私はバーナビーさんに想いを告げぬまま、月日だけが過ぎていった。


傷つくのはもう嫌。

あの人に想いを告げて傷つくくらいなら
私は何も言わずただ、遠くで見つめることをすればいい。




そうすれば、きっと自分が傷つかないですむ。




何も告げず、何も言わず・・・ただ、側に居るときの幸福感だけを願いながら
私はあの人の隣に居ることを自分から望んだ。






「どうかしましたかさん?」


「え?・・・あぁ、いいえ」





時々、バーナビーさんの顔を見つめていると
彼は不思議そうな顔をして私を見る。

「いいえ」という一言濁して、見つめていたことを何でもなかったかのようにした。






「さて、今日の夕飯は何にしようか」


「お食事決まってないんですか?」





ふと、バーナビーさんが零した言葉を私は拾った。





「え?・・・えぇ、まぁ。今日も軽く済ませようかと思ってるんです」


「ダ、ダメですよちゃんと食べなきゃ」


「ですけど、こういう職業ですから食事は不規則になりがちに」


「だからってダメです。だったら私が今日お夕飯作ります!」


「え?」


「え?・・・・あっ」






思わず自分で言ったことを思い出し、口を手で塞いだ。

やだ、私・・・何言って。





さん?」



「いえ、あの、その・・・バ、バーナビーさんがですよ!もし、もしご迷惑じゃなかったら
お、お夕飯を・・作ろうと。その、やっぱり不規則な食事もお体には十分悪い、要素・・・で、ですから」






図々しいにも程がある。

いくら慣れ親しんでいる相手とはいえ、さすがに食事を作るとか
そんな恋人同士でもないのに・・・そんな関係と言える仲じゃないのに。


私が片想いをしてるだけ、あの人は私のこと多分妹みたいとしか思ってない。


自分で彼に凄く失礼なことを言っていることに気づき、私は顔を俯かせた。







「迷惑というか、むしろ僕としては・・・していただけるのなら凄く嬉しいです」




「え?」





バーナビーさんの言葉に私は俯かせていた顔を上げた。

私の顔を見ると彼は凄く落ち着いた表情を浮かべていた。





「さっきも言いましたけど、こういう職業やってるから食事はほとんど外で済ませたりとかで。
たまに虎徹さんがチャーハン作ってくれますけど、基本あの人の作るのも体にはいいのか悪いのか分かりません。
だから・・・その、さんが作ってくださるというのなら・・・僕は一向に構いません。
むしろ、食べてみたいですさんの料理を。あ、最後のは個人的なものになりました・・・すいません」


「バーナビーさん」


「こういう理由じゃ・・・ダメですか?」







少し困惑した表情で私を見るバーナビーさん。
その表情に私は首を横に振り、彼を見た。





「私の料理で良ければ」



「ありがとうございます。楽しみにしてますね、あ、虎徹さんも呼びましょうか?」



「そ、そうですね。3人で食べましょう」



「じゃあ後で虎徹さんにも伝えておきます」







バーナビーさんと2人っきりじゃないのが、少し残念でもある。

別にタイガーさんが嫌いとかじゃない。
まだあの人に対しての気持ちに整理がついていないだけ。



あと少し時間があればいいのに・・・バーナビーさんの側に居たら必然的にタイガーさんは居る。

でもタイガーさんの側に居れば、バーナビーさんが必然的にいることになる。



2人は相棒だから、片方だけという時間はあまりない。

プライベートの時だけが・・・1人の時間。






「じゃあ、僕はそろそろ仕事に。・・・・・あ、そうだ忘れるところでした」






仕事に戻ろうとしたバーナビーさんが立ち上がり、その場を去ろうとしたが
何か思い出したかのように私のところに戻ってきた。

ポケットから何か探り、私の目の前に出す。



出てきたのは、鍵?






「あ、あのぉ」



「僕の部屋のキーです。マンションの場所分かりますよね?」



「はい。あの、でも何でバーナビーさんのお部屋のキーを?」







出てきたのはバーナビーさんの住んでいるマンションの部屋のキーだった。
何故それをいきなり差し出してきたのか私には分からなかった。





「僕の部屋で食事をしましょう、という意味です。ですから、お料理担当のさんに僕の部屋のキーを預けておきます」


「え?あの」


「あ、ドア前の暗証番号も教えておきますね。勝手に入っていいですから、キッチンは好きに使ってください」






そう言いながらバーナビーさんは紙切れに何かスラスラと書き始めた。
多分そのドアの前の暗証番号であろう。

書き終えるとそれを私に渡す。
私はおそるおそるそれを受け取る。





「じゃあ夕食楽しみにしてますね」




私が紙切れを受け取ると、彼は颯爽と去っていく・・・・。






「バーナビーさん!」





去っていこうとした彼を私は呼び止めた。私の声に彼は振り返る。





「お嫌いなもの、ありますか?」



「特にありません。さんの料理なら全部食べ上げる自信ありますから、ではまた後で」





そう言って今度こそ彼はその場を去って行った。
渡された紙切れを見て、コレが彼の部屋に入るための暗証番号だと覚える。

すると下に、暗証番号とは別の数字の羅列。
明らかに電話番号らしきもの。


困ったことがあったら電話しろ、っていう意味?

そうとしか考えられない彼の配慮に胸が弾んだ。


この優しさが・・どんどん、好きになっていく要素だなんて・・・貴方は知らない。



























「さて、夕飯・・・どうしよう」




とにかく夕食の準備のために私はデパートに足を運んだ。

夕飯、2人とも多分嫌いなものはないはず。
バーナビーさんは特に私の作ったものは食べ上げる自信があるとまで言ってくれた。

其処まで言われたら、何だか下手なものは作れない。





「好きなもの、聞いてくればよかった」




悩むくらいなら好物くらい聞いてくればよかった。
今頃になってそんな後悔をしても遅いことは分かっている。

でも分からないからと言って、途中で投げ出すのは良くない。






「とにかく、作ろう」





何でもいいからとにかく作ろう。

嫌いなものはないと言っていたから、定番的なメニューを作れば
大抵外れにはならないはず。


とにかく私は外れにはならない定番メニューの材料をかごの中に入れて
デパートの食品ブースを出た。




食品ブースを出るとバーナビーさんのマンションに戻るには早い時間だったので
私は少しウィンドウショッピングをしてから行こうと思い
色んなブースをフラフラし始めた。


ウィンドウに飾ってある可愛らしい服や小物。


ふと、目に入った・・・ヒーロースーツを着たタイガーさんとバーナビーさんのポスター。
何かの企業の宣伝のポスターっぽかった。






「ホント、バーナビーカッコいいよね」


「うんうん。あんな彼氏いたらいいのになぁ〜」






通り過ぎた同い年くらいの女の子がバーナビーさんの事を話していた。

考えたら一般人がヒーローと面識を持つなんて
よっぽどのことがない限り、そんなことできるわけがない。



ましてや、好きになるなんて・・・・・・。







「告白は、やっぱりしないでおこう」







手に届かない存在の人を好きになったところで、私には傷つく道しか待っていない。
もうあんな痛くて辛い思いをするのは嫌。

自分が傷つかずにいる方法は、何も言わずそっと見守り続けること。側に居続けること。

それが一番傷つかずにすむ方法。



それが一番――――――。









ドォォオォオォオオンンン!!!





「きゃあっ!?」




瞬間、凄まじい爆音と共に建物が揺れた。
歩いていた人たちや、私も揺れが大きかったのかその場で転んだ。






『お客様に申し上げます。只今館内で大きな爆発事故が発生いたしました。お客様は
慌てず速やかに外に出てください。繰り返します・・・・』





館内アナウンスが流れた途端、慌てずにいられないのが人間。
皆急いで出入り口のほうへと走っていく。

私もそっちへ走っていこうとしたが、爆発が近かったのか火の手が回ってきていた。


爆発音が轟き、天井が崩れ落ちてくる。
「危ない!」と誰かが叫んで、私は思わず目を閉じた。






目を閉じて数秒。

次に目を開けた時は、周りは火の海になっていた。

見渡すとさっき居た場所とは何だか別の場所に居るような気がした。
確かエントランスに近いところに居たのに
今私の居る場所は、どこかの売り場。


どうして自分がこんな所に?と思った。


でも思いはすぐさま消えた・・・多分、私はまた能力を知らずに使ってしまった。
瞬間移動をしたに違いない。天井が落ちてくる衝撃を逃れるために
自らの力で自分をまた守った。







「ごほっごほっ・・・・どうしよう・・・・どうすれば」






携帯でタイガーさんやバーナビーさんを呼ぼうとポケットに手を入れたが
最悪的なことに携帯は壊れてしまい電話も掛けることが出来ない。
それに最初の爆発音と揺れで、バッグも買い物袋も全部無くなってしまった。

とにかく此処から出なければと思い、私はこれ以上
煙を吸い込まないように袖で口元を覆い隠した。

何かの売り場を歩き、出口を探していると小さく「コホンコホン」と咳き込む声が聞こえたので
私はすぐさまそちらに向かった。すると其処には小さな男の子が
咳をしながら苦しそうな表情を浮かべていた。






「僕、僕大丈夫?」


「ママと・・・ママとはぐれて・・・コホコホッ」


「喋らないで。手で口を塞いで」




私の言葉に男の子は手で口元を覆い隠した。




「ママとはぐれたの?」


「ぅん」




男の子は恐怖に怯えていたので私はその子の背中をさする。

もう一度瞬間移動が出来たら、きっとこの中から出られるのに
どういう感覚でやったのかすら私には分からない。

私は周囲を見渡すと、ダストシューターらしきものを見つけた。
子供1人くらいなら・・・と私は思いすぐさまそちらに駆け寄り閉まっている網目の蓋をこじ開ける。

しかし私も子供。大人の力を借りてやっと開くものを
私1人の力では到底開けることは出来ない。


でも私は諦めきれずに蓋を開ける。




開いて・・・開いて・・・・。






ベコッ!!!





「え?・・・あっ、開いた」





瞬間、蓋が開いて下から風が吹き抜けてきた。
私は急いで男の子を呼ぶ。




「僕・・・・早くこの中に」


「で、でも・・・お姉ちゃんは?」


「私は・・・大丈夫よ。・・・痛っ」


「お姉ちゃん!」




右手に酷い痛みが走った。
指先を血が流れ、床に零れ落ちていた。

しかも、少し多い。


男の子は心配そうに私に駆け寄る。
痛みを堪えながら何とかこの子だけでも助け出そう。





「大丈夫。さぁ、行って・・・お姉ちゃんもすぐ行くから」


「でも・・・でもっ!」


「いいの。あ・・・そうだ。僕、コレを外に持っていって」





私は壊れた携帯からバーナビーさんから貰ったストラップだけを引きちぎり
男の子に渡した。

ピンク色をしたウサギのぬいぐるみに、赤い血が付いてしまった。





「ウサギ、さん?」


「お姉ちゃんの大事にしてるもの。外に持って行ってあげて」


「お姉ちゃんっ」


「ママが心配してるよ・・・早く行って」




私の言葉に男の子はダストシューターに入り滑り落ちていった。

そして其処に残ったのは私だけ。
腕の痛みが酷いし、煙を吸いすぎたのか呼吸がままならない。

壁に寄りかかりながら立ち上がり歩こうとしたが、バランスを崩し
その場に倒れてしまった。呼吸がもう、ままならない。




「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・バーナビー、さん・・・・・タイガー・・さん」















お二人に出逢えて、多分私、幸せでした。



タイガーさん、これからも娘さんやご家族大切にしてくださいね。


それから、バーナビーさん。






好きですって伝えれなくて、ごめんなさい。





貴方のこと、好きでした。










心の中でそう呟き、私は意識を失った。






















「おい、これで全員か?!」


「結構規模の大きい爆発でしたからね。多分もう」




人命救助のために駆けつけた僕らヒーローズ。

大体の救出を終え、もう居ないと思っていた。






「待って!お姉ちゃんが、お姉ちゃんがっ!」





すると、小さな男の子が僕や虎徹さんに何かを訴えにきた。




「お姉ちゃん?」


「君のお姉さんかな?」



「違う!お姉ちゃんがまだ中に居るの!お姉ちゃんを、お姉ちゃんを助けてあげて」




そう言って男の子はあるものを僕らの目の前に出す。
それが目に飛び込んできた瞬間、僕は驚きを隠せなかった。

ピンク色のウサギのストラップ。


見覚えのあるモノ・・・・。



まさか・・・・。



そう思った瞬間、僕の体は燃え盛るビルの中へ駆け出しそうになる。





「お、おい待てバニー!どうした!?」


「彼女が・・・さんがもしかしたら中に居るかもしれないんです」


「何だって!?」


「あの子が持っていたストラップ・・・僕が彼女にあげたものなんです。助けに行かなきゃ」


「落ち着けバニーッ」


「落ち着いてなんかいられない!」




虎徹さんの言葉に僕は冷静になれなかった。






「僕にとって彼女は、さんはもう・・・もう、片時も離れたくない存在なんです」



「バニー」






側に居てあげなきゃいけない。

一人にしちゃいけない。


もう、もう泣いてる姿なんて見てられない。


気づいたら片時も離れたくなくて、ずっと側に居てあげたい。





「貴方に何と言われようと、僕は行きます」



「お前だけ行かせるかよ。俺も行く・・・俺はアイツの父親代わりだ」



「・・・分かりました。アニエスさんに頼んでさんの行方をとりあえず捜してもらいましょう。
僕らは中を」



「あぁ」




2人でやることが決まり、僕は下を見る。
男の子が心配そうな面持ちでウサギのストラップを握り僕を見ていた。

僕は膝を落とし目線を合わせる。







「お姉さんは必ず僕が助けてみせます」



「ホント?」



「えぇ。ヒーローは必ずやってみせますよ。だからそのウサギを大切に持っててくださいね」



「・・・うん!」




曲げていた膝を再び立たせ、僕は燃える建物を見る。



もし、君があの建物の中に居るとしたら返事をして欲しい。
些細な声でも僕は聞き取って、必ず駆けつけるから。


どうか、それまで――――――。







「無事でいてください、さん」






君を必ず、助けに行くから。



Wish
(願うことはただ1つ。僕が行くまで君が無事で居ること) inserted by FC2 system

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