12月24日。
遂にこの日が来てしまった。
クリスマスイブで、そして・・・バニーのご両親の命日。
昨日、結局クリスマスツリーの飾りつけの事を言い出せず
ましてや、カリーナから誘われたパーティのことも言えずに居た。
朝、2人で朝食を摂っていると
バニーは食事をする手を止めていた。
「バニー?どうしたの?」
「え?・・・あ、いえ・・・何でもないですよ」
彼に声を掛けると、我に返ったのか
止めていた手を再び動かし、朝食を食べ進めていった。
完全に彼の状態はいつもの様・・・とは言い難い状態。
心此処にあらず、とはまさにこの事だろう。
やはり「今日」という日が彼の全ての動きを鈍らせているに違いない。
私はそう思っていた。
だったら少しでも、元気づけるために・・・私から行動を起こすべき。
「バニー・・・あのね」
「はい」
言わなければならない。
クリスマスツリーを一緒に飾り付けしよう、って。
もし、それで彼が「すいません」という言葉を出したのなら
カリーナから誘われているパーティの事を言えばいい。
多分彼のことだ。快く「良いですよ」と答えてくれるはず。
だから、頑張って私。
頑張って・・・言わなきゃ。
ツリーの飾りつけのことを・・・言わなきゃ、何も始まらない。
「あの・・・・・・ごめん、何でもない」
「そう、ですか」
喉元までやってきた言葉を、私はそのまま飲み込み有耶無耶にした。
自分の中で「何やってんの、バカ!?」と罵声を浴びせるも
もう一度言う勇気は私には無く、また無言の空気だけが部屋に流れだした。
別にケンカしているわけじゃない。
確かに、この前までは私もバニーもお互いぎくしゃくしていた。
ケンカというか、彼を少し苛立たせた私に原因がある。
でもバニーは私は悪くない、悪いのは自分だ・・・と言って謝ってきた。
そして仲直りをした、それだけは覚えている。
だが、やはり今日という日がどれほどバニーにとって
大切でそして、尊いものか私には分かる。
分かるからこそ・・・多分、言葉が喉を通って、口から出てこれずそのまま飲み込んでしまうのだ。
「ごちそうさまでした」
「食器、置いてていいよ・・・あとで洗うから」
「すいません。僕、そろそろ仕事に行きますね」
「うん・・・気をつけてね。行ってらっしゃい」
彼は席を立ち、部屋を後にした。
目の前には私の作った朝食を食べ終わった彼の食器だけが残った。
その光景を見てため息。
結局ツリーの事も、カリーナとのパーティの事も言い出せず
朝を過ごしてしまった。
『だと思った』
「ご、ごめんカリーナ」
朝食を終え、片付けを済ませた私は
携帯でカリーナへと電話を入れる。
彼女には何度も「明日ちゃんと自分からバニーに言うから」と言い続けたが
結果言い出せずものの見事に失敗。
電話元のカリーナにそれを伝えると、彼女は
私の行動が分かっていたのか少々呆れた声を上げた。
『ったく。何となく想像はしてたけど・・・いざって時に、度胸がないわね』
「だ、だって・・・」
『どうせ、言い出せないだろうと思ってたし・・・私からバーナビーには伝えとく。
言っておくけど・・・私からアイツに伝えるって事は、今日はを私達が独占するっていう意味だからね。
バーナビーからNG出されても伝えなかったが悪いんだから』
「・・・は、はぃ」
バニーがどう答えるかは分からないけれど
もし、彼から「ダメです」という答えが返ってきても
カリーナは自分の考えはそう簡単には捻じ曲げたりしない。むしろその際のバニーとの口論は必須。
でも元はといえば伝えなかった私が悪いのだから
彼から「パーティを断ってください」と連絡が入ったら其処は自分で行く事を言うつもりだ。
何せ伝えなかったのは私だから、そのけじめはキチンとしなければならない。
『16時に迎えに行くから、近くまで来たらまた連絡する』
「うん」
『じゃあ、また』
「カリーナ」
『何?』
「・・・ありがとう」
彼女が気を遣ってくれたのは分かっていた。
2年間会わない期間があったけれど
誰よりも以前の私を知っている。知っているからこそ、彼女は私をパーティに誘った。
いつも1人で寂しく過ごす私が、また泣いてしまわないように。
『2年間、クリスマスだけが気が気じゃなかった。、また泣いてるんじゃないかって』
「泣いてたよ。会わなかった2年間も」
『ごめん・・・。もっと早く、会えばよかった・・・そうじゃなくても、昔みたいに一緒に居てあげればよかった』
「もう一緒にいてくれるじゃん。それに今は、カリーナだけじゃない・・・ヒーローの皆も居るから」
カリーナと会わなくなった2年間は、幼い頃と同じように泣いていた。
でも今は、カリーナも居て・・・ヒーローの皆も居る。
だから、もう寂しく過ごす事はない。
でも、一番過ごしたい人と・・・過ごせないのが、残念なところではある。
『とにかく迎えに行くから』
「うん、待ってるよ」
そう言ってカリーナとの通話を切断した。
携帯をテーブルに置きため息を零す。
本当は、バニーと一緒に過ごしたかった。
でも、彼は行かなければならないところがある。
一緒に行きたい、なんて死んでも言えない・・・いや、言ってはいけない事。
今日くらい、彼は家族の側に居てあげた方がいい。
だから言わなくてよかった、とようやく思った。
クリスマスツリーの事も、パーティの事も・・・何もかも、全部。
その方が、彼にとっては『幸せ』な事なんだと・・・この日になって気付くのだった。
「あら〜ん。天使様無事に拉致って来たわね」
「当たり前じゃない。天使1人拉致るなんて私には朝飯前よ」
「え?て、天使様って何?」
夕方。
カリーナがマンションまで迎えに来てくれて、其処から2人で
他愛もない話をしながらネイサンとパオリンとの待ち合わせ場所に合流。
しかし着いて早々、私の分からない単語が飛び交い頭の上ではてなマークを浮かべていた。
「お嬢の事よ。お嬢は天使だから」
「私、天使って柄じゃないよネイサン」
「さんは天使様だよ!」
「パオリン、煽てても何も出ないよ」
天使とは、どうやら私のことらしい。
何だかそういう言われ方をして恥ずかしい気もするけれど
こういう楽しい雰囲気を過ごすのは、何年ぶりだろうか・・・と思っていた。
「じゃあ、乙女クラブの女子会・・・始めるわよん!」
「よし!僕、いっぱい食べるよ!!」
「、此処のビュッフェに美味しいケーキがあるの」
「へぇ。あ、でも此処のお店テレビでやっててパスタも美味しいって言ってた」
「ちょっとアンタ達何食べ物の話ばっかりしてんのよ!」
それから数時間と、4人で
食べたり、飲んだり、色んな事話したりしていた。
ふと、携帯の時計を見る。
日も暮れて、辺りは既に暗闇に包まれた時間になっていた。
バニー・・・今頃何をしているだろうか?
もうお墓参りから帰って来ている頃だろうか?
それを終えて、1人で食事をしているのだろうか?
そんな事が頭の中を駆け巡る。
「、どうしたの?」
「え?・・・うぅん、何でもない」
カリーナに問いかけられたが、思っていたことを敢えて口に出さず
言葉で濁してジュースを口に含んだ。
彼のことを少し忘れて、はしゃいでた・・・つもりだった。
結局何だか色々と気が気じゃない。
今日がダメでも、明日もある・・・それに、クリスマスプレゼントだって渡してない。
今から帰って私一人準備をしても、十分に間に合う。
日付を越えても・・・きっと、間に合う。
「・・・私、帰る」
「え?」
「お嬢?」
「さん帰っちゃうの?」
「ごめん、やっぱり・・・私」
イブじゃなくてもいい、日付を越えて明日になっても構わない。
バニーと、過ごしたい。
ほんの僅かな時間でも・・・彼と一緒に、過ごしたい。
「どうしても、行くの?」
隣に座っているカリーナが私を見る。
「ごめんねカリーナ。せっかく誘ってくれたのに」
「・・・一晩中、独り占めする予定だったのに・・・ホント、台無しね」
「本当にごめんね。でも、凄く嬉しかったよ・・・ありがとうカリーナ。
ありがとう、ネイサン・・・ありがとう、パオリン」
「寂しくなっちゃうけど・・・お嬢にはハンサムが居るし、仕方ないわね」
「でも、また今度集まろうよ!ね、さん!」
「うん。途中で抜けるけど、良いクリスマスを」
そう言って私はお店を飛び出し、マンションへと駆けた。
外は寒くて風を切るにも、もちろん寒い。
だけど早く帰って準備をしたい。
今からでも間に合うって、分かっているから。
もし、今帰ってバニーが居たら・・・言おう。
クリスマスツリーの飾りつけをしよう・・・って。
きっと今なら言える気がしていた。
マンションへと帰り着き、部屋に入る。
「ただいま」と元気よく声を上げるも、返答なし。
確実に部屋の主であるバニーの帰宅がまだだということが伺えた。
ブーツを脱いで部屋に上がり、電気を付ける。
「バニー・・・まだ帰って来てないのか。よし!・・・先にツリーの飾りつけして驚かせちゃおう」
彼が帰って来ていないのなら仕方ない。
私は彼を驚かせる意味で
買い揃え隠していたツリーやオーナメントを出して
1人リビングのテーブルの隣で飾り付けを始めた。
テレビも点けず、音楽も流さず黙々と作業を進めていく。
無言の中でツリーを飾り付けるのは私には容易であり
素早くオーナメントを何も飾られていない樅の木に飾り、彩りを与える。
手慣れたものだしツリーのサイズが小さいから
普通のサイズよりも短時間で飾り付けが終わった。
残るは、てっぺんに飾るお星様だけ。
「・・・コレは、バニーと飾ろうかなぁ・・・」
1人で大体の飾り付けをしてしまった。
せめててっぺんに飾る一番星は、私の一番大切な人と飾りたい。
「うん。お星様はバニーと飾り付けをしよ」
手に握った星をテーブルに置き、彼の帰宅を待つべく座り込んだ。
しかし待てど待てど、彼が帰ってくる気配がない。
もしかしたら出動?と思いテレビのリモコンを握るも、電源のボタンが押せない。
下手をしたらクリスマスソングが流れているかもしれないからだ・・・それを耳に入れると思うと
怖くて電源のボタンが押せずにいた。
「外で待ってたら、帰ってくるかな」
私はコートを羽織り、脱いだブーツを再び履いて外に出た。
マンションのエントランスを抜け、出入り口で一旦は立って待つ。
でも何だか立って待っているのも体が凍えたように寒い。
まだ外に出てほんの数分。
コートを羽織って、温かい格好をしているはずなのに体は一気に冷えた。
立っているのも辛くなり、私はその場に蹲る。
部屋は大丈夫、暖房はつけっ放し・・・いつでも帰って来ていいように暖かくしている。
「バニー・・・早く帰ってこないかなぁ」
そんな事を呟いて、愛しい彼の帰宅を待つのだった。
聖前夜-イブ-・愛しき人を待つ聖天使
(天使は待つ、愛しき人と過ごす日の為に)