「本当に、いいのか?」
「うん。仕方ないよ・・・」
手塚が九州に旅立った数日後、私は秀一郎と一緒に成田空港に居た。
彼は私を見送りにきたのだ。
「もっと別の方法があったのに・・・・」
「落ち込むなよ、それが・・・いい選択なの」
さよなら、皆
さよなら、愛しい人・・・・もう、私のことも忘れて。
アメリカに行くことを決意したのは、ついこの間。
関東大会1回戦後、秀一郎から電話がある数時間前、私は秀一郎の叔父さんの病院に居た。
「病後の経過はいいみたいだけど・・・・また、再発する可能性は高くなってきてる」
「・・・・そうですか。やっぱり怪我を甘く見ると怖いですね」
レントゲンを撮影し、2人でじっくりと見る。
この診断で本当にまずかったら、手塚に話すつもりだった。
「もし・・・・」
「はい?」
「もし・・・・また、再発したら・・・・今度こそ・・・・走れなくなる」
「え?」
「酷い状況だと、歩けなくなる可能性だってある」
「・・・・ぁ、あ」
走れなくなる・・・・。
歩けなくなる・・・・。
「他に・・・他に方法はないんですか?手術とかすれば治るんでしょ?」
「手術をしても・・・確率は50%、後遺症が酷く残る。後遺症で歩けなくなる可能性が出てくるんだ」
「・・・・そ、そんなっ」
絶望の淵に立たされるとはこのことだ。
光を失って・・・何も出来ず、歩けなくなるのをただ待つしかないの・・・・?
「1つだけ・・・方法、あるんだけど・・・」
「何ですか?!、お、教えてください!!」
「でも、これは・・・・最後の手段だよ?」
「それでもいい、それで・・・それで治るんだったら、私・・・・いいんです」
神にも頼む気持ちだった。
治る方法があれば・・・私は何だってする。
すると、オジさんは大きなため息をつきまっすぐな瞳で私を見た。
「知り合いに外科医が居るんだ。若いんだが、腕はあるし・・・難しい手術もその人だったら
この50%の確率も70〜80まで上がる。後遺症も少なく、数年のリハビリを繰り返せば治る可能性は見出せる」
「その人、何処にいるんですか?!日本の何処に?」
「・・・・日本じゃないよ」
「え?」
「アメリカだ」
アメリカ。
日本から何万キロと離れた異国。
今、日本から離れたら・・・手塚とも・・・離れることになる。
「アメリカだったら、ちゃんのお兄さん達や親御さんも居るし生活面も医療費も大丈夫だよ」
「で、でも・・・・」
「ちゃん、手塚君と離れるのは確かに君にとっては辛いものかもしれない・・・・将来、歩けなくなったら君が一番辛いと思うよ」
この足で地面も踏めなくなる。
この足で手塚の所にもいけなくなる。
どんなに手でぬくもりを感じれても・・・・体全体では感じ取れない。
「・・・・・っ」
「君は頑張った・・・でも、もっと彼の側にいたいのであれば・・・君自身が決めなくちゃ・・・・」
「叔父さん」
「大丈夫、手塚君は同じ痛みを持っている・・・きっと、分かってくれる」
「・・・・ぁりがとう。・・・・私、アメリカに行く」
でも、手塚には話さなかった。
同じ痛みを分かっていても
話せばいっそう辛くなることくらい分かってる。
だから・・・私は・・・。
「、手塚には話したのか?」
「え?・・・あぁ、まぁね。」
敢えて手塚には話さず、アメリカに行く。
そうすれば、きっと彼も私も・・・・忘れられる。
忘れて・・・全てを忘れて・・・・また、新しい出会いを見つければいい。
手塚はいい男だし、すぐにいい人が見つかる。
『まもなく、全日空NH10便 ニューヨーク行きの搭乗手続きを行います。
お乗りのお客様は速やかに手続きをお願いします』
すると港内アナウンスが流れ、私はウォーキングバックを引き、搭乗手続きに向かう。
「他の荷物は?」
「いずれ戻ってくるけど、必要最低限のモノはもう送ってある。もしかしたら、向こうで永住したりするかも?」
「おぃおぃ、それじゃあ手塚はどうなるんだよ」
「さぁね」
笑顔ではぐらかした。
戻ってきても、きっと私を忘れてる。
いや、忘れ去れてるんだ・・・・もうあいつの頭には私は居ない。
「ゴメンな秀一郎、見送りに付き合わせて」
「手塚が居ない分、お前をしっかり見張るのが俺だが・・・・さすがにアメリカに行かれちゃ、俺もできないよ」
「あ、そうだ。もしかしたら向こう対応の携帯じゃないかもしれないから・・・・コレ、一応新しいアドレスと番号」
「俺に?手塚には渡したのか?」
「渡したよ〜・・・これだからお母さんって言われるんだよ」
「ハハ、参ったな」
携帯はもう、手塚の番号もアドレスも入っていない新しい海外対応の携帯。
昔の携帯は・・・・一人暮らしをしていた部屋に置き去り。
本当は持っていこうと思ったけど、きっと私毎日泣いちゃうから置いてきた。
コレで、ようやく・・・・全部、終わりだ。
もう、手塚は居ない・・・・だから、もう、いいんだ。全て終わる。
「じゃあね、秀一郎・・・全国制覇、アメリカで願ってるよ」
「あぁ。お前も治療、頑張れよ!」
「うん・・・・じゃあね」
バイバイ、秀一郎・・・・。
バイバイ、・・・・。
バイバイ、皆・・・・。
バイバイ・・・・・。
「・・・・国光、これで本当にお別れだね。さようなら・・・・」
さようなら・・・・愛しき人。
「?」
「手塚君?どぎゃんしたと?」
「いえ・・・なんでもないです」
リハビリの最中、ふと の声が聞こえてきたが、空耳か・・・・?
「後、少しだけんが・・・・ふんばりなっせ」
「はい」
もうすぐ、もうすぐで俺は戻れる。
そうすれば、またこの腕の中にアイツを抱きしめられる。
「待っててくれ・・・・」
今度こそ必ず、約束は守る。
だから、早くお前に逢いたい。
彼は彼女に想いを馳せながら
昔の自分を生まれ変わらせようとしている。
彼女は彼への想いを捨て
異国の地へと足を踏み入れる。
互いに別れたことを知らず
彼は募る想いを背負い
彼女は悲しみを背負い
別れが再び、彼らを物語へと誘う。
証-あかし- 〜君と歩んだ軌跡〜
(新たな物語の始まり、日本とアメリカと離れた恋人)