仕事を順調に終えた僕はマンションへと帰ってきた。
そして、自分の部屋へと続く扉を開ける手前。
一旦深呼吸をして自らを落ち着かせた。
昼間、スカイハイさんの話を聞いて
ようやく自分の過ちに気づいた・・・だから決めたのだ。
自分からに謝ろう、と。
彼女は何も悪くない。
悪いのは僕の方だったのだ。
改めて考えると、僕は最初からに
スカイハイさんと一緒に居たことを聞けばよかった・・・と反省すべきだ。
焦り、不安、苛立ち。
この感情を自分自身で抑えこむ力がなかったばかりに
僕はに酷く当たってしまい、傷つけた。
傷つけたのなら、謝ろう。
犯した過ちを悔いるくらいなら、謝ろう。
ふと、手に握ったまつぼっくりを見た。
「頼む。力を貸してくれ」
コレがあったおかげで、僕は彼女にしていた誤解を解くことが出来た。
今はきっとこのまつぼっくりだけが唯一の頼り。
だから、僕に勇気を下さい。
の誤解を解いて、彼女をもう一度笑顔にする勇気を・・・。
そして・・・・・・――――――。
「ただいま」
両親の墓参り一緒に行こう、と告げる・・・勇気を。
扉の承認を終え、僕は声を出して
自分の帰宅を表した。
ゆっくりとリビングへと向かい、其処のドアを開けた。
ドアを開けると、は僕を一旦は見たものの
すぐさま顔を逸らされた。
「お・・・おかえり」
「ただいま」
ぎこちなくやって来た迎えの言葉に、僕はすぐさま答えた。
僕はジッとを見つめ。
は僕から顔を逸らしていた。
「ご、ご飯・・・食べた?」
「少しだけ、食べてきました」
「お腹すいたら、冷蔵庫に夕食・・・入ってるから」
「ありがとうございます」
軽く会話を交わしたら、其処からは無言。
お互い何も言葉が出てこないのか喋らなくなった。
僕から言わなければならない。
思い返せば、醜い嫉妬心から起きた誤解だ。
彼女が傷付くことも、悲しむことも、苦しむこともなかったはず。
ふと、目線を落とし手に握ったまつぼっくりを見る。
頼む、僕に力を貸してくれ。
そうでなきゃ、このまま僕の元から本当にが・・・―――――。
「ゎ、私・・・明日、学校だから寝るね」
「え?」
そう言いながらは僕と目も合わせないまま立ち上がり
そそくさとその場を立ち去ろうとする。
目も合わせないで、言葉も機械的なやりとり。
以前の僕らはそうじゃなかった。
こんなギスギスとした空気は・・・君のせいじゃない。
「待ってください」
僕の横を通り過ぎたに振り返り呼び止めた。
待って、という言葉に彼女は去ろうとした動きを止める。
だけどこちらに背を向け・・・顔を見てもくれない。
きっと彼女の中で、あの日の僕が蘇り
その恐怖からか・・・僕の顔が見れないのだろう。
無理もない。
あの日の僕は自分でも驚くほど・・・口調も態度も、何もかも
の知らない姿だったのだから。
「スカイハイさんから・・・に、コレを渡してくれと頼まれまして」
「え?」
ようやくが振り返り僕を見る。
僕はというと、手に持っていたまつぼっくりを彼女の前に出した。
「バニー・・・これ、まつぼっくり?」
「はい。君の荷物を持っていたスカイハイさんが何かの拍子でコレを落としてしまい
それをジョンくんが咥えて持ち帰ってしまったそうなんです」
昼間、彼から言われた言葉をそのまま僕はに伝えた。
僕がそう伝えると
はおどおどしながらそれを受け取る。
今なら言える、君に・・・言える。
「すいませんでした」
「え?・・・バニー?」
僕の突然の謝罪に、は驚きの表情を浮かべていた。
「この謝罪はスカイハイさんの分でもありますが・・・僕自身の分もあります。
数日前は君に酷く当たってしまいすいませんでした。ただ・・・あの、色々と僕も考え込んでいたり
仕事が忙しくて、との時間を疎かにしていたので・・・だから、その・・・」
此処に来るまでにいい言葉を考えていたはずなのに
大事なときに限ってその考えていた言葉たちが頭の中から消えて
目の前のに何を言っていいのかが分からなくなっていた。
これだけの言葉じゃ、きっと説得力に欠ける。
言いたいことは山ほどで、伝えたい言葉は星の数ほど。
頭の中では「謝らなければ」と分かっているのに
口から上手い言葉が出てこない。
「だから・・・その、・・・僕が言いたいのは、つまり・・・」
「もういいよバニー」
「で、ですが・・・君に」
言おうとした言葉が、全部喉の奥に戻っていった。
何故なら目の前のは・・・いつものような表情で、僕に微笑みかけていたから。
「私だって悪かったの。バニー、仕事が忙しいのにあんな風に言われたら誰だって怒るよね」
「いえ、そんな事は!・・・は僕を心配して言ってくれていたんですから。
この前の事は自分の管理が未熟なせいなんです・・・だから、君は悪くありません。本当にすいません、怒鳴ったりして」
「いいよ大丈夫。私こそごめんね、疲れてたのにしつこく聞いたりして」
「僕としてはから心配されるのは全然嬉しいです。むしろしつこく聞かれても大歓迎ですから」
「もう、バニーったら」
本気で言った言葉がどうやらにはジョークに聞こえたらしく
彼女はクスクスと笑っていた。
その表情を見て、やっと誤解が解けたんだ・・・と確信した。
おかげで肩の荷が下り
今にもその場に座り込んでしまいそうになる。
それくらい・・・心配だったのだ。との関係も、何もかも。
「あ、コーヒー淹れようか。それともご飯も温めようか?」
「え?でも・・・君、明日学校なんじゃ」
まだ冬休み、というわけではない。
もちろんは学生で、まだまだ授業は続いている。
いくら僕と目を合わせたくなかった、と言えど明日が学校の彼女に無理はさせられない。
「たまには夜更かししたいの」
「」
遠まわしな言葉だが、すぐに分かった。
僕と一緒にいる時間を欲している・・・の言葉はそんな風に聞こえた。
「あ、そうだ。バニー、先にお風呂済ませちゃって。私ご飯温めてくるから。
上がった頃には食べれるようにしとくね」
「ありがとうございます」
「うん」
笑顔でそう言ってキッチンへと向かう。
寂しい夜も、きっとあの笑顔が側にあれば・・・。
悲しかった日も、きっとあの子が側に居てくれれば・・・。
父さん、母さん。
2人に、紹介しなければならない人が居ます。
僕がこの世で一番愛してやまない、女の子。
「」
「ん?何?」
キッチンへ向かうを呼び止め振り返らせた。
言わなきゃ。
言わなきゃ、始まらない。
言うんだ。
「・・・いえ、何でもありません。ちょっと呼んでみただけです」
「もう。早くお風呂済ませちゃってね」
「ええ」
言おうとしたが、結局言えなかった。
―両親の墓参りに付いて来てくれませんか・・・?―
たったその一言が言えず、僕はため息を零しバスルームへと向かうのだった。
言わずの胸に刺さったホーリーの葉
(ヒイラギの葉が大事な事を伝えきれなかった僕の胸に突き刺さった)