「も、もう・・・やめてほしいなぁ」
私は一人廊下を歩いていた。
やめてほしい、と呟いたのは彼につきまとうエイリィ・・・の事ではなく
バニー本人のことだった。
やめてほしいと思うことは控え室でせがんでくるところ。
私が男性スタッフと話をしているだけで
彼の独占欲に火を点けてしまうらしく、事あるごとに控え室に連れ込んでは丸め込んでいく。
嫌い、ではないのだけれど私としてはやはり「場所」というのを考えて欲しい。
見つかってしまえば大スキャンダルは免れない。
今こうやって、私がマネージャーをやっているけれど素性を知られてしまえば
彼がこの舞台から引きずり降ろされるのは明白だ。
此処はロイズさんに報告すべきか、それともアニエスさんに助けを求めるべきか。
私はどちらに相談すればいいのかと悩みながら、廊下を歩いていると――――――。
「ねぇ、貴女」
「え?・・・あ」
声を掛けられ振り返ると、壁に背を持たれかけているエイリィが居た。
いつもならバニーの側やら、近くやらにべったりと張り付いているのに
今日に限って彼女が私のところにいるのかが疑問に思えた。
私は驚いた表情を浮かべていたが、一方の彼女は怒っているように思えた。
壁から背を離し、私の所に近付きいきなり――――――頬を酷い痛みが走った。
一瞬、何が起こったのか分からず思考回路が停止するも
それはすぐに運転を再開させ、自分が「彼女に頬をぶたれた」と認識できた。
「貴女・・・何様のつもり?」
「え?」
「マネージャーのクセに・・・色目使ってんじゃないわよ!」
「わ、私は別に・・・っ」
そんなつもりはない。
しかし何を彼女は言っているのか、自分の頭の中が混乱していく。
「スタッフに笑顔で取り入ったかと思えば、挙句バーナビー様と関係を持つなんて失礼にも程があるわ!
貴女・・・どれだけ尻軽女なの?」
「バーナビーと、関係を持つって」
彼と関係を持つ、という言葉に心臓が酷い音を立てて動き始める。
控え室での事を見られた?
でも、彼女が其処まで言うのだからそうとしか考えられない。
「さぞ気分が良いでしょね?色んな男振り回して、挙句この街のヒーローまでも手を出すなんて」
「ち、違います!私はそんな事・・・っ」
「してないとでも言うの?じゃあ何なの?バーナビー様がアンタみたいな凡人マネージャーを寵愛してるとでも言うの?」
正直、ハイそうです・・・と答えたいところ。
しかし、私とバニーの関係を知ってるのはロイズさんとアニエスさん、そしてヒーローの皆。
証人として全員を出してもそう簡単には首を縦には振らないことくらい分かっている。
ぶっちゃけると寵愛を通り越して、彼は溺愛の領域まで踏み込んで居る。
しかし、そんな事を言ってしまえば・・・彼に多大なる迷惑をかけてしまう。
「フッ・・・バカねぇ。有名人が一般人を寵愛するわけないじゃない。
アンタみたいな女をバーナビー様が本気で愛してるとでも思ってんの?アンタなんて遊び道具とおんなじなの。
使い勝手のいい、ただのお道具。そのうちボロ雑巾みたいに捨てられるのがオチなんだから」
泣きそうになった。
自分と彼の居る世界が違うことくらい重々承知。
だから、いつ彼が私を捨てるかなんてのも正直な話毎日怯えている。
今は私だけを愛してくれている、でも、他に彼の心を突き動かす人が現れたら・・・私はあっさり捨てられるだろう。
彼女の言う「ボロ雑巾」のように。
「反論する気がないなら、バーナビー様に近付かないで。マネージャーも降りなさい。
マスコミに喋られたくなかったら・・・全部捨てて、バーナビー様に今後一切近付くんじゃないわよ」
彼を守るためなら、私が全部「今」を捨ててしまえばいい。
彼の地位や名誉、信頼を守るためなら、私が去ればいい。
それが彼のためになるのなら・・・私が何もかも手放してしまえばいい。
「私が、マネージャーを降りて・・・彼に近付かないなら・・・マスコミに話すのをやめてくれますか?」
「もちろん約束するわ。だってバーナビー様のご名誉をお守りするためですもの。其処は私も配慮する。
貴女が今後一切、バーナビー様に近付かなければいいっていう前提での話だけどね。どうなさる?・さん?」
彼を、守るためなら―――――――。
「マネージャーを、辞めます」
「聞き分けの良い子。尻軽女のクセに聞き分けは一人前に出来るみたいね。
貴女、来た時から邪魔だったの・・・さっさと消えてくださらない?まぁこれからは一生、私の目の前に現れることも無いから
別にいいけどね」
そう言いながら彼女は私の横を通り過ぎる。
その間際、エイリィが私にこう言う。
「これを会社の上司に言ってみなさい。私は簡単にアンタ達の関係をマスコミに喋るからね。抵抗とかしても無駄だから」
この時初めて実感した。
華やかな世界なんて嘘まみれ、本当に厳しい世界だ。
蹴落として、蹴落とされる世界。
隙を見せたら終わり。
バニーの隙が生まれる原因は、全部私。
今まで注意深くしていた彼の隙を作ってしまったのは全て私のせい。
だったら、此処は抵抗せず降りるしかない。彼の為を思って。
今からロイズさんにそれを報告するのが億劫だな、とため息を零していた。
「ちょっ、な、何なのアンタ達!?は、離して!!離しなさい!!」
電話を取り出した時だった。
私の側を去っていったエイリィの声に反応して、そちらに駆けると
彼女の周りを黒い集団が取り囲んでいた。
抵抗する彼女に集団がワラワラと動き回り
数人で彼女を担ぎ上げ、何処かへと連れて行く。
ふと、思い出す。
アーティストを狙った連続誘拐事件。
確かスタッフの話だと、リズミカの次はエイリィだと言っていた。
もしかしたら、あの黒い集団の人達が誘拐犯?
助けを呼ぶにも時間が無い。
今目の前で、彼女が連れ去られそうになっているのに誰かを呼びに行く暇なんてない。
だったら―――――――。
「(お願い・・・・少しの間だけ、言うことをきいて)」
自分の力を使うしか無い。
念じれば必ず、上手くいく。そう何度も練習してきた。
まだ上手く使いこなせる自信はないけれど、でも私のこの力だって誰かの役に立つ時が来る。
「待って!彼女を離して!!」
私が声を上げると、黒い集団が一斉に私の方を見る。
標的物(ターゲット)とは違う、逸脱したモノだと認識したのか一気に襲い掛かってくる。
手を前にとかざすと、襲い掛かってくるモノが一気に両脇にと薙ぎ払われる。
上手くいったが、成功した喜びに浸っている暇はない。
まずはエイリィを助けることを考えなければ。
「彼女を、離して・・・っ!!」
エイリィを担ぎ上げている黒服集団をも能力で払う。
「貴女・・・NEXTなの?」
「はい。そんな事よりも今は逃げましょう。あの人達の狙いは貴女です」
そう言って彼女の手を握り走り始める。
もちろん黒い集団が彼女欲しさに追いかけてくる。
能力を使ったせいか、翳(かざ)した手がズキズキと痛みを伴い始めた。
少し人数が多かったか、それとも一気に力を爆発させすぎたのか・・・どちらにせよ、次使えば確実に血は流れる。
もうあんまり使えない、と心の中で呟くと―――――。
「きゃぁあっ!?」
「あっ、エイリィ!!」
彼女の手が自分の手から離れた。
エイリィの足を掴んで、自分たちの所へと引きずり込んでいく。
「やだ!!やだ、離して!!離してよ!!助けて、パパ、ママ助けてぇえ!!」
「エイリィ!!離して、彼女を離してって・・・!?」
叫ぼうとした時だった。
お腹に痛みが走る。段々と視界が薄れて
体中に入れていた力が徐々に抜け始め、自由が奪われていく。
フワッと体が宙に浮き、何処かへと運ばれていく。
「バ、バニー・・・・・・た、助け・・・て」
少しずつ意識を失う中、口から零れたのは彼に助けを求める微かな声だった。
「おやぁ?エイリィだけでいいと思ったんだがねぇ・・・お前たち変なのまで連れてきたな。
この子は確かバーナビーのマネージャーだったか。まぁいい面倒だから一緒に捕まえておくか」
アナタの為なら・・・。
(私の全てをかけても守りたい)