12月24日。
街は華やぎ、そして賑わっていた。
クリスマス・イブ。
人はこの日をそう呼んで、明日のクリスマスに心を弾ませていた。
でも、僕はこの日を毎年迎えるのが辛くてたまらなかった。
「・・・・・・」
「バニー?どうしたの?」
「え?・・・あ、いえ・・・何でもないですよ」
と朝食を摂っている最中
食事をする手が止まっていることに突然彼女に声を掛けられた。
思わず我に返り、笑みを見せ
止めていた手を再び動かし、食事を続ける。
いつものように振舞っているはずなのに
やはり「今日」という日が僕の動きの何もかもを奪っていく。
「バニー・・・あのね」
「はい」
に呼ばれ、返事をする。
「あの・・・・・・ごめん、何でもない」
「そう、ですか」
何か話があるから、僕を呼んだはずなのに
彼女は言いたいことを外に出さず、そのまま飲み込んで有耶無耶にした。
そして、無言の空気が漂う。
部屋に聞こえるのは、食器の音だけ。
別にお互いケンカをしているわけではない。
関係は至って良好状態。
しかし・・・彼女も分かっているのだ、今日が僕にとってどういう日なのかを。
「ごちそうさまでした」
「食器、置いてていいよ・・・あとで洗うから」
「すいません。僕、そろそろ仕事に行きますね」
「うん・・・気をつけてね。行ってらっしゃい」
これ以上に気を遣わせるわけにはいかなくなり
僕は食事を終えてすぐさま立ち上がり「仕事」という名目で
彼女を残し、部屋を後にした。
駐車場に置いた車に乗り込み、深いため息。
今日が何の日か。
忘れもしない・・・21年前の今日。
「父さん・・・母さん・・・」
僕にとってのクリスマス・イブは大切な家族-両親-を失った日だった。
「え?パーティ?」
「そうよ。もうったら昨日、アンタには自分で言うからって」
トレーニングルームに向かうと、ブルーローズさんに話しかけられ
ようやく今朝方が僕に何か言おうとしたのを理解した。
彼女は彼女なりに、気を遣ってくれているのだろう。
今日という日が、どんなに尊いものか。
「それでの恋人さん。今日は私があの子を独占してもよろしくて?」
「別に構いませんよ」
はっきりとそう答えると、ブルーローズさんは目を丸くして僕を見ていた。
「何か?」
「いつものアンタだったら『ダメです。今日はと過ごすので』とか言って拒否ると思ったんだけど。
せっかくのイブなのよ。恋人同士仲良く、と過ごせばいいじゃない」
「そうしたいのは、山々なんですが」
「あっそ。アンタは恋人よりも仕事が大事っていうの。
ならいい・・・今日は絶対アンタのところに帰さない。
後々になって『やっぱりを帰してください、むしろ迎えに来ます』とか言ってこないでよね。
いくら言おうが絶対帰さないから」
そう言って彼女は小さな怒りを見せながら僕の元を去っていった。
一方の僕はというと、ため息。
仕事ではないんだが・・・と言いたかったが
本当の理由を言えるわけがない。
出来る事ならと過ごしたい気持ちはかなりある。
でも、多分僕が誘ったところでから拒否されてしまうのがオチだ。
今日の僕の状態や、今日が何の日かというので・・・的確に突かれてしまい
逆に彼女から怒られてしまいそうな感じになりかねない。
と一緒に過ごしたい気持ちがあるものの・・・何とも言い表せない虚無感がそれを阻む。
「おいブルーローズ、何か怒ってねぇか?」
「あぁ、それは僕が原因です」
すると、ブルーローズさんの何らかの怒りを買ったのか
虎徹さんが慌てた表情で僕の元へとやってきた。
「え?何でお前?」
「実はちょっと」
虎徹さんになら・・・と思い、僕は、自分の事や、の事。
そして先ほどのブルーローズさんとの会話のことを話した。
「そうか。今日、お前の親御さんの命日だったか」
「僕がこんな状態なので、だからはブルーローズさんからのお誘いのこと、言い出せなかったんでしょう。
彼女も今日が僕の両親の命日だっていうのは知ってますし、多分・・・」
「多分?」
「気を遣ってくれているんだと思います。、きっと僕と過ごしたいと思っているだろうけど
今日は僕の両親の命日、2人でパーティしようなんて・・・の事だから、多分言わないんだと思います」
「成る程。だからブルーローズの誘いに乗ったってわけかは」
「おそらく」
多分、僕に気を遣ってはブルーローズさんからの誘いに乗ったに違いないだろう。
今日が僕の両親の命日で、それで2人で楽しくパーティしよう・・・なんて
は考えも無しに言う子ではない。
むしろのことだ。
「パーティするくらいならお墓参り行ってくれば」と言いそうな気がする。
「だったらお前、今日墓参り行ってこいよ」
「ですが・・・は」
「はブルーローズに任せとけって。それに墓参り行かなかったら
気ぃ遣ったから怒られるぞ?『バニー何してんの、どうしてお墓参り行かなかったの!?』って」
虎徹さんはわざと女の子みたいな声を出して、の言いそうな言葉を言う。
が僕の為を思って伝えていたのなら
僕も・・・やるべきことをやろう。
「じゃあ僕も行くとします・・・両親の墓参り」
「おう。あ、でもこれだけは忘れるなよバニー」
「はい?」
−今日に寂しい思いさせた分、明日うんとアイツのこと甘やかしてやれ。いいな?−
虎徹さんにそう言われ、僕はトレーニングルームを後にし
街に出た。
別にすぐに向かわなくても、墓地に墓荒らしが現れたり
隕石が落ちてきたり、地震で地面が割れたりしない限り、両親の墓は彼処にある。
焦らずともいい・・・と思いながら、僕はとある場所に来ていた。
「・・・懐かしいな」
とあるスケート場。
21年前の今日、幼い僕は此処に居た。
スケート場の巨大なクリスマスツリーを見上げると
小さい頃見た時よりも、少し小さくなった?と思ったが
それは、僕が成長した証拠にも感じた。
辺りを見渡すと、親子連れや恋人同士が氷の上を滑り楽しんでいる。
楽しく、皆がはしゃぐ光景。
昔の今日もそうだった・・・何も知らずにはしゃいで、帰ってみたら
何もかもがなくなって、僕は一人になっていた。
寂しい。
ふと、に会いたい、と一緒にいたい。
そんな気持ちが、込み上げてきた。
でも・・・楽しい気分の彼女を、僕の下がりきった気持ちで巻き込むわけにはいかない。
それにブルーローズさんからは「今日は帰さない」とまで言われたから
僕が本当に今更ながら駄々をこねても、きっと彼女のことだ・・・を手放してはくれないだろう。
幼い日の今日、愛しい家族を失った。
成長した僕は手に入れた。
自分の力で世界で一番愛しい人を。
だけど、今日は・・・愛しい人さえも、居ない。
「・・・・・・」
腕を抱えても、寂しさは拭い去れない。
彼女の名前を呼んでも、此処に現れるわけでもない。
胸の寂しさ、虚しさ・・・どう埋めたらいいんだ。
虚無感が余計募り、僕はそれを埋めたいが為に
夜の街を赤いスポーツカーで走り抜けたのだった。
「・・・はぁ、何やってんだか」
気付けばマンション。
胸に溜まった虚無感を埋めるために街を走り抜けた結果
僕はものの見事に両親の墓参りをせず、帰ってきたのだった。
今日はも帰ってこないだろう・・・と、ため息が零れた。
吐息が目で分かるように、白く色づいている。
その白ささえも・・・やけに寂しく感じた。
部屋に戻ってワインでも飲んで気を紛らわすしか
今の僕にはこの方法しか見つからず、駐車場から出て
マンションのエントランスへと向かう。
階段を登り終えると、エントランスの前で蹲る人の姿。
しかも、見慣れた姿に見慣れた洋服。
「・・・・・・?」
「・・・あ・・・バニー、やっと帰ってきた」
「何やってるんですか?!」
声を掛けると顔が上がった。
其処に蹲っていたのは、ブルーローズさんのパーティに行って
今日帰ってこないと思っていただった。
僕は慌てて彼女に駆け寄る。
「バニーを・・・待ってたの」
「待っているのなら部屋で待ってればいいのに、どうしてこんな所で・・・っ。あぁ、こんなに冷たくなって」
コートを着ている体だったけれど
彼女の顔を赤らめていたから寒いことがすぐに分かった。
そうでなくとも、12月・・・真冬の寒さは顔だけじゃなく、体にも痛いほど感じる。
短時間居たとしても・・・同じだ。
「とにかく中に入りましょう」
「うん」
とにかく冷えた彼女の体を温めるために、僕は肩を抱いて急いで部屋へと戻るのだった。
部屋に続く扉を開けると
玄関からすでに、冬の寒さとは段違いの暖かさに包まれていた。
は履いていたブーツを脱ぎながら僕に言う。
「バニーがすぐ帰ってきてもいいように、部屋を暖かくしてたんだよ」
「だからって、外で待っていなくても」
「バニー早く靴脱いで。ほら」
「、僕の話を」
「いいから。私、先に行ってるね」
僕に話をさせないためなのか、早く靴を脱いでと急かす。
リビングに行けば何とか話をさせてくれるだろう、と思い
僕は靴を脱いで、先にリビングに行ったを追いかけた。
「いいですか、今度からは・・・・・・・・・これは」
「可愛いでしょミニツリー。飾り付けしてたんだよ」
リビングに行くと、テーブルと同じ高さをしたクリスマスツリーが其処に立っていた。
あまりに突然すぎることでを叱りつける言葉を失った。
「、これは一体」
「本当はね、ツリー・・・バニーと一緒に飾り付けするつもりだったんだよ。
だけど、今日バニーはご両親のお墓参りに行くと思ったから・・・その、飾り付け一緒にしようって言い出しにくくて」
「今朝の話はカリーナさんとのパーティの事じゃなかったんですか?」
「それは予定。飾り付けの事言えてたら、パーティには行かないつもりだったの。
でも結局言い出せなくて・・・パーティ行ってきたけど、何かやっぱりツリーだけでも準備したかったから
途中で抜けてきちゃった。時間少し遅かったし、準備しててもバニーが戻ってくるだろうって思って。
だけど中々帰ってこないから心配になって外で待ってたの」
「」
叱る言葉を失ったと同時に、嬉しさのあまり言葉すら出てこなくなった。
「それで。バニー、お墓参りしてきた?」
「え・・・あの、その・・・えーっと」
「もしかして、忘れたとか・・・言わないよね?」
「すいません。行くのを・・・その」
墓参りのことを尋ねられ、僕は正直に行ってない事を告げた。
「ちょっと、何の為に私がカリーナのパーティに行ったと思ってるの!!
バニーがお墓参り行くと思ってたし、ツリーの飾り付けの事だって言わなかったんだから!!」
「行かなかったことは両親に対して凄く申し訳ないと思っています。でも、でも・・・っ」
「何よ?」
「一人で居ると、寂しさが込み上げてきて・・・君のことばかり、考えてしまうんです。
に会いたい・・・の側に居たいって」
「バニー」
「最初から僕、言えばよかったんです・・・一緒に両親の墓参りに行こうって。
そうすればきっと、今まで感じていた虚無感も少しは薄れていくだろうって。でも、君につらい思いを
させてしまうんじゃないかって・・・考えたら、もう僕・・・どうしていいのか分からなくなって」
始めからちゃんと、言えばよかった。墓参り一緒に行こうって。
そうすればこんな寂しい思いも何もかも、する事はなかったはずだ。
だけど、空回った気持ちは体に意味不明に伝え、思考回路すらショートさせていた。
「そうだったんだ・・・ごめんねバニー、怒鳴ったりして。・・・・寂しかった?」
そっとは僕の頬に触れ撫でる。
やっと感じる・・・温かい、体温。
「寂しくなかった、なんて嘘でも言えません。僕もすいませんでした、。
あんなに冷たくなるまで、君を寒空の下で待たせてしまうなんて」
「いいよ。私は一度部屋に入って・・・ツリーの準備して外で待ってたから平気だよ。バニーは、寒くなかった?」
「もう、寒くありません・・・寂しくもありません。が側に居てくれるから大丈夫です」
「良かった」
おでこを重ね合わせ、笑い合う。
「あのね、てっぺんのお星様だけ残しておいたの。それはバニーと一緒に飾りたかったから」
「」
「一緒に飾ろうバニー」
「えぇ」
大きな星を、一緒に掴んで
綺麗に着飾ったもみの木の頂上に、そっと乗せた。
「フフ、完成だね」
「えぇとても素敵なツリーです、きっとこの街一番のクリスマスツリーですね」
「お世辞でも嬉しいわ」
嬉しそうにミニツリーを眺めるの手を僕はそっと握った。
握られた手のぬくもりには顔を上げこちらを見る。
「バニー?」
「来年は・・・一緒に両親の墓参りに付いて来てくれますか?」
「え?・・・いい、の?」
「まだ君の事を2人に紹介してませんし。今のうちに君の来年のイブに予約を入れておかなければ
カリーナさんにまた取られちゃいますからね。来年は一緒にお墓参りしてくれませんか・・・?
きっと、父さんも母さんも喜んでくれると思います」
来年こそは、君と2人で・・・この日を迎えたい。
大切な日を君と一緒に過ごしたい。
「バニー・・・私・・・っ」
僕の言葉には涙を流した。
流された涙すら愛しくなり、瞼に唇を落とし流れる涙を舌で拭い
ゆっくりと開かれた目と視線を合わせる。
「付いて来てくれます、よね?」
「もちろんだよ。ありがとうバニー」
その返事を聞き、2人でミニツリーの前で唇を重ね合わせた。
今日は少し寂しい思いをしたし、させてしまった。
明日はそんな彼女をうんと甘やかしてあげないと。
今年は、少しすれ違ったクリスマス・イブをお互い過ごす事になったけれど
来年こそは、一緒に両親の墓参りして、それが終わったら飽きるほど側に居よう。
父さん、母さん。
貴方達2人を失って、寂しい思いばかりしてきましたが
僕はもう寂しくありません。
頼れる仲間と、そして・・・―――――。
「」
「ん?」
「ちょっと早いですけど・・・メリークリスマス」
「ちょっと早いけど・・・メリークリスマス、バニー」
愛すべき人が側に居てくれる、限り。
Christmas Eve〜君が側に〜
(全てを失った聖夜の前日、寂しさ埋めてくれるのは君しかいない)------------------Present by【12/HERO】!!!