−どうしてもっと早く、彼女の事を理解してあげれなかったのだろう−
『・・・手塚・・・』
ハッと、我に返り前髪を掴む。
また・・・俺はの事を考えていた。
いや、違う・・・俺はいつものことばかりを考えている。
数年ぶりと見たの姿・・・あれから俺の気持ちは、ずっと揺らぎっぱなしだった。
俺自身、閉じ込めていた気持ちが思わず溢れ出そうになった。
だが・・・できなかった・・・いや、本人がそうさせてくれなかった。
時々、夢の中でが出てくるときがある。
そのときのの表情は・・・いつも・・・・・・悲しそうに俺を見て、俺の名前を呼んでいた。
そして表情は、まるで何かに怯え、何かを恐れているように見えた。
「・・・何故だ」
お前は、何に怯えているんだ?
お前は、何を恐れているんだ?
分からない・・・・・・何故だ、。
どうして・・・・・・あの頃は、あんなに――――――。
「国光。眉間に皺寄ってるわよ?」
「静、か・・・すまない」
すると、目の前に静がやってきた。
彼女は指を自分の眉間に持ってきて、俺の眉間に皺が寄っているのを伝えようとしていた。
「どうしたの?昨日からあんまり元気ないみたいだけど?」
「いや・・・何でも、ない」
静に問いかけられたが、あまり話すことじゃないと思い俺は言葉を止めた。
先月から俺はドイツから帰ってきたばかりだが
正直の姿を見たときから、俺自身・・・から元気状態だ。
頭の中は、四六時中・・・の事で埋め尽くされていた。
「嘘。オバさん心配してたよ。国光があんまり食事しないって」
「そう・・・だが、俺よりも静は自分の心配をしたらどうだ」
「そこら辺はご心配なく。自分の事は自分で分かってますから。国光、あの・・・って子の事、気にかかるのは分かるけど
あんまりご家族に心配かけちゃだめよ。その子も大事だけど、家族だって大事なんだからね」
「・・・・・・分かっている」
浅い返事だった。
俺の声色がそんな感じだったのか、静はため息を零した。
本当は怒るところだが、静はそれをするのをやめた。・・・呆れられたということ、か。
「私、もう行くけど・・・人の話はちゃんと聞きなさいよ、国光」
「分かっている」
「はぁ・・・今のアンタに何言っても無駄みたいね。とにかく、どうにかしなさい」
そう言って、静はその場を去って行った。
静が去った後、俺はため息を零した。
確かに彼女の言う事はもっともだ・・・家族が心配しているのなら、これ以上心配をかけられない。
だけど・・・・・・・・・心に空いた気持ちを誰が埋めてくれる?
この穴は・・・友達じゃ、家族じゃ、静じゃ、塞げない・・・いや、塞ぎきれない。
この心の穴を埋めてくれるのは・・・――――――だけ。
だけが、俺のこの穴を埋めてくれるのに・・・・・・埋めて、くれるのに。
「(もう少し早くの事をちゃんと理解してやったら、きっとこんな事にはならなかったはず)」
俺は、自分の腕の事ばかり考えて・・・の痛みを、分かってやらなかった。
本当は、が誰よりも・・・苦しくて、痛かったはずなのに・・・俺は・・・おれは・・・――――。
「・・・・すまない。すまなかった」
ようやく、アイツの痛みを知ったのが・・・もう大分過ぎた頃で
気づいたらの痛みは膿(うみ)になってて・・・・・・潰してしまえば、酷くなってしまっていた。
彼女の膿を生んだのは俺で・・・酷くしてしまったのも、俺で・・・・・・。
どう、あの傷を癒してあげれば良いのか・・・・・・―――――分からない。
どうすれば、どうすれば・・・・・あの頃と同じように、彼女に接する事ができるのだろうか?
考えても、考えても・・・何度、考えても・・・答えが、見つからない。
『ねぇねぇ最近。校門の前にカッコイイバイク、止まってるよね?誰のかな?』
『知ってる。確か、新崎沙依のバイクよあれ!』
『あー!あの人ね、よく雑誌で見るイケメンウェディングプランナーでしょ!?カッコイイよね!!』
すると、行き交う女子たちがある人物の名前を口にしてるのが耳に入って来た。
新崎沙依。
その名前に、酷く胸を締め付けられた。
その人はの、新しい・・・恋人。
俺の知らない彼女の一面を知っている人物。
数年前、の住んでいたアパートの前で俺を殴ったのは・・・のお兄さんだった。
それはよく覚えている・・・が「佳兄」って呼んでいたからな。
だから、あの人ものお兄さんかもしれないと思っていたが
この前があの人の隣に立って見せていた表情は、兄弟に見せるものじゃない。
「アレは・・・俺の知らない、の顔だった」
今でも蘇ってくる、あの時のの表情。
その表情を見ただけで、俺は心が動いた。
もし、もしも・・・。
− 彼 女 の 痛 み を 知 っ て あ げ て い た ら −
『 手塚 』
あの頃の笑顔は、いつまでも俺の側にあったはずなのに。
いつまでも、俺の側で・・・微笑んでくれていたはずなのに。
どうして・・・どうして・・・・・・!!!
「・・・っ」
俺は座っていた席から立ち上がり、駆け出した。
周りは俺が急に立ち上がり駆け出した事に驚きの表情を
浮かべていたが、そんなの気にする余地もなかった。
むしろ、気になどしていない。
今、俺の頭の中はの事で埋め尽くされていた。
何処へ走ればいいとか、そんなの分からない。
だけど、体が自然と何処かへと走る。
走って、着いた先は・・・校門。
校門の近く・・・大型のバイクに、あの男と・・・の姿を見つけた。
は手にヘルメットを持ち、男を見上げ笑っている。
すると、男の方が俺の存在に気づき目つきを鋭くし此方を睨みつける。
その視線に気づいたのかが、振り返り・・・・・俺と目が合う。
「・・・・・・」
「・・・・・・っ」
だが、は俺と目が合うや否や、すぐさま逸らした。
あぁ、また・・・俺は彼女の膿を、潰してしまったのか?
だからお前はそんなつらそうな顔をして俺から視線を逸らすのか?
だったら、その膿を俺が・・・俺自身が生み出したものなら、俺が・・・癒すしか、ないだろう。
「・・・俺の話を」
「あー・・・君が手塚クン?」
に話を振ろうとした途端、男がの目の前に立ち
俺の視界からを消した。
「ゴメンね。は君と話す事は何もないんだよ。・・・・・・、帰るぞ」
「・・・ぅ、ぅん」
そう言って、男はにヘルメットを被るよう指示する。
はそれに従うようにそれを被ろうとする。
だが、被ろうとする手前・・・が俺を見る。
―――――どうしてもっと早く理解してやれなかった?
―――――どうしてもっと早く彼女の痛みを知ってあげれなかった?
俺は・・・・・・俺は、もう―――――。
「待ってくれ、っ!!」
―― お前の痛みを知らずに、生きていくのは嫌だ! ――
俺はに近づき、彼女の手を握り視線を合わせる。
もう、背けたりなんか・・・させない。
「俺の話を聞いてくれ」
「手、塚」
「、少しでいいんだ。俺の話を聞いてくれ」
「手塚・・・手塚、でもっ・・・」
今握った手を・・・離すわけにはいかない。
離してしまえば・・・また、また・・・――――。
「頼む、・・・俺の話を聞いてくれ。少しでいいんだ」
「手塚」
ようやく、が俺と目を合わせてくれた。
今なら、今、この瞬間なら・・・とまた―――――。
「はいはい。じゃあ、の手を離してね・・・・・・手塚クン」
瞬間、俺の手をあの男が握り・・・・から俺を離し、の手を握る。
「、行くぞ」
「え?・・・・・・ぅ・・・ぅん」
そう言って、にヘルメットを被せた。
ヘルメット越し・・・の視線を感じた。
その視線は切なげで・・・・・・悲しげでもあった。
「・・・っ」
俺がそう、呟くもはバイクの後ろに乗り
バイクは・・・大きな音を立てて、発進していく。
俺はそれをジッと・・・見つめていた。
そして、彼女を握った左手を見て・・・・・・握り締めた。
「・・・・・・・・っ」
――俺はどうすれば・・・お前とまたあの日のように、笑いあえるのだろうか?――
頼む、誰でもいい・・・・・・・・・・・教えてくれ。
証-あかし- 〜君と歩んだ軌跡〜
(どうすれば、心の穴が埋まり・・・君の手をちゃんと握れる日が来るのだろうか?)