遂にやってきてしまった。
ママから何かが明かされる日。
私は部屋で制服に着替え、立ち尽くしていた。
何だか胸騒ぎがして、ずっと胸の中でザワザワという音が聞こえてくる。
今までシュテルンビルトを離れていたママが
どうして私の事件のことやバニーと一緒に住んでいることを
知っていたのかが分からず、ママと再会した日から恐怖が拭い去れなかった。
「」
「バニー」
バニーに声を掛けられ、振り返る。
少し離れた場所に彼は心配そうな面持ちで立ち
そしてゆっくりと私の元へと近付いて、両手をそっと握った。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと、怖いかな」
笑って「ちょっと怖い」と言ってみたけれど
実際はすごく怖い。
胸騒ぎは取れないし、何を聞かされるか分からないことだらけで
今日の夜、ホッとした表情で自分が此処に居る予想ができなかった。
だけど、それらの気持ちをオモテに出してしまえば
バニーを不安にさせてしまうことになってしまう。
「大丈夫。皆がいるから・・・大丈夫、大丈夫・・・だょ」
「」
頑張って気丈に立ち振る舞うけれど
今の私には自分の不安定さを抑えこむだけの力がなかった。
そのせいか、笑いながら震える声で大丈夫、とバニーに投げかけながらも
涙を流していた。
流れる涙を必死で制服の袖で拭う。
「アレ・・・おかしいね。大丈夫、なのに、何で・・・私、泣いて・・・っ」
「無理しなくていいですよ」
「バニーッ」
無理して振舞っている私の姿が見ていられなかったのか
バニーは私を抱きしめてくれた。
骨が折れそうなほど、つよく・・・強く。
「大丈夫。僕らが、僕が、君を守ります。何が何でも、君をこの恐怖から救ってみせる」
「バニー・・・ッ」
「だからそんな無理して振舞わなくていいんですよ。君には僕がいるんだと、信じてください」
「ぅん・・・ぅん、ありがとう・・・ありがとうバニー」
バニーの背中に手を回し、しっかりと抱きついて・・・泣いた。
だけど、泣いたところで私の胸騒ぎや恐怖が拭い去ることはなかった。
「へぇ、此処がトレーニングルームって訳ね。ジャスティスタワーにこんなところがあったなんて。
ヒーロー業界もスポンサーも企業も、お金かけてるわね」
タイガーさんの本名を知っていると分かっているのなら
ママをトレーニングルームに連れてきても構わないだろう
というアニエスさんの考えでママをこの場所へと連れてきた。
もちろん、此処にはタイガーさんやバニー、カリーナの他に全部のヒーローが揃っていた。
アニエスさんも本来なら此処に来るつもりだったが
仕事の都合上途中からではあるが、来ることになっている。
「無理しなくても」と私が言ったけれど「言いたいことがあるのよ」と
私のママに対して何か言いたいことがあるらしいから、途中から来ると言っていた。
ママは初めて見る光景に珍しいものを眺めるように見えていたが
全員の視線が自分に注がれているのが分かったのか、眺めるのをやめて
笑みを浮かべた。
「そうでした。今日はお話をしに来たんだったわよね、ごめんなさい。
初めての場所だからつい」
「構いませんよ。どうぞ、掛けてください」
「では、失礼します」
バニーの声にママはソファーに座り
その向かいに私が腰掛け、右隣にはバニーが座り、左隣りにはカリーナが。
背後にはタイガーさんを始め、ヒーローの皆が立っていた。
「さて、何処からお話を始めようかしら?」
「単刀直入に申し上げます。どうしての事や、僕が彼女と暮らしている事をご存知だったんですか?
貴女はしばらくの間、この街を、の元から離れていたはずなのに、どうして知り得ないことを
知っているんですか?」
バニーの言葉に、ママは笑みを浮かべるのをやめ
真面目な表情へと変わった。
「私は今、貴方達の知らない組織に属しているの」
「組織、ですか?」
「ウロボロスは、ご存知よねバーナビー君?」
「!!」
ママの口から出てきた「ウロボロス」という単語に
バニーは鋭く反応し、睨みつけるようにママを見つめた。
「ウロボロス・・・って?」
「バーナビーの両親を殺した奴が居た組織の名前よ。
覚えてないの?ヒーローマッチの時の相手を」
「よく、覚えてない」
その時の記憶が何故だろうか思い出せない。
でも、その単語でバニーがどうしてママを
睨みつけているのかがようやく理解できた。そして、彼の両親も
誰に殺されたのか、というのも・・・理解できた。
「ア、アンタ・・・まさかウロボロスの一員じゃ」
「残念だけどそれは違うわ。簡単に言えば、私達はウロボロスを追っている組織。
私は其処に今身を置いているの」
タイガーさんの言葉にママは優しく返した。
そして、明かされた事実。
私のママはウロボロスという組織を追う組織に居るということに。
知らなかった事実に、私はママを見つめる。
するとその視線に気付いたのかママは私を優しく見つめた。
「ごめんね。今まで黙ってて」
「何で・・・どうしてなの、ママ?」
「貴女のパパは・・・ウロボロスの奴らに殺されたのよ」
「え?」
ママの口から出てきた事実に、私は心臓が痛いくらい高鳴った。
私を庇って死んだパパは・・・ウロボロスの人に殺された。
じゃあ幼いあの日・・・拳銃の引き金を引いた、人は・・・ウロボロスの人。
私に向けられた銃弾を受けて死んだ、パパ。
「ちょっと待っておばさん・・・おじさんは、事故じゃ」
「アレは・・・ウチの組織が上手い事でっち上げたの。主人も、組織の一員だった。
もう少しでウロボロスの中枢に行けるってところまで行ったのに・・・あの人は殺されたわ。
主人の、死の真相やその他のことがどうしても納得行かなくて。遺品を整理していたら・・・この組織のことが分かったの。
それで決めたのよ・・・組織に加わることを。主人の死の真相やウロボロスのことが分かるかもしれないし
まだ幼かったを育てる為に・・・私は組織に入ることを選んだの」
ママの胸の中の叫び声が聞こえた。
パパを亡くした時、私はまだ5歳で幼かった。
私を育てるために・・・家族を傷つけないために、ママは敢えて今の道を選んだ。
痛いくらい、胸の中の叫び声が聞こえる。
本当はもっと、平穏に暮らしたかった。
本当はもっと、側に居たかった。
「この子の為に、家族の為にと思ってやっていたことなのに・・・ごめんなさい」
「・・・ママ」
本当はもっと、もっと・・・幸せで笑っていたかった。
「の事件の事を報告書で見たけれど、別に強盗殺人でも良かったの」
「よ、良くないよ!!だって、私・・・おとうさんを・・・っ」
良くはない。
だって私の能力で、あの事件も起こってしまったし
ましてやおとうさんを、開花したばかりの能力で殺してしまったのだから。
「。アレはおとうさんじゃなくて、ママの部下の人よ。貴女の身の安全を守らせるために護衛役として
家族のフリをしてもらっていたのよ。まぁ死んで当然の結果だと思うわ、に性的欲求を持っていたんだから。
私の人選ミスでもあるわね・・・押し入ったNEXTに殺されて当然よ」
「え?」
ママの言葉に疑問を抱いた。
確かに、強盗殺人と・・・私の事件を知っている人たちは
口裏を合わせて言ってくれている。
ママだって、強盗殺人じゃない・・・と再会した日に言っていた。
もしかして・・・ママは、私が殺したことを知らない?私がNEXTであることを知らない?
アレだけ、有力な情報を手に入れておきながら
どうして私のことは・・・何も、分からないの?分からないフリをしているだけなの?
「ちょっと待って下さい」
「何かしら?」
バニーが突然声を上げた。
「貴女は僕らと初めて会った日、の一件は強盗殺人ではないと言いましたよね」
「表向きは強盗殺人で貴方達は片付けてるようだけど・・・私への報告書には、『ウチに押し入った犯罪者は
金品等を取らず、リビングに居た部下の一人を何らかのNEXT能力で殺害。後に家に火を放った。同じく
リビングのソファーで眠っていた娘さんは目を覚ましたと同時に惨状を知り、恐怖のあまり怯えていた。
その数分後ワイルドタイガーが娘を救出』と、書いてあったわ」
今まで完璧な事実だけが並べてあったのに
どうしてか、私の事件の日の事や、私が能力者として開花した事が無かった。
つまり、ママは・・・あの日、本当に何が起こったのか・・・知らない。
私がおとうさんに、犯されそうになって・・・能力で殺して、家に火を放ったことも。
「死んで当然よあんな部下。守れという言葉を一つも守らず、を怖がらせてた。
おまけに彼から送られてくる報告書はメチャクチャの嘘ばっかり」
「いつ、それが嘘だと気付いたんですか?」
「貴方とが一緒に暮らし始めた頃よ。私の信頼出来る部下が、此処に調査に来たの。
事件のことや、の事が気になってね。本当は私本人が来るべきだったんだけど、別のことで身動きが取れなかったのよ」
「なるほど」
ママの話を聞いて、やはり疑問が浮かんできた。
私とバニーが暮らし始めた頃に
此処に調査に来たのだったら、どうして本当のことを伝えないのだろうか?
ママの信頼出来る人なら、それが嘘だとすぐに見破れるはずなのに。
私が殺して・・・NEXTとして開花したことも、教えればいいはずなのに。
どうして・・・どうして、此処の事実だけ嘘が続いているの?
「だから、もう誰にも頼りたくなくなったの。自分の子供は、自分で守るわ」
すると、ママはソファーからいきなり立ち上がり、笑みを浮かべ私に手を差し出してきた。
「・・・行きましょう、ママと。ママ・・・を迎えに来る為に此処に戻ってきたの」
「ママ」
「大丈夫。ママの部下の人たちも組織の人たちも皆優しい人ばかりよ、もう一人にさせない。
ママが必ず貴女を守ってあげるから」
差し出された手を、私は握るのを躊躇い
首を横に振った。
「・・・どうして?」
本当の事を知らないママに
嘘だけしか知らないママに
私は付いて行くことなんて出来なかった。
「」
耳にバニーの、私を呼ぶ声が聞こえる。
私はそっと彼の手を握り、心の中で訴えた。
『お願い・・・助けてバニー』
と。
その声が聞こえたのか、彼は私の手を握り返してくれたのだった。
Lie and Truth
(嘘と真実。何処までが本当で、何処までが嘘なの?お願い・・・助けて)