「・・・んっ・・・」
目が覚めた。
体を起こして周囲を見るも其処が今まで
自分の居た建物の中ではないことは一発で理解できた。
「やっと起きたの」
「え?・・・エイリィ」
背後から声が聞こえ、振り返ると膝を抱え私を睨みつけるエイリィの姿があった。
そしてようやく気付く。
私と彼女は連続誘拐犯に連れ去られてしまったのだ、と。
「いつまでも目が覚めないから死んだのかと思ったわ」
「ご、ごめんなさい」
「まぁ、生きてたのなら別にいいんだけど」
「此処・・・どこだろう」
「知るわけ無いでしょ。私とアンタは二人仲良く捕まったんだから」
彼女の口から飛んでくる言葉は全部刺々しい。
それを受け止める私としては痛みを感じつつも、反抗的な言葉を放つ力はない。
彼女を守らなきゃと思っていたのに、自分の力不足が原因でこんな目に遭わせてしまったのだから。
挙句、自分まで誘拐犯に捕まろうとは情けない。
だから何を言われても、私には反論する道理はない。
「メドモワゼル〜・・・お目覚めかな?」
すると暗闇の中からヒールの音と共に、派手なスーツを着た男の人が
笑みを浮かべながら現れた。
「アンタは・・・バベル」
「バベル?」
現れた男の人に見覚えがあるのか、エイリィは男の人を睨みつける。
「音楽プロデューサーのバベル。自分のプロデュースした歌手たちをバベルファミリーとか名づけてるの。
最近出てきたばっかりの音楽プロデューサーがやたらめったら歌手の引き抜きしてるから、私達の業界じゃ名の知れた人物よ」
「おや?私はそんなに有名人だったとは・・・有名になるとツライねぇ」
「危険過ぎるって意味でアンタは有名人よ。ウチの事務所にも何度か来たらしいじゃない・・・即効で断ってやったけど」
「シュテルンビルトの歌姫、となれば我がバベルファミリーに入って頂きたいものだよ。
君の歌声はまさにディーヴァという名に相応しい・・・!!」
「アンタに褒められても嬉しくも何とも無いわ」
知らない世界の会話に、私はとりあえず口を挟まないように2人の会話を聞いていた。
「ていうか、何でアンタが此処に居るのよ?暇してるなら、私達を助けなさい」
「おや?私が君たち2人を助けに来た、とでも思っているのかい?」
「は?」
「え?・・・じゃあ、まさか・・・貴方が」
途端、黒い物体が周囲から這って出てきて
バベルという人の体に巻き付く。
見覚えのある黒い物体。
それは間違いなく、私とエイリィを連れ去った物体と同じモノ。
「エイリィ。君は自分の立場を分かっていないようだな。
君は私に連れ去られた・・・誘拐犯が誘拐した人間をそう簡単に解放するとでも思っているのかい?」
「今回の事件・・・アンタの仕業だったのね・・・ッ」
「そういう事だ。君を捕まえるだけの手はずだったが、バーナビーのマネージャーまで捕まえてしまったのは誤算だったな」
「っ!?」
眼鏡の奥の瞳が私を見る。
その瞳からこちらへと放たれる視線に身動きがとれない。
段々と近づいてくる人物から逃れようと、後ろに下がるも黒い物体達に
体の動きを止められて、動けなくなった。
顎を持ち上げられ、視線がぶつかる。
「抵抗は、しないのかな?君はNEXTだろ?」
「私はまだ・・・半人前です」
「あー・・・使い慣れてないって事か。分かるよ、私にもそういう時期あったから。
しかし、君のような可愛いお嬢さんがマネージャーとは、バーナビーも羨ましい。いっそ私のマネージャーにならないかな?
生活も何もかも・・・君の望むような暮らしを」
「お断りさせていただきます」
言葉を切るように、私は顎を掴まれていた手に噛み付いた。
「イッ!?・・・・なんて事するんだこのクソガキ!!」
「キャッ!?」
振り払うと同時に頬に酷い痛み走り、私はコンクリートの床にと転げ
体を拘束していた黒い物体たちも離れていく。
自由になった体で痛みを抱えながら起き上がり、男の人を見た。
「私の大事な手に何てことしてくれたんだ!!フッ・・・まぁいい。
君たち2人はどうせ此処から出れない・・・餓死だけはしないでくれよ。
死んだとなったら私は誘拐だけじゃなく殺人犯にまでなってしまうからね」
そう言い残し、かの人は黒い物体を引き連れながら私達を置き去りにして
姿をくらました。
私はというと頬を押さえ溜息を零していたら―――――。
「アンタ・・・バカでしょ」
「え?・・・あ」
エイリィが私にと近付き、白いハンカチを差し出していた。
「泥・・・付いてるから、コレで拭きなさい」
「え?で、でも」
「ったく。こんな時まで遠慮なんかするんじゃないわよ」
そう言うと彼女はため息を零し、私の顔についた泥をハンカチで拭い始めた。
此処で「大丈夫」なんて強がってても、結局は余計彼女を心配させそうと思い
その厚意を拒むのをやめ、素直に受け入れようと思った。
「女に手を挙げる男にろくな奴は居ないって言うけど、アレが良い見本よ。
ああいう男はろくな奴じゃないし、色んなアーティスト誘拐してる時点で生き血が流れてない証拠だわ」
「そう、ですよね」
「何で能力使わないの?貴女、NEXTでしょ?」
「・・・私は、半人前なのでまだ使い勝手がよく分からなくて」
使えば確かにエイリィを連れて逃げ出せるのかもしれない。
しかし、私はバニー達から言わせてみればまだ「半人前」という領域の人間。
自由に使いこなせるはずもなく、下手をしたら力が暴走する可能性も考えられる。
最悪の場合、自分の命すら危うくなりかねない。
こんなところで足を引っ張るわけには行かない。
「NEXTに一人前も半人前も居るのね。まぁ貴女の場合、どっからどう見ても半人前よね」
「アハハハハ」
言い返せるワケもなく、苦笑を浮かべるしかなかった。
「こんな半人前に、何でバーナビー様は惹かれたのよ。世の中不公平過ぎる。
私が似合うはずなのに・・・何で隣に立ってるのが、私じゃなくて半人前の貴女なのよ。
私だったら・・・私だったら、権力も地位も名誉も何もかも上なのに・・・どうして平凡でNEXT半人前の貴女が相応しいと言うの」
「エイリィ」
「私が、私が一番相応しいんだから!!貴女なんかよりもずっと私がイイ女なのに!!何で振り向いてくれないのよ!!」
「エイリィ、あのね」
「触らないで・・・・!!」
怒り狂う彼女を宥めようとするも私の手はいとも簡単に振り払われた。
顔を拭っていた白いハンカチも地に落ちて、汚れていく。
そして彼女は涙を浮かべた瞳で私を睨みつけていた。
「触らないで。私に気安く触らないでよ」
「エイリィ」
「認めない。アンタなんか・・・・認めないんだから。あの人に相応しいのは何もかも揃ってる私なんだから」
そう言って彼女は私から離れていった。
地に落ちたハンカチを拾い、溜息がこぼれる。
「バニー・・・何て言えば伝わるのかな」
何もかもが半人前の私には、言い返す言葉もなく
ただ、ただ助けが来るのを待ちながら考えるしかなかった。
囚われた者達の不協和音
(捕まった私と彼女、互いを知るには乱れすぎて)