俺が本腰を入れて、シュテルンビルトという街に居座る前の話だ。
話を聞いて、とにかくどういう街かを探りに来ていた時だった。
街を歩いていたら突然空が曇りだし、雨が降りだした。
道行く奴らは足を急がせ、雨を凌ごうとしていた。もちろん俺もそのうちの1人。
丁度良い所に店の軒下。
日除けで出されていたテントの下に入り込む。
「(ツイてねぇ)」
日頃の行いが悪いと言わんばかりの突然の天候悪化。
おまけに降られて、濡れる始末。
自慢の髪も服も、雨水でびしょ濡れだ。
「あの・・・」
「あ?」
ふと、横から声を掛けられた。
どうやら雨宿り場所には先客が居たらしい。高校生と思われる女の子が居た。
しかも、俺の目の前に白いハンカチを差し出して。
「コレ、使ってください」
「別にいいって。これくらいどうってことねぇし」
「でも、濡れたままじゃ風邪を引いてしまいますから。気になさらず使ってください」
女の子はにっこりと笑って俺の言葉を包み込んだ。
なんだかそう言われてしまえば、断るのも気が引けてくる。
「わ、悪ぃな」
「いいえ。困ったときはお互い様ですから」
俺は差し出されたハンカチを受け取り、濡れた体を軽く拭いた。
テントの下から空を覗くも、雨は一向に降り止まない。
「雨、止みそうにねぇな」
「ですね」
「お嬢ちゃん、学校の帰りか?」
「ええ。帰って夕飯の支度をしようと思って買い物してたんですけど」
今時のガキってーのはしっかり奴もいるんだなぁ、などと俺は心の中で関心していた。
「お兄さんは?お仕事・・・ってわけじゃなさそうですね」
「俺は・・・・・・観光かな?」
私服でふらついてたら、誰だって「仕事をしている」とは見えない。
だから俺は敢えて「観光」という言葉で自分の目的を濁した。
「ああ、観光客の方だったんですね。どうですか、この街」
「いいんじゃねぇの?賑わってる街は嫌いじゃねぇぜ」
「それは良かったです」
女の子は俺の隣で笑った。
何処の街にも可愛いと思う、女は居たけれど
今俺の目の前に居る女の子は本当に「女の子」と呼べる、純真無垢な子だった。
「ジャスティスタワーとか行かれました?」
「いや、まだだな。雨が止んだら行こうと思ってる」
「それがいいですね。あ、もし夕食が決まってなかったらポートレスタワーの展望レストランがオススメですよ。
あそこから見る夜景も綺麗ですし、街が一望できます」
「へぇ。じゃあ夕飯は其処にすっかな。お嬢ちゃんのオススメなら間違いねぇだろ」
「はい」
初めて出逢った子なのに、初めて逢った気がしない。
すると、何処からともなく携帯の機械音が聞こえてきた。
自分のかと思って出すも、俺のは無反応。横を見たら、彼女のだった。
「もしもし?・・・え?うん、今雨宿りしてるの」
電話に出たあの子は楽しそうに電話元の誰かと話していた。
「急に降ってきたから、傘忘れちゃって。・・・・・・え?迎え?いいよ、忙しいんでしょ?
雨止んだら帰れるんだし、迎えとかいいって」
どうやら電話元の誰かは彼女を迎えに来る、と言い張っているらしい。
つまり、親御ってワケか?
「も、もう分かったから。場所?えーっと此処は――――」
断っても無駄だと悟ったのか、彼女自身から折れ迎えが来るようだ。
簡単に場所を知らせ、電話を切った。
「迎えが来るのか?」
「来なくていいって言ったんですけど、来るって聞かなくって」
「良い親持ってんじゃねぇか」
「え?いえ、今の電話の相手はなんて言うかは親代わりって感じで」
「は?」
親代わり、という言葉に何だか胸に嫌なモノが突き刺さった。
「私・・・母は出稼ぎに出てて、父は幼いころに亡くなってるんです」
「あ・・・わ、悪ぃ。何か親代わりって言葉出てきた時点でそんな気がしてたわ」
「いえ、いいんですよ。母は今でも街の外にいるし、父は幼い頃に亡くなっているので気にしないでください」
笑顔で答えられて、内心俺はガラに合わねぇがビクビクしていた。
だけど、色々あって彼女は今は笑って過ごせているのかと思うとそれはそれでたくましいなぁ、と感心してしまった。
「昔は治安も悪かったですけど、今はヒーローが居てくれるから」
「そのヒーローってやっぱりすげぇの?露店でもカード売ってあったくらいだし」
街の人間と溶け込むことが出来た今なら、多分これくらいのリサーチは出来るだろう。
「ええ。ヒーローは皆の憧れです」
「ふぅーん。でさ、誰が一番人気なわけ?」
「そうですねぇ。昔はスカイハイだったけれど、今はバーナビー・ブルックスJrですね。
ランキングも彼がトップを走ってるようなもんですから。あ、確か・・・・・・」
すると、彼女は自分のバックを開けて中を漁り始めた。
そして出てきたのは一冊の雑誌。
それをペラペラと捲りながら、目的のページが出てきたのか俺に広げて見せる。
「彼がバーナビーです。彼だけが唯一ヒーローの中で顔出しをしています」
「へぇ〜。つか、お嬢ちゃん・・・・もしかして、バーナビーのファンだったりする?」
「え!?・・・えぇ、まぁ」
図星だったようだ。
雑誌を持ち歩いている辺り、ファンだというのは一発で分かる。
こんな可愛いファンが居るとは・・・この街のヒーローになるってのは満更捨てたもんじゃないらしい。
こういう子に俺のファンになってほしい。
むしろ――――この子が、いい。
すると、雨宿りしている店の近くで車が止まりクラクションが鳴る。
赤いスポーツカーが止まった。
「あ、来た」
「親代わりのお迎えか。意外と早かったじゃねぇか、濡れずにすんでよかったな」
「ええ。すいません、何か勝手に喋っちゃって」
「いいって。俺もなかなか楽しめたしよ」
そう言うと、彼女はまた笑って雑誌を鞄の中へと入れ、足を車の方へと
向かわせようとすると、振り返り――――――。
「良い旅を」
「お、おぅ・・・サンキュ」
俺にそう言って、彼女は車へと乗り込んで赤いスポーツカーはその場を去って行った。
良い旅を、か。
「あ、ハンカチ」
ふと、俺は彼女からハンカチを借りていたことを思い出す。
その小さい布切れは・・・可愛らしいあの子を印象づけているようで。
「ハッ・・・・・・何だよ。結局、俺・・・此処で働く運命になりそうだな」
もう一度、あの笑顔が見たい。
もう一度、あの子に会いたい。
あの子の視線を、俺にと向けてやりたい。
だったら、多分俺の進路はもう決まったも同然だ。
雨と、獅子と子猫と、ハンカチ
(それが俺がこの街に来た理由の一つになった)