少し肌寒い風が吹いた。
でも、今私の体温は上昇している。
だって・・・だって―――――。
「こんな所に女の子1人で出るなんて、どうかしたんですか?」
目の前に、笑みを浮かべたバニーが立っているから。
私の心臓は酷いまでに高鳴って、体中の体温が上昇していく。
彼は笑みを絶やさず私に近づいてくる。
距離がどんどんと縮まっていく。
『バーナビーから近づいてきても、あしらいなさい』
ふと、頭の中でアニエスさんの言葉が蘇ってきた。
そうだ。
私はアニエスさんとの言いつけを守らなきゃ。
もし彼が私だと分からなくても、私はアニエスさんとの約束を破るわけにはいかない。
バニーが近づいてきても、あしらわなきゃ。
「ご、ごめんなさい。何でもないんです」
本当は、もっといっぱい喋りたい。
本当は、もっと側に居てバニーを感じていたい。
でも今の私達にはそれが出来ないことくらい・・・分かって。
苦しい心を抑えながら私は、彼の横を通り過ぎる。
しかし・・・。
「待ってください!」
「っ?!」
通り過ぎた瞬間、手を握られ動きを止められた。
逃げようにも・・・こんな状態じゃ、逃げることも出来ないし・・・・・それに。
私の手を握る彼の手の力が・・・凄く強い。
まるで「逃げないで」と訴えているかのようで。
「何があったか話してもらえますか?」
「・・・な、何のことですか?」
「君みたいな子がため息を零すなんて、よっぽどのことがない限り・・・そんなことしない」
言葉で逃げようと思ったけど、バニーは私の言葉のその上を行った。
私だと知らないなら・・・私だと、分からないのなら。
「あの」
「はい」
「お話しますので、手・・・離してもらえますか?その、痛いです」
「あっ・・・す、すいません」
私の言葉にバニーは慌てて手を離した。
手首を掴まれたんだが・・・痛みが走っている。
私は少し痛む手首をさすり、走ってくる痛みを和らげていた。
「す、すいません」
「いえ・・・大丈夫ですよ」
目の前のバニーは、本当に申し訳なさそうな表情をしていた。
握られた手は痛かったけど・・・引き止めてくれたことに私は嬉しくなった。
少しの間でいい、私としてじゃなくてもバニーと話せる時間があれば
今の私にはそれだけで・・・十分なほどだ。
「私」
「はい」
「好きな人がいるんです」
「好きな人が、いるんですか?」
「えぇ」
私は手をさすりながら目を薄く開き、口から言葉を零す。
もちろん、彼に悟られないように
少しずつ言葉を選びながら。
「でもその彼とは・・・・今、別々に過ごしてて。今まで一緒に住んでたんですよ。
だけど、色々あって・・・その彼と、今は別々の生活を送っているんです」
「そうなんですか」
「本当は・・・本当は、逢いたいんです。逢いたいけど、逢うことも許してもらえなくて。
電話やメールじゃ・・・分からないから余計辛くて。彼に逢って・・・ちゃんと名前を呼んで欲しい」
本当は、目の前に居る貴方に・・・「」って呼んで欲しい。
呼んで欲しいよ・・・貴方の口から、私の名前を。
考えた目から涙の粒が零れてきていた、
「ごめんなさい。バーナビーさんにこんなことお話しするなんて。私・・・・・・ごめんなさい・・・」
堪えきれず私は泣いてしまった。
目の前に、バニーが居るのに・・・バニーが居るのに、私だと彼は気づかない。
彼には私だと分からない。
せっかくカリーナにメイク、直してもらったのに・・・泣いちゃうと、また台無しになる。
私は必死で涙を拭くけれど決壊したダムのように涙が洪水のように止まらない。
「みっともない姿見せちゃって本当にすいません。あの、私コレで失礼します」
これ以上、バニーの目の前に居たら
私だと分かってしまう恐れがある。むしろ・・・もう側に居ること自体が辛い。
辛いなら離れたほうがいい。
私は涙を拭いながらバルコニーを去ろうとした瞬間、勢い良く引っ張られ―――――。
「バ、バーナビーさ」
バニーに抱きしめられた。
どうして?どうしてバニー・・・私を抱きしめるの?
もしかして、私だとバレた?
そんな思いが頭の中を駆け巡り、私の思考をどんどん狂わせていた。
思考は狂いつつあるも、何とか私は彼の体から離れようとする。
「バ、バーナビーさん・・・あ、あの・・・離し」
「泣かないでください」
「え?」
私を抱きしめるバニーの腕に力が入る。
息ができないほど苦しい。それでも、何故だろう・・・幸せと思ってしまう。
「君が泣く必要なんて何処にもありません。君は泣かなくていいんです」
「で、でも・・・」
「僕は、そんな君を救ってあげたい。僕に出来ることを言ってください」
「だけど」
バニーに迷惑の掛かることはしたくない。
これ以上彼に迷惑だけはかけたくない。
でも・・・離れるのは、もう嫌。
「ご迷惑じゃ・・・ないですか?」
「いいえ、君の力になれるのなら。言ってください・・・僕に出来ることを」
強く抱きしめられ、低く耳元で囁かれた声に
私は彼の背中に手を回した。
「・・・・て」
「え?」
「攫って。私を・・・攫って、ください・・・っ」
貴方に攫われるなら、私が私として見られてなくてもいい。
貴方に見つめられるだけで・・・私は、幸せだから。
神様、ごめんなさい。
私は約束を破ってしまいます。
だけど、だけど・・・もう彼と離れるなんて私には出来ない。
こんな苦しい思い、したくない。
「分かりました。君の願いどおりにしてあげますよ・・・・・―――――」
え?・・・・今、何て?
「貴方・・・もしかして・・・・」
「ちょっとバーナビー!!私のエイミィに・・・っ」
言葉を続けようとした瞬間、アニエスさんがバルコニーにやってきた。
確実にかの人は怒っている。
アニエスさんの姿を見たのか、バニーは私を抱きかかえた。
「きゃっ」
「もう十分離れた生活したんですよ。いい加減、僕も我慢の限界です」
すると青白い光がバニーの体から出てくる。
目の色もエメラルドグリーンから澄んだブルーに。
つまりこれは―――――バニーの能力、5ミニッツハンドレットパワーの発動。
「しっかり掴まっててくださいね」
「ちょっと、まっ!?」
言葉を遮るかのように彼は勢いよく、私を抱きかかえたまま
高く飛び上がり、パーティ会場から抜け出した。
「チッ。目を離した隙に」
「おいバニー、いいのかよパーティ放り出して」
「よくない!!さっさと連れ戻してきて!!あの子もよ!!」
「あーあ・・・バーナビーのヤツ、の嫌がることしてるわよ」
「は?」
「お、おいブルーローズ?ど、どういうことだよ?つかお前、って知ってたのか?」
「まぁね。ていうか、今頃バーナビー困ってると思うわよ・・・何せ」
私、今どこに居る?
バニーの腕の中。それは理解できる。
じゃあ地に足は着いてる?・・・いいえ、着いてません。
足が浮いてて、体が空に・・・・・・っ。
「これで邪魔者からは逃げられました。ねぇ、」
「・・・・て」
「え?」
「降ろして!!!バニー、お願い降ろして!!私、私・・・・・っ」
いくらバニーに攫ってもらったからって・・・・こんなの、こんなの嫌過ぎる。
「高いところ苦手なのー!!!私、高所恐怖症なの!!」
「え?・・・・えぇえっ!?」
そう、私は高いところが苦手・・・つまり、高所恐怖症なのだ。
だから今現在、バニーが能力を発動して
ビルの屋上などの飛び移って移動をしているが・・・高いところには変わりはない。
バルコニーで手すりまで行けなかったのは此処にある。
高いところが苦手なのだ。
私はバニーにしっかりとしがみつき、目を閉じていた。
しかし飛び上がったときに目を開けていたから、その光景が脳裏に焼きついてしまったのか
閉じている目から涙が溢れてきていた。
「バニィ・・・バニー・・・怖いよぉ。降ろして・・・降ろしてぇ」
「分かりましたすぐに降りますから」
私の声にバニーは心配そうな声を出して、重力が抜ける感覚に陥る。
つまり降下している。
バニーの靴が地面に着き「カツン」と音がした。
その音を耳に入れた私は目を開ける。
周りを見渡すと、誰も居ない夜の公園だった。
「」
名前を呼ばれ見上げる。
ブルーだった目が、いつの間にかいつものエメラルドグリーンの目に変わっていた。
そんなバニーが私を見ていた。
その表情はとても泣きそうな顔をしている。
「バニィ」
「君が高いところが苦手だって知らなくて。ごめんなさい、怖い思いをさせて」
「私が、言ってないのが・・・悪い、から」
「知らなかったこととはいえ、それでも君に怖い思いをさせてしまいました。
ごめんなさい。怖かったですよね」
そう言ってバニーは私の頭にキスをしてくれた。
そのキス1つで・・・怖かった気持ちが、和らいでいく。
「マンションであの時、目を開けなかったのは・・・こういう理由があったからなんですね」
「ご、ごめんね・・・ごめんねバニー」
「もう謝らないでください。分からなかった僕が悪いんですから。でも、やっと君に逢えて本当に嬉しい」
バニーは嬉しそうな声で逢えた喜びを言葉で表した。
私はそんな彼の声に首に手を回し抱きつく。
「?」
「逢いたかった・・・・逢いたかったよバニィ。寂しかったよ」
「。・・・・・・・・僕も逢いたかった。逢えて、本当に嬉しいです」
お互い本当に寂しかったんだと思う。
彼の声を聞いてそう感じた。
私は抱きつく手を緩め、バニーと目線を合わせた。
「いつから、私だって気づいてたの?」
バルコニーで私の名前を呼んだときに驚いた。
今まで彼が知らないとばかり思っていたのに・・・彼の口から零れた言葉に
私は驚きを隠せなかった。
「もちろん最初から。入ってきて君が僕を見つめているところからですよ」
「そんなに早くに気づいてたの!?・・・じゃ、じゃあ演技してたの?」
「もちろんですよ。じゃないとアニエスさんに気づかれてしまいますからね。僕は少しでも長く
の側にいることを感じていたかったから」
「バニー」
「というか、君が虎徹さんと話すまで疑心暗鬼でしたけどね・・・虎徹さんと喋り始めたところから
気持ちが確信に変わったんです。だということに。君はあの人と話すときだけ僕の知らない表情をしますから」
私にも分からない小さな仕草が、彼に教えていた。
「それと、その髪留めですかね?」
「え?あ・・・コレ」
「僕が買ったものを忘れるわけないですから。あの会場にその髪留めはデザイン的には可愛らしいですが
華やかさが欠けているところをみると、僕が君に贈ったものしか考えられませんから」
「バニー・・・そんな早くに私のこと」
「のことなら何でも分かっているつもりです。仕草や表情、君の全てを僕は知っています。
それは君と一緒に過ごしている時間が誰よりも長いからです。分からなかったらわざわざ君を追いかけて
バルコニーまで出て声を掛けたりしません」
優しい表情で放たれる甘い言葉。
その言葉を耳に入れるだけで、嬉しさで胸に仕舞っていた思いが溢れ出てくる。
自分の口から出ることをしない言葉達が
涙に変わって頬を伝っていた。
「」
「もっと、呼んで」
「・・・大好きです」
「お願い、もっと・・・もっと」
私の名前を呼んで。
「何度でも呼んであげますよ」
「バニーッ」
「・・・・愛してます。今すぐこの気持ちを伝えたい・・・僕の全てで」
その言葉が出たとき、それは合図。
「バニー・・・側に居て、離さないで」
「もちろんですよ。今日は寝かせませんからね」
「それでも、いいよ。バニーをずっと、感じたい」
「いい返事ですね」
そう言って彼は私を腕から降ろし、手を握る。
「行きましょうか」
「うん」
そして、赤い兎は私を、暗闇の中へと導いていくのだった。
The guidance
(彼は導く、私を漆黒の甘く秘めやかな世界へと)