「ねぇ、どっかの誰かさん。何飄々と仕事こなしてんの?」




「え?」

「お、おいブルーローズ?」






トレーニングルーム休憩室。


僕と虎徹さんの前に、カリーナさんが腰に手をあて
見下ろしながらそんな言葉を放ってきた。


意味がよく分からない。







「人の気も知らないで、よく出来るわね」


「あの、どういう意味でしょうか?」


「分かんないの?・・・はぁ・・・じゃあ、コレ見てもどういう意味って言える?」





すると、カリーナさんは携帯を出して
僕の目の前に持ってきた。


其処に映し出されていた画像に、僕は目を見開かせた。



それは、が・・・机に突っ伏して寝てる。




「おいじゃねぇか」

が・・・どうして?」



「最近、寝不足なんだって」



「え?」




カリーナさんの口から零れた言葉に、僕は驚いた。



寝不足・・・。



その言葉に僕は気づいたのか、口を開くことをやめた。

理由が、分かってしまったからだ。







「おい、何でが寝不足なんだ?テストとかじゃないのか?」


「違うわよ。そこのバカが電話してあげないのが原因よ」


「え?バニー?」






カリーナさんは僕を見下ろしながら言葉を放った。
その言葉に僕自身顔を横に背けて、閉ざしていた口を開いた。








から・・・度々、メールは貰っていたんです。いつも文面の最後には、時間があるときで良いから
電話してね・・・って書いてあるんです」





いつも、彼女から届くメールの文章の最後。




『時間があるときで良いから、電話してね』と打ち込まれた文字。



多分僕の都合などにあわせて打ち込まれたもの。
自身から掛けるとなると、確実に僕が出ない可能性が高いことを
踏んでのその文章。


でも、大体・・・メールを気づいたときは真夜中。
きっと彼女に今電話したところで寝ているのを起こしてしまうかもしれないと思い
毎日毎日、僕は電話を掛けることを思いとどまっていた。







「どうして電話掛けてあげないのよ」



「真夜中じゃ・・・迷惑と思って」



「だからって留守電くらい残そうとか思わないわけ?」



「留守電じゃ伝えきれないことばかりで」



「じゃあ何で、どうして直接掛けてあげないのよ。、眠くなるまで待ってるのに」



「僕が少しでも誠意を見せれば、きっと早くと」



「誠意を見せれば良いとでも思ってるの!?アニエスさんに許してもらえると思ってるの!?
そんなの・・・そんなのが可哀想過ぎるわよ!!アンタ自分勝手すぎる!!」






カリーナさんは大声を上げて僕に言う。
その言葉に、僕は・・・何も言い返せなかった。






が・・・がどんな思いでアンタの電話待ってると思ってるのよ。
誠意だのなんだの他人に見せるくらいだったら、の気持ちにも気づいてあげなさいよ!!
あの子が、あの子が・・・可哀想よ」



「あ、おい、ブルーローズ!?」






そう言いながら、カリーナさんは休憩室を飛び出して行った。
虎徹さんは彼女を心配して立ち上がり、僕を見る。





「バ、バニー・・・お前」



「ブルーローズさんの所に行ってあげてください。僕は、大丈夫ですから」



「で、でもさ」



「大丈夫ですよ。彼女を宥めるのは虎徹さんが適任ですから、僕なんかが行ったらそれこそ
また的確なこと言われてノックアウトされるだけです。行ってください」



「わ、分かった」





僕が虎徹さんにカリーナさんを追いかけるよう促すと
彼は躊躇いながらも承諾をして駆け出していく。






「あ、バニー」


「はい?」





部屋を出ようとした虎徹さんは一旦止まり、僕を見て―――――。





























に電話しろ。いいな、必ずしてやれ』












その言葉を受け止め、僕は呆然としながら街を歩いていた。


行き交う人混みに紛れて
僕はゆっくりと足を進め歩く。

たまに呼び止められてサインを求められたりもしたけど
今は明るくサインを返す余裕も無いから「すいません、また今度」と丁重に断った。
印象を悪く持たれたかもしれない。
しかし、今の僕にはそんなこと考える余裕もない。




誠意を見せる・・・・そうすれば、が戻ってくる。
だから僕自身少し我慢をして接触を避けてきた。



の声を聞いてしまえば・・・僕が彼女を求めてしまうからだ。



一重にのため・・・なんて思っていたけれど
結局僕は、彼女を苦しめていた・・・悲しませていた、寂しい思いを・・・させていた。









「・・・・・・」










脳裏に焼きついた、机に突っ伏した寝ている姿。

アレは僕の声を待ち続ける彼女の姿。
眠りは深く、瞼が開くことはない・・・その姿。


僕を見つめ続けていた、の綺麗な瞳が・・・閉じられてて分からない。


ポケットに入れていた携帯を取り出し
画像フォルダからの写真を開いて見る。





楽しそうに笑っているの姿に、僕はため息が零れた。









・・・僕は、どうすれば・・・っ」







ボタンを押すのが怖い。


何を言われるか分からないから・・・メールを送り続けている彼女からの言葉が
どんな言葉なのかが・・・分からないから。もしかしたら、酷い罵声なのかもしれない。


色々考えを張り巡らせたら、ボタンを押せず・・・携帯を閉じた。



携帯を閉じ、顔を上げると目の前から見慣れた姿。
見覚えのある・・・制服姿。





その姿に僕は息を呑んだ―――――――だ。




目の前からがこちらにやってくる。
僕の心臓が凄い速さで心拍数を上げていく・・・が目の前からこちらにやってくる。

僕は声が出ず、奇妙な吐き気に襲われ
ただ口を動かしていた・・・気づいて、気づいてと・・・心で何度も訴えた。

しかし・・・・・・。






「・・・・!!」





は僕に気づくことなく通り過ぎて行った。

僕は振り返りを見る。
彼女が僕に気づかなかった?気づかないフリをした?いや、そんな素振りはなかった。

じゃあ・・・・本当に気づいていない。


それだけで愕然とした。
が僕に気づいてないなんて・・・ショックが酷かった。


これが僕が彼女に寂しい思いをさせたという証拠だった。


じゃあもし、僕がこのまま・・・連絡を取らず、何もしないとしたら
はさらに僕に気づかなくなり・・・離れていく。



が・・・僕から離れる?








『・・・・・・バニー・・・・・・』






名前を呼んで、振り返りながら僕の名前を呼ぶの顔が・・・。




僕は携帯を再び開き、ボタンを押した。
の後姿を眺めながら携帯を耳に当て、発信音を聞く。

するとが立ち止まり、バックの中から携帯と取り出し――――。










『もしもし?』







電話に出た。

やっと・・・やっと、声が聴けた。







『もしもし?どちら様ですか?』





嬉しすぎて、言葉が詰まっている。
僕は一呼吸置いて、口を開いた。







。僕です・・・バーナビーです」



『・・・バ、バニー・・・バニー、なの?』



「はい。電話するの、遅くなって・・・すいませんでした。随分と待たせてしまったようで、本当にごめんなさい」



『・・・バニーッ・・・』





泣きそうな声。

の後姿を見つめながら電話をしている僕。







「今・・・君の少し離れた、真後ろに居ます」


『え?』


「でも振り返ってはダメですよ。振り返ってはいけません」


『バニー・・・ど、どうして?』






電話元のの声に、僕はまた呼吸をして答える。







「君の顔を見てしまえば、僕は・・・今まで抑えていた分の歯止めが利かなくなります。
だから振り返ってはダメです。そのまま、電話を繋いだまま歩き続けてください」



『バニー』






きっとの顔を見てしまえば、僕は抑えきれない衝動に駆られ
何を起こすか分からない・・・今度は電話禁止令まで出そうだ。さすがにそれだけは避けたい。

この声を絶たれたら、僕はきっと狂ってしまう。







「電話を繋いだままで良いんです。、デートをしましょう。気晴らしに」



『え?』



「僕が隣に居ると思って、話し続けてください。僕も君の声にちゃんと返します。
デートらしいデート、最近ご無沙汰ですし・・・ね、・・・少しの間だけ僕に付き合ってくれませんか?
もちろん振り返るのはナシですよ。君の顔を見たら僕は何を仕出かすか分かりませんから」








少しの間だけでも、君との繋がりが何処かにあれば
僕はそれだけで今は満たされる・・・君の居ない、君の見えなくなる世界なんて嫌だ。






『バニーがそうしたいなら、いいよ』



「ありがとうございます。じゃあ何処に行きましょうか?」



『うーん・・・あ、ウィンドウショッピングとかは?バニーの洋服とか新調しなきゃ』



「いいですね。じゃあ其処のショッピングモールに入りましょう」



『うん!』






そう言って電話を繋いだまま、はショッピングモールに入り
また僕も彼女の後を追って其処へ向かうのだった。

の姿を見失わないように僕はなるべく近づきすぎず、でも遠すぎずの距離を保ちながら
電話で会話を続ける。


すると服屋をがウロウロし始める。






『ねぇ、バニーどんな服着たい?』


「特にコレと言ってこだわりないんですよね」


『そっか。あ、メガネもさ・・・サングラスに替えたら?
ホラ、外に出るときバニー目立つから、変装で』


「サングラスに替えたら目が見えなくなります」


『う〜・・・凄い無理難題押し付けるわねバニー』





はマネキンの前で悩みながら言う。
その姿に僕はほくそ笑んだ。





「じゃあ今度度付きのサングラス買いますから、それに似合う服をが見立ててください」



『あ、なるほど!じゃあ、そうするね』



「えぇ。は何か欲しいモノはありますか?・・・例えば・・・」






僕は近くのアクセサリーショップに目が入り、髪留めやピンなどを手に取って見る。





「小物的なモノとか。髪留めだったり、ヘアピンだったり」



『うーん、髪の毛が少し邪魔で髪留めは欲しいと思うかなぁ』



「そうですか」






の言葉に、僕は丁度手に持っていた花の髪留めを持ち
そのままレジへと向かい、代金を支払った。

店専用の紙に入れられた髪留めを僕は
ジャケットのポケットの中に入れる。





『バニー、どうしたの?』


「なんでもないですよ。少し人が多くなってきましたね、外に出ましょうか」


『そうなの?・・・うん、分かった』





そう言ってを上手く、下りのエスカレーターに誘導した。

人が多くなってきた、というのはあながち間違いではない。
僕がこんな所に来ているというので人が集まりだしたのだ。なるべくならの存在を隠したい。


を見失わないように僕も下りのエスカレーターに乗り、を追いかけ外に出る。

外に出てを見つけ・・・すぐさま距離を少し置き歩く。






『バニー・・・後ろに居る?』



「えぇ居ますよ。ちゃんと君と少し距離を離した真後ろに」



『よかった。あ、ちょっと止まってて!』






少し歩きが止まるよう促してきた。
その指示通りに僕は立ち止まり、の姿を見る。

すると彼女は移動販売のワゴンショップに入り、何かを買っていた。






『おまたせー』



「何を買ってたんですか?」



『ヒーローカードだよ。3枚買っちゃった』



「へぇー・・・誰を買ったんです?」






どうやら彼女が買ったのはヒーローカードらしい。







『タイガーさんとブルーローズ、それと・・・バニー。バニーのカードはやっぱり人気だね。
最後の一枚だったんだよ』










これで僕を買わなかったら正直ショックだが
買ってくれたことに何よりもホッとした・・・一枚だけ彼女のために残っててくれてありがとう。

カードを眺めながらは歩き、僕もその後ろを歩く。






「大切にしてくださいねカード」


『うん!』


「僕のカードは、定期入れの中にでも仕舞っておいてください。僕の写真と一緒に」


『え?・・・えっ、バ、バニーッ・・・な、何でっ!?!』






この距離なら、この空気ならと思い僕は喋りだした。

突然すぎる告白には慌てだす。

定期入れの中に、僕の写真を入れていることを知らないと思っていたようだが
実はとっくの昔に知っていたことを話す。






「僕が知らないとでも思ったんですか?知ってましたよ、ちゃんと。が僕の写真を
定期入れの中に入れて大切にしていることを」



『い、いいいいつ、いつ見たの!?・・・も、もしかして・・・定期を持ってきてくれたとき?』



「えぇ。玄関先に落ちているものは君のものだと分かっていましたが、まさか・・・僕の写真を入れてるなんて驚きました」



『なっ・・・嘘ついたのバニーッ!!!ちょっ、やだぁ〜!!』



「じゃあ僕も1つだけ君に教えてあげましょうか?」





笑いながら僕はに、教える。





「君が僕の写真を定期入れに入れているのと同じで、僕も君の写真を携帯の中に入れてるんですよ?」


『なっ!?・・・て、ていうか何処で私の写真を?』


「それは秘密です。笑った顔や、皆と楽しそうにしている顔や・・・・・・寝顔まで、ね」






最後の寝顔は嘘。

実際は一枚もない・・・カリーナさんから見せてもらったあの寝顔だ。
あれだけは忘れちゃいけない、忘れちゃならない・・・寝顔だ。





『ちょっ!!!今、今すぐ消して!!全部消去して!!』



「じゃあその言葉そっくりそのまま返しますよ。君も隠し持っている僕の写真集を捨ててください。
見つからないと思っているようですが・・・あの部屋は元々僕の部屋なので、君の行動は丸わかりです」



『も、もう!!バ、バニーのバカァ!!』






そう言いながらは走る。
もちろん僕もそんな彼女を追いかける。

まるで本当にデートをしているような気分だった。













『うわぁ〜・・・バニー見てる?夕陽、綺麗だね』



「えぇそうですね」






2人で電話を繋いだまま色々歩き回り、気づけば夕陽が見える場所に来た。

あぁもうすぐ・・・楽しい時間が終わってしまう。
そう思うと、夕陽がやけに眩しくて・・・目が痛い。






『ねぇ、バニー』


「何ですか、?」





すると、が喋りだした。
でもその声色は先程まで楽しそうにはしゃいでいた声とは裏腹で
とても寂しそうな声に聴こえた。









『やっぱり、バニーの顔が・・・見たい』













彼女の口から零れ落ちた言葉が、僕の耳にストレートに入ってきた。







『分かってる・・・分かってるよ、会っちゃダメだって。でも、でもね・・・バニーの顔が見えないから
何だか声だけ聴いてると・・・余計寂しくて・・・っ、バニーが近くに居るはずなのに・・・遠くて・・・』








夕陽と重なったの姿がやけに寂しそうだ。
いや、寂しいじゃない・・・悲しいんだ。







『ごめんね・・・ごめんね、バニー・・・ごめんね・・・っ』






震えた声で僕に謝る

違う、君が悪いわけじゃない・・・僕がもう少ししっかりしていれば。

唇をかみ締め、僕はの元に向かおうとする。
だが、そんな時・・・左手首に嵌めているPDAが【CALL】の文字を浮かび上がらせ鳴っていた。
要するに出動要請のサイン。







「こんな時に・・・っ」






が近くに居る、手を伸ばせば届く距離に居るというのに。
どうしてこんな時に鳴ったりするんだ・・・どうして、どうして・・・っ!!


彼女を放って行くか、それとも・・・。どうすれば・・・どうすれば。











『・・・・・バニーッ・・・寂しいよぉ・・・』








小さく聞こえたその言葉に、僕は――――――。














「泣かないでくださいッ」



「バ、バニー・・・?バニ」



「振り向かないで。そのまま、まっすぐを見つめててください」






僕はを後ろから抱きしめた。
ただ、振り返ろうとしたに「振り向かないで」と言う。

PDAは僕が取るのを待つように、痛い機械音で鳴り続ける。





「バニー・・・・え?・・・よ、呼ばれて」



「分かってます!だけど・・・君を抱きしめずにはいられなくて」



「・・・バニィ」



、ごめんなさい。寂しい思いを、悲しい思いをさせてしまって。本当はこのまま攫いたい。
僕の気持ちは・・・張り裂けそうなんです。君の居ない生活で、僕の心は痛いんです」






攫いたい。

このままだけを攫ってしまいたい。
楽しんでいるの声を耳に入れるたびに、僕の気持ちはどんどんおかしくなっていくばかり。


攫って・・・二度と戻って来れないようにしたいのに。







「こんな形でしか今の君に触れられない僕を許してください。情けない僕を許してください」



「バニーッ」



「また今夜電話します。必ず、必ず電話します・・・だから、泣かないでください







そう言って離れ、僕は駆け出した。

「バニー!」と振り返ったが僕をそう呼んだけど
僕は振り返ることなく駆けて、駆けて、駆けて・・・から離れた。

そしていつまでも煩く鳴り響くPDAをいい加減取った。






『ちょっと、いつまで鳴りっぱなしにさせてんのよ!』


「すいません」






コールに出るとアニエスさんの声が響く。
に会った後のこの声は僕にはとても残酷的に聞こえる。







『出動よ。ワイルドタイガーを乗せたトランスポーターが近くまで来てるからそれに乗り込んで支度して』


「分かりました」






簡単なやり取りだけを聞いて、コールを切る。

僕は両手を見て・・・腕を抱えた。








「・・・・・・」






今度はいつ、僕のこの腕に君を抱きしめれることが出来るのだろうか?

もう声を聴くだけじゃ・・・足りないと、分かっているのに。


ジャケットのポケットに入れた髪留めが
腕を抱えたときに飾りで痛みを感じたけど、こんな痛みはきっと
僕を待ち続けてるの痛みに比べたらどうでもないと思っていた。




Calling
(声を聴かせて、僕を呼んで)
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