僕は思い悩んでいた。





「・・・・」





自分の手の中にある小さな箱。

開けて入っているのは一つのリング。
言わずもがなそれは、にあげるものだった。

だが、ただのリングではない。





「はぁ・・・いつ渡せばいいんだ」






これはただのリングではない。

いずれ僕と結婚して欲しい、という意味合いを込めた
婚約指輪なのだ。

早い段階でこれを買ったまでは良かったし決意を固めたまでは良かったが
どんなタイミングで彼女に渡していいのか、悩むに悩んでいた。


そして箱を開けては閉じてを繰り返し、ため息を零す。


以前プロボーズ紛いな告白をしたことがある。

その時に渡せば良かったかもしれない、と思うけれど
いやもっといいタイミングがそのうち生まれるはず、と思い
今の今まで渡せずじまいになっている。






「あー・・・どうしよう。いつ渡そうかな」





グズグズしていると忙殺され、結局渡せない事になる。

良い雰囲気を作りたいのに
今の自分の状況を考えたらそんな事が出来る余裕がまずない。


いい加減覚悟を決めて、真っ向勝負をするべきだろうか。

しかし、やはり良いムードで渡したほうがかっこ良く決まる。






「(駄目だ、堂々巡りしてる)」





「(バニー起きてる?朝ごはん出来たよ〜)」





すると扉の外からの声が聞こえた。
僕は開いていた箱を閉じ、ポケットの中にと入れ
扉の方にと向かい、開けた。





「すいません考え事をしてて」


「あ、起きてたんだね。ほら、早く食べなきゃお仕事に遅れちゃうよ」


「はい。すぐ行きます」




僕が起きてると分かったのか
は笑いながらリビングへと向かった。

彼女の後ろ姿を見届け、ポケットに入れた箱を再び取り出す。



渡しそびれている結婚を約束する為のリング。



いつこれをの指に嵌めてあげればいいのか。

むしろ、いつこれをに渡したらいいのか。


最近悩むのはそればかりで
正直仕事なんてしている暇はないくらいだった。












「最近ため息多いぞバニー」


「え?・・・あ、す、すいません虎徹さん」



職場でもデスクワークをしてる最中。
僕がため息を零す回数が多いのか、隣で作業している
虎徹さんに指摘され、謝罪の言葉を零した。




「何だ?なんかあったか?」


「いえ。そういうわけじゃ」


「だったら余計ため息する必要ねぇだろ?明らかにお前が悩んでるとしか思えねぇわ」


「・・・・」


「何かあったんだろ?特にさ、ホラ・・・その、アレだ」




すると虎徹さんが身振り手振りで僕に何かを伝えようとしている。

ふと、気付き席を立つ。





「此処ではなんですし、外に行って話しませんか?」


「お、おお!そうだな!外に行って話を聞こうじゃねぇか」





そう言って二人でデスクを後にし、社内の人気の少ない場所にとやって来た。

其処に着くと虎徹さんは僕の目の前に立ち
言葉を待っていた。僕は再び溜息を零し口を開く。






「別に、と喧嘩したとかそういうわけじゃありません」





との関係は誰にも知られてはいけない関係だ。
公になったりでもしたら、彼女の過去を探られる可能性がある。

いくらデスクといえど、僕や虎徹さんだけの部屋ではない。人目がある。

だから敢えて虎徹さんと人気の少ない場所で話を始めた。






との関係が悪くなったわけじゃねぇんなら、何悩んでんだよ」


「その・・・いつ、渡せばいいのか」


「何を?」


「・・・・これです」




そう言って僕はポケットに入れた小箱を虎徹さんの前に出した。

箱を見て虎徹さんはすぐさま「中に入っている物が何なのか」が分かり
僕と小箱を交互に見た。




「おまっ・・・に結婚指輪」


「違います。これはまだ、婚約指輪です」


「渡せてねぇのか?」


「いつ、渡していいのか・・・分からなくて」





お陰で仕事が手に付かない。


上手いこと営業用の顔はできているけれど
頭の中は「いつ指輪を渡そうか」と悩むばかりだった。




「それでため息付いてたのか」


「なかなか思うようにいかなくて」


「もうあれだ、バーンと決めちまえ」


「意味が分かりません。そんな大雑把に出来るわけ無いでしょう。
結婚を約束する誓いのリングを渡すというのに」


「そうやって駄々こねてっから、なかなかに指輪渡せてねぇんだろうが」


「・・・・・・・・・」



正論を言われた。

次来た言葉を言い返してやろうかとも思ったが
見事に僕の心を抉る正論を述べられてしまい、何も言い返せないでいた。

僕が黙りこんでいるのか「ホラ見てみろ」と虎徹さんは言葉を零す。




「他の奴らには相談したのか?」


「いえ、今のところ誰にも」


「話してみて知恵貸してもらえ?その方がいい案くらい浮かぶだろ」


「はぁ」



そう返事はしてみたものの、おそらく話すこともしないだろう。

ただでさえ虎徹さんに話すまでに
なかなかの時間を要したのだ。他の人に話すのも時間がかかる。


本当に自分の事になると、上手い判断ができない自分が情けなく思えてしまった。




Fortune teller knows not his own fate.
(”易者身の上知らず“自分の事となると上手い判断が出来ない) inserted by FC2 system

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