次の日、僕は緊張して
トレーニングルームの休憩室をうろうろと歩き回っていた。







「おい、おいバニー」



「!!・・・な、何ですか虎徹さん」



「いや、落ち着けって。何があったか知らねぇけど」






歩き回ってるのが気になったのか虎徹さんは僕に声をかけてきた。
声をかけられ僕は動きを止めた。






「どうした?」



「き、昨日・・・さんに花束を届けに行ったんです」



「んで、相変わらずナースステーションに預けてきたんだろお前」



「そしたら・・・さんが僕にコレを渡してくれと看護婦に頼んだらしくて」






僕は昨日、看護婦から受け取ったさんの手紙を
虎徹さんに見せる。

彼はそれを見るなり、僕を見上げた。






「お、おいバニー・・・コレ!」



「直接会う、べきでしょうか?」



「当たり前だろ!が会いたいってって言ってんだし、会ってやれよ!」



「で、でも・・・」





まだ、少し僕は怖かった。


最初の日・・・酷いまでに追い詰めて、心の傷を深めてしまった。
今でもそれは拭い去ることの出来ない僕自身の彼女への罪。


たった何日間で許されるようなそんなものじゃない。

さんの心に出来た深い傷に、僕は新しい傷を作ってしまったのだから。







「また・・・僕はさんを傷つけてしまいそうで」



「でも・・・この手紙、がお前の”謝りたい“って気持ちに応えて書いたものなんだろ?」



「え?・・・・あ」






思えば、そうかもしれない。


そうでなきゃ・・・こんな手紙書いてこない。






「行ってやれよ。それでもし、まだの気持ちが治まってないっていうんなら、作戦を練り直すぞ」



「虎徹さん」



「お前は俺の相棒だからな。相棒が困ってるなら助けるのが当たり前だろ?」



「・・・だったら、早くにさんのこと言ってほしかったです」



「あ〜・・・それ言われちゃおしまいなんだけどな」







心が決まり、僕はその場を後にして
いつも通り花束を買い、そしてさんの入院している病院へと向かった。

花束を手に持ち
さんの入院している階へ到着、ナースステーションを通り過ぎる。







「あら?・・・今日はいいんですか?」





すると、いつも花束を預けている看護婦が僕に声を掛けて来た。







「今日は、自分で持っていきます」



「そう。さんなら病室にいますよ」



「はい。いつもありがとうございました」





僕は会釈をして、其処を去る。
そしてさんのいる病室の前に立つ。

心臓が酷いまでに鳴り響いている、そう耳に聞こえるくらい。
何年ぶりだろうか・・・こんなに緊張しているのは。
数えても思い出せないくらい、緊張している自分がいて花束を持つ手に汗が滲んでいる。


鳴り響く心臓を抑えるように、深呼吸をして―――――――。










さん・・・入りますよ」









扉の前で声を出した。すると、中から・・・・。













『・・・・・・・・・・・・どうぞ』







少し間を置いた感じで、入室をしてもいいという声が出てきた。
僕はボタンを押して扉を開け・・・病室へと入った。

足をゆっくりと進めると、窓際に立っているさんがいた。

その姿を目に入れた瞬間、僕は動けなくなった。
自分の中では心の準備は出来ていたはずなのに、いざ会うと
思考回路が全停止してしまい、言葉が出てこなくなった。


すると、さんはゆっくりと僕のほうへと歩いてきて目の前に立つ。


こんな近い距離・・・今までは平気だったのに
今じゃ・・・緊張して石のように動けずにいた。






「お花」



「え?」



「いつも、お花を届けてくれてたの・・・バーナビーさんだったんですね」






柔らかに話しかけられて、僕の緊張していた気持ちが解(ほぐ)れていく。
僕は一旦目を閉じてすぐさま開き、目の前に立つさんを見た。

そして、持っていた花束を差し出し
彼女はそれをそっと受け取って僕を見ていた。







「君を酷く傷つけてしまった僕には、励ましの言葉をかけることも
虎徹さんたちの様に側に居て話をすることも出来ませんでした」



「バーナビーさん」



「出来る事といったら、花を贈り続けることしか思いつかなくて。
看護婦に匿名で・・・花を君に渡すよう頼んでいたんです。毎日、毎日・・・君が退院するまでずっと贈るつもりでした。
誰が贈っているということを明かさず・・・。僕だと分かってしまえば、また傷ついてしまうと思ったから」








何も言わず、名前も教えず、ただ花だけを贈り続けた。

看護婦は僕がヒーローであることを知っていたが、それを敢えて伏せさせ
さんには何も伝えないようにさせていた。

知ってしまえば、彼女がまた傷つくと思ったから。







「ごめんなさい、さん。貴女を傷つけるつもりはなかった、それだけは分かってほしいんです。
ただ色々と貴女が現れたことによって、虎徹さんやアニエスさんの行動が不可解だったんです。何かあるとしか思えなくて」



「だから、私のこと・・・調べまわってたんですか?」



「ごめんなさい、許されることじゃないと分かっています。だけど!・・・だけど、アニエスさんから
話を伺って・・・僕は・・・僕は・・・・・っ」


























「君の傷ついた心を救ってあげたいと思ったんです」






自分の犯した過ち。

それはどれほど彼女の心に深く刻まれていることだろうか。
だからこそ、僕は彼女を救いたいと・・・思った。

虎徹さんはさんを守っていた、傷を深めてしまわないように。


過去に出来てしまった傷に触れてしまった僕は
そこに新しい傷を付けてしまい・・・傷を深めてしまった。






「僕に何が出来るかなんて、正確な答えはいえません。だけど、さん・・・貴女を救いたい。
同情とか、そんなのじゃなくて・・・ただ・・・僕は・・・っ」



「もういいんですよバーナビーさん」







力んだ手にさんは優しく触れて

彼女の表情を見ると、柔らかく・・・微笑んでいた。







「そうやって思っていただけるだけで、私は十分です」



「でも・・・っ」



「話さなかったのは私にそんな話をする勇気が無かったからなんです。貴方のせいじゃない」




「それでもさんを傷つけたのは僕です。君の力に僕は・・・なりたいんです」




「バーナビーさん」







彼女を傷つけた罪は重い。


話を聞かされたときに分かってしまった。

そのために虎徹さんもアニエスさんも、一生懸命だった。
僕はその二人の思いすら無駄にしてしまった。









「私の力になりたい・・・そう仰るのでしたら、謝るのはもうやめてください」




「え?」






さんの言葉に僕は驚きを隠せずにいた。








「やっぱり、僕のこと・・・許せませんか?」



「い、いえ!そうじゃないんです!!もう、普通にしませんか?
今までのことをリセットしてまた最初からやり直しませんか?いつまでもこんな関係続けるのは
バーナビーさんも苦しいだろうし、私も・・・苦しいです」



さん」



「だから謝るのはもうやめてください。皆さんが知って、今までどおり接していただけるだけで
私は十分なんですから」









さんは笑顔で僕に手を差し出してきた。








「仲直りです。というか、最初に戻りましょうバーナビーさん。笑って握手をしたあの日に戻りましょう」



さん」









僕の方が大人なのに、彼女の方が随分と大人だ。


笑顔で差し出された手を僕は握り返した。







「これからもよろしくお願いしますねバーナビーさん」



「こちらこそよろしくお願いしますさん」







笑った彼女の笑顔に、強張っていた心が解けていく。



また一から・・・いや、新しく僕は彼女と接すればいい。



傷ついた心を少しでも癒してあげることができるのなら
僕は・・・彼女のために何かしてあげたい。



この子がずっと笑顔でいれる方法は・・・・僕も笑顔で居続けること。







「昨日、検査があって今日結果が良かったんで・・・明後日には退院できるんですよ」



「それはよかったですね。虎徹さんもアニエスさんも喜んでましたか?」



「いえ。バーナビーさんに一番に伝えたかったんです」



「え?」





僕に、一番に?






「貴方に一番に喜んでほしかったんです。私はもう大丈夫って伝えたかったんですよ」






この子は・・・其処までして、僕の事を。


僕はさんの頭に手を置いて、優しく撫でた。






「ありがとうございます。退院するのはいいですが、あまり無理をしすぎないでくださいねさん」



「はい」





明るくされた返事に胸が弾んだ。



コレが何なのか今はよく理解できなかったけど
彼女の喜びが僕の支えになることだけは、理解できた瞬間だった。



Laugh and grow fat.
(”笑う門には福来る“君の笑顔に、僕の何かが反応した)
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