とある日。
が傘を忘れたと思い、電話をした。
『もしもし?』
「もしもし、僕です。雨降ってきましたけど、大丈夫ですか?」
『え?うん、今雨宿りしてるの』
携帯電話を片手に、僕は耳に当てながら窓の外を見る。
突然の雨とはいえ通り雨、とは行かない本降りそのもの。
この状態からするとこれから一日中降り続く事になるだろう。
『急に降ってきたから、傘忘れちゃって』
「急ですからね、仕方ありませんよ。だから電話したんです。迎えに行きます」
『え?迎え?いいよ、忙しいんでしょ?雨止んだら帰れるんだし、迎えとかいいって』
雨宿りしている場所まで迎えに行こう、と僕が言い出すと
電話元のは頑なに僕の言葉を拒んだ。
忙しい僕の事を組んでの言葉だろうけど、僕としては迎えに行くというのもあるけれど
彼女との時間を過ごしたい、という我儘がある。
「特に今は取材やらもないので、いいですよ。時間も余ってますし迎えに行きます。
それに雨も止みそうに無いですし、長い事君を雨空の下に置いておくわけにも行きません。それこそ
風邪を引いてしまいます。だからが何と言おうと僕は迎えに行きますから」
『も、もう分かったから』
「では、場所は何処になりますか?すぐに行きます」
『場所?えーっと此処は――――』
から場所を伝えられ「じゃあすぐ行きますね」と言い残し、通話を切断した。
携帯をポケットに入れて自分の車へと足を進めるのだった。
しばらく雨の降る街を車で走り、彼女が雨宿りをしている場所へと辿り着く。
見つけたまでは良かったが・・・何やら隣に、知らない金髪の男。
しかも何だかいい雰囲気を醸し出しているようにも思えて、楽しげに話している。
その光景に何だかムッとした僕はクラクションを鳴らして、自分が来たことを告げた。
すると、僕の車だと分かったのかは慌てて男に挨拶をし、僕の所へと駆けてくる。
「ごめんね、忙しいのに」
「いいんですよコレくらい」
が助手席に乗り、シートベルトを嵌めたのを確認すると
僕はアクセルを踏み込んで車を発進させた。
ハンドルを軽快に捌きながら、マンションへと向かう。
「・・・それで、さっき君が喋っていた男は誰ですか?」
「え?」
僕は問いかけた。
先程、君が楽しそうに笑顔を振りまいて喋っていた男は・・・誰だ?と。
「え?あの人?観光客だって。今時珍しいよね観光客って。お祭りがあるわけでもないのに」
「・・・・・・・」
「バニー?」
僕が何も言葉を返さないのかが僕の顔を覗き込む。
「バニー?」
「やめてください」
「え?」
「僕以外の男に笑いかけたり、話しかけたりするの・・・やめてください」
の笑顔を独り占めしていいのは、この僕だけだ。
いや、笑顔だけじゃない・・・君の心も、身体も全て、独占していいのは僕だけ。
それだと言うのに、彼女は僕以外の誰かにまで笑いかけ笑顔を振りまいて
知らないうちに夢中にしていく。
無自覚で、誰かを夢中にしていく。
おかげで気が気じゃない。
どれだけ妬いても、足りないくらいだ。
「だっ、だって・・・さっきの人濡れてたし、ハンカチ貸しただけだよ。
それにまた会うとは限らないじゃない。観光客に優しくしたっていいじゃん」
「はぁ・・・、君は本当に分かっていない。それでもこの街に滞在していることに変わりありません。
明日だって、明後日、街に出れば出くわすことだって有り得る話です。それだというのに、見ず知らずの人にあんな笑顔を振りまいて。
君の笑顔は僕だけのモノです。僕だけに笑いかけていいものなんですよ」
「バニー・・・ま、またヤキモチ?」
「えぇそうですよ。僕以外の誰かに笑いかけるなんて、夢中にするなんて許さない」
そう言って車を路肩に、一時停車。
自分の身体に巻きつけていたシートベルトを外して、身体を運転席から乗り出し
の方へと近づく。
僕は彼女の体を助手席の窓へと押し付け、抵抗されないよう腕を掴み―――――。
「バ、バニーッ?!」
「誰彼構わず笑いかける、まずこの唇にお仕置きをしなくては。身体は、その後です」
唇を重ねた。
密閉された空間での唇同士の交じり合い。
路上を歩く人たちは、空から溢れる雨粒に気を取られ、誰一人として見ては居ないだろう。
君の笑いかける相手は、他の誰でもなく・・・この僕であることを
もう一度、君の体にじっくり教え込まなくてはいけないようだ。
だって、その笑みで夢中にしていいのはこの世でただ一人、僕だけで十分だ。
雨と、兎と子猫と、ヤキモチ
(ある雨の日の、兎と子猫)