「はぁ?・・・とキスが出来ないぃ?」
「こ、虎徹さん!声が大きいです!!」
「あ、悪ぃ」
とある日のトレーニングルームの休憩室。
僕は虎徹さんに話していた。
話題はもちろん、同棲して間もない恋人のの事だった。
晴れて彼女とは恋人同士になった・・・そして、家を無くしてしまった彼女に
僕は自分の居住スペースを少し分け与え、同棲している。
しかし・・・恋人だけれど、まだ出来ないことがあった。
「んだよ。の能力から何まで受け止めるって自分から言ったんだろ?」
「別に能力がどうとかいうわけではありません。むしろ、もう慣れたほうです」
のテレキネシスの能力に関しては、慣れたほうだ。
少し頭を撫でて、壁に吹っ飛ばされたり。
ちょっと抱きしめて、壁に吹っ飛ばされたり。
少し体が触れ合ったら、壁に吹っ飛ばされたり。
「大分壁に吹っ飛ばされてるなお前」
「最近飛ばされても受け身も取れるようになりました」
軽いスキンシップだけでも、どうやらにとってはそれは慣れない事で
能力が未だに精神とシンクロしているせいか、どうしても能力が発動してしまい
僕はいつも壁に吹っ飛ばされてしまう。
しかし、そういうことでない。
僕は困っていた。
「能力が怖くて、キスできねぇのか?」
「虎徹さん、僕の話聞いてました?能力云々とかの問題ではないんです、その・・・僕個人の問題なんです」
「お前個人?んだよ、それ?」
そう、キスが出来ないというのは僕個人の問題だ。
「お前・・・ほっぺにちゅーとかおでこにチューとか、手にチューとかよくやってるだろ?」
「あれくらいなら出来ます。違うんです、僕が出来ないのは」
「ま、まさか・・・」
そのまさかだ。
頬や手にキスをしたり、おでこにキスをしたりはできる。
しかし、僕が出来ないのは・・・唇のほうだ。
「でもバニー・・・一回、にしたんだろ?」
「アレは未遂です。何というか、寝ていたし・・・その、できると思ってたんで」
一度だけ、と唇を重ねそうになった。しかし結局アレはアレで未遂で終わった。
それ以降僕はと唇を重ねようとはせず、唇を省いた他の部位にキスをするようにしている。
「何怖がってんだ?」
「怖いというわけじゃなくて・・・・・・その」
「んだよ?」
「・・・・・・ファースト、キスなんです」
「は?・・・・・・え?バ、バニーちゃん?」
「何度も言わせないでください!・・・・・・ファーストキスだけは本気で好きな人と僕は、したいんです」
体は別に、いくらでも委ねたって良かった。
だけど・・・初めて交わす唇だけは・・・・自分の意に反することはしたくなかった。
『自分が本当に好きになった人と』
ファーストキスだけは、昔からそう心に言い聞かせていた。
「お前・・・ファーストキスだけは残してんのか?」
「自分が本気で好きになった人とじゃ、僕はしたくなかったので。それにだって」
「もか?」
「ブルーローズさんから聞いた話なんですが、もファーストキスはまだみたいなんです」
ブルーローズさんから聞いた話。
もファーストキスはまだ残しているらしい。
義理の父親に無理矢理奪われそうになったが、その人は事故で亡くなっているし
彼女にも初恋や恋する時期は訪れてはいたけれど、キスをするという行為にまでは行き着かなかったという。
「まぁキスするなら、お前のほうが慣れてるだろうな」
「僕をそういう酷い男扱いするのやめてください。でも、何というか・・・上手く、そういう雰囲気にもっていけなくて」
緊張しているせいか、それとも彼女につらい思いを
蘇らせてしまうのではないかという恐れがあるのか。
多分、どちらもあるのだけれど
なかなか「キスをする」という雰囲気に持っていくことが出来ない。
何気なくやってしまえば、それこそ・・・テレキネシスではなく
のもう一つの能力パイロキネシスのほうが発動しかねない。
やはり、何をするにもムードは大切にしたいし―――――。
「これ以上、を不安にさせたくないんです」
「バニー」
一緒に暮らし始めて、恋人らしいことを一度もしていない。
彼女は学生で一般人。
僕はヒーローで有名人。
同じ空間に過ごしているはずなのに逢う時間がいつもずれてしまう。
は「気にしなくていいですよ」と
言ってはくれているものの、本心はきっと寂しいに決まっている。
不安や寂しさを敢えて、僕に見せていないだけなんだ。
「少しでも、彼女の不安を取り除いてあげれたら・・・僕は」
「成る程な」
キスをしただけで、彼女の不安が完全に取り除けるなんて思ってはいない。
だけど、何もせずただすれ違ってしまうだけの時間を日々を過ごしたくはない。
自分で守ると決めた。
自分で側に居ると決めた。
だったら、その想いをちゃんと示していかなければ。
「急にタイガーさんが来るからビックリしちゃいました」
「久々に三人で飯食おうと思っててな」
「すいません、せっかく誘っていただいたのに料理作り始めてて」
「いや、いいって。の料理も食べたかったしな」
「ウフフ、そう言っていただけると嬉しいです」
夜。
虎徹さんが「なら俺がそのタイミング作ってやるよ」と
言ってを食事に誘おうとした。
しかし、彼女が夕飯を作り始めていると知り
急遽レストランで食べる予定を変更して、僕のマンションへとやってきた。
はテキパキと簡単な料理を作っては運んできて
僕と虎徹さんはそれを少しずつ食べながら安物のワインを飲んでいた。
そしてが空いたお皿を片付けてキッチンへと行き、居なくなったリビングで――――。
「酒の力を借りれば、何とかなるだろ?」
「そうですけど。僕、そう簡単に酔わないことくらい虎徹さんは知ってるでしょう?」
作戦会議を始めた。
「しかし、がジッとしてねぇからなぁ」
「料理を作ってくれるのはありがたんですが、今の彼女に座って食事でもどうぞって言っても
多分見事にスルーされるだけなんで・・・」
「だよな」
彼女の見ていないところで、どうキスをするタイミングに持ち込むかを考えていた。
しかし、料理を作っているの動きを止めることはできない。
むしろ、虎徹さんがゲストで来ている以上・・・多分彼女は座って食事をすることをしないだろう。
「なんか、逆効果なような気がします」
「俺・・・来たらマズかったか?」
「100%そうでしょうね」
「おい」
この人に頼った僕が間違いだったのか・・・何にせよ、結局失敗に終わっている。
僕は座っている椅子から立ち上がった。
「どうしたバニー?」
「の手伝いをしてきます。彼女1人では大変ですから」
そう言って僕はリビングからキッチンへと向かう。
キッチンに着くと、が慌しく動き回っていた。
若干空いているスペースには出来上がっていると思われる料理がある。
「・・・何か、手伝いましょうか?」
「え?・・・あぁ、バーナビーさん。大丈夫ですよ、あと1つで終わるんで」
そう言いながらも、まだ野菜を切ったり料理を盛り付けたりとしていた。
「でも、何か手伝うことはあるはずです」
「じゃあ、少し大きなお皿を三枚・・・出してもらえますか?」
「分かりました」
は笑いながら、僕に指示をしていく。
彼女の言葉に、僕は体を動かす。
少し大きめの皿の場所は・・・と、心の中で呟きながら
水場で洗い物をしているの背後に立つ。
彼女の真上の棚に、程よい大きさの皿があるはず・・・と思い手を伸ばした。
ふと、視線を落すと・・・が楽しそうに食器を洗っている。
普通なら食器洗い機に入れればいいものを、彼女は敢えてそれを手洗いしていた。
もしかして・・・時間を稼いでいる?
僕を避けている?
「バーナビーさん?」
が、僕の視線に気づいたのか首を回し僕を見てきた。
僕は無言のまま彼女を見つめ、ゆっくりと顔を近づけて・・・・・―――――唇を重ねた。
軽く触れあい数秒間。
そっと、離れ・・・と目線を合わせた・・・・・途端、我に返った。
は何も言わず顔を真っ赤にして、唇を手で押さえていた。
「あっ・・・その、えーっと・・・、あの」
自分で何か言わなければならないところ、勢いでやってしまったことで・・・何も、言葉が出てこない。
「ぁの・・・バーナビー・・・さん」
「す、すいませんでした!」
の口から名前を呼ばれた途端、その場に居ることすら出来なかった僕は
慌ててキッチンを後にして、リビングへと戻り
床に手を付いて、顔を伏せる。
「お、おい、どうしたバニー?!」
慌てた様子でリビングに戻ってきた僕に虎徹さんが困惑した声で話しかけてきた。
「僕は・・・僕は、なんてこと・・・っ」
「おい、何があったんだよ」
「虎徹さん、僕を殴ってください!!」
「はぁ!?いや、お前・・・事情も分からないでいきなり殴れとか言われても」
不意打ちにも程がある。
もしかして、避けられているんじゃないか?と思った瞬間
たまっていた気持ちが爆発してしまい、こんな暴走を起こしてしまった。
雰囲気とか、タイミングとか、僕自身・・・考えなければならないのに
僕と彼女のファーストキスをあんな形で迎えてしまうなんて。
「と、とにかく殴ってください!!」
「バニー、お前酔ってんのか!?顔真っ赤だぞ!?」
「酔ってるわけないでしょう!!とにかく殴ってください!!」
顔を上げて言っていると、顔自体赤いことを虎徹さんに指摘された。
別にお酒で酔っているとかそういうのではない。
自分のした行いが恥ずかしくて、顔が赤いのだ。こんな顔には絶対・・・・・・・。
「ぁ・・・あのぅ・・・・」
「!!」
「ん?・・・、お前どうした顔真っ赤だぞ?」
すると、僕の予想を覆すかのようにがリビングにやってきた。
どうやら彼女の顔も赤いらしい。
僕はの顔すら見れなくて、再び顔を伏せた。
虎徹さんは僕から離れの元へ行く。
事情を彼女に尋ねるも、何も喋らないに何か勘付いたのか
かの人は「じゃ、じゃあ俺帰るわ」と言って、去って行った。
その場に残された、僕と。
こんな状況を敢えて片付けていかなかった虎徹さんを今更ながら怨もう・・・と心の中で思っていた。
すると、ゆっくりコチラに近づいてくる気配。
がやってくる。
そして、顔を伏せている僕の前に来た。
「あの・・・バーナビーさん」
「自分でも、情けないって思ってます」
「え?」
「あんな雰囲気でキスをしてしまって。君は、その・・・ムードとか考えてしたかっただろうと思うし。
もちろん、僕だって・・・そういうの、考えて・・・と、キスがしたかったんです」
色々考えてしまったら、何だか悪い方向にしか行ってなくて。
結局自分自身考えていたムードやら何やらを台無しにして、お互いの”初めての口付け“を終えてしまった。
「あの・・・本当に、すいませんでした」
「顔、上げてくださいバーナビーさん」
あまり顔を上げたくないが、此処で拒否してしまえば返って印象を悪くしてしまうかもしれない。
僕はまだ火照っている顔をゆっくりと上げた。
すると、も頬をほのかに赤らめながら僕を優しく見ていた。
「別に、雰囲気とかムードとか・・・私、そういうの気にしてません」
「でも、さっきのは、ファーストキス・・・なんですよね、君の」
「え?・・・あぁ、はい。でも、大事なのは雰囲気とかそういうのじゃなくて、誰とするかってことじゃないんですか?」
彼女の言葉に、強張っていた心が解けていく。
「その・・・私は、嬉しかったですよ。ファーストキスの相手が・・・バーナビーさんで」
「ぼ、僕も・・・嬉しかったです。その・・・キスの相手が、で」
「え?」
「恥ずかしい話・・・今さっきの、君とのキスが・・・僕のファーストキスです。
これだけは、自分が本気で好きになった人としたいという、気持ちがあったから。
あの、虎徹さんは僕がなかなか踏ん切りがつかないから・・・手助けすると言って来たまでで
別に・・・君を避けてたとか、そういうわけじゃないんです」
今なら、に言える気がした。
僕は今度こそゆっくり、言葉を選びながら彼女に話した。
「晩御飯」
「え?」
「今日の晩御飯・・・・ビーフストロガノフ、なんです」
それって・・・・僕の、好きな食べ物。
「お好き、ですよね?」
「え?・・・で、でも僕・・・」
一言も君に、僕自身の好物を伝えたことない。
「雑誌に、書いてあったんで・・・今日作ってたんです。
でも、タイガーさんが来たのは本当にビックリしてて・・・その、なかなか言うタイミングがなくて。
あの・・・いつも、良くしてもらっているのに・・・私、能力で・・・バーナビーさんを傷つけてばかりだから・・・」
この子はこの子なりに、僕に近づこうとしていたんだ。
お互い、近づこうとしていたのが・・・磁石の同じ極のように反発しあってただけなのかもしれない。
僕はそっと、の頬に触れる。
「ちゃんと、キスしてもいい?」
「・・・・・はぃ」
愛らしい返事が聞こえ、僕は床に座りをゆっくりと自分の下へ引き寄せ
おでこに、瞼に唇を触れさせた。
しかし緊張しているのかの体全体が強張っているのが分かる。
少し離れ、目線を落として目を合わせながら段々と近づいていく。
「怖がらないで。力を抜いて、ゆっくり・・・目を閉じて」
「・・・・は、ぃ」
そして、唇同士を触れ合わせた。
さっきは軽く、数秒間だったけど・・・少し長く、触れあい・・・ゆっくりと離れた。
「ちゃんと、キス・・・できましたね。ご飯、食べましょうか」
「は・・・・ぅ、ぅん」
「はい」と言いかけたは言い直すように「うん」と答えた。
普通に喋ることもまた、新たな一歩。
それだけで、僕の心は弾んだ。
「ぁの・・・」
「どうかしましたか?」
「私も、バニーって呼んでも・・・いい?」
「え?・・・でも、なんか変じゃないですか?普通にバーナビーでもいいと思いますけど」
出来たら好きな子には普通に呼んでほしい。
「バニー」という呼び方は虎徹さんが発生源だが
わざわざにまで呼ばなくてもいいと思っている。
むしろ、恥ずかしい。
「ゎ、私も・・・バニーって呼びたい。貴方の特別に、なりたいから」
「」
そう言われてしまえば、僕は反論できない。
「じゃあ、たまにはバーナビーって呼んでくださいね」
「うん!ありがとう、バニー」
答えたの表情は、まさに晴天そのもの・・・眩しくて目を閉じてしまいそうになる。
曇りや雨の日が多かったけれど、必ず晴れはやってくる。
この晴れがずっと続くのなら、僕はそれを守り続けよう。
その輝きを失わないように。
After rain comes fair weather.
(”雨降って、地固まる“曇り空の後は晴天が訪れる)