あの頃からだった。

私の恋が駆け出し始めたのは。



そう、助けてもらった・・・あの日から、私はあの人に恋をしていた。








「まっ、待ってよ!!な、何でタイガーなわけ!?なんであんなおじさんなわけ!?
と、歳が離れすぎてるじゃない!!バーナビーのほうがまだ近いでしょ」


「私が好きなのは、タイガーさんなの!歳とか、そんなの関係ないもん!」


「だ、だからって・・・っ」






カリーナに言われたが、私は年齢なんて関係ないと答えを返した。
私の言葉にカリーナは何も言わなくなる。







「いつから、タイガーのこと好きになったの?」



「事件の遭った日・・・助けてくれたときだった」







風が吹いて、私とカリーナの髪が靡(なび)く。

柔らかな風が顔に当たり、髪をもてあそぶ。








「あの日・・・本当に怖い思いばっかりだった。もう死にたいって思ってた。
でも、あの人が・・・タイガーさんが私に生きろって言ってくれて・・・嬉しかった」









『生きろ。生きてりゃいい事だってあるんだしよ』








あの事件の前・・・そう、義理の父親とあの家に取り残されたときから
私には地獄でしかなかった。

毎日生きることが辛くて、誰に話して良いのかも分からない。

顔すら見たくもなかった。
やたらと触ってくる感触が今でも残って泣きたくなる時がある。







「私の辛いことも、悲しいことも、タイガーさんは理解してくれた。あの人は私を守ってくれた。
それだけで・・・私は、あの人を好きになることは早かった。何だろう・・・運命感じちゃったって言うか」





家のことも、能力のことも、タイガーさんは私を守ってくれる。

こんなに幸せなことはない。
辛いことも、悲しいことも、全部ぜんぶ・・・あの人は包み込んでくれた。







「私、タイガーさんのことお父さんとしてじゃなくて・・・男の人として好きなんだ」



「アンタの父親、タイガーと性格似てるしね。ファザコンかと思った」



「そ、そりゃあパパはタイガーさんと性格似てるよ。でもタイガーさんは違うもん!」



「・・・ふーん」






小さい頃、私を庇って死んだパパも・・・どことなく性格がタイガーさんに似てた。

まっすぐで正義感が強くて。
昔よく「大きくなったらパパのお嫁さんになる」って言ったのは良い思い出。

確かに似てる部分はあるけれど、パパはパパ。タイガーさんはタイガーさん。







「まぁアンタがそういうなら私止めないけど」



「ホ、ホント!?」



「現実を受け止められたらの話だけどね」



「え?」





カリーナの言葉に、私は目を見開かせた。
現実を受け止められたらって・・・?






「カリーナ、それ・・・どういう意味?」



「そういう意味。チャイム鳴りそう、教室戻るわね」



「ぅ、ぅん」







意味も教えてくれないままカリーナは教室に戻っていった。
私はワケが分からず彼女を見つめていたが、敢えて深く詮索はしなかった。

自分の恋だし・・・カリーナは応援してくれるって言った。
意味深な言葉を言ったけど。


どういう意味なのかは自分で考えろってこと?

というか「現実を受け止めれたら」って意味が良く分からない。






「今度また、聞いてみよう。私も教室に戻らなきゃ」






意味が良く分からないから、また今度詳しいことを聞いてみよう。

私はそう心の中で思いながら自分の教室へと足を走らせた。






















「あの子には、多分・・・タイガーの本当のこと言うのは重過ぎるな私には」


























「うわぁ〜・・・此処がタイガーさんのお家ですか!」


「悪いな、何もなくて」


「いえ、全然!ていうか、1人で此処は・・・広いです」




その日、私はタイガーさんのお宅にお邪魔していた。
「大事な話がある」とタイガーさんに言われて、私はドキドキしながらやってきた。

ブロンズステージにあるタイガーさんのお宅。
何ていうか、男の人の1人暮らしにしては・・・うん、広い。

まぁそれを言うならバーナビーさんのほうが・・・ゴールドステージのマンションだし
あそこで1人暮らしは・・・やっぱり、広い。






「ヒーローって凄いお仕事なんですね」



「まぁ俺10年以上もやってるからなこの仕事。好きな仕事だし。あ、そこらへんに座っとけ。
ジュース持ってきてやっから」



「あ、はい」





タイガーさんはキッチンのほうへ向かい、私はソファーに腰掛けた。
大事な話って何なんだろ?

そうドキドキしながらも、私はタイガーさんの部屋を見回した。

ふと、写真たてがたくさん並んだ棚が目に入る。


私はソファーから立ち上がり、そちらに向かう。

その写真を見て、私は目を見開かせた。








「・・・タイガーさん・・・コレ」




「ん?あぁ・・・それな。俺の家族の写真、嫁さんと娘。嫁さんは5年前に亡くなってさ・・・今はチビと母親が一緒にいる。
俺は単身赴任してるってこと」





タイガーさんは笑いながら答えた。

棚に置かれた写真立ての中の人たちは・・・タイガーさんと、奥さんと、娘さん。
ふと、タイガーさんのほうを振り返ると・・・左手に指輪。


気づかなかった。


じゃあ・・・あの指輪は、奥さんとの?






「今でもたまにチビに連絡入れてんだけどさぁ・・・年頃だからな、色々言ってくるわけよ。
まぁ・・・そう言われても悪くねぇって思ってるし・・・チビが元気ならそれでいいし、俺はな」





タイガーさんが娘さんの話をするたびに胸が痛い。


痛くて、痛くて・・・泣きそう。







『現実を受け止められたらの話だけどね』





ふと、今日のカリーナの言葉を思い出した。

もしかして・・・カリーナが言いたかったのって、コレ?
タイガーさんが結婚してて、子供もいたっていうことなの?


もし、そうだとしたら・・・私には、重すぎる現実だ。







、ほらジュース」



「タイガーさん、私今日帰ります」



「は?おまっ・・・俺、大事な話があるって」



「また今度にしてもらえますか?・・・用事、思い出したんで」



「あ、おい!?」






そう言って私はカバンを持ってタイガーさんの家を飛び出した。


タイガーさんの家を飛び出して
走っていると、涙が自然に目から零れてきていた。

涙の粒が、まるで宝石のほうに辺りに飛び散る。




私・・・・私、バカだな。

どうして傷つくことを考えなかったんだろう。
恋が苦いことだって、苦しいことだって知ってたのに。

どうしてこの恋が傷つかないと思っていたんだろう。



包み込まれて、優しくされて、悲しみから解き放たれて
幸せと思っていても

それはただ、私だけが思っていたことだけ・・・・。





本当はあの人はずっと前から、私と出会う前から・・・この世に居ない人を、近くに居ない人をずっと想っていた。










「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・もう、私・・・バカだなぁ」








1人で舞い上がって、1人で恋をしてて、1人で・・・1人で・・・・。






「・・・っ・・・う」





涙を堪えるのはツライ。

立ち止まって顔を伏せると、辛い想いが体中から涙に変わり外へと出て行く。
灰色のコンクリートの上に涙の粒が雨のように落ちていく。








・・・さん?」




「え?」






ふと声を掛けられ、顔を上げると其処には・・・・・・・・・バーナビーさんが居た。

目の前のバーナビーさんは驚いた顔をして
私に近づいてくる。






「どうしたんですか?何か、あったんですか?」



「ぁの・・・あの、私・・・・・・・・」





堪えるのが、もう・・・苦しい。



涙も、辛い想いも堪えるのが苦しくなった私は
まるで彼に助けを求めるかのように抱きついた。






「えっ・・・あ、あの・・・、さん・・・」



「何も・・・」



「え?」



「何も聞かないで、何も聞かないでください」









聞かれても、今は答える自信がない。

今は笑うことなんて出来るわけがない。



幸せな気持ちが、崩れていったのは・・・きっと何年ぶり。

そう、きっとこれは・・・パパが私を庇って死んだあの日と同じくらい。



胸を温めていた気持ちが、一気に冷え固まってしまった。



ふと、体を包み込む感触に襲われた。
肩を見ると・・・大きな、手で人差し指には黒のリング。







「ぇ」






私、バーナビーさんに・・・抱きしめ、られてる?





「辛いなら泣いて良いと思います。君はいつも笑っていて、時々辛くて見てられないときがあります。
何か嫌な思いをしたら泣いていいんです。泣けないほうがよっぽど辛い思いをしますから。
涙を流すことがみっともない事なんて思わず、泣いていいんです・・・・僕は、君を見ててそう思います」



「ぁ・・・あの・・・わ、私・・・っ」



「誰かの前で泣けないのなら、僕の前で泣いても構いません。見てないフリをしますから」






優しく囁かれた言葉に、涙が止まらず・・・私は泣いた。

たくさんたくさん・・・今までの想いが全部流れるようにと願いながら泣いた。





この涙が・・・いつか、笑顔に変わるまで。





でも、何故だろう・・・胸を締め付けられるほど痛い想いをして涙を流しているのに
バーナビーさんに抱きしめてもらっているだけで・・・痛い想いも辛い想いも、全部癒えていく。



あの日、傷ついた私に「生きろ」と言ってくれたタイガーさんのよう・・・いや、違う。



どこか、あの人からは感じたことのない「何か」を感じている。


この気持ち、今は分からないけど
涙で流れないように。・・・それだけは自分でも分かっていた。



Tears
(サヨナラ、私の想い。全部流れてしまえ)
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