられ僕は動きを止める。
「お姉ちゃんを泣かせたバーナビーなんか嫌いだ!」
「コラ、イライジャ!!待ちなさい!!」
そんな言葉を僕に浴びせ、彼は何処かへと走っていった。
追いかけようにも子供の逃げ足は意外とすばしっこく早い。
それに追いかけて捕まえたとしても、喋りはしないだろう。
相変わらずと言っていいほど、彼は僕には少しだけ心を開いているのだから。
すると、下ですすり泣く声が聞こえる。
目線を下げると女の子が泣いていた。
「イライジャの、言うとおりだよ。私たちがあんな事言わなきゃ」
「聞かせてください。あんな事とは何ですか?」
再び膝を曲げて、目線を合わせる。
すると、女の子は泣きながら言葉を零し始める。
「私達、バーナビーのびっくりパーティしたくて。
でも、プレゼントを買うお金がないって言ったら、お姉ちゃんが任せてって言って」
「だからバーナビー!お姉ちゃんは悪くないんだ!!悪いのは僕達なんだ!!
僕達がバーナビーのプレゼントを買うお金が無いなんて言ったから」
「お姉ちゃんは私達のせいでバーナビーに怒られたって思ったら」
「お願いバーナビー。お姉ちゃんを怒らないで。お姉ちゃんは何も悪くないんだよ。悪いのは僕達なんだ」
「みんな」
そう言って、子供達を連れて来たシスターが
泣いている彼等を別の所へと連れて行った。
僕はそんな子供達の後ろ姿をじっと見つめていた。
「すいませんねバーナビーさん」
「いえ。でも、子供達の言った事は正しいんです。僕が彼女を怒る理由なんて、本当のところ何処にもなかったんです」
「バーナビーさん」
「僕を悪い、と言ったイライジャ君の言葉は正しいんです」
子供達の話を聞いて、感じていた違和感がようやく拭い去られた。
そして一方的に僕はを非難していた。
彼女の「本当の−モデルをした−理由」を知るまでは。
「イライジャはさんを本当のお姉さんのように、慕っているんですよ。
この所元気がない彼女を見て、イライジャは居ても立ってもいられなかったんでしょう。
彼も彼なりに精一杯大切な人を守りたいんですよ。貴方のようなヒーローみたいに」
「僕のようなヒーローか。僕はいつも、大切な人を傷つけては泣かせてばかりですよ」
シスターの言葉に僕は苦笑を浮かべながら言葉を返した。
本当に、僕はいつもを傷つけては泣かせてばかりだ。
それも一方的に、彼女の言葉を耳に入れず。
今回も、同じことの繰り返し。
は何度も自分の話を聞いてほしかったに違いない。
だけど僕がそれを拒み、挙句の果て彼女自身をも拒絶してしまった。
今度ばかりは上手く修復できそうな気がしない。
「そういえば、もうすぐバーナビーさん。お誕生日ですね」
「え?・・・えぇ」
考え込んでいたらシスターが両手を合わせ、嬉々とした表情で僕を見ていた。
「皆でお祝いの準備をしておきますね。子供達も張り切ってるようでしたし。
お料理は、そうですね。さんに任せましょうか。私達の料理じゃ味気がないでしょう?」
「え?」
「彼女のお料理は絶品ですからね。是非いらしてください、お待ちしております」
シスターは笑顔で僕にそう言う。
それは「彼女に会うチャンス」をシスターは与えてくれた。
多分今は自身が僕を避けて会ってはくれないだろう、と踏んでの事。
僕が話しかけても、今のは僕の言葉に従って顔を合わせてくれない。
だったら、チャンスは一度しかない。
10月31日。
僕の誕生日。此処に来ればいい。そうすれば話すチャンスはあるはず。
「それまで、のことよろしくお願いします」
「はい」
今は託すしかない。
31日、その日が来るまでは。
There is no smoke without fire.
(”火のない所に煙は立たない“その理由を知った時、僕は悔いるしかなかった)