「お嬢。朝よ」
「ん・・・おはよう。ネイサン」
「はい、おはよう」
バニーやカリーナと喧嘩して数日。
私はバニーのマンションに帰れず途方に暮れていたら
ネイサンが「アタシの家にいらっしゃい」というので
行く宛もない私はネイサンの家にお邪魔することにした。
私が使わせてもらっている客間のカーテンを開けに来たネイサン。
ふと顔が合う。
すると、ネイサンはため息を零しベッドに腰掛け
私の頬にと触れた。
「お嬢。また泣いてたの?」
「・・・・・・・・・」
ネイサンにそう言われ押し黙る私。
寝る前いつも思い返して泣いてしまう。
自分で言って後悔していた。
あんな風にまで言わなくてもよかったんじゃないか、と。
だけど、不安に溜まった思いはどうすることもできず
酷い言葉達と共に外へと吐き出した。
それを後悔しては、泣いて。
次の日起きたら目が腫れぼったくなり学校に行くのも億劫になる。
「あまり泣くと、目が溶けちゃうわよ?」
「溶けてなくなったら・・・目に映る全部の事が見えなくなるから、いいもん」
「もうそんな事言わないの。お嬢の目は綺麗なんだから」
「ネイサン」
頬を包み込み顔を上げる。
見っともない顔をしているのにネイサンは優しく微笑み
私を抱きしめてくれた。
「綺麗な目をしてるんだから、イケてる男が映らないんじゃ損でしょ」
「そうなの?」
「そぉよぉ!世の中にはイケてる男がいっぱい居るんだから、その綺麗な目で見つめてあげなさい。
溶けてなくなっていいなんて言っちゃだめよ」
「ネイサン」
「さぁ着替えてご飯食べましょ。学校に遅れるわ」
そう言って肩を叩く。
しかし、本当に学校に行くのも億劫だ。
学校に行けばカリーナが居る。
此処数日彼女ともまともに会話をしていない。
エミリーやジェーンからは「どうしたの?」と言われて心配されている。
いつもは楽しくやってるけど
あれだけ酷いことを言って、許されるなんて思っていない。
むしろ私が一方的に彼女に対して酷い罵声を浴びせたのだ。
私も顔を見ると辛くなるし、彼女だって嫌に決まっている。
「学校行くの、嫌なの?」
「カリーナが居るから・・・クラス違うけど顔、合わせづらい」
「ねぇお嬢。ブルーローズがお嬢に黙って悪いこと、したことあった?」
「え?」
ネイサンの言葉で顔を上げた。
「アータ達の仲はアタシにはよく分からないわ。でもね、ブルーローズが黙って悪い事して
お嬢を悲しませた事今まで一度も見てきたことないわよ」
「ネイサン」
「ブルーローズはいつも貴女の心配をしてる。貴女の笑顔を見守ってる。そんな貴女を裏切ると思う?」
考えてみた。
言われてみればそうだった。
カリーナはいつも、私の心配ばかりをしていた。
母親がなかなか迎えにこない私の事を
自分の事のように心配してくれていたし、慰めてもくれた。
何だかんだ悪ぶりながらも、助けてくれたし
「別にアンタのためじゃ」って言ってて、手助けしてくれた。
一度だってカリーナは私を泣かせたことなかった。
一度だってカリーナは私を裏切ったことはなかった。
いつも側で私の笑顔だけを見守ってくれていた。
考えれば分かることなのに
どうして傷つけてしまったのだろう。本当の事も確かめないまま。
思い出すと涙が溢れて止まらない。
「ほーら、泣くのはやめて・・・学校に行ってらっしゃい」
「ネイサン」
「それでブルーローズと仲直りしてくるのよ?今日のアタシからの課題はこれ」
「・・・・・・うん!」
流れる涙を拭いて、私はベッドから立ち上がり
学校に行く準備をした。
未だに腫れぼったい目が尾を引く。
しかし、そんなことは言ってられない。
カリーナと仲直りすると決めたのだから。
だが、学校に来たまでは良かったものの、クラスが違うため
彼女との接触は大いに難航していた。
下手をすれば、夕方から出動で居なくなることだってある。
クラスに赴いた所で話をしてくれるのかも分からない。
だけど何もしないままでこのまま過ごすのは辛くてたまらない。
誰も側に居ない寂しさが私に襲いかかってくる。
毎日楽しく学校を過ごせていたのは、カリーナが一緒にいてくれたから。
「が、頑張らなきゃ」
何とか自分を奮い立たせ、昼休みのチャイムが鳴った。
自分のクラスを出てカリーナの居るクラスにと向かう。
すると、中からエミリーやジェーンと一緒に出てくる―――――。
「カリーナ!」
「え?・・・・・・」
カリーナの姿を見つけ呼び止めた。
私の声に反応したのか彼女は一瞬驚いた顔をするも
すぐさま気分の悪そうな顔をして、エミリーやジェーンの背中を押し「行こう」と言う。
「カリーナ、待って」
「アンタと話す気ない」
「お願いだよ待って!」
「話す気ないって言ってるでしょ、付いてこないで」
「やだ。だって、だって・・・カリーナはずっと友達だもん。ずっと私の事心配してくれてる大切な人だもん」
すると彼女の動きが止まる。
空気を察したのかエミリーとジェーンは「先に行くね」と言って
その場を去っていった。もちろん残ったのは私と、カリーナだけ。
私の言葉にカリーナはただ背を向け、何も言わず立っていた。
「あんな事言って・・・ごめん。私、どうかしてた。
カリーナが私の事裏切るなんてないのに。ずっとずっとカリーナは私の側に居て、私を助けてくれてたのに」
「・・・・・・・・・・」
「ゴメンね、って何度謝っても許して貰えないって分かってる。
でも・・・カリーナとずっとこのままって考えたら・・・私、怖くて・・・。自分勝手だよね、ゴメンね・・・ゴメンね」
ちゃんと言わなければならないことがあったのに
こんな時ばかり私は泣き出し始め、言いたい言葉が頭の中で混乱し始めた。
涙を止めようと袖で拭うが
決壊したダムのように溢れて止まらない。
すると突然手を握られ連れられる。
「カ、カリーナ!?」
「っとに。こんなとこで泣くバカがいる。私が泣かしてるみたいじゃない。ちょっと屋上行くわよ」
そう言って階段を登り、屋上へと辿り着く。
彼女と向かい合う形で立ちあった。
するとカリーナは呆れた溜息を零し、私を見る。
「ホント、謝れば許してもらえるって思ってる所楽天的よね」
「ご、ごめん。でも、許してもらえるかどうかは、分からない。あんな、酷い事言ったから」
「そうね。正直言うと傷ついたわ。何でこんな風に言われなきゃならないのか、って。
宥めても人の話聞きやしないし」
「ご、ごめん。あの時は、その・・・頭の中がぐちゃぐちゃしてて・・・もう何がなんだか」
「その様子からするにそうよね。ま、別に・・・許してあげなくもないけど」
「え?」
カリーナの言葉に驚いた顔を見せると
彼女は何やら恥ずかしいのか髪の毛を靡かせる素振りをする。
「お、怒ってるんだからね。で、でもアンタの頭がこんがらがって何言ってるか分からなかったけど
あの指輪は私のじゃない。バーナビーが勝手に私を隠れ蓑にしただけ。私、無関係なんだから」
「カリーナ」
「ていうか・・・・・・私も、言い過ぎたし。ゴメン」
「うぅん。私も・・・言い過ぎた。あんな事言わなくて良かったのに」
カリーナの言葉が嬉しくなり、私はまた涙を流した。
すると彼女は「ああもう、また泣く!」と言いながらも
自分のハンカチを渡し、頭を撫でてくれた。
「でも、何でバニー・・・カリーナを隠れ蓑にしたの?やっぱりあの指輪、誰かに渡すものなの?」
「さ、さぁ・・・誰かに渡すとか、其処まで聞いてないわよ。
あの後私だって思いっきりアイツに八つ当りして、部屋出て行ったんだから」
「そうなんだ」
「だけど、もし・・・渡すとしたら、しか考えられないんじゃない?何の指輪か知らないけど」
「え?わ、私?」
「アイツが溺愛してるのアンタ以外誰が居るっていうのよ」
「私への・・・指輪」
カリーナの言葉で私の心臓が跳ね上がった。
そして自分の指を見つめる。
もし、あの指輪が誰かのものではなく
私のものだとしたら・・・・・・私はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
Asking makes one appear foolish,
but not asking makes one foolish indeed.
(”聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥“もう少しで私は本当の愚か者になるところだった)