夜中、目が覚めた。
ベッドから体を起こし隣を見る。
バニーが安心しきったかのように深い眠りに就いていた。
彼にしては珍しいと思うくらいだが、私を心配して寝れなかったのだろうと思う。
そして冷えていた体に体温が戻ったみたいに、今は温かい。
あの後何度も何度もバニーと体を重ね合った。
お互い失っていた日々を埋めるように。
体中に流れるバニーの熱。
それを感じるだけで、思い出すだけで体が痺れてしまいそう。
「ようやく戻ってこれた」と実感している反面・・・気が気じゃない事がある。
「ジョージさん」
ママの部下であるジョージさん。
その人の事が心配でならなかった。理由は「私が此処に居る」という事。
そう、あの人は、私を逃してくれたのだ。
まるで鳥かごに閉じ込められたカナリアを空へと逃がすように。
それは3日前に遡る。
ママとポートレスタワーの展望レストランで食事をした後のこと。
相変わらずホテルに戻って監禁状態。
ママはと言うと、突然仕事の連絡が入り何処かへと行ってしまった。
ホテルに監禁されもう数日が経とうとしていた。
外界との連絡を遮断されて、食事も喉を通らない状態にまで私は陥っていた。
レストランでも私は出された食べ物も食べず、ただ飲み物だけが唯一口の中に入っていくだけだった。
ベッドに座り、眠れぬ日々を送り、泣き続けた。
「ちゃん」
「ぁ・・・ジョ、ジョージさん」
すると、ジョージさんが其処に現れた。
私は涙を拭い、膝を立て顔を隠す。
「毎日、辛い思いをさせてゴメンね」
かの人は優しく私に語りかける。
「でも、それも今日で終わりにしよう」
「え?」
ジョージさんの言葉に隠していた顔を膝から上げた。
彼の目を見ると、それは決意の表れのように見えた。
一瞬「この人は何を言っているのだろうか?」と思うほどの言葉だ。
「立って」
「え?」
「君を此処から逃してあげる。トワさんに今なら気付かれず心配もない」
ジョージさんの言葉に驚きが隠せなかった。
「逃してあげる」という言葉。嘘かもしれないけれど、でも、そんなことをしてしまえば―――――。
「でも、ジョージさんが・・・っ」
この人が酷い目に遭ってしまうのかもしれない。
仮にもこの人はママの部下。
上司を裏切った部下はどんな仕打ちを受けるのか、目に見えている。
だからこそ、私が此処から逃げてしまえばまた傷つく人が増えてしまう。
大人しくママに付いてくれば
バニーやタイガーさんやカリーナ、それにヒーローの皆も傷つかずに済んだはず。
これ以上、自分が原因で誰かを傷つけたくない。
「僕は大丈夫」
「でも・・・でもっ」
「僕は大丈夫だよ。一応仲間がいるからね。足跡は残したから、此処が見つかるのも時間の問題だ。
流石に拉致監禁ってなると、ウチの上司たちも黙っちゃいないからね。君には今のうちに逃げてもらおうと思ってるんだ」
弱った自分には今、何がなんだかさっぱりで理解ができない。
足跡とは何のことだ?と思いながらも、腕を引っ張られ地面に足をつけて立つ。
「ホテルを出たら思いっきり走って逃げるんだ。暗いところをなるべく通るようにして」
「逃げるって・・・ど、何処に逃げれば」
「君を一番大切に想ってくれている人のところだよ。僕が言わなくても分かるだろ?」
私を一番大切に想ってくれている人の所。
自然と頭に浮かんできた――――――。
「バニーの、所」
「そう、バーナビー君のところに辿り着けばいい。何日かかってもいい、彼の所に君は帰るんだ」
「ど、どうして・・・私を」
彼は逃がそうとしてくれているのだろうか?
今までそんな素振りも見せてくれなかったのに、何故?という疑問だけが頭を過る。
するとジョージさんは苦しそうな表情を浮かべながら笑う。
「僕は見てしまったんだ・・・何もかも」
「え?」
「君の家に行って・・・事件の日のことや色々見た。もちろん君があの日NEXTとして開花したことも僕は知ってる」
「じゃあジョージさんも、NEXTなんですか?」
「それに近いけど、僕はちょっと違うかな」
ちょっと違う、というのはどういう事だろうか?
疑問が頭の中を駆け巡り、更なる混乱を招いていた。
「それよりも僕は君に謝らなければいけないね。君のお母さんに嘘の情報を流したのは僕だ」
「え?ど、どうして」
私のことを知っているのなら、ちゃんとしたことを伝えるべきだ。
それが部下の義務というものなのに、どうしてこの人はママに嘘の情報を流したのだろうか。
ちゃんとしたことを伝えさえすればきっと、こんな事にはならなかったはずなのに。
「真実は自分の目で確かめるもの。だからトワさんに自分で確かめてもらうつもりだったんだ。
事件の日のことも、君のことも全部。だけど、何か僕が思っていたこととは裏腹過ぎる展開迎えちゃって
正直焦るしかなかった。まさかヒーロー全員敵に回してまで娘を連れ去ってくるなんて思ってなかったから」
「・・・・」
「挙句監禁まがいなことまでし始めちゃったから、君を逃す段取りを考えたんだ。大分手間取っちゃったけどね」
「ジョージさん」
「トワさんの手を拒んで君は正解だったんだよ。何も間違っちゃいない。あの人はまだ今の君を知らなさ過ぎるんだ。
だから自分で模索してもらおう。その為にも君が此処から逃げる必要があるんだよ。
トワさんには色々と気づいてもらわなきゃいけない事が山ほどあるからね」
そう言って彼は私の手を引いて、ドアノブへと自分の手をかけた。
「いいかい?部屋を出たら非常階段のところまで走って、其処から地下まで降りるんだ。
地下は駐車場になってるから其処の出入口から外に出て、ゴールドステージにあるバーナビー君のマンションまで向かって。
ホテルを抜けるまで僕の仲間が誘導してくれるから、君はただ逃げることだけを考えるんだ」
スラスラと脱出ルートのような説明を私にする。
逃げきれるだろうか?
逃げれるだろうか?
必ず私はバニーの元に帰れるのだろうか?
不安だけが募り、体が震える。
「君は帰るんだ。君のあるべき場所へ」
「ジョージさん」
「バーナビー君が待ってる。だから帰るんだ。僕のことは気にしないで、大丈夫だから」
そう笑顔で答えられ、私も覚悟を決めなきゃいけない。
動き出さなければ何も始まらない。
だから、動き出そう。此処から逃げて、大切な人の所に帰ろう。
「いち、に、の、さん・・・で開けるよ」
「はい」
逃げるカウントダウンが始まる。
『いち』
走ろう、後ろは振り向かず。
『に』
大切な人達が待ってる。
『の』
私の、あるべき場所へ。
「さん!」
扉が開いたと同時に私は走った。
外に居た黒いスーツの人達が驚きながら、怒声を上げ追いかけてくる。
だけど振り向かず、ただ私は非常階段を目指し走る。
其処へ向かうと、多分ジョージさんの仲間であろう人が私を
と入れて「一番下まで降りるんだ」と誘導の声を上げ、扉を閉めた。
なりふり構わず駆け下りた。
きっと止まってしまえば震えて動けなくなる。
だから、今はただ「バニーの所に帰ること」だけを考え足を進めた。
外に出ると暗く淀んだ空が見えた。
ゴールドステージだったらはっきりとした空が見える。でも此処は多分最下層のブロンドステージ。
道は分からない。でも、最上層まで試行錯誤迷いながら駆け上がっていくしか無い。
『君は帰るんだ。君のあるべき場所へ』
「バニー・・・今から、帰るから」
何日かかってもいい。
私は帰るんだ。私のあるべき場所へ。
そして、3日かかった。
3日かけて、私はようやくバニーの元へ・・・戻ってきた。
胸に一抹の不安を抱えながら。
「んっ・・・」
「バニー・・・起こしちゃった?」
すると、隣で寝ていたバニーが目を覚ました。
私の言葉に彼は「いいえ」と答えながら、体を起こし私を抱きしめた。
「バ、バニー?」
「目が覚めて、が隣に居なかったらどうしようかと思いました」
「バニー」
「居て下さい、何があっても。僕が今度こそ必ず守ってみせます」
バニーの言葉に胸が軋んだ。
私はいつも、誰かに守られてばかりだ。
強くなりたい。
守られてばかりじゃ、ダメなのに。
誰でもいいから教えて。
少しでも強く、立ち向かえる方法を。
もう弱いままの自分じゃ、誰かを傷つけてしまうだけでしかないから。
そして、朝日が昇ったと同時に酷い現実が私を待っていた。
Escape
(3日前のあの日。私は家族の元から逃げ出した)