僕はトレーニングセンターの廊下を1人歩き
ため息を零し、考えていた。
もうすぐクリスマスイブ。
相変わらず僕はその日のことを考えるたびに
ため息を零し、気分を落ち込ませていた。
そんな気分を少しでも晴れやかにしたいからに
墓参りに誘おうと決めているのけれど、なかなかその言葉を言い出せず
残り少ない日々を過ごしていた。
「はぁ〜」
「ん?どうしたバニー?お前、最近ため息ばっかりだぞ?」
「え?・・・あぁ、ちょっと」
虎徹さんに話しかけられ心配されるも、自分の事だし
話していいものかどうか・・・・と思い悩んでいた。
「何だ?のことか?」
「彼女のこと、というか・・・僕のこと、というか・・・」
「はぁ?意味分かんねぇよ。もっと具体的に話をだな」
具体的に話せ、と言われても
本当に自分の頭の中ではごちゃまぜ状態なのだ。
両親の墓参りの事は僕自身の問題でもあるし
を誘うということでもある。
だからそれを第三者に説明して、アドバイスを貰うというのは
多分非常に難しいことだろう。特に虎徹さんともなるとあっさりと
「じゃあさっさと誘えばいいだろ?」なんて安易な答えを出すに違いない。
僕としては、もっとこう・・・的確なアドバイスが欲しい。
「具体的に、と言われましても、僕もどう伝えていいのか分からなくて」
「珍しいなバニーにしては」
そう言いながら虎徹さんは
休憩室の扉の前に立ち、人を感知したのか扉は自動的に開く。
「お!クリスマスツリーか」
扉が開くと、他の人達がクリスマスツリーの飾り付けをしていた。
各々が色んなオーナメントを持って樅の木を彩り鮮やかなものに変えていった。
「見てくれ!このクリスマスツリー・・・素晴らしい、そして実に素晴らしい!」
「へぇ〜・・・綺麗に飾り付けしてんじゃねぇか、なぁバニー」
「え・・・えぇ」
虎徹さんに話を振られ、クリスマスツリーを見る。
幼い頃・・・僕が見た自宅でのクリスマスツリーのほうが
まだまだ豪華だったな、なんて・・・心の中でぼやいてみた。
「ていうか、こんなのがやる飾り付けに比べたら地味ね」
するとブルーローズさんが呆れた声を出しながら
オーナメントを見ていた。
しかも彼女の口から出てきたのは、のことだった。
「え?さんそんなに飾り付け上手なの?」
「上手も何も、あの子にツリーの飾り付けさせたらプロ顔負けってくらいよ。
街にあるツリーよりもの飾りつけたツリーのほうが何十倍って綺麗なんだから」
「お前・・・幼馴染だからって、のこと贔屓してんのか?」
虎徹さんが冗談程度でブルーローズさんに言うと
彼女は鋭い眼差しで彼を睨みつけた。
その眼差しで一気に誰もがたじろぐ。
「何勘違いしてんの?贔屓とかそんなんじゃなく、私は純粋に言ってんの。
知らないようだから頭すっからかんのオジサンと何にも知らない惚気兎のバカコンビに教えてあげる」
何だか此処はツッコミを入れたほうがいいのかどうかと考えたが
のことに関しては基本何を言われても言い返せないから、ツッコミは敢えて入れないようにした。
「あの子・・・いつ帰ってくるかも分からない母親を驚かせたい一心で
毎年毎年クリスマスツリーの飾り付けを豪華にして、1人クリスマスツリーの下で待ってたのよ。
でも、結局母親は帰ってこないし、連絡もないから心配になっての家まで見に行くの。そしたらあの子・・・」
話に間を置いて、ブルーローズさんはクリスマスツリーを見ながら口を開く。
「クリスマスソングを大音量でかけてて、ツリーの下で蹲って泣いてたのよ。
私が来たときはいつもそうだった。はいつも母親が帰ってこない寂しさで泣いて、クリスマスソングをかけてたの。
あたかも”今楽しんでいるよ“ってそういう空気を無理に出して」
僕の知らない、のクリスマスの日が明かされていく。
いつも笑って僕を優しく包み込んでくれる彼女。
だけどその裏では、隠された幼い頃の辛く寂しい思い出があった事にようやく気付いた。
「私が知らないって思ってるようだけど。、クリスマスソングが嫌いなの。
聴き飽きたとかそんなんじゃなくて、寂しくなるから・・・寂しい記憶を思い出させるから、あの子はクリスマスソングが嫌いなの」
その言葉を聞いて、僕はハッとした。
そういえば数週間前。
テレビから流れていたクリスマスソングを聴いて――――――。
『ぃや・・・いや・・・私・・・わたし、この曲・・・嫌い・・・っ』
最初は、聴きすぎて嫌なのだろうとばかり思っていた。
だけど本当はそうじゃなかったことが、ブルーローズさんの話を聞いて思った。
は本当に”クリスマスソング“そのものが嫌いなのだ。
寂しい日のことを、思い出させてしまうから。
僕自身の事で頭がいっぱいだったせいで、はずっと我慢をしていた。
何で・・・どうして僕は、あの子の寂しさに気付いてやれなかったのだろう。
「言っておくけど、飾り付け上手いからってを此処に呼び出すような馬鹿な真似はしないでよね。
余計なことしたら・・・アンタ達氷漬けにして真冬のリンク上にオブジェとして置いておくから」
そう言ってブルーローズさんはオーナメントを振り回しながら
休憩室を去っていった。
其処に残された僕らは無言の空気だけが漂う。
多分彼女のことだ。
本当に余計なことをしたら、確実に氷漬けにされて
真冬のスケートリンク上に置き去りにされることは間違い無いだろう。
のことに関したら、多分どころか絶対やるに違いない。
「と、とにかく飾り付け最後までしましょうよ〜」
「そ、そうだな」
「さんに本当は手伝って欲しいけど」
「ブルーローズ君は本気だったみたいだしね」
「僕らだけでも出来るところまでやりましょう」
ブルーローズさんが去った後の面々で
仕上げとも言えるクリスマスツリーの飾り付けを再開した。
僕と虎徹さんはというと・・・―――――。
「知らなかったわ、俺」
「僕もです」
互いに反省。
特に僕は一番反省しなければならない。
何故ならそんな状態の彼女を今の今まで気付かなかったのだから。
挙句の果てに、自分の一方的な嫉妬でを傷つけてしまった。
きっと毎日・・・は不安定な状態を過ごしているに違いないのに
僕は自分の事で、彼女のことを何一つ分かってやれなかった。
それだけが、本当に腹立たしい。
「ったく、クリスマス・・・どーすっかなぁ」
「クリスマス自体は今のところ嫌いってわけじゃないみたいですから、其処は安心していいと思います」
「そうだな。まぁ俺達がパーティしなくても、にはお前が居るしな」
「え?・・・えぇ。クリスマスの日は僕が独占させてもらいますからね」
笑顔で答えた僕に「うわ、出たでた」と虎徹さんが言うけれど
内心僕の中では不安な要素でいっぱいだった。
あの日、彼女が僕に見せた涙はクリスマスソングが嫌だとかそういう気持ちじゃない。
寂しい記憶を思い出させるから・・・それで泣いたのだ。
ふと、飾り付けがされているクリスマスツリーを見る。
幻覚だろうか。
小さな女の子が1人それを飾りつけて・・・・そして、樅の木の下で蹲って泣いている姿が見える。
はずっと、ずっと僕に隠していた・・・その気持ちさえも。
きっと僕の両親の命日というものを考えての事だろうけれど・・・クリスマスという日は
僕にとっても、そして彼女にとっても、寂しい記憶でしかないものだったのか、と今になって気付くなんて。
星を散りばめたもみの木の下。
一見彩り鮮やかで華やかに見えるようだけれど
下を見ればとても寂しく冷たい粒を流した女の子が居ることに僕はようやく気付いたのだった。
星を散りばめた樅木のした
(華やかな木とは裏腹に寂しく蹲って泣く少女の姿を見た)