『おやすみなさい、バーナビー・・・大好きなヒーローで私のたった一人の王子様』
あの日届いた留守電の最後の言葉が頭から離れなくなり
それを僕は幾度と無く繰り返し、聴いていた。
最後のフレーズが終わったらまた、最初から聴き直す・・・その繰り返し。
「・・・」
何度も聴いて、ようやく携帯を閉じた。
腕で目を塞ぎ彼女の名前を呟く。
名前を呼んだところで、声が返ってくるわけでもないのに。
名前を呼んだところで、彼女が此処に戻ってくるわけでもないのに。
だけど、呼ばずにはいられなくて・・・。
「僕も、相当末期のようだ」
が居ない、見えない、感じれないだけでこんなにも情けなくなるとは。
きっとこんな僕をが見たら
笑われてしまうに違いないだろう・・・でも、それでもいい。
の僕の居ない部屋は・・・ただ体を休めるだけの「箱」にしか過ぎないのだから。
逢えないのならどうすればいい?と此処数日考えていたら
虎徹さんが「逢わなくていい方法ならあるぞ」と言われて、車を走らせやってきたのは
とブルーローズさんが通っている学校。
「こんなので本当に大丈夫なのか」
学校の校門近く。
僕の車は目立つから、なるべく目立たず分からないところに車を止めた。
逢えないのならどうすればいい・・・トレーニングルームで零した言葉を
見事に虎徹さんとロックバイソンさんに拾われ、アドバイスを受けて此処まで来た。
少し不安な気持ちもあるが。
『どんな顔をして逢えばいいのか・・・』
『まだ悩んでたのかバニー』
『お前らしい、いつもの顔でに逢いに行けばいいだろ?』
『僕らしい、そのいつもの顔が出来ないから困ってるんです』
『そ、そうか。そいつは困りモンだな』
『だったらこうすればどうだ?』
『はい?』
『車からなら逢わなくてもいいし、見るだけなら大丈夫だろ。
もしそれで本人と喋りたいっていうなら車から降りて逢いに行けばいい』
『虎徹・・・何かストーカーっぽくねぇか、それ?』
『違ぇよ!バニーがにどう逢えばいいか分かんねぇって言うから、俺はこれを提案したまでだ!』
『車から見るって辺りが何かストーカーっぽいぞ』
『うっせぇな!とにかく、やってみる価値はあると思うぜ・・・どうだ、バニー?モノは試し、行ってこいよ』
そう助言されて、僕は車を走らせ此処までやって来たのだ。
しかし下校時刻なのかたくさんの人が校門のところにやってくる。
見失わないように、いつ、何時が出てくるのかを僕はハンドルを握りながら待っていた。
すると、人が行き交う校門・・・見慣れた姿を見つけた。
ハンドルを握る手が思わず強まる。
「」
がきょろきょろと、きっとブルーローズさんを探すように首を動かしていた。
彼女はブルーローズさんとはクラスが離れている、というのは聞いた事がある。
しかし、帰りは途中までなら同じ。
は僕のマンションに、ブルーローズさんはトレーニングルームに向かう。
それまでは二人の道は同じ。
きっと帰るときは待ち合わせとかをしているのだろう。
でも、そんなことを考えていながら久しぶりに見たの姿に胸が躍った。
この胸の高鳴りはいつ振りだろうか?
『もしそれで本人と喋りたいっていうなら車から降りて逢いに行けばいい』
ふと、虎徹さんの言葉が過ぎった。
喋りたい・・・と、今すぐ。
まず電話を取れなかったことを謝れば、あとは自然に会話が弾む・・・はず。
其処から会話の流れに身を任せれば、どうにかなる・・・はず。
うまく行けば・・・そのまま、僕のマンションに連れて帰ることだって出来る・・・はず。
全部語尾に「はず」という、仮定の文字が付いてしまうが
100%成功する自信が今のところ僕にはないし、もしかしたら拒否されてしまうかもしれない。
でも、元はと言えば僕に全ての原因がある。
とにかく自分で精一杯足掻いて、もがいてみよう・・・という結論に行き着いて
僕はキーを引き抜き、車から出る準備をしていた。
バックミラーで髪型の乱れを直したり、掛けている眼鏡はズレていないかとか
服に埃は付いていないかとか・・・ほんの些細なことでも気にして身なりを整えていた。
久しぶりに会うんだ・・・変な格好だったら、きっとに笑われてしまう。
まだ校門の側にいるだろうな、と思い僕は少し目線をそちらに移す。
「・・・っ!?」
すると、何やらが男子生徒に声を掛けられて困っていた。
アレは確実に・・・ナンパされてる。
何度もは断った素振りをしているけれど
相手の男子生徒はにしつこく迫っていて、はそれで困り果てていた。
今ならカッコいい感じで登場できる。
何かのドラマっぽくていい・・・シチュエーション的には多分申し分ないだろう。
此処で良い感じにを助ければ、さっきの「はず」だったモノが全部
上手く行きそうな気がしてきた。
「・・・よし!」
ナンパされ困り果てているを助けるべく、僕は車から降りようとした瞬間―――――。
『ちょっとアンタ。私の友達に何してんのよ?』
『カリーナ』
出て数秒の事だった。
タイミング良過ぎるのか、それとも悪すぎるのか・・・ブルーローズさんがを助けた。
彼女の登場にはすぐさま駆け寄り、に声を掛けていた男子生徒はそそくさと去っていった。
一方の僕はというと・・・。
「最悪だ・・・」
出てすぐ、車に引っ込んだ。
予定と大違いの展開に、かっこ悪い・・・見っとも無い・・・と自分の心に嘆いていた。
窓を少し開けて、外の会話を車の中に入れる。
二人が僕の車を少し避けながら歩いていく。
『今度から私のクラスに来てもいいから、一人にしとくとホント危なっかしい』
『ぅ、ぅん・・・分かった』
『ていうかガード緩すぎよ。こんなんだからすぐナンパされるんだから。
ちょっとは警戒心ってモノ持ちなさいよ』
『ご、ごめん』
『アンタ何回声かけられたと思ってんの?私の両指往復し始めたわよ』
『そ、そんなにされてないよ!・・・・・・多分』
『多分じゃなくて、されてるから言ってんの。まったく』
『で、でもっ!カリーナが来てくれて良かった、ありがとう』
『・・・そんな風に笑われると何か・・・怒ってるこっちの調子が狂うわよ、もう』
そんな会話をしながら二人は僕の車から段々と離れて行った。
耳に入ってきた会話で僕は愕然とした。
・・・もう何回と声を掛けられた?
声をかけられた回数は、ブルーローズさんの指を往復しはじめた?
僕が、を迎えに行かない間・・・・は、あんな嫌な思いをしていたなんて。
そう思った途端、ハンドルに突っ伏した。
クラクションが酷く其処に響き渡っていた。だが、今の僕にはその音すら耳に入ってきてない。
の今の状況を知って、ますます自分自身情けなく感じたのだった。
「おまっ・・・それでおめおめ帰ってきたのか!?」
「・・・・・・・はい」
「バーナビーでも上手くいかねぇことあるんだな、まぁ元気出せよ」
落ち込みながら僕はトレーニングルームに帰って
報告を待っていた虎徹さんとロックバイソンさんに先ほどのことを話した。
虎徹さんはため息を零し、ロックバイソンさんは僕の背中を叩いて慰めていた。
「僕・・・最低ですよね。にあんな嫌な思いをさせているなんて・・・」
「バニー・・・落ち込みすぎだろ」
「逢えないショックよりも、がナンパされて嫌な思いをしてる状況把握にテンションがガタ落ちだな」
「何この辛気臭い空気。あ、おじさんだらけだから仕方ないか」
「ブルーローズ!?てか最後のは余計だろ」
すると其処に先程までと一緒だった
ブルーローズさんがトレーニングスタイルでやってきた。
「ていうか、一番辛気臭いのが其処で落ち込んでるキング・オブ・ヒーローよね」
「放っといてください」
「アンタのファンが見たらさぞ人気低迷でしょうね」
「別に僕が此処で落ち込もうが見知った方々しかいないから別にいいんですよ」
落ちるところまで、今は落ち込ませてほしい。
今はヒーローでも何でもない、ただの情けない男だ。
大切な人、一人すら守ってやることの出来ないこの不甲斐無い僕を
誰でもいいから笑って欲しい・・・嘲笑ってほしい。
「あのさ・・・こんなところで落ち込んでるくらいならさっさと帰れば?
こっちのやる気が削がれるし、同じ空気吸ってトレーニングもしたくない」
「ブルーローズ、少し言い過ぎ」
「・・・・・・アンタの部屋に帰るって」
「え?」
「お、おい」
「ブルーローズ、今なんて?」
ブルーローズさんの口から零れた言葉に、僕だけじゃなく
ロックバイソンさんや虎徹さんまでも驚いていた。
が・・・僕の部屋に帰る?
その言葉を耳にした瞬間、下降していた気持ちがぴたりと止まり
ブルーローズさんを見た。
「ウチに置いてあるの荷物はまとめて送るわ。今日は本体だけ帰ったから、アンタはマンションに」
「ちょっと待ってください!!どういうことですか!?どうして、どうしてが・・・そんな」
でも、あまりに突然すぎることで脳内がもうめちゃくちゃだった。
「逢いたくなったんだって」
「え?」
「待っててもいい、何時間でも何日でも待っててもいい、顔が見れなくてもいい。その代わり・・・離れるのは嫌だって。
が私にさっきそう言ってたのよ。ホントに、もう」
「が」
ブルーローズさんの言葉に、ふと脳裏にが笑顔で振り返っている姿が目に浮かんだ。
あの笑顔が・・・また、僕の側に戻ってくる。
「バニー」
ふと、虎徹さんに背中を叩かれた。
彼の顔を見ると「早く行け」と言わんばかりの表情。
僕は一旦顔を伏せ、落ち込んだ表情を引き締めて顔を上げた。
「帰ります」
「さっさと行きなさいよ、待たせたらただじゃおかないんだから」
「言われなくても、彼女を待たせたりしません。ではお先に失礼します」
僕は笑みも零さずそう言いながら部屋を出た。
「バニーのヤツ、笑ってなかったぞ。嬉しくねぇのか?」
「バカね。嬉しいに決まってるじゃない」
「バーナビーのことだ。相当嬉しいはずだぜ」
「だよな」
車に乗り込んで、キーを差し込みエンジンをつけ発進させた。
勢いはそう、ジェット飛行機辺りかも。でもそれは多分僕の心の勢い。
実際そんなスピード出したら、警察に捕まってしまう。
急く気持ちを抑えつつ、その反面早く逢いたい気持ちでいっぱいだった。
息もしない街を、僕は赤いスポーツカーで駆け抜ける。
サイドミラーで自分の顔を見た。
笑っていない・・・いや、笑みを噛み締めているだけだ。
まだこんなところで笑うわけには行かない。
僕の笑顔は―――――。
「。真っ先に君に見せたいんですよ」
そう呟いて、無表情のまま車を走らせマンションへと向かった。
僕の・・・笑顔のプレゼントを君に一番に見せたくて。
「さて、今日はバニー抜きでやるぞ」
「これ以上点数離されちゃ私たちの立場ないしね」
「うっし!」
「大変だよ大変!!」
「誰か手を貸してくださいっ!」
「ドラゴンキッドに折紙、どうした?」
「下でさんと逢ったんだけど・・・さんが、さんが!!」
「!?どうして?あの子バーナビーの部屋に戻ったんじゃ」
「お、落ち着けドラゴンキッド。おい、折紙一体何があったんだ?」
「僕らもよく。と、とにかくすぐ下に来て下さい!」
「と、とにかく行くぞ」
きみのもとへ
(一番の笑顔できみのもとへ。しかし、彼と彼女は入れ違いになっていた)