「幸村」
「真田」
入学式も無事に終わり、真田が俺の所にやって来た。
「さっきの、女子は一体?」
「あぁ。彼女の事かい?・・・たまたま通りかかったのを助けただけさ。
何でも、関西の方からこっちに引っ越してきたみたいだから、こっちのこととかよく分からないだろうし
色々教えてあげなきゃ」
俺は笑いながら、桜の木を見上げた。
ゆらゆらと風に揺られ、桜の花びらが舞い落ちる。
「幸村」
「今度は何だい?」
真田に声を掛けられ、俺は見上げた顔を真田へと向けた。
「やけに嬉しそうだな・・・どうした?」
真田の言葉に、俺は顔を少し伏せ、笑みを零し・・・空を見上げた。
「そうだね・・・嬉しいのかもしれない」
―俺の”小さな恋“の花が満開に咲いたのだから―
アレは、入学式前のこと。
入学式前って言っても、どれくらい前だったか覚えてはいない。
まだ寒くベッドから起き上がるのすら億劫に感じてしまう。
季節からして冬だったのは覚えている。
ベッドから顔を出して、机に置いてある時計を見る。
「・・・しまった・・・遅刻・・・っ」
俺は時計の針の位置を見て驚き、ベッドから飛び起き
部屋をバタバタと慌てて動く。
今日は真田と柳とで、高等部のテニス部に顔を出す予定だった。
だが、こんな日に限って――――。
「俺、何してんだろう・・・」
自分自身、寝坊をするとは。
俺は慌てて制服に着替える・・・ふと、時計を見ると・・・時刻は
真田たちと待ち合わせの時間を過ぎていた。
俺が連絡もなしに慌てて出ると、かえって2人を心配させてしまう。
ため息を零して、俺は携帯から柳の携帯へと電話を繋げた。
―――――PRRRRR・・・・・・ガチャッ。
『どうした、幸村?約束の時間はとうに過ぎているぞ。何かあったのか?』
「すまない、柳。実は恥ずかしい話、さっき起きたんだ。今準備をしているから、30分待ってて」
『あまり無理をするな。お前もまだ退院してサイクルが元に戻ってないんだ。ゆっくり来ていい』
「だけど」
『こちらはこちらで何とか上手くやる。来る時間の目途がたったらまた連絡してくれ』
「すまない、柳。真田にも迷惑をかけたと伝えておいてくれ」
『分かった』
簡単に会話を済ませて、俺は携帯を机の上に置いた。
無造作に髪の毛を手で掻き乱す。
寝起きの髪の毛がさらに何やら浮き上がったように思えた。
「とにかく、食事をしてから行こう」
そう小さく俺は呟いて、リビングへと降りた。
リビングに降りると母さんがにこやかに「おはよう」と迎えてくれたので
俺も「おはよう」と返した。
ふと、リビングに置かれた戸棚の硝子に映った自分の姿。
慌てて準備したものだから、ネクタイは曲がってるわ、髪の毛は掻き乱したまま。
「(後でちゃんとしよう)」
こんな自分の姿を初めて見た気がした。
食事を済ませた、身なりを整えよう。
流石にこの状態で家を出て、高等部に顔を出しに行くのは礼儀知らずと思われる。
「精市・・・ご飯、あと少しで出来るからもうちょっと待っててね」
「ありがとう、母さん」
母さんが食事の準備をしている間に
俺は庭へと続く窓を開け、其処に置かれた靴を履いて庭に出た。
見上げると青々とした空が続く、だけど、体に当る風は当たり前のように冷たい。
制服と、セーターだけでは寒さはまったく凌げていない。
ふと、視界に入って来た・・・・自分の身長をはるかに越した花。
「ダリアか・・・こんなに大きくなって」
自分の身長を軽々と越し、2mはある茎の先に真っ赤に咲き誇るダリアの花。
青々とした空に映える赤色は
俺の目に、心に焼きついた。
「帰ってきたら、添え木でもして支えを作ろう。せっかく咲いたのに折れたりでもしたら大変だ」
茎の先についたダリアの花。
青い空の下、風にゆらゆらと揺られていた。
「あ・・・こんなことしてる暇なかった」
顔合わせに行かなくては。
そう思い出した途端、窓から母さんが「精市、ご飯できたわよ」と
呼ぶ声に俺はすぐさま反応をして、急いで庭からリビングへと戻り、食事を済ませ
身なりを整え、家を出た。
家を出る前に柳に連絡を入れ、合流をし、テニス部への顔出しをした。
遅れた原因を真田や柳の2人は咎めようとせず
「お前でも珍しい事があるんだな」などと言われてしまい
自分自身に少々恥ずかしく思ってしまった。
学校の最寄り駅近いところで真田たちと別れ
俺は1人ホームで電車を待っていた。
だが、やけにホームが騒がしい。
其処には立海の制服を着た生徒だけではなく
他校や他県の学校の制服がちらほらと、目に飛び込んでくる。
「(今日、推薦入試でもあったのかな)」
そう心の中で呟いた。
多少はのんびりと帰れるかと思ったのだが
これだけ騒がしいとのんびりとは言ってられないだろう。
電車の中は確実に、うるさくなるかもしれない。
なんて事を考えたらため息が零れた。
ため息が零れたと同時に、空を見上げた。
「(・・・青い・・・)」
青々とした空を見上げ、ふと脳裏に浮かんできた・・・・庭先に咲いたダリア。
「(花言葉・・・知らないなぁ、そういえば。帰ったら、調べてみるか)」
花には詳しいけど、花言葉はよく知らない。
だから咲いた花は片っ端から調べて、花言葉ももちろん覚える。
そうすれば、また一つ楽しみが増えて行くような気分になるから。
帰ってからすることを考えたら
何だが少しだけ気分が明るくなったような感じになり、俺は電車を待っていた。
空から、真正面へと視線を戻した瞬間―――――。
目の前を女の子が、ゆっくりと通り過ぎていった。
テニスで鍛えられた動体視力で
俺はすぐさまその子の姿を目線で追った。
彼女は楽しそうに、私服を着た友達らしき人と
笑顔で会話をしていた。
何だろう・・・この気持ち・・・。
思わず自分の胸に手を当てた――――――早く、動いている。
まるで彼女の姿が・・・今朝方、俺が見たダリアの花のようで
目を、心を奪って行く。
すると、目の前に自分の家の最寄り駅に向かう電車が止まった。
女の子を見ると
彼女はこの電車には乗らない。
でも
俺はこの電車に乗らなければならない。
「(そうだ。明日・・・遊ぶ約束してた・・・)」
明日は、真田や柳、テニス部のメンバーたちと
遊ぶ約束をしていた事を思い出した。
もし、待ち合わせの時間前・・・此処に来たら・・・また・・・あの子に。
明日の試験はきっと早く終わるはず。
それならば、待ち合わせの時間前・・・此処に来て
彼女をこの目に焼き付けておこう。
そう思いながら俺は電車に乗り、扉が閉まる。
走りゆく電車。
窓から見た通り過ぎ行く名前も知らない女の子。
「また・・・明日逢えたら・・・」
明日は、寝坊することなくちゃんと起きよう。
髪も整えて、身だしなみもキチンとして
密かに、君を見よう。
この情熱が・・・冷めないように。
だけど、次の日。
あの子の姿は其処にはなく
俺は「あぁ、もう逢えないんだ」と苦笑いを浮かべメンバーとの待ち合わせに向かった。
でも、神様は俺を決して見捨てたりしなかった。
「幸村くん!」
「あぁ・・・さん」
あの日、あの時、見た彼女・・・という女の子が
俺の目の前にいる。
これは夢じゃない・・・そう現実なのだ。
彼女が、俺の目の前に居る。
「幸村くん、急に居らんくなるからびっくりしたわ〜」
「アハハ、ゴメンね。それで、どうしたの?」
「ん?あぁ、クラス何組かなぁ〜って。私、F組やから」
「ゴメンね、俺C組なんだ。でも、確か俺の友達がF組に居ると思うから俺から伝えておくよ。
彼から何でも聞くと良いし、俺に相談してもいいからね」
「ホンマに?!助かるわぁ〜ありがとう幸村くん」
「どういたしまして」
もう絶対に離れないように・・・離さないように。
俺の心に咲いた、サファリプテラムの花よ――――枯れないで。
冬から実ったサファリプテラム
(花言葉は”小さな恋“。この想い、永久に枯れることなかれ)