「え?・・・有給休暇、ですか?」
「そうだよ」
突然、ロイズさんに呼び出され
彼の部屋に訪れると、開口一番にそれを言われた。
ロイズさんは目を通していた書類をデスクに置き
立ち尽くす僕にと視線を寄越した。
「昔からのが随分と溜まってるみたいだからね。この際、少し消化しておいてくれないか」
「ですけど、突然休めと言われても」
困る、という言葉しか僕は思いつかなかった。
いきなり呼び出されて、有給の消化をしろと言われて
「はい、分かりました」と返事するほど、僕も馬鹿ではない。
むしろ、休む暇も無いほど”ヒーロー“という職業は忙しいのだ。
「君がそういう反応するとは分かってはいたけどねぇ・・・消化してもらわないと、こっちが困るんだよ」
「は?どういうことですか?」
「おいおい、覚えていないなんて冗談だろ。ついこの前、任命されたばかりじゃないか」
そう言いながらロイズさんは一枚の紙切れを僕に差し出す。
僕はそれを受け取り見ると、すぐさま思い出した。
「有給消化・・・キャンペーン大使」
「それだけ見せれば、私の言った言葉も理解してくれるだろうね」
「・・・はい」
昨今の有給消化率の減少に頭を痛めた厚労省が
少しでも消化率を上げよう、とその促し役として僕に白羽の矢が立ち
僕は大使−ある意味マスコットに近い形ではあるが−に任命されたばかりだった。
それでロイズさんの話に戻る。
おそらく、ロイズさんの調べによると僕の有給消化率は乏しいを通り越し
ほぼゼロに近いと僕自身推測した。
大使に任命されたばかりだというのに
その選ばれた本人が有給を全く消化していないとはお粗末すぎる話だ。
「頼むよバーナビー。君が休みを取りたくないのは重々承知してる。
私だってスケジュールに穴を空けたくないさ。だが、キャンペーン大使の君が有給消化をしてないと
お偉いさん方に知れれば本末転倒だ。我が社のイメージ、いや、選ばれた君のイメージだって損なわれる」
「僕のイメージ云々はともかく、流石にこうなってしまったのならば仕方ないですね。
穴は空けたくありませんが、しばらくは有給消化に励むとします」
「何とかしばらくはワイルドタイガーだけで持たせるよ」
「彼にこの事は?」
「連絡済みだ。とにかく明日から君は有給消化に励んでくれ」
「分かりました」
そう言ってロイズさんの部屋を後にした。
廊下を1人ゆっくりと歩きながら、頭を掻く。
困り果てている。突然明日から休みになってしまったのだから。
しかもロイズさんの口ぶりからして、僕の有給は相当溜まっていたのだろう。
コレは2、3日のレベルではない。確実に1週間以上は消化しなければならない。
1週間以上の暇(いとま)を如何に消化すればいいのやら、と頭を悩めていると
ふと、頭の中を過った一人の人物。
その瞬間、僕の胸は一気に躍り足早になる。
「明日から実質休みになるようなもんだ。だったら、だったら――――」
彼女−−と大いに過ごせるじゃないか、と僕は年甲斐もなく浮かれ始めたのだった。
「明日からお休みなの、バニー?」
「はい、そうなんです」
夜。
マンションに戻り、僕はすぐさま
明日から有給消化の為に仕事を休む事をに告げた。
しかしあまりに突然の事だったのか
彼女自身も驚いている。
「突然、過ぎましたか?」
「う、うん。この所忙しそうにしてたし。
体壊さないかな、大丈夫かなって心配はしてたけど・・・急にお休みってなるとビックリしちゃった」
「君も驚いて当然ですし、言われた僕ですら驚いたくらいですから」
僕が苦笑を浮かべ言葉を返すと、はゆっくりと微笑んでみせた。
「どうかしましたか?」
「あ、ごめんね。何か、バニーがお休みってだけで嬉しくなっちゃって。
しばらくは一緒にいる時間が長いな、って思うと・・・エヘヘ、口元緩んじゃった」
「」
照れたように笑う彼女の姿に愛おしさを感じ
僕はゆっくりと彼女を抱きしめた。
「バ、バニー?」
「僕も正直、口元が緩んでしまってます」
「え?」
「だって、と過ごす時間がいつもより長いと思うとそれだけで」
「バニー」
別に今の生活が嫌だ、という訳ではない。
ただ、僕自身彼女に寂しい思いをさせているのではないかと一抹の不安はあった。
僕は誰もが憧れ羨む正義のヒーロー。普通ならば手の届く存在ですら無い。
一方の彼女はというと、一般人。NEXTという−半人前ではあるが−能力者という部分を除けば、普通の女の子だ。
お互いの距離を考えれば天と地の差がある。
一緒に住んでいる事自体が奇跡に等しい。
だからその分の「すれ違い」というのは、普通のカップル以上に多い。
「だから、口元が緩まずにはいられません。
の側にいつも以上に居れる喜びを考えたら、嬉しくて舞い上がってしまいます」
「私も嬉しいよ、バニー。良かったね、お休み貰えて」
「はい」
そう言って抱きしめていた体を離し、を見下ろす。
頬に触れ、優しく其処を撫でる。
ほんのり赤く染まる頬にそっと唇を触れさせ、離れて目を合わせた。
薄く開かれた薄桃色の唇に指を当て、なぞる。
「バニー」
「今日からたっぷり愛してあげますからね、」
「え?」
「君が遅刻しないよう努力はしますけど、加減は出来ないので其処は大目に見てくださいね」
その言葉を皮切りに、に噛み付くようなキスを繰り返し
酷いまでに彼女を求め、愛を囁くのだった。
正しい有給の使い方
(突然の休み-有給消化-に浮かれ始める兎だった)